其の二 ヒーラー、依頼に現る。
「このお店がある
凛とした声が、草原を渡る涼やかな風の音のように辺りに響いた。
そういいながら女は、目深にかぶった大きな帽子を脱いで素顔を露にする。すると、その姿を一目をみるや〈蕎麦屋〉店主の親父は、まるで〈
まったく、だらしがないにも程があるが、その醜態もむべなるかな。
女盗賊ウィーゼルがいっていた
黄金色の長髪はまるで雲間からさしこむ月光のよう。
透きとおる白肌はさながら磨かれた
憂いをおびた碧眼はあたかも湖底に沈む
「腕が立つかどうかは知らないが、この
北方民が住まうロングハウス型の住居と、
我らヒューマンよりも遥かに長命な種族である女は、泰然とした余裕と古風な優美さを纏って、こちらに視線を向けた。
一方、店主の親父はというといまだ空想の〈
「あなたがそうでしたか……仲介人から仔細は聞いていると思いますが……では、参りましょうか」
「はァ!? いやいや嫌ッ、まてまて待てッ!」
どこからか「なにゆうとんねん!」と、仲介者であるウイーゼルの
この女、眉目秀麗な外見とは裏腹に、どうにも浮世離れした御仁のようだ。
「仔細も何も、オレはあんたが誰か知らないし、何処へ何をしに行くのかも聞かされていないんだが……」
「そうでしたか、これは失礼しました。私の名はベリラス……これは
うッ。こ、この女――厄介だ。とても厄介だ。いきなり長広舌を振るって特に尋ねてもいないのに自らの名が意味するところを語り、共通語風の略称や家名をその場で自称するところがなんというかもう――である。
ウィーゼルといい、この女といい、何故オレの周りの者たちは本名を名乗りたがらないのか――まぁ、そういうオレにしても未だ幼名を使っているのだが。そういえばオレは〈蕎麦屋〉主人の名前を知らないことに気がついた。間借りしている長屋の、大家でもあるのに。
「オレはキクチヨだ。
「わたしは
それは確かにそのとおりだった。オレがこの街まで用心棒を務めた
「契約料は一日につき十
「ふうむ。悪くない話に聞こえるな。それに契約内容も公正だ」
断る理由は特にないように思われた。唯一つ依頼人が、少々、厄介そうな
「キクさんよ、ついでに〈クロークウッドの森〉で
「この店の
この街に滞在してからずいぶん日がたち、懐具合も寂しくなってきたことだし、ここらでひと稼ぎしておくべきかもしれない。美味い飯の余禄がつくならば、いうことなしである。
「よしわかった。あんたの護衛を引き受けよう」
「それは良かった。では……今すぐに、というわけにはまいりませんね。明日の夜明けとともに出発ということでいかがでしょうか」
「かまわんよ。待ち合わせ場所は」
「〈
「〈リヴィントン〉側だな。わかった」
チオンター川を渡った先の地区も、この街の〈
では念のためといって、律儀に持参した羊皮紙の契約書に
「そういえば、キクチヨ殿は馬には乗れますよね」
「もちろんだ。
ベリルは小さく首肯しながら「では問題ないでしょう、乗り物を用意しておきます」といって、優雅な足どりで去っていった。
乗り物――馬だろうか。まさか馬車ということはあるまいが。森の中を探索するのだから、現地についてからは邪魔になるだろうし、ずいぶんと手回しが良いのだなと、その時のオレは暢気にも思っていたのである。
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