第60話 内装の確認と街歩き
部屋の内装工事が完了したとのことで、最終確認のために今日は午前中からカシュパルたちと一緒にオーグレーン荘へ出掛ける。
そう聞いていたのだが、朝食時にファンヌから彼女も同行すると聞かされて驚いた。
「えっ、ファンヌも一緒なの!? ホントに!?」
「魔族女性の視点でもチェックした方がいいとスティーグが言ったらしくて、急遽カシュパルから同行して欲しいと頼まれたの」
「うわ~っ、嬉しいよ! 足りないものに気付いたら教えてよね?」
「うふふ。そうね、そうさせてもらうわ」
いずれファンヌとはお泊り会をするんだし、いろいろと見ておいてもらうといいだろう。
ファンヌとの初めてのお出掛けが嬉しくて、わたしは終始頬が緩んだまま朝食を終えた。
今日は前回の同行者のカシュパルとクランツに、レイグラーフとファンヌを加えた総勢5名での移動で、人数が多いからか前回よりひと回り大きな馬車が用意されていた。
後からスティーグも顔を出すらしいが、 側近が二人とも魔王のそばから離れていいんだろうか……。
まあ、問題ないから来てくれるんだろう。
馬車が動き始めたところで、わたしは『生体感知』を発動し、バーチャルなマップを広げた。
前回は初めて城の外へ出たから遠足時の子供のように興奮してしまったが、今回は落ち着いて周囲の情報取得にいそしむつもりでいる。
何かあれば歩いてでも城へ帰ってこれるよう、道順を覚えておきたい。
ファンヌとレイグラーフが窓の外を指差しながら地区や建物について説明してくれるのを聞きつつ、窓から見える実物とバーチャルなマップ上の表示とを見比べて確認していたら、あっという間にオーグレーン荘に到着した。
馬車から降りると、先に降りていたクランツにグイと腕を引っ張られ、小声で耳打ちをされる。
「マップか何かを見ていたでしょう? 目が不自然な動きをしていました。外では注意してください」
「うっ、ごめんなさい……」
「ファンヌは隣に座っていたから気付かなかったようですが、正面だったらバレたでしょう。視線を動かさずに見るように」
クランツは言うだけ言ってわたしをすぐに開放したので、誰も今の内緒話に気付かなかったようだけれど、言われた内容にわたしは冷や汗をかいた。
バーチャルな画面はわたしにしか見えないからと、完全に気を抜いていた。
離宮の外で暮らすことに対して緊張感が足りていない証拠だと猛省する。
カシュパルに呼ばれたのでドアの方へ近寄ると、下見の時にも立ち会ってくれた黒竜の執事さんと精霊族の内装屋の二人組がいた。
挨拶を交わして家の中へ招き入れられると、店舗部分の様子がすっかり変わっていて、凹んでいたわたしのテンションは一気に上がってしまった。
「すごい……素敵です!」
ダークブラウンの床と腰壁にしっくいの壁はアイボリーと、シックで落ち着いた色合いに仕上がっている。
どっしりとしたカウンターに、商品展示用の台と棚が一つずつ、そして壁際に応接セットがひと組置いてあった。
ソファーの生地は黒とチャコールグレーの市松模様で、シンプルで落ち着いた雰囲気の店の中で控えめに存在感を放っている。
そして、天井の真ん中にはアンティーク調の照明の魔術具があって、シンプルさが勝ちすぎないよう品のいい女性らしさを加えていた。
内装屋の木工担当が言うにはいくら何でも若い女性――念のために言っておくがわたしのことだ――には地味すぎるだろうと心配していたそうで、わたしの反応を見てホッと胸を撫で下ろしたらしい。
だが、コーディネート担当は絶対の自信があったそうだ。
そして、わたしもそれに異論はない。
だって他の部屋の内装も本当に素敵だったんだよ!
落ち着いた店舗部分とは正反対に、廊下の先にあるキッチンとダイニングは少しくすんだ渋めのオレンジとイエローでコーディネートされていて、明るくいきいきとした雰囲気の空間になっていた。
木目のはっきりしたベージュの木材でできたテーブルやいすは木のぬくもりを感じさせるナチュラルテイストで、手触りもいい。
ここで毎日調理して食事するのかと考えただけで胸がときめく。
二階はリビングも寝室も黄味がかった木材の腰壁で統一されていて、リビングはオリーブっぽいグリーンとブラウン、寝室は濃淡のブルーでまとめられていた。
寒色系の部屋なんて普通は寒々しくなりそうなのに、壁が明るい空色だからか何だか温かみを感じるから不思議だ。
リビングは半分書斎として使い、残りの半分がくつろぎゾーンで、わたしの希望どおり直に絨毯の上に座り込めるスペースも設けてある。
そして、この窓際のソファーに座って素敵な借景の池を眺めて楽しむんだ!
ハァ、こんな素敵ハウスで暮らせるなんて信じられない。
しかも月額9千デニール! 日本じゃあり得ないよ……。
ううぅ、我ながら現金で恥ずかしいけれど、一瞬異世界に来て良かったと思ってしまった。
離宮の自室も素敵だけどあれはホテル暮らしのようなものだし、こっちは自分のお城になるんだよ?
本当にここが自宅になるなんて、夢みたいだ……。
わたしは胸の前で両手を組み合わせたまま何度も悶えながら部屋を見て回り、ひと通り見終わってからコーディネート担当の女性に握手を求めた。
もちろん、同性なら握手しても問題ないとファンヌに確認してからだけど。
本当に、本当に気に入ったんだよ、この家の内装が!
こんなにわたし好みの部屋に仕上げてくれるなんて、このコーディネート担当はスティーグと同じで、きっと天才に違いない。
センスがものを言うジャンルに関しては天才に仕事を任せるに限る。
わたしはすかさず来客用の茶器のセットを一式追加で依頼したいと、カシュパルにお願いした。
だって、せっかくこれだけ素敵な部屋なんだもの、部屋に合った茶器で客をもてなしたい。
ウィンドウショッピングは自分用のマグカップやお皿で楽しめばいいよ。
カシュパルからOKが出ると、コーディネート担当は今から調達してくると言って木工担当を残して出掛けていった。
少し歩いた先に食器と調理器具専門の道具屋があるらしい。
「食器と調理器具専門の道具屋か……、見てみたいなぁ」
「あとで昼食をとりに街へ出るから、その帰りに寄ってみるかい?」
「いいんですか!?」
「いいよ。茶器は業者に任せたけど他の食器はゼロなんだから、人手がある今日のうちにある程度買っておけば後が楽でしょ」
「わあ、ありがとうございます! ファンヌも一緒に選んでよね? あと、足りない調理器具があったら一緒に買おう。お菓子作りの道具とかさ」
「わかったわ。ふふっ、任せてちょうだい」
ファンヌと一緒にキッチンをチェックしたり、レイグラーフが家全体を管理する魔術具をいじるのを見たりしているうちにコーディネート担当が戻ってきた。
店舗の応接テーブルの上に並べられたのは白地に青い花柄の上品なティーカップのセットだった。
これ、同じものを離宮で見たことがある。
……ファンヌが淹れてくれたお茶を思い出しながら淹れられるのか、嬉しいな。
本当に満足のいく仕事をしてくれた内装屋の二人に改めてお礼を伝えると、今後もご贔屓にと言って名刺をくれた。
新しい家具の注文はもちろん、今日みたいに食器を頼みたいとか、マットを交換したいとか、そういう細かい依頼でも引き受けてくれるらしい。
内装屋が帰ると、黒竜の執事さんもカシュパルに鍵を預けて一旦帰っていった。
レイグラーフの魔術具チェックが終わるまでまだ時間がかかるらしく、それが終わったらまた鍵を掛けに来てくれるそうだ。
レイグラーフはオーグレーン荘に着いてからずっと魔術具と格闘していて、今はダイニングテーブルの上で工具類を広げて魔術具の一部をいじっている。
精密作業をする人が使う片目用の拡大鏡を装着して作業しているレイグラーフの姿に、魔術具はこうやって作るのかと感心しつつ邪魔をしないように遠目で見るに留めた。
どんな魔術具なのか後で教えてもらおう。
そのレイグラーフの作業がひと段落ついたところで、昼食をとりに街へ出掛けることになった。
歩きで街へ出掛けられると思ってなかったのでものすごく嬉しい。
しかも、皆で外食だなんて!
魔王がそうしろと言ってくれたそうで、後でお礼のメッセージを送ろうと思う。
家を出て石畳の道を進み、路地を2つほど過ぎると大きめの通りに出た。
広げておいたバーチャルなマップを見るに、城から城下町へ来る時に通った中央の大きな通りから西側がオーグレーン荘のある一番街で、ここはその一番街の西の端に当たる。
これは西通りと呼ばれる道で、通りを挟んだ向こう側にある三番街は職人の工房が多く、そこで作られた物を売る店や飲食店も多いとカシュパルが教えてくれた。
オーグレーン荘のあたりは静かな住宅地のようだが、少し足を伸ばせばいろんな店があり、生活には事欠かなそうで安心する。
西通りの両側にはお店が並んでいて、看板には名刺と同じように店の名前が書かれている。
わたしたちはその中のひとつ、「ノイマンの食堂」に入った。
ハァ、異世界の食堂! 初外食だよ!!
テーブルは四人掛けだったので、隣合ったテーブルに男三人と女二人に分かれて座る。
お昼時だからか店は混んでいたが、あらかじめ予約して席をキープしておいたんだとカシュパルが言った。
あいかわらず手回しがいいと感心しつつも、この世界でも店の予約ができると知り安心する。
向かい側に座るファンヌの姿に、女の子とランチなんて久しぶりと思ったらもう胸がパンクしそうになった。
メニューは壁にかかった黒板に書かれていて、肉や野菜のグリル、シチューに煮込み料理と、調理実習で習ったよくある魔族料理という感じのラインナップだ。
カシュパルとクランツは肉のグリル、レイグラーフは野菜のシチュー、ファンヌとわたしは肉の煮込みを注文する。
料理が来るのを待っている間の他愛ない会話や、周囲のテーブルに座る魔族たちの様子に胸がいっぱいになり、ご飯が入るだろうかと心配になったほどだ。
しかし、それは無用の心配だった。
離宮の食事もおいしいけれど、ここの料理もめちゃくちゃおいしい。
おいしすぎて、料理のグラフィックの使い回しも気にならないほどだ。
何というか、ハーブやスパイスの加減が絶妙で、これは間違いなくワインが欲しくなるヤツだよ。
こんなにおいしい食堂が近所にあるなんて、オーグレーン荘最高だな。
心置きなくここで食事できるよう、頑張って雑貨屋で稼ぐぞ!
わたしはそう心に誓い、にまにましながら食事を続けるテーブルの下で、一人拳を握りしめた。
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