第59話 護衛中の護身術と『移動』の検証

 予想外の話の展開から、この異世界で二人目の友達ができてしまった。

 しかも男友達。正直に言って非常にありがたい。

 魔族国における異性のNGについて、これまでもクランツには赤裸々な質問をしたりして迷惑をかけては恥を晒してきた。

 内心では一応遠慮や気まずさがあったけれど、友達ならそれも軽減する。

 しかもクランツはヴィオラ会議のメンバーだから何でも相談できるし、本当に心強い。


 改めて嬉しさをしみじみ感じながらわたしがニマニマしていると、クランツが眉を寄せて釘を刺してきた。



「友人になった以上は共に戦ってもらいますが、私の指示には確実に従ってくださいよ」


「もちろんそのつもりです」


「……必要だと判断したら『転移』で城へ逃げてもらいますから、それには絶対に従ってください。私を置いていけないとか城は不案内だとか、そういう一瞬の躊躇が事態をより悪化させると認識して欲しい」



 厳しい表情で言うクランツの言葉に、それでも即座に頷くことはできなかった。

 彼の指示に従う必要性は理解しているし、実行するつもりでもいる。

 ただ、ごく単純な疑問があるのだ。



「あの、そもそも、どうして一人で逃げなきゃいけないんですか? どうせなら二人で逃げましょうよ」


「どうやって」


「いや、だから『テンイ』でですよね?」


「ですが、魔法は君しか使えないでしょう?」


「唱えるのはわたししかできませんが、効果はパーティに及ぶと思いますけど」



 会話はそこで止まり、わたしたちはしばし無言で見つめ合った。

 どうやらわたしたちの間には何かしら齟齬があるらしい。

 互いにそう気付き、それが何かを探り合った結果わかったのは、転移という現象に対する双方の認識の違いだった。

 

 魔術において転移とは設置型の魔術陣でのみ可能な術であって、呪文ではその現象を起こすことができないらしい。

 その魔術陣は非常に高度なものであり、必要な魔力も多く容易に設置できる代物ではないため、転移の魔術陣の敷設は公的な施設のみとされているそうだ。

 つまり、転移はそれだけ大変な魔術だと魔族は認識している。


 一方で、わたしにとって転移というのはゲームによく出てくる便利な存在で、呪文だろうが施設やアイテムだろうがそこまで特別なものではない。

 それに、わたしがプレイしていたネトゲではパーティプレイを前提としているクエストやイベントも結構あったので、パーティを組んでいればパーティごと転移できる仕様になっていた。

 まだ『転移』を試せていないからわからないが、この異世界のネトゲ仕様も同じである可能性は高いと思う。


 高度で繊細な転移という術を術者以外にも作用させることができるとは考えもしなかったようで、わたしの説明を聞いたクランツは愕然とした表情をしていた。



「呪文一つで複数人での転移が可能なんですか……」


「多分ですけどね。確認するのは『テンイ』の実験までお預け……って、そうだ、『イドウ』は『テンイ』の短距離版みたいなものだから代替実験ができるかもしれない」



 定められた地点への瞬間移動である『転移』に対し、『移動』は視認できる範囲内の任意の場所への瞬間移動だ。

 ブルーノの基本用護身術には『移動』が組み込まれていて、この部屋での訓練でいつも使っているから試してもかまわないだろう。

 ……問題は、どうやったらクランツとパーティ状態になれるのか、だ。

 ネトゲ仕様のフレンドリストやプレイヤーリストには一人も表示されておらず、バーチャル画面上の操作ではパーティは組めそうもない。


 クランツがわたしの腕を掴んでいる状態で『移動』の呪文を唱えてみたが、何も起きない。

 片手で、両手で、肩に担いでなど、クランツがいろんな掴み方を試してみてもダメだったが、掴み役を交代してわたしがクランツの腕を両手で掴んで呪文を唱えた瞬間、二人して部屋のドア前に『移動』した。



「キタ―――――ッ!!!」


「こっ、これが『移動』!? すごいな……」


「ね、クランツさんも一緒に移動できたでしょ? もし『テンイ』も一緒に転移できるとわかったら、わたしと逃げてくれますか?」



 「さんがついている」と言ってわたしに言い直しをさせつつも、これなら確かに二人一緒に『転移』できそうだとクランツも思ったようだ。

 いざとなったら『転移』で城へ逃げればいいとなれば、そういう事態になるまではわたしと一緒にいろいろと足掻いてみてもいいと考え直したらしい。



「共に戦うなら君には魔術や魔法でのサポートを頼みたい。魔法を組み込んでいいかは将軍に確認しますが、『結界』を施しておけばダメージを受けずに済みます。落ち着いて対処できれば最善手を選べるでしょう」


「元よりそのつもりですよ。クランツが状況を把握してわたしに指示を出してくれれば、その通りに術を飛ばしますから」



 これまでクランツのわたしに対する二人称は「あなた」だったのに、気付いたら「君」に変わっていてわたしは思わずにんまりとしてしまった。

 もともとクランツもわたしも丁寧語で話す人なので口調にそれ程大きな変化はないけれど、こういう些細な変化に気付くと嬉しさがこみ上げてくる。


 友達になるってすごいなぁ。

 間柄に名前がついただけで、こんなに変わるものなのか。

 護衛中の護身術について互いに案を出して話し合うのも楽しい作業になる。



「威嚇や牽制を兼ねて、無詠唱の魔術を見せてやるのも良さそうです」


「ああ~、ブルーノさんも言ってましたよね。相手が高位の魔術師と勘違いして、ビビッて逃げ出すかもしれないって」



 無詠唱でブリザードを一発ぶちかましてやったらどうかとわたしが提案したら、できれば最初の攻撃をこちらから仕掛けるのは避けたいとクランツは言う。

 それなら、ピットフォールを複数撃って相手と自分たちの間に溝を掘り、容易に近寄れないようにしてはどうだろう。

 相手がファイアボールなどを撃ってきたら、魔力の盾でテニスのようなイメージで相手に向かって弾き返してやれば肝を冷やしてやれるかもしれない。

 更に、今度は詠唱で各種能力を下げる補助魔術を相手にガンガンかけて、反対にクランツには能力上昇の魔術をかけまくる。

 敢えて詠唱して相手に聞かせることで対抗心を折ってやろうというのは、さすがに性格が悪すぎるだろうか。


 わたしが自分でできそうな範囲の戦法を挙げてみたら、クランツが呆れたような顔でわたしを見ていた。

 しまった。友達になったからといって、調子に乗り過ぎたかもしれない。



「普段は一人で静かに部屋で過ごしているし、割と真面目で大人しい人物に見えるのに、こうして友人になってみると君は案外過激なところがありますね」


「ううぅ、別に猫をかぶってたわけじゃ……あっ」



 途中まで言いかけてハッとした。

 猫をかぶるという言葉は、魔族社会や獣人族的にどうなんだろう。

 もしかして猫系獣人族にとっては侮蔑的表現だったりしないだろうか!?


 わたしが「猫をかぶる」という表現について恐る恐るクランツに尋ねてみたら、幸いなことに侮蔑的表現ではなかったようで、単に意味の分からない言い回しと捉えられただけで済んだ。

 これまで気に掛けたことはなかったけれど、人族に似ている魔人族はともかく、竜人族、獣人族、精霊族がいる魔族社会に入っていく以上、竜や動物や植物を含む元の世界の慣用句には気を付けないといけない。

 負け犬や猿知恵、虎の威を借る狐あたりはかなりヤバそうだ。

 ヒト型化が義務付けられている王都に住む精霊族には樹性や岩性が多いというから、うどの大木、寄らば大樹の陰あたりのネガティブ表現も要注意な気がするし、石にかじりつくはお誘い案件になりそうで怖い。

 危ない危ない。城下町へ引っ越す前に気付けて良かった。

 慣用句の類は元の世界では気軽に使っていただけにポロリと口にしてしまいかねないから、普段から気を引き締めておこう。



 その後も護衛中の護身術についてクランツと話を続けた。

 襲われた場所や相手の人数などの状況によってベストな手段は変わってくるが、互いにいろいろと案を出した結果、選択肢を増やせたのは良かったと思う。


 それに、城へ『転移』で逃げるのは最後の手段として欲しいというわたしの願いを、クランツは最終的に受け入れてくれた。

 これ以上何かを奪われるなんて許せない、何があっても自分の自由は絶対守る!というわたしの強い意志を尊重してくれた結果だ。

 魔術やバレない範囲の魔法で離脱できるならもちろんそうするし、極力非暴力的な手段を優先してもらう。

 そういう判断はクランツに任せて指示に従うけれど、いざという時に殲滅という手段を選ぶことを躊躇しないで欲しいとわたしは伝えた。


 ただ、クランツはわたしの意思を尊重することは承知してくれたが、殲滅を選択することについては答えを保留した。

 明後日に行われる『転移』の実験結果にもよるし、将軍であるブルーノの意見も聞いた方がいいと言われて、それもそうかと納得する。



 護衛中の護身術はだいたいの案を出せたことだし、もう少し『移動』の検証を深めてみようという話になり、術の発動の肝であるパーティ状態と見なされる条件を煮詰めることにする。

 さっきはわたしがクランツの腕を両手で掴んで呪文を唱えたら術が発動した。

 クランツがわたしを掴んでいる時は術が発動しなかったことを考えると、術者自身が能動的に掴んだり、触れたりすることが必要なんだろう。


 そこで、どんな風に掴めばいいのかをいろいろと試した結果、わたしの体の一部を環状にし、その環に通す形で触れていれば『移動』の術が発動すると突き止めることができた。

 安定して術が発動するのは両手でクランツの腕や脚を掴んだり、カップルが腕を組む時のように片手で腕を絡めるように掴まるやり方だ。

 片手でクランツの腕を掴んだり手を繋ぐだけでは術が発動しなかったので、単にわたしが能動的に掴むだけでなく体の一部を環状にする必要があると結論づけた。


 それにしても、両手で腕を掴むのは問題ないけれど片手の場合は腕を組むことになるわけで、彼氏にも滅多にしなかった行為なので非常に気恥ずかしい。

 わたしが『転移』や『移動』を使う可能性があるのは機密を知るヴィオラ会議のメンバーだけで、それはつまり、パーティを組む相手は全員男性ということだ。

 相手の腕にわたしが能動的に掴まることでパーティを組んでいると認識されるという『移動』の発動条件は、異性に触れることが基本的にNGとされるこの魔族国においてかなり難易度が高い行為なのではないだろうか。



「ねえ、クランツ。これ結構ハードル高くないですか?」


「……確かに、さっきまでとは違う意味で、『転移』で城へ逃げるのは最後の手段にしたくなりました」


「ですよねー」



 パーティの人数上限が何人かはわからないけれど、一度に複数人の異性と腕を組むなんて、想像しただけで血圧が上がりそうだな……。


 『転移』の実験では実際に試してみることになるだろうと予想し、わたしとクランツは二人して遠い目をした。

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