第55話 魔王族のスミレ誕生

 今朝の目覚めはすこぶるさわやかだった。

 昨日は一日ゆっくりと過ごしたし、今後についての考えも整理できたからか、頭もすっきりしている。

 休むように図らってくれたクランツとファンヌに感謝だな。


 布団の中で伸びをしてからいつものようにステータス画面を開き、ザッと項目を見渡したところで昨日までとは異なる表示に気付いた。

 思わずガバッと飛び起きて、もう一度ステータス画面をまじまじと見る。



 わたしの名前が「佐々木すみれ」から「スミレ」に変わっていた。

 それに、部族が「人族」から「魔王族」になっている。


 な、何だって―――――ッ!!!?



 これはもしかして、昨日のアレの影響か。

 国民証を付与されて、魔術的にも魔族国の民となったから表記が変わったんだろうか。

 いや、昨日の朝はこうじゃなかったんだから、原因はそれしか考えられない。

 儀式の直後に変化していたかもしれないが、朝しかチェックしないから気付かなかった。


 すぐに報告しなくちゃ。

 でも、誰に?


 すぐ近くの部屋にいるクランツに?

 それとも、お世話係のスティーグ?

 いや、学術的な話になるならレイグラーフがいいのかな。

 もしかして……魔王? 魔王へ直接報告すべき案件なんだろうか。


 それまで表示されていなかった所持金の額が表示された時とは違い、今までとは違う表記になったこと、しかもそれがわたしの名前と部族名だったものだから驚きの度合いが半端ない。

 というか、スミレはともかく魔王族って何?

 そんな部族、聞いたことないよ!?


 軽くパニクってしまったが、意識して深呼吸することで少し落ち着いた。


 ……うん、まずは魔王に報告だ。

 この案件に対応するにあたって誰が適しているのか、それは魔王が判断することで、通達も彼から為されるべきだろう。

 わたしが無知で浅慮なだけで、もしかしたらわたしの機密を知る人たちにも伏せるべき内容である可能性がないとも限らないし。

 不確定要素がある以上、魔族の常識や価値観について不明なわたしは余計なことをしない方がいい。


 わたしは風の精霊を呼び出して葉っぱ型のメモ用紙とペンをもらうと、ベッド脇にある小さなテーブルの上でちまちまと文字を書く。

 くっ、メモ用紙が小さいからあまり書けない。



『ステータス画面の表示に変化あり

 名前 佐々木すみれ→スミレ

 部族 人族→魔王族

 ご指示あるまで秘匿します』



 風の精霊に預けるとすぐに姿が消え、返事を待っている間手持無沙汰を紛らすために、飛び起きた際にぐしゃぐしゃになった布団を整えていると、一分も経たないうちに風の精霊が戻ってきた。



《念のため沈黙の魔術を使え。結界を張ったら返事を》



 わたしはすかさず呪文を唱えて音漏れ防止の結界を張ると、「結界を張って中で待機しています」と返事を送る。

 良かった、朝早いのに魔王がすぐに対処してくれた。

 またすぐに返事が来るだろうと思ったら何となくベッドの上で正座してしまったが、そのままジッと待機する。



《おはよう、スミレ。まずは緊張を解け。おかしな話ではないから、何も心配することはない》



 結界の中で聞いた魔王の第一声が朝の挨拶で、更に緊張を解くように言われおかしな話ではないと聞き、ホッとした途端に正座が崩れてぺたん座りになってしまった。

 魔王がそう言うなら大丈夫だ。

 よかった、安心した。



「おはようございます。おかげで安心しました。朝早くからすみません」


《既に起きていたから気にするな。名前と部族以外に変化はないのだな?》


「はい、他は変化してません」


《そうか。ところで、ステータス画面というのはスライド表示できるのか?》



 意外な方向からの質問が来た。

 魔族国に来た当初ならともかく、ネトゲのスライド表示機能を関係者に初披露した頃にはもうわたしの役職や所属を気に留める人はいなかったから、試そうと考えたこともなかった。

 すぐに試してみたところステータス画面はスライド表示できなかったので、その旨を魔王へ伝える。



《スライド表示できないなら、我々はそれを見て確認することができぬ。結局、今回の変化も「ネトゲ仕様だから」という結論に落ち着くだろう。ならば、騒ぎ立てることもあるまい。変化した内容はデモンリンガに登録されている情報と意味合いは同じだから、我々にとっては既知の情報だ。何も問題はない》


「あの、わたしは魔王族になったんですか? 魔王族って初めて聞きました」


《魔王族と命名したわけではないが、お前に付与した国民証は「魔王ルードヴィグを部族長とする部族」の所属となっている。既存の部族とは異なるその部族をネトゲ仕様が魔王族と翻訳したのではないか?》


「魔王陛下は魔人族の部族長ですが、それとは別なんですか?」


《ああ。別だが、歴とした魔族の一部族だ。しかし、ネトゲ仕様にも反映されるとはな……。どうだ、本当に魔族国の一員になったのだと、理解したか?》


「……はい。魔王陛下が、わたしの部族長なんですね……」



 スティーグが言っていた、わたしがトラブルに巻き込まれた場合に魔王が出るという話は、魔王が庇護者だからではなくわたしの部族長だからなのか。

 魔王族という名称はともかく、わたしの所属がそういう扱いになるとスティーグも認識していたのだから、既知の情報だというのは事実なんだろう。


 魔王族という部族名を魔王は気に入ったようで、「魔王ルードヴィグを部族長とする部族」では長ったらしいからと、わたしの部族名は魔王族と呼称することに決定された。

 それから、わたしのステータス画面の表示が変化したことは自分からヴィオラ会議の面々に通達しておくと魔王は言った。

 ヴィオラ会議というのはわたしの機密事項を知るメンバーで、魔王、ブルーノ、レイグラーフ、カシュパル、スティーグ、クランツの6名を指す隠語らしい。

 確かに、「わたしの機密事項を知るメンバー」なんて表現は関係者以外の人……例えばファンヌの前では使えないから別の呼称があった方が便利だけれど、自分の名前の別名を冠されるだなんて恥ずかしいよ!

 発案者はレイグラーフだろうなぁ……まったくもう、困った人だ。



《部族に関することは近いうちに詳しく説明しよう。週末に精霊祭があるからその時に時間を取る。それでかまわないか?》


「もちろんです。よろしくお願いします。――あっ、その時に戻り石の魔術具の話も聞かせてもらえますか?」


《いいだろう。詳しい予定が決まったら連絡する。では、またな》


「はい、お待ちしてますね。ありがとうございました」



 とりあえず、この件は問題なしということでいいみたいだ。

 ふう、魔王へ直接相談してよかったなぁ。


 ホッと息を吐いた次の瞬間、わたしは結界を解除してベッドから飛び降りた。

 魔王との会話はほんの10分くらいのものだったが、急いで準備しないと朝練に遅れてしまう。

 わたしは慌てて着替えて洗面所へ飛び込んだ。


 洗顔やメイクをしながら鏡に映る自分の顔を見る度に、頬が緩んでにやけているのがわかる。

 人族の佐々木すみれから魔王族のスミレになったんだと、じわじわと実感が湧いてきた。

 それに、寝起きの上に動転していたせいか敬語を意識せずに魔王と話せたように思う。

 魔王からのダメ出しもなかったし、今後もあんな感じで話せばいいのかな。




「おはよう。……朝から盛大ににやけてますが何か良いことでもありましたか?」

「おはようございます、クランツさん。ふふふ、一晩経ったら魔族になった実感が湧いてきて、嬉しくなってしまって」



 目ざといクランツがすかさず尋ねてきたが、魔王から通達すると言っていたので今朝のことには触れず無難に答えておいた。

 詳細は省いているけれど嘘ではないし、本当に嬉しくて仕方がないのだ。


 クランツに浮かれて怪我をしないようにと釘を刺されたので、訓練中は気を引き締めて臨んだ。

 ブルーノの護身術を習い始めたばかりの頃は本当にこれを身につけられるのかと不安に思っていたのに、今では頭で考えなくても体が動く。

 これをキープするためにも、城下町へ引っ越した後も時々訓練に付き合って欲しいとクランツに伝えると、元々そのつもりだったと言って引き受けてくれた。

 更に、護衛中の護身術についても考える必要があるから、時間を取ってじっくり話し合おうと言われ、わたしもそう思っていたからすぐに同意した。

 レイグラーフに講義の予定を確認してから空き時間を擦り合わせることにする。



 朝食時には、給仕をするファンヌから仕立て屋が仮縫いの申し入れをしてきたと伝えられた。



「早めに返事が欲しいと言われたからレイに講義の予定を尋ねたのだけれど、明日は講義がないらしいの。午前中に仮縫いの予定を入れてもいいかしら」


「もちろんかまわないよ。仮縫いか~。どんな感じになってるんだろうね」


「ふふっ、楽しみね」



 昨日の夕食の時にファンヌへお願いしたスカーフの巻き方は週末に教えてもらえることになった。

 何でもこの週末は精霊祭というお祭りがあり、祝日になっているらしい。

 そういえばさっき魔王も精霊祭の時に時間を取ってくれると言っていたけれど、あれは祝日でお休みだからという意味だったんだろうか。

 後でレイグラーフの講義の時に精霊祭について教えてもらおう。


 仮縫いにはスティーグも顔を出すと聞き、昨日頼んだ今後の相談をその時に話してもいいかとスティーグに伝言を飛ばしたら、こちらもすぐに承諾の返事が戻ってきた。

 何だか順調に事が運んでいて、非常にありがたい。


 それから、明日は講義がないとわかったので、クランツに伝言を飛ばす。

 明日の午前中に仮縫いが入ったが他は空いていると伝えると、午後から護衛中の護身術と引っ越し後の訓練について話し合うことになった。



 更に、今度はカシュパルから、内装工事が完了したから明後日最終チェックに出掛けたいと伝言が飛んで来た。



《レイに確認したら明後日は講義がないらしいんだけど、予定入れてもかまわないかい?》


「はい、よろしくお願いします。そういえばカシュパルさん、『テンイ転移』の実験の件はどうなってますか?」


《まだ調整中なんだけど、三日後にやる予定で話が進んでるよ。まだ本決まりじゃないけど、一応予定を空けておいてくれる?》


「わかりました!」




 何だか、一気に慌ただしくなってきた。

 これも国民証付与の儀式が済んで、正式に魔族国の一員になったからだろうか。


 えへへ、うふふと、わたしのニヤニヤ笑いは午前中ずっと収まらなかった。

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