第54話 ToDoリストの作成

 スティーグが帰った後、わたしはバーチャルなウィンドウを広げて作業を開始した。

 一日お休みをもらっていることだし、残りの時間をToDoリストの作成に充てることにしたのだ。

 一人暮らしと雑貨屋開業の許可を得てからはやることがどんどん増えていき、いろんなことが同時進行していて、少し頭の中がごちゃごちゃしている。

 久しぶりにまとまった時間が取れるこの機会に頭の中を整理して、今後やるべきことを明確にしておきたい。


 わたしはバーチャルなキーパッドをスワイプして手元へ引き寄せると、立ち上げたメモ帳にカタカタと文字を入力していく。

 まずはこれまでに済ませた事柄を書き出そう。


 城下町での一人暮らしで必要となる生活の知識として、いくつかの生活魔術を覚え、各種生活用魔術具の使い方を習い、調理実習をした。

 実技方面ではブルーノの護身術を身につけ合格をもらい、攻撃、補助、回復魔術もひと通り試した。

 城下町で着る衣類の発注を済ませ、魔族社会に適した地味メイクも覚えた。

 そして今日国民証を付与され、あとは下見した物件の内装工事が完了するのを待つばかりだ。


 こうして列挙してみると、我ながらこの半月はかなり頑張ったと言えるんじゃないだろうか。

 うん、この調子でどんどん進めていこう。

 落ち込んだところで状況が変わるわけじゃないのなら、やれることをやっている方が精神的に健全でいい。



 さて、次はこれからやるべきことをザッと書き出してみる。

 大きく分けると、離宮にいる内に済ませてしまうべきことと、城下町へ引っ越した後に取り組むべきことの2種類になるだろう。


 離宮にいる内に済ませてしまうべきことについては、わたし一人で進める作業と誰かの手助けが必要なもの、こちらも2つに分けられる。


 わたしがしている作業は主にネトゲアイテムや価格調査のデータ入力で、雑貨屋で取り扱う商品一覧表の作成と販売価格を決めるための資料作りが目的だ。

 ただ、わたしが取り扱う商品は冒険者向けの物が多そうなので、彼らの評価を聞いてから販売価格を決めようかとも考えていて、表を仕上げるのは城下町へ引っ越してからになるだろう。


 こつこつと作業を進めてきたので、商品一覧表は販売価格を除けばほぼ完成というところまでできている。

 わたしはこの表を基にして、雑貨屋で扱う商品カタログを作る予定だ。

 雑貨屋では安全上の問題から商品の陳列は少なめにし、その代わりどんな商品があるのかわかるように商品一覧を丈夫な紙か木の板で作り、それを客に見せる。

 その中から客が所望した商品を出して見せ、客が欲しがれば販売する、そういうスタイルでやっていこうと考えている。


 城下町で価格調査のために店巡りをした時、店頭の陳列商品が少なかった魔術具店に木の板でできた商品一覧があり、これはいい、真似しようと思ったのだ。

 瀟洒な意匠を凝らしたなかなか素敵なカタログだったので、おそらく職人に作らせたんだろう。

 同じような物を業者へ発注するためにも、カタログ用の商品一覧をジャンル毎に紙に書き出しておく必要がある。

 ただ、どの業種に頼めばいいのかまったくわからないから、誰かに動画で実物を観てもらって発注業者に当たりをつけておこう。


 それから、商品の在庫のことも考えないと。

 毎日少しずつアイテムを購入して『どこでもストレージ』に貯めているが、一度整理して今後の購入計画を見直したい。

 消耗品などは在庫数をしっかりキープしておきたくはあるが、何にどれくらい需要があるかわからない以上、あまり買い進めるのも良くないだろう。

 まずは城と魔族軍と研究院に納める商品から手を付けた方がいいかもしれない。

 納品する品や数、納品サイクルのことなども一度魔王たちと相談した方が良さそうだ。


 あとは、お茶を淹れる腕前をもっと上達させたい。

 新居への来客などで困る事態になるかもしれないので、これは引っ越しまでには確実に達成しておく必要がある。

 今日はお稽古を休んでしまったけれど、明日からは毎日3回の食事の度に練習してもいいか、ファンヌに相談してみよう。


 それから、ファンヌにはスカーフの巻き方も教えてもらわなければ。

 あんな一枚の布で髪を綺麗に包むなんて器用なこと、どうやるのか皆目見当もつかないし。

 ハッ! スティーグに新しいメイクを教えてもらった時に、例のスタイリッシュなスカーフの巻き方も教えてもらえば良かった!!

 ……って、装いに関することに男性を関わらせてはいけないという話だったけれど、教えてもらってもいいのかな……。

 いや、スティーグに関してはもう今更だ。

 今度会ったら教えてもらえるよう、後でスティーグにメッセージを送って頼んでおこう。


 『転移』の実験をやると言っていたけれど、一度予定を聞いてみよう。

 ……これもきっと引っ越し前にやるんだろうな。

 わたしの機密に関わるから人払いするらしいけれど、調整も大変そうだし大丈夫なんだろうか。

 でも、確実に魔王城か境界門へ『転移』できるとわかれば心強いし、きっと彼らも安心してくれると思う。


 そういえば、引っ越し後の講義はどうなるのかレイグラーフに確認しておかないと。

 クランツに付き合ってもらっている護身術の訓練も引っ越したらできなくなるのだし、毎週は無理でもできれば隔週くらいで講義と訓練を受けたい。

 でも、あまりしょっちゅう離宮へ来ていたら一人暮らしを始めた意味がないような気もするなぁ……。


 レイグラーフといえば、借りている本を早く読まなければ。

 しかし、そうは言っても結構な冊数を借りているので、引っ越しまでに読み切る自信がない……。

 このまま城下町へ借り出せるかどうか聞いてみようかな……。

 どこでもストレージにしまっておけば絶対に盗難に遭うことはないのだし。


 あっ、そうだ。

 今度魔王に会ったら戻り石の進捗を聞くこと。

 これも忘れずにメモしておかないと。


――離宮にいる間にやるべきことは、だいたいこれくらいかな?



 さて、次は城下町へ引っ越した後に取り組むべきことを書き出そう。


 まずは、先程の商品カタログの発注だ。

 問題は業者の選出なのだが、良い店があるかどうか近所の誰かに尋ねてみるのがいいだろうか。

 第三兵団の人が巡回してくれているそうなので、その人たちに尋ねてもいいかもしれない。


 ああ、でもその前に販売価格を決めるためにも冒険者に話を聞かなくては。

 それに、スティーグが言っていたようにアイテムの性能テストを頼んでみるのもいいかもしれない。

 こういうのも冒険者ギルドへ依頼を出すものなんだろうか。

 できれば信頼の置ける人にお願いしたいから、最初は誰かに紹介してもらうのがいいような気もする……。

 これも近所の人か巡回班の人に尋ねる案件としよう。


 それと、冒険者からの聞き取り調査が終わって販売価格が決まってからでもいいかもしれないが、商業ギルドに登録しなければいけない。

 スティーグの話では年会費を支払うようだし、精算時に使う魔術具は商業ギルドの登録時に提供されるそうだから、しっかりと話を聞いておこう。

 ネトゲ仕様で録画できるとはいえ、わからないことはその場で尋ねて解消しておかないとまたギルドに尋ねに行く羽目になる。


 あとは、内装業者に用意してもらうのは断ったから食器を買いに行かなければ。

 ……よく考えてみたら、引っ越したその日のうちに買ってこないとお茶も飲めないじゃないか。

 ううぅ、ちょっと失敗したかも……でもウィンドウショッピングで食器選びしたいしなぁ……。

 まぁいいや。初日は全部外食かテイクアウトにしよう、そうしよう。

 いざとなったら、わたしにはネトゲの食料品アイテムがあるんだし!



 さて、タスクの洗い出しはこれくらいでいいだろうか。

 もう少し詳細を詰めたら優先順位をつけて着手していこう。

 手助けが必要なものは順次お願いするとして、ファンヌは夕食の時、レイグラーフは明日の講義の時、クランツは明朝の訓練の時に頼むとして、魔王は会った時でいいかな。


 問題は納品に関することだ。

 研究院の分をレイグラーフと講義の時に話すのはいいとしても、結局は魔王の側近のカシュパルかスティーグに決済の手続きをしてもらう必要があるんだから、まずは彼らに話を持ち掛けた方がいいような気がする。

 『転移』の実験のこともあるし、まとめてスティーグに相談してしまおうか。

 どちらにしろ、スカーフの巻き方のことで連絡するのだし。




 そんなわけで、まずは夕食時に給仕をしてくれるファンヌへお茶のお稽古のことと、スカーフの巻き方のことをお願いしたら快諾してくれた。

 明日以降、せっせと教わることになるだろう。


 そして、スティーグにはメッセージの魔術で伝言を送った。



「先程お世話になったばかりで誠に恐縮なのですが、今後のことでご相談したいことがありますので、お手すきの際にでもお運び願えませんか?」


《スミレさん、いくら何でもその敬語は固すぎますよ。そろそろ本腰を入れて敬語を外してもらいませんと。ルードが与えた猶予は特に期限を切ってはいませんでしたが、離宮を出る前に一定の成果を見せた方がいいんじゃないですかねぇ》



 ……久しぶりに敬語に関してダメ出しされてしまった。

 どうやらToDoリストの作成や雑貨屋の経営について考えていたせいか、頭がビジネスモードになっていたらしくお堅い敬語が出てしまったようだ。

 確かに、魔王にやらかしたらまたお仕置きと言って戻り石で作る魔術具のことを教えてもらえないかもしれないので、注意が必要だろう。



「相談したいことがあるので、時間がある時に来てもらえませんか? ……これくらいなら大丈夫でしょうか」


《そうそう、せめてそのくらいで行きましょうよ。敬語は敬語でも、なるべく気軽に、フレンドリーにね》



 何だか、中学や高校時代の部活の先輩にでも話しているような感じだなぁ……。

 お兄さん的存在の側近二人とクランツにはそういう感覚で話してみようか。


 ただし、魔王とブルーノとレイグラーフは保護者と先生だし、何と言っても高位の役職者なんだから、せめてもう少しだけ敬意を払いたい。

 でも、職場の上司を相手にした時くらいの話し方だと、堅いと言われてしまいそうな気がするなぁ……。


 バイト先の店長や職場の先輩を相手にした時くらいの話し方なら、許してもらえるだろうか。

 まずは明日の講義でレイグラーフに試してみよう。

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