第53話 スティーグのデモンリンガ説明会
国民証付与の儀式が無事終わり、立ち会ってくれたファンヌとクランツはそれぞれの仕事へ戻っていった。
わたしは一人残ったスティーグからデモンリンガの説明を受ける。
紫水晶のように透きとおったこの腕輪型の魔術具は魔石でできていて、装着した瞬間から持ち主と魔術的に繋がり死ぬまで外れることはないという。
しかも、固い素材なのに持ち主の成長に伴い自動的にサイズが変化するらしい。
「素材は魔石ですからそれなりに重いですが、重量軽減の魔術陣が組み込まれているから重さを感じないでしょう?」
「魔石なんですか! 軽いからてっきり樹脂製だと思ってました」
「私も装着しているという感覚はないですからねぇ。ほとんど体の一部という感じですよ」
ちなみに、無理矢理外そうとしても本人の腕から離れた瞬間消滅するため、強奪も偽造も不可能だそうだ。
この強固に守られた国民証の魔術具はデモンリンガといって、魔族国の一般人にとって最重要魔術具といえるものらしい。
その機能は実に多岐に渡るため、この魔術具がなければ魔族の生活は成り立たない程だという。
身分証明や公的機関の各種手続きはもちろんのこと、決済や金銭のやり取り、通行や入室の許可に鍵の開け閉め、印鑑やサイン代わりにもなる。
承認や決済や解錠など何らかの操作をした時には一瞬光るので確認を怠らないようにと注意を受けたが、本人が了承していないのに勝手に反応することはないのでそこは心配ないらしい。
「雑貨屋を開業するには商業ギルドへの登録が必要になりますが、その手続きもこれで行うんですよ」
「ギルドがあるんですね。うわ~、ちょっと緊張してきました」
「気が早いですねぇ。従業員を雇わないなら、問題を起こさない限り商業ギルドへ行く用事はほとんどないと思いますよ。むしろ客層を考えたら冒険者ギルドへ行く回数の方が多いかもしれません」
商業ギルドに冒険者ギルド!
わたしがやっていたネトゲにもあったよ、足繁く通ってたよ!
いかにもファンタジーという組織の登場に思わずときめいてしまう。
「雑貨屋で冒険者ギルドへの用事というと、アイテムの納品とかでしょうか」
「そういうのもあるでしょうが、まずはあなたの扱うアイテムの性能テストなどを依頼するといいんじゃないですかねぇ」
おおぅ、商品を売る相手としか捉えていなかったけれど、冒険者とはそんな関わり方もあるのか……。
何だか話が一気に具体的になってきて胸がドキドキしてきた。
正式に魔族国の民となり、いよいよ雑貨屋を開業するんだと実感する。
税金やギルドの年会費など支払いが義務化されているものは自動的に徴収されるそうで、家賃なども契約を締結すると自動引き落としの手続きまで魔術的に処理されてしまうそうだ。
引き落とし後に通知が来るが事前通知はないそうなので、残高には注意する必要がある。
わたしは毎朝ステータス画面のチェックで所持金も見ているので心配はしていないけれど。
機能の説明がひと通り終わったところで、保留にしていたネトゲアイテムの決済をすることになった。
数字が並んでいる魔術具をスティーグが何やら操作すると金額が表示され、それを確認してからわたしは腕を伸ばして魔術具の上にデモンリンガをかざした。
デモンリンガが光ると、チャリンというSEと共に金額と金銭受領の文字が視界中央に浮かんで消えていく。
魔族にはSEも文字が浮かぶ現象もないらしい。
おそらくネトゲ仕様なんだろう。
商業ギルドに登録する時に、この魔術具と同様の物が提供されるらしい。
お店の売上や税金、従業員の給与など、お店の会計に関することのすべてが魔術的に処理されるようになるとのことだ。
このシステムでは脱税も横領も起こりそうにないなぁ……。
「次はスミレさんのデモンリンガについて話しましょう。他のとは少し異なりますから」
自分の左手首にはまっている無色透明な腕輪の表面を指で撫でながら、スティーグは話を続けた。
一般的な魔族のデモンリンガはスティーグのものと同じ無色透明だ。
それに対して、わたしのように魔族国に庇護されている者たちのデモンリンガには色がついていて、簡単に見分けがつくようになっているという。
「魔族以外のデモンリンガは薄い紫色なんですね。もしかして、魔王陛下の目の色だったりしますか?」
「残念、半分だけ正解ですねぇ。魔王の色というのは当たりですが、紫色のデモンリンガはスミレさん、あなただけですよ。普通の庇護者たちのデモンリンガは薄い緑色なんです」
魔族国は長い歴史の中で様々な者を受け入れており、過去に何回か当時の魔王色のデモンリンガが付与された例はあるらしい。
もっとも、ここ千年はなかったそうだが。
そんなスティーグの話が落胆気味の耳を通り過ぎていく。
「……わたしだけ色が違うのは、やはり聖女だからなんでしょうか」
「それも半分だけ正解ですねぇ。あなたを確実に守るには魔王色のデモンリンガが最適だと判断した結果ですが、あなたが聖女じゃなかったとしても結局は魔王色になったと私は思ってますよ」
「何故ですか?」
「我々があなたを守りたいからでしょうねぇ」
スティーグが言うには、彼らから見てわたしは非常に庇護欲を掻き立てる存在なんだそうだ。
確かに以前、ファンヌからもそう言われたことがある。
以前のメイクのわたしは成人前の子供のように見えたからと言っていたっけ。
メイクが変わった今も魔族社会に不慣れなわたしは庇護対象に映るらしく、それは魔族の性としか言いようがないそうだ。
「あなたが聖女かどうかを別にしても、我々はあなたを守りたいと考える。そしてそれは、一般の魔族を守りたいという気持ちにも繋がるんですよ」
意味がよくわからず、わたしは首を傾げてしまった。
わたしに特別なデモンリンガを与えることが一般の魔族と何の関りがあるんだろう。
「例えば魔族同士で何かしら諍いがあった時、部族や種族の者が介入して調停することは魔族社会では割とあるんですが――スミレさん、もしもあなたがそうなった場合は誰が出ることになると思います?」
「……もしかして、魔王陛下だったりするんですか?」
「ふふふ、今度は完全正解ですよ。おめでとう」
話の流れ的にもしやと思い言ってみたら、まさかの正解だった。
軽い調停なら保護者格の者が担い、ほとんどのケースがそれに該当するが、内容によっては部族内の上位の者が、最悪の場合は部族長同士の話となるらしい。
「亡命者である若い人族のあなたを見くびった魔族の誰かが絡んできて、トラブルに発展したとします。軽い気持ちでいた相手の前に、あなたの保護者としてルードが登場したら相手はどう思うでしょうねぇ」
「それはちょっと……いえ、すごく可哀想ですね……」
「でしょう?」
実際には魔王の名代としてレイグラーフかブルーノが出ることになるだろうとスティーグは言ったが、研究院長と魔族軍将軍なんだからどちらにしろ相手は驚くに決まっている。気の毒だ。非常に気の毒だ。
オーグレーン荘周辺の住民にはわたしが魔王の庇護を受ける者だとあらかじめ紹介する予定らしいが、それ以外の地域の者たちとの交流も当然ある。
紫色のデモンリンガを見て全員が魔王を連想するかは不明だが、少なくとも通常の亡命者でないことは理解するだろう。
そうなれば大抵の魔族はわたしを手酷く扱うことはない。
わたしにこの紫色のデモンリンガを付与することはわたしを守ることでもあり、一般魔族を守ることにもなる。
「トラブルを回避したいという我々の事情は理解してもらえましたか」
「はい。特別扱いは嫌だなと思っただけで……、わたしが聖女なのは逃れようのない事実ですし」
「聖女扱いは、そんなに嫌ですか?」
スティーグがわたしの目を見て、そう尋ねた。
ストレートな問いにわたしは咄嗟に答えを返せなかったが、昨日一人飲み会でつらつらと考えていたことが頭に浮かんできた。
「皆さんがわたしに聖女の役割を押し付ける気がないことはわかってます。でも、わたしが聖女であることを受け入れれば、お役に立てることはきっと今より多いと思うんです。雑貨屋なんかより、遥かにずっと」
皆に掛ける迷惑も少なくて済むし、というのは言わずにおいた。
そういう思考を彼らが好まないことはわかっている。
「それでも、やはり聖女という存在に嫌悪を覚えてしまうんです……」
「スミレさんの中では、まだ聖女とイスフェルトが密接に結びついているんでしょうねぇ」
無理もないことだけどと言いながら、スティーグはティーポットを手に取りお茶を淹れ始めた。
そうかもしれない。
確かにわたしはイスフェルトに勝手な理由で召喚され、この世界に固定されてしまった。
何もかもをイスフェルトに奪われたと思っている。
そして、そんな自分がすごく嫌だ。
スティーグにお茶を勧められてひと口含む。
悔しいけれど、まだわたしの淹れたお茶よりスティーグの方がおいしい。
もっと練習しなくちゃ。
「何だかまた自分を責めてるような顔ですねぇ。今度は何を責めてるんです?」
「……実験施設での実技の時に、イスフェルトのことを意識したら気持ちが憎悪で塗りつぶされてしまって……」
自分にはあいつらに仕返しをする権利があると思っていたし、自分だけに許された魔法やネトゲ仕様の機能を私怨で行使することに何の躊躇もなかった。
だけど、悪感情に揺さぶられて、殺戮マシーンのように冷徹に魔物を蹂躙した自分に嫌気が差した。
イスフェルトの連中を許す気はない。
でも、あいつらのために自分が嫌なヤツになるのも、自分の手を汚すのもまっぴらだ。
こんなドロドロとした醜い感情を人に知られたくないけれど、いつもスティーグはどんな話でも淡々と聞いてくれるので、つい打ち明けてしまう。
今日もスティーグは黙って聞くだけ聞いて、その後唐突に新しいメイクを教えてあげると言い出したので驚いた。
「聖女のことは自然に折り合いがつくまで放置しておきなさいな。気分転換にはおしゃれが一番です。今のメイクが合わない服もありますから気になっていたんですよねぇ」
スティーグはそう言ってわたしにメイクボックスを持って来させると、あっという間にメイクを施していった。
オレンジのアイシャドウをアイホール全体に乗せ、濃いめのグリーンのアイシャドウをアイライン代わりに引く。
そして、チークはコーラル色を軽く、リップは明るいベージュで血色良く仕上げられた。
何だこれ……。
グリーンのアイシャドウなんてハードル高そうなのに、地味顔のわたしに何で似合ってるの……?
しかも、これで地味メイクとか嘘でしょ?
気分転換は大成功で、わたしの気持ちを素敵メイクで簡単に浮き立たせると、スティーグは軽やかに笑って帰っていった。
スティーグは、本当にすごい!
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