第51話 【閑話】スミレは危険人物か
酒がそれぞれの手元に渡ったところで、スミレの魔力に関連することでと前置きしてクランツがレイグラーフに質問があると言った。
実験施設からの帰り道にスミレとこの二日間で行った実技や訓練の話をしたのだが、その中で気になることがあったそうだ。
「殲滅の実技の時、さすがに後半は魔法のやり繰りが苦しかったらしく、魔術が使用禁止でなければアクティベートを使いたかったと言っていたんです。スミレは魔法を使う時にもエレメンタルを意識しているんじゃないでしょうか」
「魔術と違って、魔法はエレメンタルを素としないんじゃなかった?」
「そうなんですが、効果を感じてないならそもそもアクティベートを使おうなんて考えないでしょう?」
カシュパルの問いに答えつつ、クランツはレイグラーフに尋ねる。
スミレを警戒させてはいけないと思い追及こそはしなかったものの、エレメンタルの影響は魔法にも及ぶのか、影響が及ぶ場合はどんな影響が考えられるかとクランツは気になったらしい。
「スミレがどの程度エレメンタルについて理解しているのか知りませんが、おそらく彼女なりに使いこなしてきているのではないかと思います。そのあたり、魔術の師であるレイはどう考えますか」
「……スミレは魔術についての知識を素直に、柔軟に取り込んでいきます。まぁ、重量軽減の魔術のように苦労する分野もありますが。ですので、私が事あるごとに口にするエレメンタルへの意識を自然に行っている可能性は確かにありますね」
魔法についてはその効果を目にするのみで、呪文すら見聞きできない状況ではエレメンタルが影響するか否かを我々が判断することはできない。
ただ、森羅万象はエレメンタルの上に成り立っているという理から考えれば、魔法にも影響する可能性は十分考えられるとレイグラーフは答えた。
「魔術も魔法も存在しない世界から来たスミレにとっては、どちらも等しく不思議な力なのですよね……。魔術と魔法の違いは、片方はネトゲ仕様由来の存在であり使えるのが自分だけという点くらいのものだと、以前講義の最中にスミレが語ったことがあります」
「その程度の認識ならば、どちらも区別なくエレメンタルを意識して術を使っている可能性はある。それはそれで、柔軟なことだと感心するが」
「魔術に対する既成概念も固定観念もないのですから、スミレにはそれが自然なことなのかもしれませんね」
「しかし、魔法にもエレメンタルが影響するとしたところで根本原理がわからぬ以上、魔力効率と威力の向上以外の影響を予測するのはやはり我々には難しいな」
「そうですね……。ああぁ、魔法は本当に興味深いです。せめて呪文だけでも知ることができたら研究の糸口となるでしょうに」
研究院長のレイグラーフと魔王ルードヴィグという高位の魔術師二人が言葉を交わしている横で、ブルーノが眉を寄せて沈思していることに気付いたクランツが声を掛けた。
「将軍、どうかしましたか」
「……すっげぇ嫌なことを思いついちまったんだが」
「ほう。聞かせてください」
「う~~ん……」
「ブルーノ、聞かせてくれ」
魔王に促されたブルーノが嫌そうな顔で、しかしぽつりと語った。
「スミレが精霊を呼び出して、エレメンタルを意識しながらアクティベートを唱えて精霊を活性化させ、その上でエレメンタルを意識しながらアナイアレーションを放ったら、一体どんなことになるんだろうな……」
ごくりと誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。
そんな些細な音が聞こえる程、ブルーノの言葉に全員が押し黙っている。
イスフェルトでスミレがアナイアレーションを放った時は聖女召喚の魔法陣破壊のために全力を注いだせいか、魔法陣以外に破壊されたのは城の一部だけだったという。
異世界から人ひとり召喚する魔法陣の破壊にどれ程の魔力が必要か。
その魔力のすべてを周辺の破壊のみに注いだ場合、一体どうなるのか。
以前カシュパルが一個大隊が消し飛びそうだと言ったら、アナイアレーション発動時の魔力の揺れを感知した魔王は否定しなかった。
そして、それはスミレが魔術を習う前の話で、離宮を出ると決まってから二週間のうちに彼女の魔術の扱いは飛躍的に成長し、その驚くべき成果をこの二日間で目の当たりにしている。
「腕を上げたのは魔術だけじゃねぇ。俺が護身術の構築を頼まれた時に検証用に見たのと今日の魔法じゃレベルが違っていた。さっきのクランツの話のとおりなら、魔術の講義や訓練は確実に魔法の扱いにも影響しているぞ」
宙を見つめながらひと息にそう言うと、ブルーノはその青い目をまっすぐレイグラーフに向けた。
「なぁ、レイグラーフよぉ。もしかして俺たち、とんでもない魔術師を生み出しちまったんじゃねぇのか」
「ブルーノはスミレのことを危険人物だと考えているのですか?」
「そうじゃねぇ……いや、そうなのか? だが、どちらにしろ魔術や戦闘について指導するのはここまでとしておきたい」
「……それには同意します。とても残念ですが……」
ブルーノの強い視線と問いをレイグラーフはたじろぐことなく受け止めたが、彼が示した方針には同意せざるを得なかった。
スミレの危うさはレイグラーフも案じている。
彼女は思わぬところで魔術の腕を伸ばしてくるのだ。
難易度の高い無詠唱による魔術の発動を見よう見真似でいとも簡単にやってみせた、あの衝撃の記憶は未だ新しい。
「スミレは基本的に真面目で温厚だ。根性もあるし落ち着きもある。多少頭でっかちで少し抜けているところはあるが、これといって問題のある人物じゃない」
ブルーノは自分の考えを確認するかのように、スミレへの評価を一つずつ積み上げていく。
「だが、時々俺たちが考えもしない言動や思考をすることがあり、激情に駆られた時はその衝動に突き動かされる。その時にあいつがどう動くか読み切れないところに以前から不安はあったが、今日の後半の様子はそれを裏付けた」
「離脱と殲滅の時のことか」
「ああ、特に殲滅の方だな。俺がイスフェルトに言及したせいだが、スミレがあんな風に豹変するとは思わなかった」
「単に必死だっただけじゃないの?」
「それは他の時でも同じだったろう?」
スミレは攻撃に関して最初は腰が引けているのが常だとクランツは言う。
指導には懸命について来るし貪欲に吸収し意欲的に挑戦するが、ひりつくような空気を纏ったああいう反応はこれまでに見たことがない。
一方で、ブルーノはスミレの手慣れた戦いぶりにも言及する。
初めての本格的な戦闘の上に、魔物の量は想定外の多さ。
なのにスミレは鮮やかな手際で敵を捌き、しかもブルーノが教えた手順を応用するだけでなく、試してすらいない魔法をいきなり戦術に組み込んでみせた。
「あれは『激昂』だったんでしょうか」
「だと思うが、何しろ魔法は呪文の詠唱が聞こえねぇからな……。『移動』を多用していたこともあって、あいつが何をやってるのか全部を正確に追えたとは正直言い切れねぇ。動画があればじっくり検証できるんだが」
「ええ、ええ。動画は本当に有効ですよね。魔術具化を頑張らなければ」
軍人二人の談議に妙な方向で同調しているレイグラーフを横目にしながら、魔王は現時点での最終的な判断を下すべく魔族軍将軍であるブルーノに問いかけた。
「スミレを城下町で一人暮らしさせることについて、お前はどう考えている」
「魔力に関する無知が引き起こす危険性については十分に低下したと考えていい。自分の持つ能力に関して認識を深めたし、攻撃魔術によるダメージを実際に見知った今となっては、そう簡単には暴発しないだろうと思ってはいる」
「
「ああ。懸念は依然としてあるが、城下町へ出しても大丈夫だと思う。第一、そのためにあいつはあれだけ頑張ったんだ。今更止めるわけにもいかねぇだろ」
他の者はどうだと魔王が場を見渡すと、それまで黙って聞いていたスティーグが軽く手を挙げて意見を述べた。
「ブルーノがスミレさんの恐怖心に楔を打ち込んだのなら、バランスを取って今度は愛情の方に楔を打ち込むべきだと思いますねぇ」
「どういう意味さ」
「具体的には?」
「愛情を抑止力とするんです。親しい者や大事な人を魔族の中に多く作らせて、彼らを傷つけたくない、守りたいとスミレさんに思わせればいいだけの話ですよ」
魔王以外の面々は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、ブルーノが早々に眉間のしわを解いた。
彼の手元のグラスが空になっているのを見て、スティーグが酒瓶をブルーノに手渡す。
皆、事を難しく考えすぎだ。
付きっ切りだった四人はそれだけこの二日間神経を張り詰めていたのだろうが、無事にすべての訓練と実技を終えたのだから今夜はもうゆったりと酒を味わったらいいのに。
そう言って笑顔で労いつつも、スティーグは淡々と言葉を紡ぐ。
「ですから、早いところスミレさんを城下町へ送り出してあげましょうよ。新しい友達を作って近所の人たちと交流して、そうやって魔族社会に馴染んでしまえばブルーノが心配するような暴走をスミレさんが起こす確率は激減するんじゃないですかねぇ」
更にスティーグはスミレの意識を雑貨屋の経営や新しい生活に馴染むことに向けさせ、イスフェルトのことからなるべく意識を遠ざけさせようと提案すると全員が賛同した。
「ふむ。スティーグの言はもっともだ。ならば、もう国民証を付与してもいいか」
「魔族国に帰属意識を持つでしょうし、タイミング的にもいいと思いますよ。準備は既に済んでいますから、いつでもどうぞ」
それなら朝練も講義も休みだから明日はどうかとクランツが提案し、即決で魔王に採用された。
丸二日間をスミレの訓練に充てたため、明日は絶対に本業を休めないブルーノとレイグラーフは国民証付与の儀式に立ち会えないことを酷く残念がったが、こればかりは仕方がない。
「ううぅ、スミレの大切な儀式に立ち会えないなんて……。こうなったら、せめて自宅の魔術具の点検は私にやらせてくださいよ! これだけは絶対誰にも譲りませんからね!」
「はいはい。そろそろ内装工事が終わるらしいから、スミレを連れて一緒に確認しに行こうよ」
「ついでだ、昼食は近所の店にでも連れて行ってやれ」
「それはスミレさんが喜びそうですねぇ」
「国民証付与の後なら支払いの練習もできます」
「……お前ら、スミレに肩入れしすぎだろ……」
どの店がいいかと城下町の食堂談議に花を咲かせた彼らが解散する頃には、酒瓶はすっかり空になっていた。
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