第50話 【閑話】第一回ヴィオラ会議

 スミレを離宮の自室に送り届けたクランツは魔王の執務室へと向かっていた。

 これから前回ヴィオラ会議と名付けられた会合が開かれ、二日に渡って実験施設で行われた様々な実技に関して話し合うと聞いている。


 道すがらレイグラーフと行き合った。

 実験施設を片付けていたから遅くなったのだろう。

 二人が入室すると既に他のメンバーは揃っていて、すぐに夕食と共に会議が始められた。



「皆ご苦労だった。レイ、最終的な報告を頼む」


「はい。残念ながら、スミレの生命値や魔力量などを計測することはできませんでした」


「え、何でさ」


「理由はわかりませんが、実験施設の装置はスミレの存在を示す各種エネルギーを感知しなかったのです。ただし、放出した魔術のエネルギーは感知したので計測できました」



 魔王とスティーグは制御室で実際にスミレの存在が装置に反映されていないのを見たらしい。

 ブルーノらが制御室に来た時はスミレも一緒だったため、装置の状態を見せるわけにはいかなかったそうだ。

 ちなみに魔王とスティーグは両日ともに午後の訓練を見に来ていたらしく、一日目の防御魔術と攻撃魔術の訓練、二日目の離脱と殲滅の実技のどちらもすべて見たという。



「魔王もスティーグも重要なところは概ね見ていた、と。説明不要なら話が早いです」


「しかし……そうか、測れなかったか……。魔力の強さは魔力量だけで決まるものじゃないとはいえ、できればアナイアレーションを使ったヤツの魔力量は把握しておきたかったんだがなぁ」


「放出された魔術のエネルギーの計測値から割り出す方法である程度予測することは可能なのですが、スミレの場合、魔力の回復速度がかなり速そうですし、エレメンタルを意識することで途中から魔力効率が上昇しましたから、算出された数値が信頼できるかというとかなり疑問に思いますね」



 ちなみにどんな数値が出たのかというクランツの問いに、レイグラーフは少し考えてから答えた。



「そうですね……。ブルーノと同じくらい、といったところでしょうか」


「アナイアレーションを放てるヤツの魔力量が俺と同じなわけがあるか。昨日の訓練で攻撃魔術を連発していた時、俺の魔力は終盤かなりカツカツだったんだが、スミレは平気な顔で続けていた。俺より魔力量が多いのは確実だぞ」


「それじゃ、ルードやレイと比べてみたらどうなるでしょうねぇ」



 魔力量そのものを測定できる魔術具はない。

 しかし、次期魔王や部族長を選出する際に候補者らの魔力量を比較する必要が生じることがあるため、魔力量の多寡を判定する魔術具は存在する。

 スティーグが言うように魔族内でも随一の高魔力保持者であるが故に魔王や研究院長に選出されたルードヴィグやレイグラーフと比較することで、相対的にスミレの魔力量を想定することはできるのだ。


 ただし、魔力量の多寡というのは魔族にとってデリケートな話題なので、みだりに人の魔力量を尋ねたりすることはマナー違反とされている。

 先程レイグラーフがスミレの魔力量をブルーノと同じくらいと発言したのはあくまで学術的な回答を求められたからであり、普通の会話であれば当然口にしなかった。

 既にこのことを魔族社会のタブーとして講義でスミレに伝えているレイグラーフは、本人にわかる形でスミレの魔力量を測るような真似は避けたいと言った。



「研究施設の設備ならドーム内にいる者の魔力量をある程度把握できる、それならついでに調べてみようと思ったまでのこと。魔族間では互いに尊重して控えるのにスミレに強いるようなことはしたくありません。わざわざ調べる必要はないと思います」


「まぁ、アナイアレーションが使えたという事実だけで、魔族内でもトップクラスの魔力量であることは間違いないんですから、確かにそれ以上は誤差の範囲かもしれませんねぇ」


「スミレに測定の魔術具を使わせなくたって、ルードとレイがアナイアレーションを使えるかどうか試せば比べられるんじゃない?」


「お前なぁ、冗談でもそういうことを言うなよ」


「あながち冗談でもないんだけど」


「なお悪いわッ! どこで試す気だ、被害や影響を考えろ」


「ちなみに、ルードとレイはアナイアレーションを試したことはあるんですか?」



 スティーグの問いに、二人とも試そうと思ったこともないと言った。

 魔物退治や人族との戦闘ではこのクラスの魔術など必要ないのだ。

 アナイアレーションが禁忌の魔術扱いとなり悠久の時が流れた現在においてはそれが普通の反応だろう。

 好奇心旺盛なレイグラーフですら敢えて禁忌を犯そうとは考えたこともない。



「研究施設で数値を測定できなかったケースは過去にもあるんですか?」


「記録にはありません。なので、最初は装置の故障かと思ったのですが……」


「私も調べてみたが、装置に不具合はなかった」


「研究院長と魔術具の権威が見て故障してなかったんなら、スミレの能力はいつもの『ネトゲの仕様』で測れないようになってるってことでいいんじゃないの?」


「魔法の詠唱が聞こえない、一覧表の中で魔法の呪文だけがこの世界の文字に変換されない、というのと似たような現象なのでしょうね」



 結局それか……と何人かが眉を寄せている。

 そういう設定なのだ、呑み込むしかないとスミレは言うが、エレメンタルという理の下で魔術的に説明がつかないことはほぼないという世界に住む彼らにとって、理にかなっていないことを呑み込むのは実に難しい。


 それでも、スミレからさまざまな情報を聴取しているレイグラーフはこれまでに得た知識を駆使して考察を進めていた。

 スミレの話によると本来ならネトゲ仕様のステータス画面にはレベルや生命値、魔力量といったさまざまな要素を数値化したものが表示されるそうなのだが、何故かそれらが表示されず、スミレ本人も自分の能力を掴めていないのだという。



「スミレに起きているその現象と今回の測定不能は同じことなのではないかと考えています。表示および測定すべき数値が強制的に伏せられている。しかし、それは変化する可能性があるのです」



 ステータス画面には所持金という項目もあるのだが、これも最初は他と同じように表示されていなかった。

 それが、聖女召喚の魔法陣を破壊する際、仮想空間のアイテム購入機能で回復薬を購入した直後、突然表示されたのだそうだ。

 それ以来所持金は常に表示されており、アイテムの購入の度に正常に変動しているという。



「同じことが他の要素でも起こるかもしれないので毎朝ステータス画面をチェックしているとスミレは言っていました。能力値などに変化があれば、それがきっかけとなってステータス画面の該当部分の表示が正常化する可能性はあります」


「……スミレは自分の能力値を知りたがってるのか?」


「ええ。魔力を消費した時に現在の魔力残量が何割くらいというのはネトゲ仕様で可視化されているそうなのですが、具体的な魔力量を把握していないのでどの魔術を何発打てるといった目算が立てられなくて困る、と」


「アナイアレーションの時か」


「それと、イスフェルトからの逃亡時ですね」



 目算を立てて魔術や魔法を使えなかった結果、究極クラスの回復薬をがぶ飲みせざるを得ず、早々に一日の限界本数分の回復薬を飲み切ってしまい、魔族国への逃亡中スミレは魔力のやり繰りにとても苦労したらしい。



「自分の身が危うい時に魔力残量を計算できずに魔術を使うのは勇気がいるよね」


「俺なら絶対避けたい」


「でも、スミレさんはそれを避けられないんですねぇ……。大変だなぁ」


「歴代の聖女も同じだったんでしょうか」


「どうでしょうね。聖女の記録は多くありませんから、聖女の特性なのかスミレだけの特殊な現象なのかは不明です」


「聖女が魔族国内に現れたのは三度のみ。それも大昔の話だ、致し方あるまい」



 そのうちの一回が竜人族領内でのことで、その時のエピソードが今も竜人族の領内に伝説として残っているらしい。

 それもあって竜人族には聖女を神聖視する者が少なくないという。



「……実はオーグレーン商会の会長もその一人でさ。少しだけ心配してる」


「スミレが住む物件の大家ですよね。カシュパルが心配するだなんて、大丈夫なのですか?」


「すぐ目の前の屋敷に住んでいるんでしょう? スミレにうるさく付きまとったりする懸念は?」


「聖女だって気付かれなきゃ大丈夫でしょ。それに、鬱陶しいくらいに崇めたてまつることはあっても聖女を害することだけはないよ。他の条件も併せてあのテラスハウスが一番安全だと思う」



 諜報と謀略担当のカシュパルが一番安全と言うのだから、城下町ではそれ以上の物件は望めないのだろう。

 とはいえ、手広く商売をしているオーグレーン商会ならいろんなところから情報が入るに違いない。


 魔族国内の情報は秘匿できても、人族のエリア内で聖女の出現が話題となればいずれその情報は入ってくるし、大家が同時期に魔族国で庇護された人族のスミレと繋げて考える可能性はあるとブルーノが指摘すると、カシュパルは肩をすくめてみせた。



「一応手は打ってあるよ。イスフェルトが聖女の怒りを買い、聖女召喚の魔法陣が消滅したことと、その聖女が自らの意志でイスフェルトを去り魔王の庇護下に入ったことを、イスフェルトの二つの属国の王に知らせて来た」



 その際、カシュパルは属国方面へ飛んでいく青竜の姿を複数か所でイスフェルト兵に目撃させたという。

 長年イスフェルトが覇を唱えて来れたのは聖女召喚の魔法陣の固定化により強大な魔力を独占できたからで、それがなくなれば今後どうなるかわからない。

 二つの属国も独立を目指して動き出すだろう。



「各国間は緊張状態になるだろうし、しばらくは情報収集に血道を上げるさ。聖女のことは当分伏せられるんじゃないかな。大家が聖女の情報を得るのはだいぶ先のことになると思うよ。それに、情報が秘されていた理由を考えれば慎重に動くべきだってことくらい彼の立場ならわかるでしょ」


「大家が何か問題を起こした場合は竜人族の部族長が対処してくれることになっている。既に話は通した」


「あの方は隠し事を嫌いますからあらかじめ話しておくに限りますよ。快く引き受けてもらえて良かったですねぇ」



 魔王と側近二人は相変わらず手回しが早いと、他の面々は呆れたような顔をして彼らを眺めている。


 ちょうどキリ良く食事も終わっていたこともあり、各自食器を洗浄すると、彼らはキャビネットからグラスを取り出し酒の支度を始めた。

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