第48話 護身術の総仕上げとご褒美飛行

 非常用護身術は離脱と殲滅の二つのパターンを想定していると、以前座学を受けた時にブルーノは言った。


 基本的には最短で離脱することを目指すが、場合によっては殲滅が最善ということもあるだろう。

 どちらも選べるようにしておくのが望ましいというのはよくわかる。

 非常用護身術も基本用と同じく、使う魔法や手順はわたしの判断に委ねられていて、相手の種類や状況に応じて座学や先程の実技で学んだことを応用していく。



「離脱の場合はドームの壁際に立ち、敵中を突破して反対側の壁に触ったところで終了。殲滅の方はドーム内の敵を一掃したら終了だ。魔術は使用禁止とするが、魔法は天候操作系と『転移』以外なら何を使ってもいいぞ」



 だから、実技がこういう形式になるのはある程度予想していたのだが、敵の量を最初はドームの半分程度、二回目以降は満杯に近い量にすると聞いた時は、あまりの多さに思わず息を呑んだ。



「そっ、そこまでの規模の敵を想定する必要があるんですか?」


「お前をさらう、または害する相手として俺が可能性を考えているのは一部の魔族に魔物、そしてイスフェルトの連中だ」



 最後に告げられた仮想敵の名を聞いて血の気が引いた。


 魔王に庇護してもらい、もう大丈夫だと安心しきっていた。

 そんな可能性、考えもしなかった。



「理をまげて聖女を手中に収め、長年その力を我が物としてきた連中が大人しく諦めると思うか? 取り戻すために全力であがくだろうよ」



 ……嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ!


 聖女を便利な魔術具扱いし、人としての尊厳すら平気で奪うあいつらとは二度と会いたくない。

 一切関わりたくない!!


 絶望的な気持ちになったところにぬっと手が伸びてきて、ブルーノにデコピンされた。



「話は最後まで聞け。現実にはお前がイスフェルトにさらわれるなんてことが起こるとは思ってねぇよ。だが、お前を取り戻すためにイスフェルトはいずれ万の兵を仕立てて来るだろう。可能性がゼロでない以上、それに備えるのが俺の役目ってだけだ」



 だから、念のためにある程度の敵勢と手合わせさせておきたいと、ブルーノは言う。



「数が多けりゃどうしたってビビる。だが一度経験しておけばお前も自信がつくだろうから少しは安心できるかと思ってな。まぁ、自分でも過剰だとは思うし、基礎は押さえたから実技はもう終わりにしてもいいぞ」


「……連中が来た場合、どれくらいの規模になるんでしょうか」


「いつもの侵攻で3、4万だから、聖女奪還となれば7、8万にはなるんじゃねぇか? もしかしたら10万いくかもな」


「やります。今すぐ始めてください!」



――イスフェルトにさらわれる可能性なんて、この手で粉微塵に磨り潰してやる!



 そこからはもう無我夢中だった。


 ターン開始と同時に『結界』を張るのはもう習慣のように刷り込まれた。

 言霊を意識してエレメンタルの力を呪文に乗せることも忘れない。

 敵の人数が増えた分、開始時点の敵との距離が縮まったので『時間減速』で敵の動きを遅らせる。

 『衝撃波』で吹き飛ばして道を拓くのが一番手っ取り早いが、再使用可になるまで待機時間があり連発はできない。


 まずは前方の敵に『衝撃波』を放って吹き飛ばすと、空いた空間を『移動』で瞬時に詰めた。

 次の敵集団を『縛』や『麻痺』で動きを封じ、敵中を走り抜けていく間に再使用可となった『衝撃波』を敵へ向かって再び放つ。

 それを繰り返せば反対側の壁までたどり着けた。


 二回目以降は敵の量が倍増したが、同じパターンで進む。

 ドーム内にどれだけ敵がいようと、わたしに攻撃できるのは周囲にいる一定数の敵だけだ。

 しかも離脱の場合は通り抜けられる程度に敵を蹴散らすだけでいい。


 三回目はサイズの大きなものや動きが速いもの、遠距離攻撃をしてくるものなどと敵の構成も複雑になったが、『結界』を維持している限り敵は一定の距離内に入れないのでパターンの繰り返しでゴリ押しする。

 魔力の残量はまだ3分の2以上ある。問題ない。



 数回繰り返したところで、ブルーノから離脱の実技の合格をもらえた。

 引き続き殲滅の実技に入る。

 蹴散らすだけで良かった離脱と違い、殲滅は敵を一掃しなければならないから確実に仕留めていこう。


 開始と同時に『結界』、直後に『衝撃波』を放つのはデフォルトだ。

 アンデッドの集団が視界に入ったので『転移』で距離を詰めて魔法の効果範囲内に入り、『退魔』で手っ取り早く敵の数を減らす。


 初回は敵の数も半分なのだし、一度も試したことがない『激昂』を放ってみる。

 一定時間敵を攻撃的にさせる効果がある魔法なのだが、案の定敵は同士討ちを始めた。

 敵の種類によってかかり易さに差はあるようだが、周囲の敵のHPを削り足止めをしてくれるので『衝撃波』の待機時間中に挟んでいこう。

 敵を仕留めきる攻撃魔法が少ないので、二度と使いたくないと思った『感電』も使う。

 先程のように長々と放つのではなく、一体ずつに強力な一撃を一瞬だけ放てばスタンガンのような効果になった。

 『感電』を使っても悪臭を放つ惨事にならない方法を見つけられたのは僥倖だ。

 手間はかかったが、危なげなくドーム内の敵を一掃することができた。


 二回目から敵が倍増するものの、その量の敵は離脱の実技で既に一度経験しているので落ち着いて臨む。

 一度経験しておけば自信がつくとブルーノが言ったことをつくづくと実感した。

 先程と同じパターンで敵を仕留めていくが、『感電』で一体ずつ狙うのはやはり手間が掛かりすぎる。

 そこで、『衝撃波』一発で倒しきれない大型の敵や装甲の硬い敵を仕留めるのに使っていくようにしたら効率よく狩れるようになってきた。

 手応えを感じつつ、二回目の殲滅を無事に終える。


 三回目で敵の構成が複雑になるのは織り込み済みだが、数が多く手強い敵を仕留めていくのはさすがにきつくなってきた。

 アクティベートで精霊を活性化したいが、魔術は使用禁止なので胸の内で精霊に援護を頼むに留め、『転移』で距離を取り、『朦朧』で敵の動きを鈍らせ、『縛』や『麻痺』で敵の動きを止め時間を稼ぐ。

 魔法による攻撃の要は『衝撃波』で、再使用可になるまでの待機時間を他の魔法を駆使してやり過ごしつつ、敵の動きを止め数を削っていくことが肝心だ。

 万が一『結界』が切れても『霊体化』で攻撃ダメージを無効化して時間を稼げば何とかできる。



 そうやって一心不乱にパターンを繰り返しつつ戦術を最適化していたら、何回目かの最後の敵を仕留めたようで、ブルーノの「終了!」という声が聞こえた。

 ずっと戦闘していたからか何だか現実感が遠ざかっていて、一瞬ブルーノが何を言っているのかわからなかったが、駆け寄ってきたブルーノに背中をバンバン叩かれてようやく殲滅の実技が終わったんだと理解する。



「上出来だぞ、スミレ! 非常用護身術も合格だ」


「……本当ですか?」


「おう。これだけできれば俺も安心してお前を城下町へ送り出せる」


「えへへ……。ありがとう、ございます」



 クランツやカシュパルもやって来て労ってくれた。

 気が緩んだせいか、鼻の奥がつんとして泣きそうになったので必死に我慢する。

 いい歳をして、そう何度も何度も人前で泣きたくないよ。


 そう思っていたのに、ずっと制御室に籠っていたレイグラーフが手を振りながら笑顔で駆け寄って来るのが見えたら、あっという間に視界が滲んできた。

 だってこの二日間レイグラーフはほとんど別室だったから。

 信頼するブルーノやクランツやカシュパルがいてくれたけれど、これまでずっと魔術の指導をしてくれた先生がそばにいなくて不安だったんだよ。


 涙を堪えようと俯いていたら両頬を包む手に顔を上げさせられて、心配顔のレイグラーフと目が合ったら我慢できずに顔をくしゃくしゃにして泣いてしまった。



「レイグラーフさん。わたし、合格をもらいました」


「ええ。よく頑張りましたね、スミレ。あなたはできると信じていましたよ」


「スミレは根性があるから、最後までやり切ると私も思ってました」


「ねぇ、合格ってことはもう終了でいいの? スミレ、僕の背中に乗って飛ぶ元気は残ってるかい?」


「もちろんです!」



 疲れ切っていたけれど、実技合格のご褒美なんだもの。

 乗せてもらうに決まってるよ!


 現金なわたしは鼻をすすりながら、さっそく竜化してくれたカシュパルのしっぽにいそいそと足を掛けた。

 少しずつよじ登っていき、首の根元に腰を下ろす。


 ……結構高い。

 というか、飛ぶんだからこれよりもっと高くなるわけで……。



「落ちたらと考えると、ちょっと怖いですね」


「受け止めるので心配無用です」



 何てことなさそうな口調でクランツは言うが、わたし結構重いし、それはちょっと辞退したい。



「……いや、『霊体化』すれば床に激突しないんじゃねぇか?」


「ヘッ?」


「なるほど。その可能性はあります。ついでに試してみたらどうですか」


「でも確定ではありません。危ないですよ、もしスミレが怪我でもしたら」


「回復魔術で治すだけ、なんですよね? だったら試してみたいです」



 単に魔術や魔法に慣れてしまったのか、それともまだ戦闘時の興奮が残っているのかわからないけれど、今は何だか冒険してみたい気分だ。



『なら、やってみようよ。飛ぶよって皆に伝えてくれる?』


「カシュパルさんが飛ぶよって言ってます。『レイタイカ』する前になったら手を振って合図しますね」



 飛び立つ時の挙動が結構大きくて、最初はカシュパルの首に必死にしがみついたけれど、スッと空気に乗った後はスムーズな動きになった。

 ドームの天井付近をカシュパルがゆっくりと旋回する。



「すごい……。竜に乗って飛んでるよ、わたし」


『こんな狭いところじゃなくて、せめてドームの外で飛べたらいいんだけど』


「さすがに急に許可はもらえませんよね~」


『ふふっ、仕方ないね。まぁ、ちゃんとした飛行は昨日言ったとおり城下町を見る時にしようよ』


「はい。楽しみにしてます!」



 それからわたしは『霊体化』しての降下を試してみた。

 カシュパルの背中の上で呪文を唱えたら、体が透けると同時にカシュパルの体をすり抜けてしまい、ふわふわと漂いながらゆっくりと降下していく。

 何だかとても不思議な感覚だ。


 無事に下まで降りられてホッとしたが、この二日間訓練に付き合ってもらったお礼を皆に伝えたいのに、霊体化したままじゃ格好つかないよ!

 そう言って皆で大笑いしつつ、霊体化が解けたところで改めてお礼を言った。

 本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。




 この二日間で得たものが多すぎて、自分でもまだ整理がつかないけれど、一番の収穫は皆との関係が深まったことだと思う。



 かけがえのない人たち。


 望んで来た世界じゃない。

 だけど。


 彼らと出会えて良かったと、心から思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る