第47話 非常用護身術の魔法

 『霊体化』の確認がひと段落ついたところで昼食休憩となった。

 と言っても、ブルーノの指示で魔法の一覧表をスライド表示しているから、食事中の話題もずっと魔法のままだったけれど。



「『転移』もまだ試せてないが、一度確認しておかなきゃならんな」


「そうですね。移動先として選べるのはマップ上に表示されている地点だけなんですが……あ、マップもスライド表示しますね。えっと、魔族国内だとこの二か所、魔王城と境界門です」


「敷地内のどこに転移するのか具体的な位置を把握しておきたいです。場所によっては警備の配置にも影響しますし」


「できれば人目を排して行いたいところですが、場所がら警備の兵士まで排除するのは難しそうですね。どちらにしろ調整が必要になりますから、また後日といたしましょう」


「ふ~ん、城と境界門か。わかった、僕の方で手配しておくよ」



 カシュパルが快く調整を引き受けてくれたので安心したが、魔王が機密性の高い転移陣の実験をすることにして人払いするつもりだと聞いて驚いた。

 魔王は魔術具の権威だと以前ブルーノが言っていたけれど、普段からよく実験をしているんだろうか。

 ……そういえば、魔王が戻り石を使って魔術具を作ると言ってたっけ。

 あれはその後どうなったんだろう。昨日聞いておけば良かったなぁ。




 昼食が済むと、制御室へ戻るレイグラーフと別れてわたしたちは再びドームへと戻った。

 午後からはいよいよ非常用護身術の実技だ。


 非常用護身術は魔法バレ、聖女バレも辞さずに魔法を使用して敵を排除する、もしくはその場から離脱することを目的とすると座学の時ブルーノは言った。

 単発の魔法使用が多かった基本用護身術とは違い、非常用護身術では複数の魔法を連続で使用する。

 過剰防衛やオーバーキルなどはまったく考慮せず、確実に敵を排除またはその場から離脱するために、魔法を出し惜しみせず使うのだ。


 魔法と聖女のことを誰かに気付かれた場合、城下町での一人暮らしは不可能となる、一生離宮で暮らす覚悟で実施する必要があるとブルーノは言っていた。

 つまり、人前で非常用護身術を使うのは実質それが最後となるのだから、息つく間もなく全力で魔法を叩き込み、敵を圧倒しろということだ。


 攻撃目的で術を放つには度胸がいる。

 昨日までの魔術の訓練でだいぶ度胸はついたと思うけれど、まだドキドキは止まらない。

 それでも、しっかりと魔法の威力を確認し、いざという時に迷わず放てるようにならなければ。


 強くなるとブルーノに約束したんだから、怯まずに挑めるわたしでありたい。

 昨日みたいにみっともなく泣いたりしないよう、気合いを入れていこう!




「非常用護身術の実技だが、序盤は相手をアンデッドに限定して行う。そこでまず最初に『退魔』を試しておく」



 『退魔』はアンデッドを追い払う魔法だ。

 非常用護身術に組み込まれてはいないのだが、実技中にヤバイと思ったらすかさず『退魔』を唱えて状況をリセットしろということらしい。

 魔物との戦闘経験がないわたしへの配慮だろう。

 ありがたいことだ。



「中央にある転移陣にアンデッドの魔物が送られてくるから、それに向かって魔法を放て。今から出て来るのはスケルトンだ。ビビるなよ?」


「が、がんばります!」



 ブルーノが指差した方向にある転移陣を眺める。

 スケルトンか……。

 一般的なゲームでは序盤から登場する弱い敵だが、この世界ではどうだろう。


 ブルーノがレイグラーフのいる制御室の方へ向かって手を上げると、スケルトンが現れた……が、単体かと思っていたのに予想外に数が多い!?


 連中が一斉にこちらを向いた瞬間、寒気が背中を駆け上がり、全身が総毛立ったかと思った。

 ぞっとする、なんて生易しいものじゃない。

 カチカチという音が聞こえて、自分の奥歯が鳴っていることに気付く。


 でも呑まれるな。

 距離は十分にある。

 冷静に。

 落ち着いて、こいつらを追い払うんだ。



「『退魔』」



 成仏して!という気持ちを込めて呪文を唱えると、周りが白い光に包まれ、眩しいと思った次の瞬間にスケルトンたちは消えていた。

 安堵のあまりその場に座り込みそうになったが、がくがくと震える膝を必死に踏ん張って何とか堪える。


 歯が鳴ったり膝が笑ったりするなんて小説やマンガの中だけのことかと思っていたのに、人の体は恐怖を感じると本当にこんな風になるんだな、と他人事のように頭の片隅で思う。

 なめていたつもりはないけれど、対魔物の初戦闘は、本当に怖かった。


 わたしの様子を見ていたブルーノが次行けるかと尋ねたので、わたしは即座にはいと返事をして頷いた。

 実際に非常用護身術を使う事態になったら悠長になどしていられない。

 この緊張感を維持したまま畳みかけた方がきっとわたしの為になる。



「よし。次は最初に『結界』でお前に敵対する者が入れない結界を張る。これは今後も同じで、魔法で敵に相対す時の手順だと思え。たいして広い結界じゃないが、近距離の物理攻撃を受けずに済む。そしてその後『麻痺』を唱え効果を見る。効果が切れて魔物が動き出したら『退魔』ですべてを排除しろ」



 ブルーノの合図と共に、先程と同数くらいのスケルトンが中央に現れた。

 少し魔法の数が増えて難易度が上がったが、結界を張った分だけ安全性が増したし、『麻痺』も一定時間とはいえ魔物の動きを封じてしまうからか、比較的落ち着いた気持ちで魔法を唱えられたと思う。


 魔物を排除し終わったところでわたしがホッと息を吐くと、ブルーノが更に難易度を上げるぞと言った。



「次も最初に『結界』、それから『時間減速』で相手の動きを遅らせ『武装解除』し、『ばく』で複数を同時に拘束できるかどうかを確認する。『縛』の出来不出来に関わらず効果を確認できたら『かい』で拘束を解除。『恐怖』を使い、アンデッドを逃亡させてから『退魔』で終わらせろ。できるか?」



 わたしが指示された魔法を復唱し、できますと返事をすると、ブルーノはクランツにここから先はどこでも好きな位置に移動して観察していいと許可を与えた。

 護衛時の護身術について考えるために必要な情報を得ておけということらしい。



「最悪、あなたが魔法をかけ損なっても私が対処しますから、私の存在は気に掛けず実技に集中してください」


「わかりました。よろしくお願いします」



 わたしの斜め後ろの位置に移動したクランツと言葉を交わすと、ブルーノを見て行けますと伝える。



「次に出て来るのはスケルトンウォリアーだ。行くぞ」



 ブルーノがレイグラーフへ合図を送ると中央にスケルトンウォリアーが現れた。

 数は先程よりも少し多く、剣と盾と兜を装備している。

 ああ、スケルトンから上位種に変更したのは『武装解除』を試すためか。

 そして『縛』は一体ずつ個別に拘束するようだ。

 効果を確認できたので『解』で拘束を解き、『恐怖』を唱えると魔物たちは途端にこちらへ背を向け散り散りになって逃げ出した。

 ブルーノを見ると頷いて寄越したので、『退魔』を唱えてターンを終了する。



「では、次は『感電』と『衝撃波』だ。魔法は魔術と比べて直接的な攻撃を与えるものは少ないが、この二つはかなりの破壊力が見込める。お前の切り札になるかもしれんから、気合いを入れてブッ放せよ」



 『感電』は基本用護身術でも使っているが、掴まれた手をほんの一瞬痺れさせるだけだし、ブルーノの検証時も地面に刺した枝に軽く放って試してみただけだ。

 その枝は破裂したが、手加減せずに威力を上げたらどうなるのかはわからない。

 スタンガンのような効果になるのだろうか。


 もう一つの『衝撃波』はものすごいスピードで暴力的な空気の圧が襲うようだ。

 検証時に魔力の盾で受け止めたブルーノが一瞬よろめいた程だから相当威力があるのだろう。他の者なら吹き飛んでしまうかもしれない。



「『感電』はまともに検証できてないし、『衝撃波』は俺自身が攻撃対象だったから俯瞰できていない。一発の威力と効果範囲を確認するためにも魔物の数をかなり増やすぞ。別々に試すから、魔法の効果が切れたところで『退魔』しろ」


「わかりました」


「次はグールを出す。『感電』の効果は骨じゃわかりにくそうだからな」



 そうしたやり取りのあと次のターンに移ったが、中央に現れたグールの数に圧倒される。

 多い!!


 すぐに『結界』を唱え、息を整える。距離が離れすぎていては威力と効果範囲が正確に掴めないだろう。

 結界の際まで引き付けてから魔法を放つべきだ。

 十分に引き付けてから思い切り放った『感電』はビリビリという音と共に青い光の網でグールたちを包んだように見えたが、その直後、もの凄い悪臭に襲われ、わたしは強烈な吐き気を催した。



「消臭ッ!!」



 ブルーノの声とほぼ同時にゴオォッという音がドーム内に響くと、一瞬で悪臭が消えた。

 胃液がこみ上げて来るのを必死に堪え、青い光の網が消えたらすかさず『退魔』を唱える。

 何とか嘔吐せずに済んだけれど、とんでもない目に遭った。

 狙いどおりに高い効果を得たのに後悔する羽目になるとは……。



「半分残ったか。あの悪臭に耐えてこの戦果じゃ割に合わねぇな」


「グールの腐肉と『感電』の組み合わせは最悪です」


「ううぅ、もう『カンデン』は使いたくないです……」


「泣き言言ってねぇで、ほれ次は『衝撃波』だ。こっちは骨でも問題ねぇからスケルトンに戻してやる」


《スミレ、頑張ってください。終わったらご褒美が待っていますよ!》


「そうそう。僕の背中に乗って飛ぶって約束したじゃない。もう少しだけ頑張ろうよ」



 そうだった。

 簡単にへこたれる自分に嫌気が差すが、今は後回しにする。

 わたしはウォッシュで鼻の中を洗浄し、悪臭の残り香が消えたのを確認してからウォーターを唱えて口内に水を含むと飲み下した。


 へこたれてる場合じゃない。

 アラサー女子の根性振り絞ってやり遂げてみせる!



「行きます!」


「よし。次も同じ数で行くぞ」


「はい!」



 しかし、気合いが漲りすぎたのか、思い切り『衝撃波』を放ったらすべての魔物が吹っ飛んで、それきり一体も起き上がらなかった。

 ブルーノがヒューッと口笛を吹く。



「全滅か。こりゃすげぇな」


「スケルトンとはいえ、これだけの数を一発で、ですか……」



 この場合、もう『退魔』を唱えなくてもいいのか、それとも骨が残っているから唱えて排除した方がいいんだろうか。

 迷っている内に中央の転移陣が光り、魔物の姿がスッと消えた。

 先程の消臭と同様にレイグラーフが操作して処理したんだろう。



「ひと通り試したから、あとは応用だな。アンデッド以外の魔物も出るぞ」



 非常用護身術の実技も大詰めの段階に入る。


 あとひと息。

 頑張れ、わたし!

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