第46話 実験施設で魔法を試す

 昨日と同様にクランツと二人で研究院の実験施設にやって来た。


 実験施設での訓練二日目は、ブルーノがわたし用に考案してくれた非常用護身術の実技を行う。

 竜化したカシュパルに乗せてもらうために今日はバルボラとヴィヴィを着てきたし、少しだけ不安はあるものの準備はバッチリだ。


 実験施設へ転移したら今日はわたしたちの方が早かったようで、少し待っていると転移陣の上にブルーノとカシュパルの姿が現れた。

 誰かが転移して来るのを見るのは初めてだったので、内心で「おぉ~、ファンタジーだ」と一人感嘆する。



「ブルーノだ。全員揃ったぞ」


《屋上で落ち合いましょう。私もすぐに向かいます》



 メッセージの魔術でレイグラーフと伝言を交わしたブルーノが、行くぞと言って先頭に立って歩き出す。

 非常用護身術の実技の前に準備運動がてらいくつか魔法を試すそうで、まずは屋上で天候操作系の魔法から始めるらしい。



「『落雷』の威力や規模は確認しておいた方がいいだろ? 俺が魔法を検証した時は場所が離宮の庭だったから大っぴらには試せなかったしな」


「そういえば、そそくさと『ドンテン曇天』で上書きして誤魔化しましたもんね」


「霧の森の奥深くにあるこの実験施設はもともと人目が少ない上に、この二日間は施設と周辺の立ち入りを禁じてある。外にいるのは魔物だけだから遠慮なくぶっ放していいぞ」



 そうそう。離宮の庭では人目の心配もあったけれど、雷がどこに落ちて被害が出るかわからないという心配もあったのだ。

 ここの屋上ならそういう心配をせずに魔法を放てるし、規模や威力をゆっくりと観察できるだろう。


 屋上へ出るドアの前でレイグラーフが待っていた。

 挨拶を交わすと、ドアを開け、塔のような円柱状の建物内を螺旋階段で上っていく。

 階段を上り切った先は展望台のような見晴らしの良い場所で、隣に建つドームを少し上から見下ろすくらいの位置にあった。


 外はいい天気で、通り抜けていく風も爽やかで心地良い。

 魔族国へ来る途中に通った霧の森は瘴気が漂っていたのに、森の上にはこんなに広々とした綺麗な空が広がっていたなんて嘘みたいだ。

 ただし、景観はいいけれど、腰までの高さの壁が周りをぐるりと囲んでいるだけの場所なので、強風に吹き飛ばされたら落ちそうでちょっと怖い。


 激しい風雨に飛ばされることがないようわたしを支え、魔力の盾で雨風を防げとブルーノがクランツに指示する。

 何と、魔力の盾を傘代わりにするのか。

 自分でやってみたかったけれど、ブルーノにそう言ったらお前は魔法に集中しろと言われたので今回は諦めた。いつか試そう。



 ブルーノの指示に従い、天候操作系の魔法を順に唱えていく。

 ネトゲの設定では魔法はエレメンタルを素としないようだが、森羅万象はエレメンタルの上に成り立っていると以前レイグラーフは言った。

 それがこの世界の理なら魔法だってエレメンタルの影響を受けるのでは?

 特に天候なんてモロに影響を受けそうじゃない?


 そう思ったわたしは魔法を唱える前にひっそりと心の中で精霊に協力を呼び掛けると、音に乗せてエレメンタルの力を空気に馴染ませるように呪文を唱えていく。


 最初の魔法は『雨天』だ。

 呪文を唱えるとあっという間に青かった空が灰色に変わり、サーッと雨が降ってきた。

 驚いたことに、わたし以外は誰も魔力の盾で雨を防いでいない。

 何故かと尋ねれば、魔法による雨はどんなものか直接浴びて感じてみたいのだそうだ。

 ブルーノも検証時は駆け足だったので五感をフルに使って確認したいらしい。



「エレメンタルの息吹を感じる、ごく普通の雨ですね。何か特別なものを降らせているわけではなく、この世界の大気の状態を変動させているのでしょう。周囲に与える影響は心配しなくても良さそうです」



 レイグラーフの言葉に頷きながら、彼らは雨を浴びたままこの雨とエレメンタルについて考察し合っている。


 それにしても、知的好奇心旺盛なレイグラーフが強い関心を示すのは想定内だったが、他の三人まで同じ状態になるとは思わなかった。

 特にカシュパルが意外なほどに興味津々な様子で驚いた。

 何でも気象は風のエレメンタルと密接な関係にあるらしく、風のエレメンタルと相性がいい青竜のカシュパルにとって天候操作系の魔法は非常に興味深いものらしい。

 エレメンタルは魔族にとって本当に重要なものなんだな……。


 次は『荒天』を唱える。

 途端に風雨が激しくなり、台風が接近した時のような状態になってきた。

 ブオォッと吹き付けた風によろめくと、すかさずクランツが腰を支えてくれた。

 台風接近時のTV中継で見ていた光景は本当に起こるんだなと思いつつ、両手でクランツの腕につかまらせてもらって足を踏ん張る。

 そして、次はいよいよ『落雷』だ。

 風雨は若干弱まったものの、雷がすごい。

 雷鳴が轟くだけでなく、15秒に一度くらいの間隔でどこかに落ちている。



「これはすごいですね」


「こんなの僕、我慢できないよ! ねぇ、ちょっとだけ竜化してきていい?」


「しょうがねぇなぁ。3分だけだぞ」


「ついでに効果の範囲を見てきてください」


「了解!」



 何やらそわそわしていたカシュパルが突然走り出したと思ったら、軽く跳躍して屋上から飛び降りた――!?


 危ない! と叫びそうになった瞬間、バッサバッサという羽ばたき音と共に青竜が空へと飛び上がっていった。

 え、あれカシュパルだよね?

 雷が当たりそうなのに大丈夫!?


 竜化したカシュパルはくるりくるりと空中で回転してはグオァア―――ッ!と咆哮を上げていて、それと同時に『最ッ高~~~ッ!!!』とチャットの文字が視界に浮かんできた。


 レイグラーフの解説によると竜人族には豪雨や雷雨が好きな者が多く、特に青竜はその傾向が強いらしい。

 事実、『落雷』の効果が切れる直前にヒト型になって屋上に戻って来たカシュパルは少年のような笑顔全開だった。

 雷雨に打たれて喜ぶ気持ちはよくわからないが、いつも飄々としているカシュパルの意外なハイテンションぶりに何だかわたしまで嬉しくなってくる。



 続いて『曇天』、『晴天』を唱えたところで天候操作系の魔法をすべて試し終わった。

 再び爽やかな風が通り抜けていき、心地良い天気に戻る。

 ずぶ濡れになった彼らが乾燥の魔術で各々の体や服を乾かすと、ブルーノが声を掛けた。



「よし。次は『霊体化』と『透明化』を試す。移動するぞ」


「ハァ……。魔法を近くで見られないのは残念ですが、私は制御室へ行きますね」



 レイグラーフは渋々ながらも昨日と同じく一人だけ制御室へ向かい、わたしたち四人はドームへと移動した。




 魔法の説明文によると、『霊体化』は体が半透明になり攻撃やダメージを受けなくなる。

 『透明化』は体が透明になり敵に気付かれなくなるが、攻撃したり物を動かしたりすると魔法が解ける。

 どちらも一定時間経つと魔法が解け、体が見える状態に戻るようだ。


 ブルーノが魔法の検証をした時、離宮の庭は人払いをしてあったが、魔術の効果に見せ掛けられない『霊体化』と『透明化』は万が一にも誰かに見られたら拙いからと、ブルーノはその場での検証を見送った。

 それでも二つとも非常用護身術に組み込まれたのだから有用なんだろう。

 性能をきちんと確認しておきたいとブルーノが考えるのは当然だ。


 魔法を使う時も言霊を意識してエレメンタルの力を呪文に乗せることを忘れないようにと考えつつ、実技を再開する。


 ブルーノの指示でまずは『透明化』から試してみた。

 説明文の効果以外は特になかったが、目がいい獣人族のブルーノとクランツでもわたしの姿を捉えられないことを確認できたのは良かったと思う。


 次は『霊体化』だ。呪文の詠唱と同時に体が数センチ浮き上がったような感覚がしたので足元を見たら、足首から下がなく膝あたりまでが透明なグラデーションになっていた。

 体全体は半透明で、手をかざせば向こう側が透けて見える。



「ひえぇ……自分の体だけどキモッ!」


「ほぉ~、これが霊体って状態なのか」


「珍しい形状ですね」



 そういえばレイグラーフの講義で教わったことだが、この世界では生き物は死ぬと魔素に戻ると考えられているらしい。

 死体がアンデッド化することはあるものの霊や魂という概念はなさそうだった。

 わたしはオカルトも宗教も門外漢だからそれらの概念をうまく伝えられそうもないし、下手に伝えて冒涜的だと思われても困る。

 『霊体化』の状態が死者の姿だとは告げずにおこう。


 ダメージを受けないという効果を確認すべくクランツがわたしの頭を軽く叩こうとしたら、その手が半透明なわたしの体をスカッと通り抜けた。

 うは、マンガみたいだ。

 その様子を見たブルーノが何やらレイグラーフに伝言を飛ばし、返事を受け取ると制御室へ行くと言って歩き出した。



「『霊体化』すると物理的な接触が無効になるのかもしれん。魔族を拘束する時の道具に魔術を封じる魔術具があるんだが、『霊体化』したらそれも体を通り抜けるのかどうかを試したい」


「確かに。誘拐されたらまず付けられるからね」



 剣呑な説明を聞きながら、彼らの後ろをふわふわと浮かんだままついて行く。

 ううぅ、足が遅い……。いや、足はないけど。

 その内に魔法が解けて普通に歩けるようになったので、急いで後を追いかけた。



 制御室ではレイグラーフが魔術具を用意して待っていて、部屋に着くとすぐに腕に装着される。

 詠唱の有無に関わらず魔術が使えなくなったのを確認してから『霊体化』を詠唱したら、体が浮くと同時にゴトリと音がして魔術具が床に落ちた。

 封じるのは魔術だけで魔法は使える、魔術封じも回避できるぞとブルーノたちが話しているのを聞いていて、ふと思い付く。


 もしかしたら壁や人の体も通り抜けられるんじゃないだろうか。


 試してみたら本当に壁も人体も通り抜けられてしまった。

 ひえぇ、何の感触もなかったけどキモい!


 皆も驚いた上に若干引いていたが、ブルーノがこれは使えると言い出した。

 レイグラーフが使役する蔓で通常の状態に戻ったわたしを拘束させた上で、再び『霊体化』したらやはりすり抜けてしまった。



「スミレが万が一さらわれても自力で脱出できるな」


「監禁や戒めの類はほぼ無効化できます」


「良かったね、スミレ」


「はい! ありがとうございます」


「安心要素が増えて私も嬉しいですよ」



 それにしても、説明文を読んだだけではこんな効果や使い道があるとは気付かなかったなぁ……。


 魔術と違って魔法は先達がいないからわからないことだらけで大変だけど、こうやって皆と手探りしていけるのはいいなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る