第45話 変化(へんげ)の衝撃
制御室でお茶を飲みながら一同がほっこりできたのは良かったが、わたしが取り乱したせいで魔術の訓練は中断されたままだ。
いつまでもこうしているわけにはいかない。
中断の原因となったわたしが聞くのもどうかと思うけれど、けじめをつける意味でもちゃんと自分から聞かなければと思って、ブルーノとレイグラーフにこの後の予定について尋ねてみた。
「竜化したカシュパル相手に攻撃魔術を放つ練習をさせるつもりだったが、明日の非常用護身術の実技でもカシュパルに竜化させるからその時にやってもかまわんしなぁ」
「スミレはどうしたいですか? 最後に一番自信のあるものを、と言ってファイアボールを放ったのですから、あれで終了でもいいんですよ。無理をする必要はありませんから、今日の訓練はおしまいにしてもかまいません」
二人の言葉に、カシュパルもクランツもうんうんと頷いている。
最高出力のファイアボールを当ててブルーノを瀕死に追い込んでしまったわたしの精神的負担を考えてくれているのはありがたい。
でも、魔王のおかげで気持ちの整理はついたことだし、むしろさっさと訓練を再開してネガティブな記憶の上書きをしてしまいたい気もする。
ヒト型の彼ら相手に攻撃魔術を放つのはちょっとまだ怖い。
でも、変化した状態なら抵抗感も少しは減るかもしれないし。
というか、変化だよ変化。
すごく見たかったんだよね!
「わたしはできたら引き続き訓練をお願いしたいです。攻撃魔術を放つことにマイナスイメージを残したまま終わりたくないですし、竜化したカシュパルさんを見てみたいです」
「スミレがその気ならやろうよ。竜化すれば僕の防御力はグンと上がる。さっきのファイアボールくらい余裕で耐えられるからね。心配は無用だよ」
「変化すると防御力が上がるんですか?」
「そうさ、竜の鱗は剣も弾くほど固いんだ。だから安心して魔術を放っておいで」
カシュパルはそう言ってウインクして見せると、さぁドームへ行こうと訓練メンバーを急き立てる。
制御室を出る手前でわたしは後ろを振り返り、魔王とレイグラーフとスティーグにお辞儀をしてから手を振った。
「いろいろとありがとうございました。行ってきます!」
「うむ」
「ここでちゃんと見ていますからね。安心して行ってらっしゃい」
「スミレさん、頑張ってね~」
「はーい!」
再びやって来たドームの中央に4人で立つと、ブルーノからこの後の魔術の訓練について簡単な説明があった。
竜化したカシュパルに攻撃魔術を当てる。
先程までとは違い、カシュパルは盾で弾いたり避けたりせずそのまま攻撃を受け止め、負った傷を回復魔術で癒す。
この二つを反復する。
一日目はこの訓練で終わりなので、攻撃魔術を相手に当てることと回復魔術の練習をわたしの気が済むまでやっていいとのことだ。
解毒の時は少ししかヒールを使わなかったし、さっきはブルーノに対して何も考えずにヒールをしまくったから、どんな風に作用するのか、どれくらい効果があるのかを今度はきちんと確認したいと思う。
攻撃と回復をするわたしとそれを受けるカシュパルで手順を確認し合うと、いよいよカシュパルが竜化する段になった。
「それじゃ竜化するよ。言いたいことがあれば伝言を飛ばすから」
「ああ。必要ならクランツを獣化させて通訳させよう」
「了解」
通訳って何のことだろうと思いブルーノに尋ねてみたら、変化すると発する音声も変わってしまうため、同じ部族のヒト型にしか言葉が通じなくなるらしい。
変化した側はどの部族の言葉でもわかるが、ヒト型側は異部族の変化者の言葉がわからなくなるので、直接会話するにはメッセージの魔術で伝言を介すしか方法はないという。
異部族でも変化した者同士は言葉が通じるので、今回の場合ならブルーノと同じ獣人族のクランツが獣化して間に入って通訳すれば、竜化したカシュパルとヒト型獣人族のブルーノの間でも会話は成立するのだそうだ。
変化すると会話に不都合が生じるとは意外と面倒なんだな。
それにしても、伝言は音声をそのまま伝えているのに普通に通じるというのは風の精霊が通じる形に変換しているんだろうか。
メッセージの魔術、万能すぎる。
わたしが驚いたり感心したりしている間に、カシュパルはわたしたちから少し離れたところへ移動すると声を掛けてきた。
「それじゃ竜化するよー」
「おう」
「よろしくお願いします!」
いよいよだ、と息を呑んだ次の瞬間、ズ、ズズンという音と共に一瞬でカシュパルの姿が竜になった。
ヘッ!?
もっとこう、メタモルフォーゼ的なものが見られると思ってたんだけど、とりあえず服や靴はどこへ……って、そんなことはどうでもいい。
わたしは竜化したカシュパルの前へふらふらと進み出ると、その威容を見上げて感嘆の声を上げた。
「かっこいい……ッ!!」
すごい! 当たり前だけど竜って初めて見た!!
東洋風の竜じゃなくファンタジーで見るドラゴンだよ!?
青竜だって聞いてたけど本当に鱗が青い!
すごく大きいし強そうだし、でもすごく綺麗!
すごいすごい! かっこよすぎ!!
感動のあまりグーにした両手を口元に当て、ぶりっ子みたいなポーズで固まってしまったわたしの視界に、突然文字が現れた。
『ふふっ、照れるね』
「ヘッ!?」
視界のやや下あたりのバーチャルな空間に、半透明の水色を背景にしてネトゲのものと思われる文字が浮かび上がっている。
……これって、もしかしてチャットの文字では?
以前、メッセージの魔術を習った時にネトゲ仕様のメールとチャットの機能も試してみたけれど、チャットの方は受け手がいないからか機能しなかったのに。
「カシュパルさん。今、照れるねって言いました?」
『えっ、何で知ってるの!? もしかして僕の言葉が通じてる!?』
「どうやら、そうみたいです……。通じているというか、カシュパルさんの言葉が文字になってわたしの視界に浮かんできてるんですよ」
『えぇ~~っ!?』
「おい、マジかよ!!」
「本当ですか!?」
《スミレ、どういうことですか!? 制御室にいる私にも伝わるように話してください!》
目の前に浮かぶチャットの文字と、ブルーノとクランツの驚愕の声に拡声の魔術具でレイグラーフの声までが一斉に聞こえてきて、ちょっとしたカオス状態になった。
わたしも一瞬混乱したが、要するに変化した者の発した言葉が文字化されてネトゲ仕様のチャットに反映されるというだけのことだ。
すぐにそう理解できたので、彼らに今起こった事象について説明する。
チャットという機能を理解してもらうのに多少手こずったが、変化した者の発した言葉が文字化され、それが読めるということは理解してもらえたようだ。
「……ネトゲ仕様ってやつは、マジですげぇなぁ」
《くうぅ、私もその事象を見たい……。スミレ、そのチャットとやらはスクリーン表示にできないのですか?》
「すみません、これはできないみたいです」
「レイ、そういう話は講義の時にでもしてください。実験施設が使えるのは今日明日の二日間だけなんですから、いい加減に訓練を始めますよ」
クランツに促され、わたしは改めて竜化したカシュパルと向き合った。
「カシュパルさん、よろしくお願いします」
『こちらこそ』
「それにしても、本当にすごいなぁ……。こんなに大きくて重そうな体なのに空を飛べるんですね。不思議……」
『飛んでみせようか?』
「いいんですか?」
『飛行形態の敵を想定した訓練のために僕を呼んだんだ、当然飛ぶさ。何なら背中に乗って一緒に飛んでみるかい?』
「えっ、いいんですか!? 本当に!?」
『もちろん。尻尾から首のあたりまで登っておいで。ああ、ブルーノにドーム内を僕と一緒に軽く飛ぶって伝えてくれる?』
「わかりました! ブルーノさん、カシュパルさんがわたしを乗せてドーム内を軽く飛んでくれるそうです!」
わたしはいそいそと尻尾へ足を掛けながらブルーノに向かってカシュパルの言葉を伝えると、呆気にとられた顔をしたブルーノが次の瞬間怒声を飛ばしてきた。
「お前今日はシネーラだろ!? そんな服で竜に跨がれるか!!」
「あっ、そうだった。……でも、裾をたくし上げれば」
『ちょっと、何言い出すのスミレ!?』
「馬鹿野郎! そんな格好で俺らの上を飛ぶとか、絶対許さんぞッ!!」
「脚が丸見えになるでしょうッ!? 何を考えてるんですか!!」
《スミレ、明日になさい!! バルボラとヴィヴィでなら許可しますから!!》
またもやカオス空間になった。
というか、魔族国に来てから多分一番叱られたよ……。
竜化したカシュパルの姿に興奮して、訓練中だというのに浮かれたわたしが悪いのだけれど。
ブルーノたちに平謝りして少し凹んだわたしにカシュパルが言葉を掛けてくる。
『まずは僕の脚に触ってごらん。鱗の固さを実感してみるといいよ』
「では遠慮なく……。おおっ、本当に固いですね。鎧みたい……」
『攻撃魔術を当てても大丈夫だと少しは安心できたかな? ああ、返事しなくていいから、そのままあちこち触りながら聞いてて。……ごめんよ、僕が軽口を叩いたせいで叱られてしまった』
カシュパルのせいだなんて思ってないよ、と鱗をポンポンと軽く叩く。
『ふふっ、この状態なら僕の言葉はスミレにしか伝わらないから、今のうちに言っておこうかな。明日は明日で乗せてあげるけど、城下町へ引っ越したら一緒に空の散歩に出掛けようよ。変化した異性に乗るっていうのは誤解を与えるから他の魔族にはしちゃダメだけど、僕は保護者枠だからね。さっきのお詫びに君の住む城下町を空から見せてあげる』
前脚の鱗を触っていたわたしは思わずカシュパルを見上げた。
それに気付いた竜が目を細める。
空の散歩!?
城下町を空から俯瞰できるなんてすごい!
内緒話はそこで切り上げて、わたしたちは訓練を開始した。
カシュパルは攻撃魔術が当たる度、そしてわたしが回復魔術をかける度に、それらの効果について淡々と感想や評価を語る。
わたしはそれをブルーノとクランツに、そして制御室のレイグラーフにも聞かせるために復唱した。
飛んでいるカシュパルに攻撃魔術を当てる練習もさせてもらい、巨体を持つ敵、空を飛ぶ敵と相対した時の心構えを持つには十分な経験をさせてもらったと思う。
回復魔術は本当に強力で、傷がぐんぐん癒えていくのを実際に見ることで、より安心して攻撃魔術を放つことができるようになった。
護身のために誰かを攻撃することになったとしても、それを回復する術が自分にある、相手を死なせずに済むというのはわたしの心の拠り所になるだろう。
いろんなことがあったけれど、訓練をして良かったと心から思える一日だった。
明日の非常用護身術の実技も頑張ろう!
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