第42話 攻撃魔術と予期せぬ衝撃

 補助魔術と回復魔術の試行が済んだところで昼食休憩となった。

 ドーム空間の近くにある控室へ移動し、カシュパルが用意してきたサンドイッチなどの軽食を取る。

 お茶は部屋の備品でわたしが淹れさせてもらった。



「いいんじゃねぇの?」


「まぁまぁかな」


「定番の茶葉なら失敗のしようがないのでは?」



 感想とは呼べないような感想をもらっているところへ、別室にいたレイグラーフが少し遅れてやって来て、わたしがお茶を淹れたと知るとにこにこしながらひと口飲んでおいしいと言ってくれた。

 レイグラーフはわたしに甘いなぁと思うけれど、嬉しかったからありがたく言葉を受け取りお礼を伝える。


 早々に自分の分を食べ終わったブルーノが食べ足りないと言うので、仮想空間のアイテム購入機能で『パン』を買って差し出したら非常に喜ばれた。

 他の三人も欲しがったので彼らにも一つずつ振る舞う。

 ブルーノはお代わりもして合計で4個も食べたから、ひと口だけもらってわたしも味見してみる。


 ちなみに、異性と食べ物を分け合うのは誤解を与えるのでやめた方がいいと注意を受けたのは予想どおりだったが、「味見をしたいだけで他意はない」と念を押すことで回避は可能だとカシュパルが教えてくれた。


 そして味の方は……うん。先日のお酒と同じで、おいしいけど普通だな。

 皆も同じ意見で、クランツ以外の三人はネトゲの食料品アイテムに期待をしていたのか、肩透かしを食らったような顔をしていたのがおかしかった。




 昼食休憩を終え、レイグラーフと別れて先程のドーム空間へ戻ると、前を歩いていたブルーノが振り返り、わたしを見てニヤリと笑う。



「さて、スミレ。これからお前に攻撃魔術をぶっ放してガードさせる訓練をするつもりだが、心の準備はしてきたか?」


「もっ、もちろんですよ。防御の魔術も練習しましたし!」



 久しぶりに見たブルーノの凄みのある笑みに一瞬怯んだが、昨日レイグラーフがみっちりと訓練してくれたから大丈夫なはずだ。



「よし。それなら盾を出してみろ」



 ブルーノに言われて魔力の盾を出そうとしたところで、ふと思った。

 昨日の講義の後半のように無詠唱で出してもいいんだろうか。


 判断に迷ったのでクランツをチラリと見ると、わたしの視線に気付いた彼がフッと笑った。

 ……どうやら無詠唱でやってみせろということらしい。

 クランツのお許しが出たので、わたしは無詠唱で魔力の盾を自分の前に出した。



「なっ!?」

「えぇっ」



 案の定驚いたブルーノとカシュパルの二人に、魔術の訓練の最中にわたしが無詠唱で魔力の盾を出すに至った経緯をクランツが説明する。

 最初は驚いていたブルーノだったが、クランツの話を聞いている間にだんだんと不敵な表情になっていく。



「無詠唱で盾を出すなんて、どう考えたって高位の魔術師だ。相手はビビって逃げ出すかもな。いいはったりになるぜ」


「……はったりでもないんじゃないの?」



 カシュパルが何かボソッと呟いたが、ブルーノに背中をバンバン叩かれてよく聞こえなかった。

 痛い、痛いよ将軍!!

 魔力の盾を背中にスライドさせてブルーノの手から防いだら、一瞬目を丸くした後ブルーノが爆笑していた。

 何がそんなにおかしいのか、さっぱりわからない。



 笑いが治まった後、ブルーノによる防御魔術の訓練が始まった。

 ブルーノがいろいろな攻撃魔術を放ってくるので、それをわたしが魔力の盾で防ぐというものだ。

 盾の出し入れはわたしの好きにしていいらしい。



「最初はゆっくりと低めの威力で放つから安心して受けろ。全方位へ気を配れよ」


「わかりました」



 まずはアイススパイクが正面へ飛んできたので、胸の内で「シールド」と唱えて魔力の盾を出し、弾き返す。

 つららのようだが刺さったら痛そうだ。


 次は右、その次は左といろんな方向から飛んで来るアイススパイクを盾で弾き返していると、ふいにスピードを上げたアイススパイクが背後に回り込む。

 焦って後ろを振り返りながらも、盾を広げて球状のシールドを展開してアイススパイクを受け止め弾き返した。

 ふぅ、間に合った。良かった。



「気を抜くな! ウォーミングアップは終わりだ、ここからは徐々に威力を上げていく。当たってもヤバくなけりゃ続行するぞ。アイススパイク以外も行くからな」



 そう言ってブルーノが放ってきたのはサンダーだ。

 初めて見る雷のエフェクトに思わずビビるが、即座に盾で防ぐ。

 ビリっとしなかったのでホッとした。

 次はファイアブレスを防ぎ、トルネードは球状のシールドを展開して防ぐ。


 講義でレイグラーフが投げていた投石の魔術は一つずつだったが、ブルーノは複数の石を一斉に投げて来た。

 盾を広げれば防げると思ったら、風に巻き上げられたかのように飛んで来る方向が変わり、何個か体に当たってしまった。



「当たり前の方向から来る攻撃ばかりじゃないぞ! 目を離すな、常に先を読んで備えろ。更に威力を上げる、ついて来い!」



 ブルーノの攻撃魔術の威力が上がり、盾で受け止めるのに力を籠めないと押されるようになってきた。

 サイズも大きく展開しないと防ぎ切れない。

 攻撃間隔が短くなってきている。

 息が上がってきた。

 体を動かして盾を出す癖のままだったらとっくに息切れして動けなくなっていただろう。


 ウインドカッター!?

 かまいたちってこういうのを言うのか、超怖い!

 球状のシールドを厚くするが、ガリガリ削られている。

 でも負けるもんか!


 さっきからずっと盾を出しっぱなしだが魔力量は大丈夫か。

 視界の左上隅にある魔力のバーをチラ見で確認する。

 残量は三分の二以上ある、まだまだ余裕だ。

 行ける行ける!

 精霊たちよ、わたしに力を貸して!



「次はでかいヤツが行くからな! 全力で食い止めろよ!」



 でかいヤツって何だろうと思ったらロックフォールだった。

 落石がでかい!

 でかいのがゴロゴロ降って来る、死ぬ!

 シールド頑張れ、超頑張れ!!


 そして今度はブリザードだ。範囲魔法は初?

 空気が冷えて呼吸が痛い。

 シールド内は温かくなれ! あ、なった。

 魔術万能だな、エレメンタル万歳!



「よーし、これが最後だ。俺の最大火力でファイアボールをぶっ放す。頑張って弾き返せよ!」



 ファイアボールは以前レイグラーフの講義で魔術の訓練を始めた時に、一度池に向かって放ったことがある。

 でも、とてもアレと同じとは思えない程の大きさの火の玉が飛んで来た。

 しかも何かよくわからないが弾道に捻りが加わっている!?


 盾に当たったが熱さと力に押し負けそうになる。

 冷えろ、冷やせ。盾をもっと厚く。

 苦しい、圧がすごい。でも、よし受け切った。

 後は弾き返すだけ。

 欲張るな、盾に当たった反動に乗せるだけでいい。


 弾き返した特大のファイアボールが空中で消滅するのを見てホッとしかけたが、すぐにブルーノを見て態勢を整える。

 これが最後と言ったけれど、本当にそうかはわからない。

 念のため用心しておかなければ。



「ハハッ、いいぞスミレ。上出来だ!」


《よく出来ていましたよ、スミレ。防御魔術は合格ですね》



 ブルーノに褒められているところへレイグラーフの声がドーム内に響く。

 上出来に合格ですってよ!?

 上々の評価にわたしはほくほくしてしまう。




 少しの休憩を挟んで、今度はわたしが攻撃魔術を放つことになった。


 その前に、アクティベートという魔術を使うよう指示を受ける。

 精霊を活性化させる魔術で、魔術の効果や魔力効率が上がるそうだ。

 言霊を意識して、エレメンタルの力を呪文に乗せるようにイメージしながら詠唱する。



「アクティベート」



 何かはわからないが、何かが起動したのがわかった。

 空気が躍動しているとでもいうか、温かい空気の対流のようなものを感じる。

 これが、精霊が活性化した状態なんだろうか。



「それじゃ、攻撃魔術を順に試していけ。言っておくが、手加減せずに俺を倒すつもりで放てよ? 威力も限界いっぱいまで上げて叩き込んで来い」


「……いいんですか?」


「ハハッ。お前、俺にダメージ与えられると本気で思ってるのか? 全部弾き返してやるから心配するな」



 確かに自分の上限を知りたいから攻撃力MAXで魔術を試してみたいとは思うけれど、わたしは禁忌の魔術アナイアレーションを使用した異世界人だから、攻撃に関してはほどほどに抑えるように言われても仕方がないとも思っていた。

 でも、ブルーノはそんなことはこれっぽっちも考えていないのか、挑発するような視線と言葉をわたしに向けてくる。


 ……使ったことのない魔術がほとんどだし、先程のブルーノの攻撃のように器用な真似は難しいかもしれないけれど、だからと言って頭からできないと決めつけて見縊られるのは面白くない。


 空気にエレメンタルを馴染ませる。

 指先が温まってきた。

 呪文に乗せて放つ。



「サンダー」



 地を這うように稲妻が飛んでいったが、ブルーノは軽く蹴飛ばすようにして弾いてしまった。



「おいおい、これで全力か? 魔力を練り上げてもっと威力を上げろ。ほれ、もう一度!」



 体の中を巡っている温かい何かを練り上げればいいんだろうか。

 腹式呼吸をしながら心拍数を上げていくイメージを浮かべる。

 二度目のサンダーは最初のよりは威力を上げられたので次の魔術に進むが、またもや軽く弾かれた。悔しい。



《スミレ、精霊を召喚してごらんなさい》



 レイグラーフの声を聞いて、久しくメッセージの魔術以外で精霊を召喚していなかったことを思い出した。

 魔力量には自信があるし、ここは4元素すべてを召喚しておこう。

 現れた精霊たちによろしくねと笑みを送り、わたしは次々と魔術を放っていく。


 威力は更に上げられたと思う。

 ただ、やはり練度が低いのだろう。

 自然の猛威そのもののように荒ぶるブルーノの術と比べると単純な放出に留まっている。

 魔術のレベルが上がるにつれて、ますますブルーノの攻撃との差を痛感させられた。

 この差を埋めるにはどうしたらいいのか。

 何か方法はないのか。


 答えを見つけられないまま、わたしはすべての攻撃魔術を試し終えてしまった。



「まぁ初回だし、こんなもんだろ」



 多くの兵士を見ているブルーノの言葉のとおりなんだろうが、それでもやはりわたしは悔しさを隠せない。

 そんなわたしを見透かすかのように、ブルーノがわたしを煽ってくる。



「何なら、最後に一発、一番自信のあるヤツを放ってみるか? 途中までは終盤ほど練れてなかったからな」


「はい、お願いします。もう一度ファイアボールをやらせてください」


「いいだろう。今のお前の最強の攻撃魔術を見せてみろ。……俺をがっかりさせるなよ?」



 不敵に笑うブルーノに、何とかして一矢報いたい。

 わたしは精霊たちに応援よろしくと頼むと、魔力を練り上げ始める。

 何としても今日一番の出来をブルーノに示すんだ!



 精神を集中して、渾身のファイアボールを放つ。


 それをブルーノは、盾も出さずに、無防備なまま体で受けた。


 ブルーノの体がドームの壁まで吹っ飛んで跳ね返る。




 その瞬間、目の前に現れたブルーノのHPバーが一気に削れるのが見えた。

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