第41話 実験施設での魔術の訓練

 今日から二日間に渡り研究院の実験施設で訓練を行う。

 一応予定としては一日目は魔術の訓練、二日目は非常用護身術の実技をメインにすると聞いてはいるが、ブルーノもレイグラーフも臨機応変な人だから双方を適宜混ぜながら効率よく進めるだろう。


 今回の訓練の内の半分は、攻撃、補助、回復の魔術をひと通り展開してその効果や威力を把握したいというわたしの希望が元なんだけれど、きっとレイグラーフをはじめ魔王たち首脳陣も知りたがっていると思う。


 わたしという異世界からの異分子について、その能力を把握しておくことは重要だろうし、わたしはこの世界ではまだまだ知らないことが多いから、保護者である彼らにストッパーになってもらった方がわたしも安心できる。

 元より彼らに隠し事をするつもりもない。

 すべてさらけ出していくというのは案外気楽で悪くないよ。



「スミレ、出掛ける準備はできていますか?」


「はい、バッチリです。クランツさん、今日明日とよろしくお願いします」


「こちらこそ。では行きましょう」



 わたしはいつもと違い中古のシネーラを身につけて、迎えに来てくれたクランツと共に実験施設へと向かった。

 初めて行く場所なので、バーチャルなマップを広げておく。

 更に魔法の『生体感知』を使って周囲の様子を確認しつつ歩いたのだが、目的地へ着くまで結局誰とも会わなかった。


 以前何度か図書館へ行った時には多少なりとも人とすれ違ったのに、そういえば動画観賞会で魔王の執務室へ行った時も誰とも会わなかったなぁ……。

 図書館とその行き来で出会った人に嫌味を言われたことがあったから、もしかしたら誰とも会わないよう手配されているのかもしれない。

 あの程度のこと気にしないのに。

 でも、魔王たちの気遣いならそれはそれでありがたく思う。




 実験施設は城内から転移陣で移動した先にあった。

 人族のエリアと魔族国との境界に広がる霧の森の中に建っているそうで、安全性を考慮して城の施設から離れたところに作られたのだそうだ。

 ……一体どれだけ危険な実験をする施設なんだろうか。


 他にも、実験に使うための魔物の調達が容易だという利点もあるらしいと、移動中にクランツがそう教えてくれた。

 魔物か……。

 イスフェルトから魔族国への移動中、魔物避け香が切れかかった時に何度か襲われかけたが、『移動』の短距離転移で逃げ切ったのでわたしは魔物とまだ戦ったことはない。

 もしかしたら今回の訓練中に魔物と戦ったりするんだろうか。

 ハァ、緊張するなぁ。



 実験施設側の転移陣のある部屋にはブルーノとカシュパルがいた。

 どうやら先に来て待っていてくれたらしい。

 挨拶を交わし、二人が先に立って案内してくれるので後を着いていくと、階段を幾つか降りて廊下を曲がった先が急に開けた。

 そこにはドーム型のスタジアムより広いかもしれないと思う程の空間があり、その天井高と奥行きの広さにわたしは思わず息を呑む。



「すっごい……。めちゃくちゃ広いですね」


「そりゃお前、竜化したカシュパルが飛べるくらいの場所でなきゃ訓練にならねぇだろ」


「飛ぶには狭いけどね。まぁ何とかなるでしょ」



 そこへレイグラーフがやって来た。

 挨拶を交わすと、この実験施設と今日明日の訓練について説明を始める。

 何と、いつもの講義のようにレイグラーフが直接わたしに指示するのではなく、彼は別室でこの訓練全体をチェックし管理するのだそうだ。



「えっ。レイグラーフさんはいないんですか」


「この施設は何かと込み入っていますから、研究院の者以外には操作が難しいのですよ。ブルーノとは打ち合わせ済みですから彼の指示に従ってくださいね。大丈夫ですよ、スミレ。あそこからちゃんと見ていますし、集音しているのでドーム内の会話も聞こえますから、必要な時は拡声の魔術具で声を掛けます。心配せず全力を出してください」



 レイグラーフがそう言って指で示したのでそちらを見ると、床と天井の中間あたりの壁の一部がガラス張りになっている箇所があった。

 制御室のような場所だろうか。

 操作というと、データを取ったりもするのかな。

 ステータス画面に表示されないせいでわたしは自分の魔力量を把握できていないから、わたしの魔力に関して何かデータが得られたらいいなぁ。

 口には出さないが、少しだけ期待しておこう。




 無理をしない、疑問があればその都度聞く、魔力が残り少なくなったら告げるようにと諸注意を受けたあと、まずは補助魔術から試すことになった。


 ブルーノとクランツが体術で手合わせをするので、双方に攻撃力、防御力、素早さ、そしてスタミナや体力、魔力を上げる魔術をかけていく。

 これらの魔術は術者のわたしがその効力を体感することはできないが、素早さ上昇の魔術を掛けた時は傍で見ていても動きの速度が上がったのがわかった。


 ブルーノの指示で、今度は先程とは反対に能力を下げる方の魔術をかけていく。

 二人とも眉間にしわが寄ったのを見ると先ほど上げた各能力が下がって戦いにくくなったんだろう。

 彼らが手合わせをやめたところで、ブルーノの指示で二人にスタミナを回復する魔術をかけた。



「どうでしたか? わたしの魔術におかしなところはありませんでしたか」


「いえ、通常の補助魔術でした。回復魔術も特に変なところはありません」


「お前の方はどうだ? 初めての魔術を連続して複数使わせたが、魔力に変調はないか?」



 魔力を使うと視界の左上の隅に現れるバーの状態で魔力の増減は視認できるが、多少減ったくらいでそれももうほとんど元に戻っている。

 そもそもわたしが魔力残量の少なさに苦労したのはイスフェルトでアナイアレーションを使った時と、その後の魔族国への移動中だけだ。

 特に問題ないとブルーノへ返答しているところへ、ドーム内にレイグラーフの声が響いた。

 必要なら拡声の魔術具を使うと言っていたけれど、これがそうか。



《スミレ。補助や回復の魔術を使う時もエレメンタルを意識してごらんなさい》


「はい、わかりました」



 補助魔術も回復魔術も自分では効力を実感していないからか、エレメンタルのことをすっかり忘れていた。

 しかし意識すると言っても、効果が目に見えない補助や回復の魔術でどうやってエレメンタルを意識すればいいんだろう。


 少し考えてみて浮かんだのは言霊という日本の思想だった。

 言葉には霊的な力が宿るというもので、魔術は呪文を唱えるのだから、その呪文にエレメンタルの力が宿ってもおかしくないと思う。



「何ならもう一度試してみるか?」


「お願いします。各種能力を上げる方の魔術をかけてみますね」


「よし、やってみろ」



 精霊たちよ、力を貸してね、と胸の中で声を掛けてからイメージを浮かべる。

 音に乗せて、エレメンタルの力を空気に馴染ませるつもりで、一つずつ呪文を唱えていく。

 何だか指の先まで魔力が漲っていくような感じがして、じんわりと体が温まったように思った。

 何だろう、不思議な感覚だ。

 だけど嫌じゃない。むしろ心地良い。


 わたしが呪文をかけると同時にブルーノとクランツは手合わせを始めていたが、しばらく無言で手合わせを続けてからやめると、ブルーノはわたしに再びスタミナの回復魔術をかけさせた。



「クランツ、どうだ?」


「先程より効果が上がりました。体感では一割以上……いや二割近いです」


「俺もそんな感じだな。回復はともかく、補助魔術の効力がこうも簡単に上昇するとはちょっと信じられんが……。スミレ、お前何をやった?」


「ヘっ? 何って、レイグラーフさんの指示どおりにエレメンタルを意識してみただけですが」


「え~、前とそんなに違ってるの? 僕も試したかったなぁ」



 よくわからないけれど、効力が上がっているのなら言霊のイメージは成功したということだろうか。よかった。



 補助魔術はひと通り済んだので、次は解毒の回復魔術を試すとブルーノが言う。

 どういう風に試すのかというと、彼らがネトゲの薬品アイテムの毒を服用して、わたしが魔術で解毒するんだよね……。


 今日明日の実技に備えて各種回復薬と毒を3種類、そして念のための解毒薬も含めて事前に仮想空間のアイテム購入機能で購入し用意してある。

 『毒(小)』をブルーノが、『毒(中)』をクランツが、『毒(大)』をカシュパルが飲むことになった。

 部族や種族によって毒への耐性に差があるらしく、耐性がある人が強い毒を服用するのだという。

 竜人族は毒に対してかなり強い耐性があり、少々の毒なら平気だとカシュパルは言うのだが、それでもやはり心配だ。



「ふふっ。そんな顔しなくてもいいよ。ネトゲのアイテムなんだからスミレの解毒の魔術は効くに違いないし、そうでなかったとしてもアイテムの解毒薬は確実に効くんだから、僕らがこの毒で死ぬことはないさ」


「それはそうなんでしょうけど……」


「むしろ、アイテムの性能を知る良い機会だと考えた方がいいのでは? どんな効果があったか具体的に教えてあげましょう」


「ひえぇ……。でも、そうですね、そうします。よろしくお願いします」



 一人ずつ毒を服用し、効き具合を確認してからわたしが解毒の魔術をかけていった。

 彼らが申告する毒の効果は頭痛に眩暈、吐き気に痺れ、血が凍ったかと思うような寒気や麻痺などと様々だったが、彼らの顔色が青褪めていき、HPの残量を示すバーが徐々に減っていくのを見る度に肝が冷えた。

 同時に、解毒の魔術でその顔色が戻り、傷や病を癒す回復魔術のヒールでHPが回復していく様を見て心底安堵する。

 回復魔術はかなり適性に左右される分野であるため誰でもホイホイと使えるものではないそうで、わたしが回復魔術をひと通り使えるのは単にネトゲ仕様によるものだけれど、その幸運にわたしは思わず感謝した。



 ヒールは少ししか使わなかったが、後ほど攻撃魔術を試す時にも使うからいうことで回復魔術の試行は終了となった。

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