第40話 お茶の淹れ方を習う

 防御の魔術の訓練が終わると庭から部屋へ戻り、明日試すことになっている魔術についてレイグラーフ、クランツと共に確認した。

 たくさんの魔術を試すから、さすがに緊張するなぁ。


 確認を終えた彼らが帰ると、入れ替わるようにしてファンヌがやって来た。

 いくつもの茶器が載ったカートを押している。



「スミレ、お待たせしたわね。それじゃ、お茶の淹れ方の稽古を始めましょう」


「はい。よろしくお願いします」


「こちらこそ。では、まずは魔術具の説明をするわね」



 そう言ってファンヌが取り出したのは、湯沸かしの魔術具と茶器温め用魔術具と魔砂時計の三つだった。

 水関係の魔術具の使い方を習った時に湯沸かしの魔術具についても教わったが、実際に使ったことはまだない。

 湯沸かしの魔術具はお茶の種類に適した温度の湯を沸かし、茶器温め用魔術具は上に置いた茶器を適温に保ち、魔砂時計はお茶の種類に適した蒸らし時間を知らせてくれる便利な魔術具なんだそうだ。

 ファンヌのような上級者になるとすべて自分で温度を整えた湯を使うらしいのだが、一般的な魔族はこの三つの魔術具を使ってお茶を淹れるらしい。

 言われてみれば、スティーグがお茶を淹れていた時もこの魔術具を使っていた気がする。



「では、茶器温め用魔術具の上にポットとカップとソーサーを載せて。今日はわたしたち二人だけだから、カップとソーサーは二組でいいわ。好きなセットを選んでいいわよ」


「単に好みで選んでいいの? 何か気を付けた方がいいことはある?」


「スミレの部屋でスミレが振る舞うのだもの、スミレの好みでいいわよ。同性なら相手の好きな花をモチーフにしたものを選んだりしてもいいけれど、異性がいる場合はそういう気遣いはしない方がいいわね。相手の髪や目と同じの色の茶器を選んだりすると、自分に気があると勘違いさせてしまうこともあるから要注意よ?」


「うん、わかった」



 やっぱりか……。

 いや、きっとそういう注意ポイントがあるに違いないと思ったんだよね……。

 そう思い至る程度にはわたしも魔族の思考回路を理解できるようになったんだなと嬉しく思う反面、お誘いに関することかと思うと何だか微妙な気分になるから不思議だ。

 面倒除けには大事なことだから疎かにするつもりはないけど、ね。



「まずは紅茶から淹れてみましょう。茶葉は普段使いにちょうど良い手頃なブレンドよ。魔族国のどの食料品店にも置いてあって、単に紅茶と言えばこの茶葉を指すというくらいに一般的な品ね」



 魔族国には紅茶、緑茶、花茶はなちゃの3種類のお茶があり、3種類すべてにそのお茶の代名詞となるような定番の茶葉があるそうだ。

 ネトゲの食料品アイテムの『紅茶の茶葉』、『緑茶の茶葉』、『花茶の茶葉』は多分それらと同じものじゃないかと思う。


 お茶の専門店に行けばいろんな品種や産地の茶葉が売っているそうで、ファンヌのようなお茶淹れの上級者はそういう特別な茶葉を楽しむらしい。

 元の世界にもお茶好きな友人がいて、いろんなお店へ行くのに付き合ったり蘊蓄を聞かされたりしていたので、そういう楽しみ方はわたしも少しだけわかる。



 それにしても、この世界はネトゲの設定をベースにしつつも、それをより深めた形で文化や学問、技術が発展しているように感じる。

 先日クランツから聞いたミードの話もそうだ。

 ネトゲのアイテムには単に『蜂蜜酒』とあるだけだが、実際には産地や原料にこだわった多種多様な銘柄があるとのことだった。

 魔術の訓練でもエレメンタルの影響が魔術の効果や魔力消費量に関係すると聞いたし、ゲームの設定上のデータがすべてではないのだろう。


 聖女は人族に属するキャラ設定のようだから、もしかしたらこのネトゲの世界観やアイテムなども人族の社会を前提として設定されているのだろうか。

 とりあえず、ネトゲのマニュアルに書かれている内容やデータだけを鵜呑みにせず、魔族国内での実態と見比べていった方が良さそうだ。

 この辺りは城下町で暮らす上でしっかり意識しておこうと思う。



「茶器が温まったから、そろそろお湯を入れましょう。紅茶と花茶は沸騰したてのお湯を入れるから気を付けて」


「うん。この湯沸かしの魔術具って便利だね。お茶の種類を指定すれば勝手に適温にしてくれるんだもんなぁ」


「魔術具ってそういうものよ。お湯の量は……そのくらいでいいわ。すぐにポットの蓋をして、魔砂時計をスタート」


「これ、ファンヌもいつも使ってるけど、上級者でも必要な魔術具なの?」


「ええ。茶葉の産地によって蒸らし時間が結構違うから細かく時間を設定する必要があるの。でも、定番の茶葉を使う場合は普通にセットするだけで大丈夫よ」



 カップとソーサーの準備を整え、魔砂時計の砂が落ち切ったところで紅茶をカップへ注ぐ。

 紅茶の淹れ方自体は元の世界とほとんど変わらないから、特に気負うことなく注ぐことができた。

 ティースプーンを添えてファンヌの席へ紅茶を出し、自分の分を持ってわたしも席に着くとさっそく味わってみる。



「ふむ。初めての割においしく淹れられているわ」


「へへへ、よかった。ありがとう」


「魔族国で一番よく飲まれるのは紅茶だから、紅茶だけはおいしく淹れられるようになっておくといいわね」


「うん、頑張るよ」



 紅茶の味や飲み方などは地球の紅茶とほとんど同じで、たいてい砂糖とミルクが添えられていて好みのものを入れて飲む。

 ただしこれは略式で、本式だと砂糖、ミルク、蜂蜜、ジャム、果物、スパイスの6種類を添えるらしい。

 添え物の種類が多いのは部族や種族でかなり好みが分かれるからだそうだ。

 本式の紅茶は準備に手間が掛かる分、もてなした相手にとても喜ばれるという。



「それじゃ、雑貨屋でお客さんに紅茶を出す場合もやっぱり本式の6種類を添えるのが望ましいのかな」


「それは急な来客と同じだから略式でいいわよ。こちらが招待したり、前もって来訪が知らされている場合なら本式でもてなすといいかもしれないわね。でも、略式だからって文句を言われたりすることはないから、そこまで気にする必要はないのよ?」


「そっか。安心したよ」


「では、そろそろ次へ進みましょうか。このカップは片付けるわね」



 カップを洗浄の魔術で洗いカートへ戻すと、次のお茶のための茶器を選ぶ。

 次は緑茶だ。


 魔族国では建物の様式や服装、食事など様々な方面で中央アジアやイスラム圏、ヨーロッパのようなテイストが見られるが、まさかこの世界で日本の緑茶が飲めるとは思わなかったので、初めて食後のお茶で登場した時は本当に驚いた。

 緑茶というのは日本の緑茶だけでなく、ハーブティーを含めた緑系統の色合いのお茶全般を指すようで、清涼感があるため食後に飲まれることが多く、健康や精神面などへの効果が求められているらしい。


 淹れた緑茶をファンヌに勧め、自分も飲む。

 うぅ~ん、やっぱり緑茶はおいしい。取っ手のついたティーカップで緑茶を飲むことへの違和感はまだ少しあるけれど、ほっこりして和む。



「スミレは本当に緑茶が好きよねぇ」


「うん。渋みや苦みや甘みが絶妙だし、さわやかな香りやすっきりした後味も好きだなぁ。それに、やっぱり故郷の味と同じっていうのは大きいよ」


「他に故郷と同じ味のものはないの? 料理やお菓子は?」


「ほとんどの料理やお菓子は元の世界と同じだよ。お茶やお酒もだいたい同じみたいだし。だけど、故郷の味っていうのとはちょっと違うんだよね」



 故郷の味というと、やっぱり和食になると思う。

 でも、この世界にはお米がないし、味噌や醤油もないから和食を作るのは難しいだろう。

 ただ、穀物が麦オンリーなこの世界でもあんこ系のお菓子なら作れるかもしれない。

 たい焼きやどら焼きなら、緑茶のお茶請けにも良さそうだ。

 ……小豆があればの話だけれど。



「材料が揃えば、お菓子なら作れるかもしれないよ」


「まぁ! もし魔族国にないお菓子なら教えて欲しいわ!」


「あ、そうか。ファンヌはお菓子作りが得意なんだったね。やっぱりお茶のお供のため?」


「そうなの。でも、茶葉に比べてお菓子って種類が少ないのよね……。だから、スミレが故郷のお菓子を教えてくれたらすごく嬉しいわ」



 そういえば、この世界で食べたお菓子はシンプルで素朴なケーキやクッキーなどの焼き菓子ばかりで、あとはボール状のドーナツがあるくらいのものだ。

 生クリームを挟んだ甘いものもあるけれど、いわゆるプレーン味ばかりで、ドライフルーツやナッツが入ったものを食べたことがないのは何でだろう?

 疑問に思ったが、すごく突飛な意見に聞こえるかもしれないし、何か禁忌があるのかもしれないから、とりあえずこの場では口にせずにおいた。

 折を見てレイグラーフに聞いてみよう。



 緑茶の次は花茶を淹れた。

 花茶は紅茶の茶葉に芳香をまとわせたお茶で、乾燥させた花弁や果物を混ぜたものもあるそうだ。

 元の世界のフレーバーティーみたいなものだろう。

 この定番の茶葉はアールグレイのような香りがする。

 華やかな香りと色を楽しむため基本はストレートで楽しみ、入れるとしても砂糖だけだから紅茶と比べて準備が楽らしい。

 そのため、もてなし用に重宝されるが、好みが分かれるので茶葉の選択が非常に難しいお茶でもあるそうだ。



「雑貨屋のお客さんに出すお茶なんだけど、略式の紅茶と花茶なら、どっちがいいと思う?」


「略式の紅茶ね。花茶は定番の茶葉でも苦手とする人がいるから避けた方が無難だと思うわ。ある程度付き合いが深まって、その人が花茶を好むと知ってから出すという性質のものなの」


「なるほど。もてなし用に重宝すると言っても親しい間柄での話なんだね」



 自分で淹れたお茶を飲みながらファンヌとお茶にまつわる話をして、魔族社会の機微のようなものをまた少し知ることができた。

 それに、いつもは侍女の職分を外れるからと言って一緒に食事をしたり遊んだりすることを拒むファンヌと、こうしてお茶を飲みながらおしゃべりができてすごく嬉しい。

 これは思わぬ副産物だったなぁ。

 わたしがにんまりしていると、訝しんだファンヌが尋ねてきた。



「何よ、ニヤニヤして。どうかしたの?」


「ん~。お茶の淹れ方を教わるだけのつもりだったけど、結果的にファンヌとお茶ができて嬉しいなぁと思って」


「まぁッ!?」


「明日からの食後のお茶は練習がてらわたしが淹れるんでしょ? また一緒に味見してよね」


「……味見なら仕方がないわね」


「えへへ、ありがとう」



 お茶の淹れ方を覚えたらどうかとわたしに勧めたスティーグは、きっとこうなることまで見越して勧めたんだろうなぁ。


 ……まったく、どこまでも気が回る人だ。

 今度会ったらお礼を伝えようっと。

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