第39話 防御の魔術の訓練
飲み会をした翌朝、喉の渇きで目が覚めた。
やや頭が重く倦怠感があり、久々の感覚に妙な懐かしさを覚える。
毎朝の習慣でステータス画面をチェックすると、幸いなことに二日酔いの文字はなかったので、安心してクランツとの護身術の訓練に臨めたのはよかった。
それでも動きのキレが悪かったため、クランツに飲みすぎには気を付けるようにと若干嫌味っぽく言われたが、顔のむくみにまで言及しなくてもいいと思う。
ムッとしてつい唇をとがらしてしまったら、何故かクランツに謝られた。
「楽しさに気が緩んであなたの酒量に気が回りませんでした。申し訳ない」
「そんなのわたしの責任じゃないですか。クランツさんが謝るようなことじゃないですよ」
「ですが」
「ネトゲのアイテムのお酒は初だったから加減がわからなかったのと、久々の飲み会でテンションが上がりすぎただけです。次回はちゃんと気を付けますから」
「……次回?」
「クランツさんも楽しんでくれたんでしょ? よかった! また飲みましょうね、ミード以外で!」
わたしが笑いながら言ったらクランツは驚いたような顔をしていたけれど、最後のミード以外という言葉を聞いて苦笑いしていた。
わたしもちゃんと学習しているのだ。
ミード談議に巻き込まれないよう、魔族とミードを飲むのはやめておこう。
昨日ファンヌにお茶の淹れ方を教えて欲しいと頼んだから、朝食時にファンヌが給仕をしながらまずは概論を聞かせてくれた。
今日のレイグラーフの講義後に実習をしてくれるそうで、更に明日からは時間がゆっくり取れる夕食後のお茶で練習を積み重ねていく予定だそうだ。
う~ん、さすがにファンヌはテキパキと物事を進めていくなぁ。
この分だとあっという間にお茶の淹れ方を身につけられそうな気がする。
ふふふ、楽しみだ。
そして、昨日クランツが言っていた、ブルーノがファンヌに頼んだという中古のシネーラが用意されていて、朝食後にファンヌから手渡されたので驚いた。
早っ! クランツからその話を聞いたのは昨日の夕食後だったのにもう準備してくれたの!?
今日はこれを着てレイグラーフの講義を受け、明日の魔術の訓練に支障がないかどうか確認して欲しいと言われ、どこまでも手抜かりのない仕事ぶりに脱帽する。
さすがだなぁ。
わたしの友達はかっこいいや。
……よし、わたしも頑張ろっと!
ファンヌが用意してくれた中古シネーラに着替えて迎えたレイグラーフの今日の講義は庭で行われた。
またもやクランツが呼び出され、わたしの魔術の実技に付き合ってくれている。
「さて。明日の実験施設での訓練に備えて、今日は防御の魔術の練習をしますよ。スミレ、魔力の盾を発動してみてください」
「はい。……シールド!」
腕を前へ差し出して手のひらを広げ、その向こう側に魔力の盾を展開するイメージで呪文を詠唱すると、広げた手のひらを中心に透明で円形の盾が出現する。
レイグラーフはわたしにその盾を維持したままサイズを大きくしたり小さくしたり、縦長にした盾を腕の側面へ移動させ体の前面をかばうようにさせたりした後、一旦盾をしまわせた。
「ふむ、まずはいいでしょう。では、次からは体を動かさずに盾を適切な位置に出現させてください。そして石を弾いたら盾をしまう、いいですね?」
まずはクランツにお手本を見せるように言うと、レイグラーフは小ぶりな石を出現させてはクランツに向かって投げ始めた。
む、敢えて無詠唱で発動しているんだろうか。呪文が聞こえない。
クランツは腕を下ろしまっすぐに立ったまま、石が飛んでくる方向に詠唱ありで魔力の盾を展開しては石を弾いたら盾を消す、というのを何度も繰り返している。
お手本を見せてもらって要領がわかったのでわたしもやってみた。
レイグラーフはやはり無詠唱で投げてきたので、小石が飛んで来るタイミングが掴めずに苦労する。
それでも手加減してゆっくりと投げてくれたのでひと通り盾で石を弾くことはできたが、何度か腕で盾を出すような動きをしそうになった。
……この、直立不動で防御の魔術を使うことにはどんな意味があるんだろう。
「初めて魔術の訓練をした時、スミレは腕を振り上げたり突き出したりしていましたよね。イメージしやすさを優先させたのであの時は指摘しませんでしたが、魔術の発動は常に安定した状態で使えることが望ましい。イメージが固着して特定の動作をしないと使えないということにならないためにも、普段から呪文の詠唱のみで発動できるよう訓練することが重要なのです」
尋ねてみたらレイグラーフからそんな答えが返ってきた。
なるほどなぁ、と深く納得する。
一方で、クランツは軍人の視点から答えてくれた。
「特に防御の魔術はどんな状況でも使えなければなりません。盾の位置、大きさ、形状のすべてを瞬時に判断して適切に使えなければ身を守れないし、走ったり、武器を振るったりしながら使うこともあるでしょう。シビアな状況で使う魔術だと考えれば、余分な動作をする余裕などないんです」
そう言われて、思わずごくりと唾を呑んだ。
魔法と違って防御の魔術は人前で使ってもかまわないのだから、ブルーノの護身術とは別に必要となればいつ使ってもいい。
小さな石から悪辣な攻撃魔術まで、そのすべてをこの魔力の盾で弾き返して身を守れということか。
それを瞬時にやれるようになるには、普段から身動きもなしに呪文の詠唱だけで魔術を即起動できるよう訓練しておくのが一番だ。
よく使うメッセージの魔術や生活魔術の類は力むこともないので詠唱だけで使えるけれど、滅多に使わない高レベルの呪文などはそうもいかない。
つい力んで余計な動きをしてしまいがちだけれど、意識して呪文だけで起動するようにしていかないと。
先程の練習を再開する。
何度も繰り返すうちに、体を動かさず呪文を詠唱するだけで魔術を起動することにだんだんと体が馴染んできた。
反復練習って本当に大事だなとつくづく思う。
そちらに意識を取られなくなったのはいいのだが、いちいち盾を消去してはまた展開するというのが結構集中力を必要とするので地味にきつい。
そこで、盾を出しっぱなしにしない理由を尋ねてみたら、今は石だから小さい盾でも防げるが、飛んでくるのがファイアボールになったら当然盾も大きくなるだろう、魔力消費量がぐんと増えるので出しっぱなしでは魔力を無駄に消費することになり維持が困難になると言われた。
魔力消費量か……、わたしは自分の魔力量を把握できていないからなぁ。
本来ならネトゲのステータス画面には各種数値が示されるはずなのだが、何故かステータス画面の能力に関する数値欄はすべてハイフンが表示されていて、空白もしくは不明扱いとなっている。
ネトゲ仕様に気付いた当初からその状態で、マニュアルにも特に記載はないし、何故表示されていないのか、何か条件を満たせば表示されるようになるのか、それとも単なるバグなのかはまったくわかっていない。
アナイアレーションが使えるくらいなんだからわたしの魔力量が多いことは間違いないとは思うけれど、自分の魔力量を具体的に把握できないせいか、どうも魔力消費量には無頓着になってしまうんだよなぁ……。
でも、過信は良くないし、基礎をしっかりと身につけるためにも普段から魔力を無駄に使わないように意識していこう。
「なるほど、よくわかりました。明日の実技でもそのあたりをしっかり意識して臨むことにしますね」
「ええ。明日はブルーノの特大ファイアボールが飛んで来るでしょうから、どのくらい大きな盾が必要になるかわかりませんしね」
「何せ魔族軍の将軍ですから、威力は相当なものです」
「うえっ、マジですか!? え、それって普通に死にません……?」
「盾の大きさだけでなく威力に耐える力も必要ですし、跳ね返すには維持力も必要になりますから、頑張りましょうね」
「焦げても大丈夫なように中古のシネーラを手配したんですし、怪我ややけどをしたところで回復魔術で治すだけですから」
「ひえぇ……」
サラッと恐ろしいことを言われたが、この二人が大丈夫だと言うのだから大丈夫なんだろう。
ブルーノが無茶をするはずもないし心配する必要はないと思いつつも、以前池に放ったことのある、あのファイアボールを盾で受け止め弾き返すのかと思うとさすがにちょっとおっかない。
でも、いざという時に攻撃魔術の破壊力を前に恐怖で足が竦んで動けないなんてことにはなりたくないから、その威力を経験しておきたいとは思う。
いつか来るかもしれない「いざという時」は、実験施設で保護者たちに囲まれて安全に、なんて恵まれた状況でないことだけは間違いないのだから。
その後は、前後左右にステップしながら石を弾いたり、クランツと追いかけっこをしながらレイグラーフが投げてくる石を弾いたりして練習を続けた。
練習の途中で、レイグラーフが無詠唱で石を出せるのならわたしも無詠唱で盾を出せるのでは?と思い至り、試しに脳内というか胸の内で「シールド!」と声を出さずに言ってみたところ、ちゃんと盾が出現したのは嬉しかった。
いきなり無詠唱で盾を出現させたわたしを見て、レイグラーフとクランツが驚いた顔をしている。
何でも、無詠唱での魔術の起動というのはかなり高度な技術らしく、できるようになるまでには相当な鍛錬が必要になるそうだ。
「ちょっとやそっとのことでできるようなものではないのですが……」
「でも、目の前で実際にレイグラーフさんがやっているんですから、ああ可能なんだな、と思っただけでして……」
「それで、やってみたら実際にできた、と。……ハァ、適性や才能というのは理屈ではないのだと思い知らされますね……」
「まったく、魔術の無詠唱がこんなに簡単にできるのに、どうして重量軽減の魔術に手こずっているんです?」
「嫌なこと思い出させないでくださいよ」
呆れた顔をするクランツにわたしは言い返したが、難易度が高いことをできていたと知って少し自信が回復してきた。
やはり魔術はイメージが重要なんだろうな。
今後初めての魔術に接する時には、難しそうだとかできなそうといった先入観や苦手意識を持たないように気を付けよう。
「ここ!」という位置へ無詠唱で確実に盾を張れるようになったところで防御の魔術の訓練は終わった。
明日、明後日はいよいよ実験施設での実技だ。
本気レベルで出力する魔法や高レベル魔術にビビらず、思い切ってぶつかっていこう。
回復薬もしっかり準備しておかなきゃね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます