第38話 魔族国の酒事情とプチ飲み会

 2種類のビールを味わった後、次は蜂蜜酒を試してみることにした。

 蜂蜜酒はミードとも言い、ファンタジー小説によく登場するお酒だ。

 蜂蜜酒でも通るが、魔族国ではミードと呼ばれることの方が多いらしい。

 名前だけは知っているのだが、今まで一度も飲んだことがなく実物を見たこともなかったので、どんなお酒なのかとても興味がある。


 飲み方がよくわからないのでクランツに聞いてみたら、クールな彼にしてはやけに食い気味に、喜んで教えようと言ってくれた。

 何と蜂蜜酒は魔族にとても人気のあるお酒で、ご多分に漏れずクランツも大好物なんだそうだ。

 それはちょうどいい。

 お勧めの飲み方を教えてもらおう!



「このミードがどんなタイプなのかわからないので、まずはストレートで飲んでみましょう。…………味はあまり濃くありません。度数もそれほど高くない、か」



 わたしもひと口飲んでみたが、蜂蜜酒という名前から想像していた程には甘くなかった。

 それに、ほのかに蜂蜜以外の何かの匂いがする。



「これは、何の匂いでしょう」


「ハーブやスパイスです。蜂蜜と水を混ぜると自然発酵してミードができるのですが、蜂蜜の風味を活かしたりハーブやスパイスと併せてコクを出したり、逆に癖の少ないスッキリした味わいにしたりと、非常に味の幅が広いんです」


「へぇ~~」



 氷で割ったり、水や炭酸水で割ったりしてもいいと聞いて、まずは魔術で作った氷でロックにしてみる。

 続いて水割りを試した後、仮想空間のアイテム購入機能で炭酸水を買ってソーダ割りにもしてみた。



「あ。わたし、このソーダ割りが一番好きかもしれません」


「ほんのりとした甘味とソーダのさっぱり感はさわやかで好ましいです」


「寒かったり風邪をひいている時にはお湯割りにしてもいいかも」


「そういう時はショウガを足すのもありです」


「なるほど。……で、このミードはどんな感じでしょうか」


「ミードは銘柄によって味わいが様々ですが、この品はごく標準的な味と言えると思います」



 またか。さっきのビールもそうだったが、ネトゲの食料品アイテムは標準的な味の品物ばかりなんだろうか。

 可もなく不可もなくというのは悪いことではないけれど、地味というか、無個性のように思えてしまう。


 ミードは花や産地など蜂蜜の種類そのものが多く、いろんな味の商品が楽しめるというから個性的な商品も多そうで正直うらやましい。

 城下町ではいろんな銘柄が売っているそうなので、引っ越したらチェックしてみようと思う。



 それにしても、ミードについて語るクランツが熱い。

 普段のクールな彼は一体どこへ行ったのか。

 魔族はミード好きというのは本当っぽいなぁ。

 魔族なら誰でもお気に入りのミードの一つや二つはあるそうで、そのミードの良さやうんちくを語り出したり、ミード談議に熱が入りすぎて口論のようになったりすることもあるらしい。


 城下町に住むようになれば食堂や酒場で酒を飲む機会もあるだろうが、魔族には迂闊にミードの話題を振らないよう気を付けるようにとクランツに言われた。

 そこまで気にする必要あるの?と疑問に思いつつも、城下町でミードチェックする時の参考のためにちょっとだけ尋ねてみる。



「ちなみにクランツさんの推しミードは何て銘柄ですか?」


「オシ? ああ、推薦したいミードということですか。私が一番気に入っているのは、我が里が誇る醸造家ダグニュの作るマデレイネという銘柄です。これは高山植物であるグレーシャリリーの蜂蜜で作られた希少な品で、優れた養蜂家でもある彼女が自ら採取した蜂蜜だけを使用するという徹底ぶりもさることながら、すっきりした甘さに爽やかな後味が素晴らしい逸品で、お勧めの飲み方としては」


「あの、クランツさん。よくわかりました、ありがとうございます」


「……迂闊にミードの話題を振るなと言ったでしょう?」


「はい、ものすごくよくわかりました……」



 滔々と流れる川のようにミードを熱く語る言葉の奔流が止まらないクランツの様子に、わたしは若干腰が引けてしまった。

 でも、魔族がそんなにミード好きなら、わたしもいつかどこかで話題を振られる時があるかもしれない。



「ミードの話題を振られた時のためにも、わたしも何か推しミードを決めておいた方がいいでしょうか」


「このミードで良いのでは?」


「え、これってごく普通の何の変哲もない味なんですよね? どこがいいの?って聞かれてしまわないでしょうか」


「そこは、自分の里のものだからと自信をもって答えたらいいんです」



 魔族は部族や里に対する思い入れが強いからそれで納得してくれるかもしれないけれど、わたし自身はあまり納得がいかなかった。

 この品を推しミードとする以上は、自分の里以外にも何か推す理由やその背景に説得力が欲しい。

 何か良い設定はないだろうかと頭を捻る。



「う~~ん……。じゃぁ、こうしましょう。ミードは花の咲き具合による蜂蜜の出来不出来や気温など様々な原因で味や品質が一定しにくいかと思うのですが、このミードは複数のミードをブレンドして味を作り上げています。ブレンドの配合を調整することにより常に安定した品質の製品を製造し続けることができるのです。強い個性はないかもしれませんが、常に一定の味や品質を保ち続けているというのは美点と言えるでしょう。わたしはそこを評価しているのです、――という設定はどうでしょうか」


「いいじゃないですか。ミードを語るいっぱしの魔族みたいですよ。上出来です」



 わたしが捻り出した設定をクランツが手放しで褒めてくれた。

 ちょっと皮肉屋なところがあるクランツにしては珍しいことだと思いつつも、上機嫌な彼の様子にわたしも何だか嬉しくなって、次はシードル、その次は白ワインに赤ワインとお酒を試していった。

 思ったとおり他のお酒もごく標準的な味で、ネトゲの食料品アイテムはそういう品質設定になっているのではないかと二人で話し合う。


 そういえば、以前衣類を発注した時に服飾業者らに装備品アイテムを見せたことがあったが、彼女らの感想の多くは「丈夫そう」だった。

 魔術具も魔力消費量マイナス3%という微妙な性能だったことを考えると、ネトゲのアイテムはあえて突出した性能を付与していないのかもしれない。

 そしてそれは、城下町で目立たず、ひっそりと雑貨屋を営みたいわたしにとって悪いことではないだろう。



 ワインの評価を終えたあたりで少し口寂しくなってきたので、仮想空間のアイテム購入機能で『チーズ』をひと切れ買ってみたところ、思っていたより大きなチーズが出てきたので驚いた。


 このままかじるわけにもいかないので、『野外生活用具一式』のセットの中からカッティングボードを取り出し、刃物類が一体化した多機能ツールからナイフのパーツを出してとんとんとチーズをひと口サイズに切り分ける。

 どうぞとクランツに勧めたら、ひと切れ取って食べつつも、多機能ツールとカッティングボードを行ったり来たりしていたクランツの目が野外生活用具一式のところで止まったので、そのセットを丸ごと彼に手渡した。

 嬉しそうに中身を見ているクランツが何だか可愛い。


 このセットの内容物はどれもコンパクトサイズではあるけれどアウトドアに必要な物がひと通り入っている。

 簡素なテントに寝袋、焚火台にグリルなどについて説明しながら、ブランデーの栓を開けた。

 う~ん、これも他のお酒と同じで、おいしいけど味は普通かな。


 続けてウイスキーの味も確認してみたが、クランツもわたしと同じ意見で、やはりネトゲの食料品アイテムは普通の味で標準的な品質になっているようだと二人で結論づける。


 ちなみにチーズもマイルドな口当たりのごく普通の味で、癖のあるタイプじゃなくて却って良かったと感じたことを思うと、普通で標準的というのはむしろ安心要素という気もしてきた。

 うん、品質評価をやって正解だったな。

 ネトゲの食料品アイテムの特性が掴めたのは大きな収穫だった。

 折を見て、他のジャンルのアイテムも検証していこう。




 品質評価はひと通り終わったが、開封したお酒がもったいないので良ければこのまま飲みませんかと尋ねれば、クランツは快諾してくれた。

 クランツはワインが好きだそうで、二人して白ワインの瓶から攻略する。

 ワインは幅広い層の魔族に飲まれているそうで、グリルや煮込み料理などが多い魔族の食事を思い浮かべて何となく納得した。


 魔人族はグルメが多く酒にもうるさいとか、竜人族は総じて蒸留酒を好むとか、魔族のお酒情報をクランツが話してくれるのを聞きながら、何だか本当に飲み会みたいだなと嬉しくなる。

 レイグラーフの講義で学んだことや魔術の実技、護身術や魔族の職業体験など、いろんなことをクランツと話しながらとても楽しい時間を過ごした。

 魔王とワインを飲んだ時は月を見ながらだったからか、二人とも割りと静かに飲んでいて落ち着いた癒しの時間という感じだったけれど、盛んにおしゃべりを交わしながら飲むのもやっぱり楽しいな。



 量はそれ程でもないけれど、何種類ものお酒を飲んだからか、少々酔っぱらってきたのでそろそろお開きにすることにした。

 厄介なことに、赤ワインが半分、ブランデーとウイスキーは最初の試飲分だけでほとんど残ったままだ。

 栓を開けてしまった以上は早めに飲んでしまうのがいいんだろうけど、わたしは宅飲みはもっぱらビールかチューハイなんだよなぁ……。



「あの、クランツさん。もしよかったら、残ったお酒の処理を手伝ってもらえませんか? 飲みかけで申し訳ないんですけど、わたし一人ではとても飲みきれそうにないんです」


「ああ、お安い御用ですよ。蒸留酒を好む知人が時々やって来て一杯やっていくことがあるので、むしろ助かります」


「わー、こちらこそ助かります。あ、そういえばワインもお好きなんですよね? ごく普通の味でしたけど、まだ半分残ってるこの赤ワインはどうしますか?」


「スミレが飲まないなら引き受けます」


「ありがとうございます! わ~、ホント助かりました~」



 後のことを考えずに開封してしまったけれど、残ったお酒を全部クランツが引き受けてくれたので、無駄にせずに済んでよかった。

 それに、品質評価もできたし飲み会もできたし、気分転換はバッチリだな。

 あぁ~、今夜は本当に楽しかった。


 久々に頭を空っぽにして楽しんだわたしは、とてもいい気分で眠りに落ちた。

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