第35話 魔族の職業体験と仕事に関する話

 カシュパルの作業はしばらく時間がかかりそうなので、その間にわたしはこの大量の魔法具で何をするのかブルーノに聞いてみた。



「何って、普通に魔族軍の任務で使わせるつもりだが? 安全性と効率が上がれば兵士の消耗を減らせるからな」



 捕獲蔓は蔓が伸びて対象の動きを封じるアイテムで、基本用護身術で使う『ばく』はこのアイテムを使ったことにしてもいいとブルーノは言った。

 これは悪用が可能だから限定販売の指定を受けている。


 魔物避け香は魔族国への道中にわたしも使ったことがあるが、魔物が近寄ってこなくなるアイテムだ。これは限定販売の指定なし。


 脱出鏡はダンジョンから脱出するアイテムで、ダンジョンに入る時に一度入り口を鏡に映しておき、出る時に鏡を叩きつけて割ると瞬時に入り口へ戻る。

 ダンジョンのみに使用可能で普通の転移には流用できないから悪用される危険性は低い上に、冒険者なども使いたがるだろうからと限定販売の指定はない。


 最後の双眼鏡は流す魔力量によってはかなり遠くまで見えるという代物で、これは悪用される可能性があるので限定販売の指定がなされている。



「視力は部族によってだいぶ差があるんだが、双眼鏡を使えれば見張りや索敵の任務をこなせる人員が増え、兵の運用に幅が出る。脱出鏡は危険なエリアに留まる時間を短縮できるし、捕獲蔓と魔物避け香があれば魔物が出るエリアでの業務が安全で容易になるだろう。複数の部隊で使わせてみて、使用感や実際にどれだけ効果があるかを見るつもりだ」


「手のひらサイズで携帯しやすいですから、捕獲蔓は警邏の兵に持たせるのも良いのではないですか? 近衛兵の私もぜひ持ちたいです」


「ああ。1つ8Dと安いし、標準装備に加えられるといいよな」



 ブルーノとクランツが魔法具の運用について話し合っているのを見ながら、やはりこの二人は軍人だからこういう話をしている時はキリッとしていてかっこいいなと思った。

 でも、それよりも気になることがある。



「魔族も魔物避け香を必要とするんですね。魔物は魔族の支配下にあると思ってました」


「おいおい、魔力を持たない普通の野生動物は人族の支配下にあるのか? そんなわけねぇだろ。確かに眷属の魔物を使役する魔族はいるが、野生の魔物は普通に襲ってくるぜ」


「じゃぁ、魔族国に来る途中にある霧の森にいた魔物は魔族も襲うんですか?」


「当然だろ。まさにその霧の森での任務に当たるヤツらに魔物避け香を持たせたいんだよ、俺は」



 意外だったけれど、ブルーノの話を聞けばなるほどと納得した。

 イスフェルトから魔族国への道中では確かに普通の野生動物も襲ってきたし、魔力の有無に関わらず野生生物はどこの勢力にも属していないらしい。

 魔族国では軍用や研究用に魔物を飼育しているが、一般的な家畜も飼育していて牧畜や養鶏なども盛んに行われているそうだ。



「牧場や養鶏場もあるんですね」


「当たり前だろ。お前、食卓に出てくる肉や卵をどうやって調達してると思ってたんだ」


「それはそうなんですけど、何となく魔族が牧畜や農業をしているイメージがなくて……。城下町では畑などは見かけませんでしたし」


「さすがに王都の中ではやっていませんが、外ではどちらも大規模に行われていますよ」


「じゃぁ、農業や牧畜の職業体験もあるんですか?」


「もちろんあります」


「へぇ~~っ」



 興味津々でいろいろと尋ねると、クランツがざっくりと説明してくれた。

 わたしが知っている農業や畜産と概ね同じで、違いは大型機械がないことと魔力や魔術具を用いるということくらいのようだ。


 捕獲蔓の処理が済んだので、次のアイテムからは10個ずつ購入して取り出してはカシュパルへと渡しながら、わたしはブルーノとクランツに魔族の職業体験談をいろいろと聞かせてもらった。

 魔族の子供時代は魔術の勉強や訓練がメインで、魔術の習得進度に合わせて簡単な仕事の手伝いを始めるらしく、職業体験の中では農業と調理は比較的若い年代から触れる分野だそうだ。

 むぅ……。今のわたしの調理スキルは魔族のお子さんと同じレベルなのか……。



「先日調理実習をしてもらったんですけど、職業体験でやるから魔族は皆できると聞いて驚きました。ブルーノさんもクランツさんも料理作れるんですよね」


「500年くらい前の話だぞ? とっくの昔に忘れてるっつーの」


「レシピを見れば作れるとは思いますが、私も300年近くやってませんので味の保証はできません」



 意外なことに、うんざりした顔のブルーノと関心の薄そうなクランツの様子は調理実習をしてくれた下働きの女性たちやファンヌとは随分と温度差があった。

 でも、それも当たり前か。誰もが調理好きで強い関心を持っているわけじゃないだろうし。

 そう考えたら、好きでもなく関心もないのにほぼすべての職業を体験させられるというのはある意味では苦行とも言える。



「いろんな職業を体験できれば本当に自分に合うものを見つけられるだろうと、少しうらやましく思う気持ちもあったんですけど、わたしの想像以上に大変なことなんでしょうね」


「えり好みはできませんからね。ですが、どの仕事がどんな風に行われているかを知れば相互理解も深まります」


「どの仕事がなくなっても里の暮らしは回らなくなるってことを成人前に叩き込まれるのは悪いことじゃねぇしな」



 それは魔族軍の中でも同じことで、新兵はすべての兵種を経験し、その過程で本人の希望と適性を見るとブルーノは言った。

 こうして話を聞いていると、魔族社会は人や仕事との付き合い方が丁寧だなぁとつくづくと思う。

 やはり寿命の長さが影響しているんだろうか。

 長い人生を歩むなら人間関係がうまく行くに越したことはないし、仕事だって楽しくやれる方がいいに決まっている。



「職業選択の機会が多いのはいいですけど、たくさんある中から一生の仕事を選択するのは大変そうですね」


「いや、職は固定ではありません。途中で変えられます」


「えっ、いいんですか? それだけ丁寧に仕事の適性を見るのだからてっきり一生物なんだと思ってました」


「でなければ、王都が勤務地の職に就いた者たちは子作りのために部族の里へ戻れないじゃないですか」



 それもそうか。魔族にとって子作りは大切なことだもんね。

 数年単位で休職して里へ戻りその間は里の仕事をしてもいいし、辞職して里で新たな職に就いてもいいそうで、そこは本人の希望次第なんだそうだ。

 職業体験は苦行のような側面もあるが、そのおかげで里の中ならどの仕事にでも就けるし、義務が厳しい分、自由度は高いとも言える。



「やっぱり合わねぇなと思うこともあるだろうし、病気や怪我で続けられなくなることもあるだろう。人間関係や年齢も影響あるかもな。ちなみに俺は将軍を降りた後は部族の里に帰って幼児教育の仕事に就くつもりだ」


「えぇっ、まさかの子供好き!?」


「そんなんじゃねぇ! かくれんぼや追いかけっこや宝探しは優秀な兵士を育てるのに最適なんだ。あ~~、小さいうちから仕込んでやりてぇ~~」



 ブルーノの意外な発言にびっくりしたら、ただの軍人脳だった。

 でも、本当に好みや希望だけで仕事を決めてしまえるんだなぁ。

 収入や待遇を気に掛けたりはしないんだろうか。


 疑問に思ったので尋ねてみたら、相互扶助の集団生活がベースの魔族社会でも収入や待遇は各自の労働や職種に応じて異なるので、不満を持つ者はいるそうだ。

 ただ数は少ないそうで、多くの者が不満を持たないのは全員が里の中のほとんどの職業を知っていて、その上で今の職業を自ら選んでいるからだという。

 仕事がきつかろうが収入が少なかろうが、それを選んだのが自分である以上責任は自分にある。

 職種の変更は部族長に申し出れば受け入れられるのだから、嫌なら違う職業に移ればいいということらしい。



「なるほど。生活も仕事も全部部族が面倒を見てくれるなんていいなぁと思ってたんですが、そう甘いものでもないんですね」


「それらの保証は部族や魔族社会への貢献と引き換えであって、無償で与えられるわけではありませんから」


「それにね、働けるなら働いた方がいいんだよ。仕事がなかったら暇を持て余してしまうでしょ」



 すべてのアイテムを数え魔術具のトランクへしまい終えたカシュパルも会話に混ざってきた。

 暇を持て余す、か。

 わからないでもない。レイグラーフの講義を受け始める前のわたしはそんな感じだったから。

 この世界は娯楽が少ないようだし家事にかかる時間も少ないから、余程熱中できる趣味でもない限り確実に時間が余るに違いない。


 でも、わたしは城下町へ引っ越しても当分は忙しいままだろうな。

 早く魔族社会に馴染みたいし、まだまだ勉強しなければいけないことが山積みだから頑張らないと。

 わたしがそう言うと、ブルーノが少し眉をひそめた。



「気負いすぎじゃねぇ? 何でそう焦ってるんだ?」


「う~ん……早く独り立ちして皆さんに安心してもらいたいし、できれば役に立てるようになりたいんです。それに、胸を張って自立してるって言える状態にならないと自分に価値を認められないっていうか、安心できないんですよね……」


「性分なんだろうが、難儀なヤツだなぁ。価値がなきゃいけねぇのか?」



 元の世界にいた頃から漠然と感じていた自分の足場の不安定さみたいなものを口にしたら、ブルーノがスパッと放った言葉が胸に刺さった。


 価値がなければいけないでしょ?

 そうでなきゃ、存在する意味がないんじゃないの?

 逆に問いたい。

 価値がなくても、わたしの存在は認めてもらえるものなの?


 胸の中に疑問が一気に溢れたが、口には出さずにおいた。

 これを彼らに問うのはさすがに甘えすぎだ。

 こういうのは自分で解決すべきだってことくらいわかっている。

 ただ、ブルーノの問いにどう言葉を返したらいいのかわからず視線をさまよわせていたら、しょうがないなという表情のカシュパルと目が合った。



「君には価値があると僕らが言ってあげるのは容易いけど、それじゃ意味はなさそうだね。見ててあげるから納得いくまで頑張ったらいいよ。ただし、手助けが必要な時はすぐに言うこと。約束できるかい?」



 カシュパルは本当にいつもわたしの意思を尊重してくれるなぁ……。

 にっこりと笑って念を押すカシュパルに感謝の気持ちを込めて頷きながらはいと返事をすると、クランツが無理はしないようにと言い、ブルーノにはデコピンされた。


 胸が温かい。

 うん、明日からも頑張ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る