第34話 ブルーノと限定販売
非常用護身術と魔術の実技に関する打ち合わせが終わると、レイグラーフは明日も頑張りましょうねと言って帰っていった。
……そうだった。魔術の訓練で初めて不合格をもらってしまったんだよね……。
思い出してうな垂れかけたら、ブルーノがすかさずデコピンしてきた。
「いちいち凹んでねぇでアイテム一覧表の魔法具の欄をスライド表示してくれ。確か――おう、あったあった。これとこれと――」
表の前に立って指差しながらブルーノが指定したアイテムは、『捕獲蔓』、『魔物避け香』、『脱出鏡』、『双眼鏡』の4点の魔法具だった。
魔法具を軍で使って大丈夫なのかと思ったが、ただの新作魔術具として扱うので特に問題はないらしい。
表のデータ入力が進んだので以前見せた時と違い、購入価格や購入上限数、再購入可能になるまでの復活日数などを記入してある。
その4点を上限いっぱいまで購入することは可能かとブルーノに尋ねられ、可能だと答えたら即座に購入が決定した。
おぉ。大人買いだ、かっこいい。
この限定販売はネトゲ仕様に関わるため秘匿対象になるのだが、納品や支払いが発生する以上、城の会計処理を通さないわけにはいかない。
そこで、魔王権限の範疇で行う極秘取引として扱い、魔王本人か側近二人のどちらかが取引に立ち会い納品と決済を行うことになったそうだ。
カシュパルがブルーノと一緒に来たのは限定販売の手続きのためだったのか。
ただ、今日は納品だけで決済までは行わず、実際に支払いが行われるのはわたしに国民証の魔術具が付与されてからになるという。
現在の魔族国には物質的な通貨はなく、すべての取引は国民証の魔術具を介して行うとレイグラーフの講義で聞いている。
その魔術具がまだわたしの手元にないから支払いができないのだ。
魔術的にどういう仕組みになっているのか想像もつかないが、電子マネー決済と同じようなものと考えればいいだろう。
実物の通貨を扱うとなれば覚えることも増えるし防犯の必要性も上がるから、その心配をしなくて済むのは異世界人のわたしにとっては非常にありがたい。
国民証の魔術具は作るのに時間がかかるらしくもう少し待つ必要があるのだが、それが付与されればわたしも正式に魔族国の一員となれるので待ち遠しい。
「ねぇ、スミレ。購入価格って仮想空間でのアイテム購入時の金額のこと? 販売価格の欄が空白だけど、もしかしてまだ決まってないのかな」
「あ、はい、そうなんです。実は――」
空き時間を縫って商品情報のデータ化や価格調査で得た情報をまとめる作業を進めているが、作業が進むにつれ、自分が扱う予定の商品と魔族国内で流通する商品の情報が徐々に頭の中に定着してきた。
そのため、開業予定の雑貨屋について以前より具体的に思い描けるようになってきてはいるのだが、値段は商品の価値によるから、魔族社会の中でその商品がどのくらいの価値があるのかを考えなければならない。
わたしが扱う商品は冒険者向けの物が多そうなので、彼らの評価を聞いてみたいんだよなぁ……。
そんなわけで、販売価格は実際に城下町へ引っ越してからでないと決められないだろうと思い、決定を先送りしていたのだ。
「ただ、単純に手数料として利益を何割か上乗せするのもアリだとも考えているので、限定販売に関してはそういう風に価格を決めたらどうかと思っています」
「なるほどね。具体的には?」
「購入価格の一割を上乗せで」
「それはダメだよ。いくら何でも安すぎる。普通の取引と同じでいいんだよ」
「ですね。サービス価格ではなく価値に見合う妥当な割合でないと」
「だな。商売なんだから、お前ももうちょっと欲を出せよ」
わたしが提示した一割という数字に、カシュパルだけでなくクランツもブルーノも揃って首を横に振った。
だけどわたしは、これに関しては折れたくないのだ。
「だって、限定販売の対象は関係者しかいないじゃないですか。わたしは皆さんを相手に儲ける気なんてないですよ」
「実際に購入するのは城と魔族軍と研究院だよ? スミレは公的機関に販売するんだから、私情を挟んでサービス価格にする必要はないでしょ?」
理屈で言ったら確かにカシュパルの言う通りだ。
魔王たちは私費ではなく公費で購入するのだから、現にこうして魔王の側近のカシュパルが取引の手続きのために来ているのだし。
でも、わたしの心情的には魔王とブルーノとレイグラーフが相手だから売るのであって、単に公的機関への販売とは考えていない。
散々お世話になっている人たちの役に立てるならという気持ちが先に立っての話だから、私情を挟む必要はないどころか最初から私情しかないのだ。
本当は手数料なしの実費のみでもかまわないのだが、固辞されるのはわかっているから一応最低限の手数料はいただこうというだけなのに。
「皆さんはわたしに無償でいろいろしてくださるのに、どうしてわたしは同じようにしたらいけないんですか?」
「貴重なアイテムの安定供給だけで十分すぎるくらいの貢献をしてくれてるよ。だから普通の手数料でいいじゃない。君はまだこの国で安定した収入を得られてないんだ。公的機関への納品はいい売り上げになると思うよ?」
「――お金のことじゃありません!!」
わたしが大声を出したら、三人とも驚いたかのように目を見開いた。
こんなことでムキになるなんて大人げない。
そうわかっていても鼻の奥がツンとしてきた。
でも、絶対に泣きたくないから、わたしは深呼吸して必死で気持ちを抑える。
「身内に売って儲けるなんて嫌です。他の取引と同じように扱えだなんて、そんな水臭いこと言わないでくださいよ。何か、他人行儀で、すごく嫌だ……」
身内なんて言うのはおこがましいかもしれない。
でもわたしにとってあなたたちはとても大切な存在だから、特別扱いしたいんだよ。
だから拒まないで欲しい。
距離を置かれているようで、寂しい。
「わたしの我儘かもしれませんけど、嫌なんです。お願いだから、一割にさせてください」
下唇を噛みそうになったが、それじゃあまりに情けないからアラサー女子としてのなけなしの意地を総動員して踏ん張っていると、カシュパルが椅子の背もたれに体を預けながら、ふうと軽く息を吐いて両手で青い髪をかきあげた。
「……額は言わなくていいけど、手元の資金は十分にあるのかい?」
「はい。無収入でも2、3年は暮らせると思います」
「しょうがないなぁ~。まぁ、今日の支払いを手数料一割で処理してしまえば後で訂正するのも手間だから有耶無耶にしてしまえるか。一度前例を作れば以後も同じ割合で処理するようになるだろうし」
カシュパルはそう言って、わたしを見ると肩を竦めた。
どうやらわたしの要求を受け入れてくれるらしい。
ブルーノとクランツは疲れた様子で深々とため息を吐いていたけれど、カシュパルにまだ反対なの? と聞かれると、二人とも首を横に振って否定した。
「ルードやレイも最初は反対するだろうけど僕が説得しておくよ。スミレが泣きそうな顔しておねだりするから折れたって言えば、彼らも黙認するでしょ」
「えぇっ!? それはちょっと恥ずかしいんですがっ」
「事実なんだからいいじゃない。で、それでも彼らが反対するようだったらブルーノとクランツも説得して。いいよね?」
「……おう」
「……わかりました」
三人とも反対の立場を翻してくれたのを見て、わたしは心底ホッとした。
同時に、彼らを身内と称した自分の主張が受け入れられたのが嬉しくて顔がにやけてしまう。
泣きそうな顔しておねだりの下りはかなり恥ずかしいけれど、確かに事実に近いんだからそこは耐えよう。
「……ありがとうございます。我儘言ってすみません」
「いいんだよ。それに、僕らの方こそありがとう。嬉しいよ。スミレがこう言ってたって皆にも伝えておくね」
そう言ってカシュパルはすごく優しい顔で笑った。
昨日のスティーグといい、今日のカシュパルといい、魔王の側近二人は本当にサポート力が高いなぁと思う。
スッと補助して、サッと諭して甘やかしてたしなめて励ましていく、お兄さん的な存在だ。
私の実の兄はこんな出来た兄じゃなかったけれど。
販売価格の件で止まっていた取引の作業を再開する。
「それじゃ、販売価格は購入価格プラス手数料一割で、僕が数を確認して、空間を歪める魔術具のトランクに品を入れる。その後で、魔法具を試した時の分とルードの戻り石の分もまとめて支払金額を算出して書類にするってことでいいかい?」
「はい、わかりました。ではさっそく商品をお出ししますね。えーと、双眼鏡以外の3つの購入上限は99なので、まずは捕獲蔓を99個……ってうわぁ!!」
アイテムを指定して購入数を入力し、購入したアイテムをタップして取り出そうとしたら、大量のアイテムが架空空間からズルッと出て来たのでギョッとした。
テーブルの上に姿を現したアイテムの山は絶妙なバランスで重なった状態で、指で突いたら大惨事になりそうだ。
大量購入したアイテムを一度に外に出そうとしたら、こんな風になるなんて知らなかったよ!
「ひえぇ……。何てことに……」
「10個ずつくらいに分けて出してもらうべきだったね……。次からはそうしてくれる?」
「わかりました。お手数をおかけします……」
出してしまったものは仕方がないので、カシュパルは捕獲蔓の山を崩さないようにそうっと摘まみ上げては数を確認していく。
さっき我儘を聞いてもらったばかりなのに、また迷惑をかけてしまった。
でもそういう考え方は彼らにとっては不本意だとわかっているので口には出さないでおく。
ここのところ、いろいろと凹むことが多い。
調理を始めとした魔族の基本スペックの高さ、城下町で子供と見間違えられ騒ぎになりかけていたこと、重力軽減の魔術での不合格。
ハァ……。わたしはポンコツだなぁ。
早く一人前になって自立したいよ。
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