第27話 座学で学ぶスミレ専用護身術
次に、ブルーノは基本用護身術の詳細について語り出した。
「基本用護身術の内容は多岐に渡るが、やることはシンプルだから状況に応じて最適なものを選べばいい。原則として相手の気を逸らしてその間に距離を取るか逃げる、もしくは相手が手を出せない状況にすることを目的としている」
更に、相手に与える害の大きさによって内容も変わると聞いて、護身術と呼んでいるから忘れがちだが、場合によっては誰かを攻撃することになるのだと認識を新たにした。
魔法の検証をする際に、その効果を見るためにブルーノに向かって魔法を放つよう指示されて試したことはあるが、それ以外で人や生き物に対して術を放ったことは一度もなかった。
アナイアレーションで聖女召喚の魔法陣と城の一部を破壊しておきながらこんなことを言うのも何だが、攻撃するのは怖いし、できればやりたくない。
だけど、いざという時のために必要なのは事実だ。今はしっかりと講義を聞き、自分の頭でもよく考えて、きちんと身につける必要がある。
わたしはこの魔族国で独り立ちするのだから。
テーブルの上の手をグッと握り、唇を噛み締めた。
「……いい面構えじゃねぇか」
ブルーノの言葉に、驚いて彼の顔を見る。
いつも見せるニヤニヤ笑いとは違う、凄みのある笑みに一瞬ビクッとなったが、怖いというのとはちょっと違う。
「犯罪はあっても戦はない国から来たというだけあって、警戒心はそれなりだが俺たちから見ればお前は随分と無防備だ。人付き合いの仕方を見ていても争いごとを好むようには見えねぇ。だからこの護身術も、ものによっちゃ及び腰になるだろうと思ってたんだが、それなりに覚悟を決めて臨んでいるようで何よりだ」
「……それは、評価していただけたと捉えてもいいんでしょうか」
「ああ、いいぜ。俺がお前を甘やかすのは簡単だが、独り立ちしたいっていうお前の希望を叶えるならそれなりに厳しく当たる必要もある。俺は別にどっちだってかまやしねぇが、スミレがやる気なら大歓迎だ」
ブルーノはぺろりと唇を舐めながらそう言った。
さすがは将軍というか、いやむしろ肉食系の獣人族らしいと言うべきか。
さっきはホロリと泣かされたのに、今はその迫力にぶるっと震えが走る。
親しく付き合ううちにすっかり忘れていたけれど、初めの頃は強面のブルーノのことをチビりそうなくらいおっかないと思っていたんだよなぁ。
それを久々に思い出すくらいの迫力に、甘ったれた気持ちで臨んでいると思われなくてよかったと胸を撫で下ろした。
周囲の好意や親切を素直に受け取ることと、それに慣れて甘えきってしまうことは別物だから、きちんと線引きして気持ちを律していかないといけない。
「それでは基本用護身術の説明に入る。スミレだけが使える魔法の優位性、それは呪文の詠唱が本人しか聞こえないということだ。その優位性を活かし、先程も述べたように基本用護身術は魔法を使っていることがバレない、もしくは誤魔化せる範囲内に留めることを念頭に置いている」
ブルーノによる解説が始まったが、それをノートに取ることは禁止された。
この護身術は他の機密事項と同じで秘匿対象だ、誰かに見られる可能性のある紙面に残すことは許可できないと聞けば、もっともな話だと思った。
後でまた動画で確認して表にまとめておけと言われ、ブルーノはネトゲ仕様への理解と適応が早いなぁと、妙な感心をしてしまう。
ブルーノだけじゃないか。
魔王は戻り石で魔術具を作ると言っていたし、レイグラーフは録画と映写の魔術具を作るための研究を始めるようだし、魔族の人たちは新しいものを取り入れることに対してとても意欲的だ。
そういう柔軟性はわたしも見習いたい。
「さて。基本用護身術は相手の気を逸らしてその間に距離を取るか逃げる、もしくは相手が手を出せない状況にすることが目的だと先程言ったが、スミレがこれを実行する場面として俺がメインで想定しているのは、ナンパだ」
「…………え?」
「ナンパだよ、ナンパ。お前が手を焼くトラブルは、十中八九これだろう」
さっきのわたしの悲壮なまでの覚悟は何だったの!?と言いたくなる程に、いきなりスケールの小さい話になった。
護身術を最も用いるだろう場面がナンパとか、魔族国は本当に平和なんだな。
平和ボケと揶揄される日本人のわたしもびっくりだ。
わたしが拍子抜けしていたら、ブルーノとクランツが真面目な顔で戒めた。
「たかがナンパと甘く見ると、痛い目見るぜ」
「そうですよ。対処を誤ると大きなトラブルの原因になることもありますから」
ナンパってそんな剣呑なものなんだろうかと疑問に思ったが、わたしが知っているナンパはあくまでも日本のナンパであって魔族社会におけるナンパではないのだから、確かに気を抜くのは良くないかもしれない。
日本でだってナンパが高じてストーカー化した被害はあるだろうし。
基本用護身術のメインがしつこいナンパへの対処法であろうと、使用頻度が高いと予想されるのならわたしにとっては死活問題になりかねない。
真剣に取り組まなければ。
使用する魔法と状況、利点や留意事項などをブルーノが解説していく。
屋外にいる場合であれば、『雨天』で急に雨を降らせたり『動物使役』で動物をけしかけるなどして、相手の気を逸らし、話を切り上げ、その場を去る。
『反響』という山びこのような効果のある魔法で誰かが相手を呼んでいるように装い、相手が振り返っている間にその場から逃げる。
相手が興奮状態にあれば『鎮静』を掛けてみてもいい。
話を聞いている分には簡単そうなちょっとしたことばかりだけれど、実際にやるとなると複雑なものは難しいだろうから、これくらいがわたしにはちょうどいいのだろう。
「どの魔法が最善かは状況によるから、あらかじめ『生体感知』で人がいる場所をチェックするといい。相手の気を逸らして逃げたつもりが、曲がり角の先にいたヤツにぶつかり転んで逃げ損なった! なんてことになったら目も当てられねぇ」
「なるほど……。建物の裏とか、今いる場所から見えないところもチェックして逃走ルートを考えるわけですね」
「ああ。誰かに相手をなすりつけたい時や助けを求める時にも、どこに人がいるかわかれば役に立つ」
「あっ、そうだ。今いるエリアだけは詳細マップが見れるんですけど、それも活用した方がいいですよね?」
「マップ? どれ、スライド表示で見せてみ…………馬鹿野郎、情報出すのが遅ぇんだよ……何だこのマップ、すげぇ詳細だな」
「ううぅ、すみません。ずっと離宮の中にいて同じマップしか見られなかったから存在を忘れてました」
「まぁいい。逃走ルートでの活用もだが、有事の際は分屯地か大家の館が避難場所になる。城下町へ移ったらそこへの避難経路もマップでチェックしとけ。それと、天候を操る魔法の注意点だが、雨が降り出したから帰ると話を切り上げてもお前の家で雨宿りさせてくれと言われるかもしれん。相手と場所をよく考えて使えよ」
ブルーノは実に細かい状況まで想定して考えてくれていた。
魔族社会を知らないわたしでは考えが及ばないことも多かったから、やはりブルーノに相談してよかったと思った。
それにしても、お誘いお断りの地味服や地味メイクにしているのに、何故それでもナンパしてくる人がいるんだろう。
わたしが尋ねると、服装によるアピールを尊重するのはあくまでも暗黙の了解であって、法的な強制力があるわけではないとブルーノは答えた。
言葉を尽くせばわかってもらえる、話さえ聞いてもらえれば……と食い下がる人はそれなりにいるのだそうだ。
「特にお前は人族だから、魔術を使えないと見て強引に迫るヤツもいるだろう」
「あ、魔法じゃなくて魔術なら使うところを見られてもかまわないんですよね? 魔術で退けるのはダメなんでしょうか」
「そりゃかまわんが、お前、魔術を使った魔族同士の喧嘩がどうなるか知らねぇだろ? 攻撃魔術を使わなくとも場合によっちゃ大変な被害が出る。そうなったら懲罰対象になるぜ」
「あうぅ……。水をぶっ掛けるくらいならいいかと思いましたが、そうもいかないんですね」
「一旦魔術を使ってしまえばたいていエスカレートして大事になります。二、三度魔術を使った喧嘩を見たら考えも変わるでしょう」
「第一、そんなことに魔力を使うのは感心しねぇ。魔素は無限じゃねぇんだ」
魔素の循環異常に対処するために創設されたという魔族軍を率いるブルーノの言葉は重い。
つい先程、術を使う時は慎重にと考えたはずなのに、気を抜くとまたネトゲ感覚で魔法や魔術を捉えてしまっている。
軽率だったと反省した。
魔術を身近に感じられるようになってきたのは良いことだと思うけれど、わたしは心構えがまだまだ未熟だな……。
相手の気を逸らして逃げる手段の次は、腕を掴まれたり抱きつかれたりと身体的な拘束を受けた場合の話になった。
難易度が上がってきて、目くらまし目的の動作を入れつつ魔法を使って相手から離れたり、立ち位置を変えたりするという。
相手の死角を意識する必要もあるらしく、実地訓練が必要なので後でみっちり練習するそうだ。
そして、ブルーノの解説が非常用護身術に移る。
魔法バレ、聖女バレも辞さずに魔法を使用する非常用護身術は当然ながら更に難易度が上がった。
単発の魔法使用が多かった基本用護身術とは違い、複数の魔法を連続で使用してその場から即座に離脱、場合によっては相手を殲滅することも想定されている。
どちらも実技でやるには度胸がいりそうだ。
「基本用の実技はこの部屋の中で済ませるが、非常用はそうもいかねぇから研究院の実験施設を借りるつもりでレイグラーフに話を通してある」
「おや、将軍の権限で軍の施設を使うものだと思っていましたが」
「魔力的な耐久性は実験施設の方が強固だ。危ねぇ魔術具の開発もあるし、極秘実験なんてものもアッチの方が慣れてるからな」
「ちょっ、わたしは危ない魔術具と同じ扱いなんですか!?」
「実際、取り扱い注意の危険物だろ。お前は自分の持っている能力の威力をもっと自覚しろ」
危険物だなんて酷い扱いだと、わたしは唇をとがらせる。
でも、やはりわたしは術の行使に関して認識不足だとブルーノに判断されているんだな……。
少しでも安心してもらえるようになりたい。
そのためにも頑張らないと、ね。
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