第25話 皆で動画観賞会
今日からは1日2回(7時、17時)投稿します。よろしくお願いします!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
レイグラーフとクランツも動画観賞会に招かれているそうなので、講義の後、三人で魔王の執務室へ向かうことになった。
いつもの経路で行くと思っていたら、城の庭に離宮にはない花が咲いているから連れて行ってやれとカシュパルに言われたが立ち寄りたいかとクランツに聞かれ、わたしは大喜びで是非とも見たいとお願いした。
離宮での暮らしはひたすら穏やかで平和なのはいいけれど、ある意味刺激がないとも言えるので、いつもと違うところを歩くのはちょっとした冒険みたいでわくわくする。
見せてもらった花は大好きなコデマリによく似ていたので、更にテンションが上がった。
気に入ったのなら離宮にも植えてもらおうかとクランツが言ってくれたけれど、わたしはもうじき離宮を離れてしまうのだからそこまでしてもらうことはないと思い、その申し出は断った。
でも、また来年この花が咲いた時に連れてきてくれたら嬉しいと伝えたら、クランツは目を逸らすとはにかんだ顔で頷いた。
美形の不意打ちはにかみ顔は心臓に悪いのでやめて欲しい。
厚意を固辞するのは魔族の価値観に合わないから早く慣れろと言ったのはクランツなのに、今朝わたしのナチュラルメイクをスッピンスッピンと貶したことも許したくなるじゃないか。
魔王の執務室に着くと、魔王と側近二人にブルーノがいた。
レイグラーフとクランツも含めると、カシュパルが予想したとおりわたしの機密を知る関係者全員が集まっているようだ。
魔王たちはまだ仕事が片付いていないようなので、挨拶は後回しにしようと思い奥のテーブルで侍女たちが夕食の支度をしているのを眺めていると、用事が済んだのかブルーノがふらりとやって来た。
「よぉ、スミレ。メイクが変わって可愛くなったじゃねぇか。地味メイクなのに可愛く見えるなんて、成人したての子供かお前くらいのもんだぞ」
褒めてくれるのかと思いきや笑顔で貶してきたブルーノにじとっとした目を向け挨拶すると、ブルーノはゲラゲラ笑いながらわたしにデコピンした。
「そう怒んなって。例の護身術、完成したぞ。明日予定が空いたから訓練をやろうと思うんだが、お前の都合はどうだ?」
「わぁ、ありがとうございます。楽しみにしてました!」
わたしの明日の予定は講義だけなのでレイグラーフに聞いてみたら、ブルーノの訓練を優先するように言われた。
「スミレの魔術の訓練は通常のペースより相当早いので、当初想定していたより早く終わるのは確実です。ブルーノの訓練の方が時間がかかるかもしれませんし、スミレの身の安全に関わることなんですから、明日は訓練を受けてください」
「確かに、魔法単体ならスミレは得意かもしれませんが、身体の動きと組み合わせるということでしたら体術は非常にお粗末ですから、将軍が納得いくレベルにまで仕上げようとすると相当時間がかかるかもしれませんね」
わたしと過ごす時間が最も長い二人から揃って時間がかかる可能性を指摘され、若干凹んだ。
どうせ運動神経は良くないですよ……。
でも何せ相手は用兵の達人ブルーノ将軍なんだし、わたしの運動レベルくらい見通した上で護身方法を構築してくれたと思うから、そんなに無茶な要求はしないんじゃないかなぁ。
そんなわたしの希望的観測をよそに、仕上げまでは付き合えないからお前が面倒を見ろとブルーノに言われたクランツがわたしを見てため息を吐いた。酷い。
そこへ、仕事を終えたらしい魔王と側近たちがやって来てわたしのメイクを褒めてくれた。
どうやら皆、わたしがやっと大人らしいメイクになって安心したらしい。
「こんなに皆に褒められるようでは、地味メイクでも誘いを掛ける者が出やしませんか?」
「スカーフの使い方も教わったそうだし大丈夫だってば。ね、スミレ」
講義前の反応が穏やかで拍子抜けしたけれどやはり心配していたレイグラーフの言葉に、カシュパルがこちらを見てにっこり笑いながら言った。
スカーフ云々以前に、あの派手メイクが溢れる魔族社会ではわたしのように地味な存在は確実に埋没するから、レイグラーフが心配するような事態にはならないと思う。
それにしても、こんな風に可愛いねぇと連発されているとアラサー女子としての自我が崩壊しそうだ。
親戚のおじちゃんおばちゃんの誉め言葉を真に受けていた小学生の頃の気持ちに戻ってしまいそうでヤバイ。
気を引き締めないと。
侍女たちが退室したので、奥のテーブルへ移り夕食を開始する。
わたしはこそっとカシュパルに花を見てきたことを伝えお礼を言うと、スクリーンの操作があるので一番端の席に座らせてもらった。
物件を下見した時の動画を一時停止した状態でスクリーン表示にして、全員から見やすい位置にスワイプする。
スクリーン表示を初めて目にしたクランツが驚きの声を上げた。
「これですか! ……話を聞いてもどんなものかさっぱりわかりませんでしたが、これは確かに見てみないとわかりませんね……」
「我々も前回は本当に驚きましたからねぇ。ここから先はスミレさん以外の全員が初めてですよ。動画とやらは一体どんなものなのか、実に楽しみです」
スティーグの言葉どおり、全員の目が期待に輝いている。
楽しんでもらえるといいなと思いつつ、まずは視聴開始前の挨拶をしなくては。
「本日はお忙しいところをお集りいただき、誠にありがとうございます」
「スミレ、敬語敬語」
「ハッ!?」
関係者がずらりと揃っているのを見た途端、まるで会社の役員らの前でプレゼンでもするような気分になったせいで、ビジネスモード全開になってしまった。
カシュパルが声を掛けてくれなかったらまた魔王にお仕置きされてしまうところだったよ……。
くっ、刷り込まれた習性は本当に手強い。
「では、わたしが城下町で住む予定の部屋を動画でお見せします。もしかすると、防犯上の問題点や何か対処した方がいい箇所があるかもしれません。気付いた点があればその都度教えてください。それでは始めます」
一時停止を解除したら音と映像が流れだした。
音量を調整してから皆を見ると、うん、全員固まってるね……。
それこそ一時停止を解除したかのように、ブルーノが素っ頓狂な声を上げた。
「何だこりゃぁ……? うわ、カシュパルがしゃべってやがる、きめぇ!!」
「失礼なと言いたいところだけど、僕も不気味だと思う」
「下見は三日前だったでしょう? 何がどうなって過去のカシュパルとクランツがあそこにいるのですか?」
「しまった、呆然としていて最初の部分を見逃してしまった……不覚」
「あ、じゃぁ先頭に戻しますね」
「先程と同じ場面がまた……話している内容もまったく同じですねぇ……」
「面白いな」
さすが魔王陛下は泰然自若としておられた。魔族国はこの先も安泰だな。
全員食事の手が止まっていたので、温かいうちに食べようと促す。
大勢で動画を観ながら食事をするなんて、まるでスポーツのライブビューイング中のカフェかレストランみたいだ。
そういえば、と言ってカシュパルが物件の名前を教えてくれた。
大家さんのオーグレーン商会から名前を取ってオーグレーン荘と呼ばれているらしい。
店舗部分の部屋の様子が流れている時に、内装工事が終わったら一度見てみたいとスティーグがぽつりと呟いた。
店の雰囲気とバルボラ、ヴィヴィのバランスを確認したいのだそうだ。
確かに場にふさわしい服装というのはあるし、見た目で妙な誤解を招かないようにしたいからスティーグのチェックは是非とも受けておきたい。
「場合によっては新しいのを買った方がいいかもしれません。その時は付き合いますから、一緒に城下町の服屋に行きましょう。もちろんクランツに同行してもらいますし、恋人同士の買い物に見られないようちゃんと配慮しますから」
「はぁ~。スティーグ、お前そんなとこまで気ぃ配ってるのか。偉いというかマメというか」
「ブルーノが気にしなすぎなんだよ」
「余計な誤解を招きたくないだけですよ。浮名を流したいわけではありませんからねぇ」
服屋への同行をうらやましがるレイグラーフに、それなら一緒に来たらいいとクランツが言うと、服屋の女性店員が苦手だからと結局断った。
レイグラーフは一体どれだけ女子が苦手なんだ……。
せっかくセクシーな容貌をしているのにもったいないとつくづくと思う。
緑色のくせっ毛を耳に掛けるしぐさもこんなに色っぽいのに、中身とのギャップが激しすぎるよ。
「家具は総入れ替えか」
「もちろんそう手配したよ」
「設備はどうだ?」
「古いね。組み込んである魔術陣の書き換えはレイがやるって言うから、任せることにしたよ」
「なぁ、今のところもう一回見れるか? ああ、そこだ。裏庭側の窓にも表通り側と同じ鎧戸がついているのか?」
「ついてるよ」
ブルーノの要望どおりに少し巻き戻して再生すると、他の人たちも気になったところを一時停止させたり、巻き戻して見直したりしてチェックし始めた。
気楽に動画を観賞する会だと娯楽のつもりで考えていたけれど、わたしの自宅のために皆が真剣に見てくれている様子に、自分のお気楽さを反省する。
窓から見える大家さんの屋敷の庭を見て、魔王がいい景色だなと言ったのが妙に嬉しかった。
うん、何度見ても素敵な池だ。
動画の上映が終わったところでレイグラーフが何やら考え込んでいたので、どうしたのかと尋ねたらこれを魔術具化したいと言い出した。
「目の前の事象を映像にして残せたら便利だと思いませんか? 今のように繰り返し見て確認できますし、一瞬の出来事も一時停止すれば詳細が見られます」
「後者が目的ならスロー再生という機能もありますよ。ほら、こんな風に」
「おおぉ~、こいつは便利だな。速い動きの分析も楽になる」
「ええ。研究用にはもちろん、軍事的にも利用価値は高いでしょう。録画してスクリーン表示ができる魔術具が欲しい……。作れるか……いや、作るんです。作りましょう! さっそく研究を始めますよ、私は!!」
何やら研究者魂にスイッチが入ったらしく、レイグラーフが録画と映写の魔術具を作ると宣言した。
他の人が撮った動画が見れたらわたしも嬉しいので、ぜひともレイグラーフには頑張ってもらいたい。
クランツの思い付きから始まった動画観賞会だったけれど、住居のチェック以外にも思わぬ副次的効果があったようだ。
張り切るレイグラーフを激励しながら、観賞会をやってよかったなと思った。
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