第24話 水に関する魔術の訓練

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 今朝も朝食前にクランツと一緒にジョギングをした。

 クランツに昨日のメイクはもうしないのかと聞かれたが、ジョギング後にシャワーを浴びるから10分でできる簡単メイクで済ませただけだ。

 ただ、メイクに関しては一つ懸念があるのでクランツに相談してみる。



「レイグラーフさんは女性が苦手みたいですが、講義の時にわたしが昨日のメイクをしていたらびっくりさせてしまうでしょうか」


「それはあなたが気にすることではありません。昨日のメイクは地味メイクとしては標準的なものです。今までがスッピンだったからと言っ」


「スッピンじゃありません! あれはナチュラルメイクと言って、手間も時間も掛かってるんですってば!!」


「それは失礼。今までがほぼスッピンだったからと言って」


「ううううう」


「……今までとメイクが変わったところで魔族にとってはただの地味メイクでしかありません。レイが見慣れればいいだけです」



 クールな近衛兵はそう言って笑顔でバッサリとわたしの懸念を切り捨てた。

 うん、そう言うかなって思ってたよ。


 シャワー後に昨日スティーグにしてもらったメイクを再現してみたら、案外うまくいったのでひと安心する。


 実は昨日、服合わせが終わり皆が帰った後になって、女性の装いに男性が関わるのは恋愛関係にあるかそうなる意志がある場合だとファンヌから聞かされ、羞恥のあまり悶絶した。

 今回は特別だと業者たちもわかっているから大丈夫と慰められて持ち直したが、スティーグの提案はどれも素敵だったし、自分に似合っていたと思うから教えてもらったこと自体は後悔していない。


 スティーグにはこれからもメイクや服の相談に乗ってもらいたいんだけど、魔族的にはやっぱりNGかなぁ……。



 そんなことを考えながら朝食を食べているところに、カシュパルからメッセージのメモが届いた。

 例の動画観賞会を今夜魔王の執務室で夕食を食べながら行うらしい。

 ネトゲ仕様のことはファンヌには言えないので内容は伏せ、夕食を魔王のところで取ることになったとだけ伝える。


 そして朝食後はファンヌに湯沸かしや水差しなど、主に水関係の魔術具の使い方を教えてもらった。

 洗面やトイレ、お風呂の魔術具は離宮に来てすぐに教えてもらったので、それらは既に問題なく使えている。


 実は、魔族社会には水道がない。蛇口がなくてもどこでも好きなだけ水の精霊が水を出してくれるからだ。

 手洗いや食器洗いも洗浄の魔術で対応するので、一般的な魔族の住宅に洗面台や流し台はないのだが、魔術を習っていないわたしでも使えるようにと離宮内にはあちこちに洗浄用の魔術具が設置されている。


 入浴も洗浄の魔術で済ませてしまう魔族は多いのだが、部族や種族によって湯に浸かったり水を浴びたりすることを好む者がいるため、全部族に対応する必要がある王都の住宅には浴室が設置されているのだそうだ。

 わたしはお風呂もシャワーも好きなので、浴室に設けられている魔術具をありがたく使わせてもらっている。


 トイレは元の世界と同じような便座があり、使用後は魔術具で洗浄する。

 素晴らしいことに洗浄の魔術は洗浄と乾燥がセットなので、水場のヌルヌルが発生しない。

 あの嫌なヌルヌルをゴシゴシしなくていいとは、何ていい世界なんだ……!!



 ところで、洗浄と乾燥がセットということは、水の精霊だけでなく火の精霊も活躍しているんだろうか。

 自動洗濯乾燥機のような魔術具の使い方を習っている最中にそんな疑問が思い浮かんだので、講義が終わったらレイグラーフに質問してみようと思う。




 講義の時間になり少々身構えてレイグラーフを迎えたが、離宮へ現れた彼は普通にわたしの地味メイクを褒めてくれた。



「魔族社会に順応していくスミレを見て安心しましたよ。今日も魔術の訓練を頑張りましょうね」



 レイグラーフは穏やかな笑顔でそう言って講義をスタートさせた。

 わたしの地味メイクへの反応についてはどうやら杞憂だったようで、変に気を回したりして悪かったなぁと反省する。


 講義の前に水関係の魔術具の使い方を教わったと話したら、講義でも水に関する魔術を学ぶことになった。

 まずは水を出す魔術から取り掛かるとのことで、庭に出るとレイグラーフはメッセージの魔術でクランツを呼び寄せた。

 前回の講義でわたしが禁忌の魔術について打ち明けたから警戒されているのかもしれない。

 監視役だとは思わないけれど、わたしが魔術的に暴走した場合レイグラーフ一人では手が足りなくなる可能性を考えると、当然の措置だろう。



「まずは水を出してみましょう。このグラスに入れてみてください」


「わかりました。水の精霊よ……、ウォーター」



 レイグラーフが手にしていたグラスを空中に浮かせると、わたしは前回の講義で習ったように水の精霊を呼び出してから呪文を唱えた。

 自宅の水道はレバー式だったので、そのレバーを動かすつもりで水量を調整しながらグラスの八分目あたりまで水を入れる。よしできた。

 評価を聞こうとレイグラーフを見ると満足そうに頷きながらグラスを見ている。



「スミレなら問題なくできるだろうと思っていましたが、ここまでとは思いませんでした。見ましたかクランツ、スミレはこの魔術を使うのは初めてなのですよ?」


「話には聞いていましたが、想像を超えていました。初めてならグラスに注ぐことすら難しいのに、量までコントロールできるとは驚きです」



 クランツは本当に驚いているようで、グラスをまじまじと見ながらそう言った。

 彼にここまで手放しで褒められたことは今までなかったので、嬉しくて顔がにやけてしまうのを止められない。

 調子に乗って、もっとギリギリまで入れられる、やってみてもいいかとレイグラーフに尋ねるとすぐにOKが出た。


 よーし! 糸のように細く水を出すならレバー式よりハンドル式の方が調節しやすいかな?

 呪文を唱えハンドルを捻るように指を動かしながらそうっと水を出すと、慎重にグラスに水を注いでいく。

 水がグラスのふちより盛り上がったところで水を止めて二人を見ると、クランツが感嘆の息を吐いた。



「本当にすごい。ここまで繊細なコントロールができるとは……」


「いや、本当に素晴らしい! しかも、スミレは水の性質をよく知っているのですね。でなければグラスのふちの高さを超えてまで水を注げないでしょう」



 そういえば当たり前のように表面張力が働くと考えていたけれど、科学的な法則が元の世界と同じとは限らないという可能性を失念していた。

 今のところ元の世界との違いは特に見当たらないが、そういうことも念頭に置いて周囲を細かく観察する習慣をつけた方がいいかもしれない。

 離宮にいるうちは無防備に過ごしていられたけれど、城下町ではそれじゃまずいだろうし。


 その後レイグラーフはグラスの水を地面に零し、濡れた地面に手を擦り付けて手を泥で汚すと、わたしにその手を洗浄の魔術で洗うよう促した。

 洗浄の魔術はウォッシュとクリーンの2種類があり、前者は水や石鹸で洗い流す洗浄で、後者は汚れやほこりなどを取り除く洗浄が該当するそうだ。


 周囲を見たらまだ先程の水の精霊がいたので、引き続きよろしくと視線を送ったらニカッと笑い返してくれた。

 精霊は皆愛想が良くて可愛いなぁ、もう。いつか撫でたい。


 ウォッシュと唱えるとレイグラーフの手は一瞬できれいになり、ちゃんと乾いていたのでホッとした。

 家事はウォッシュとクリーンの使い分けが肝要らしく、ファンヌや下働きに詳しく聞くようにとレイグラーフに言われたが、洗剤か掃除機のどちらを使うかと考えればだいたいのことは判断できそうだ。




 講義が終わったところで、洗濯の魔術具の使い方を習っている時に浮かんだ、水の精霊だけでなく火の精霊も活躍しているのかという疑問を尋ねてみたら、レイグラーフはニヤニヤ笑いを浮かべた。



「魔力の扱いはうまくてもエレメンタルの理解はまだまだですね。洗浄関係の魔術具にはすべてのエレメンタルが関わっていますよ」


「えっ、風も土もですか!?」



 レイグラーフの解説によると、水が汚れを洗い流して火が乾かし、風が湿気を吹き飛ばして土が汚れを吸収する、という働きが作用しているのだという。

 そう聞くとなるほど確かにと納得したが、今度は別の疑問が浮かんだ。

 土の精霊は汚れが貯まって苦しくならないのだろうか。

 以前見たアニメで汚れた川の精が汚物にまみれて苦しんでいたが、ああいうことが土の精霊にも起こるのだろうか。


 元の世界にいた頃はそこまで環境問題に関心はなかったけれど、今は精霊たちを実際に目にして日々関わる暮らしをしているから、彼らが苦しんでいたら嫌だなぁと思ってしまう。

 わたしがそう言うとレイグラーフは何故か嬉しそうな顔をした。



「あっという間に汚れを分解してしまうから大丈夫ですよ。でも、心配なら精霊に魔力をあげなさい。元気になりますからね」


「精霊にご褒美をあげることができるんですか!?」



 いつもメッセージを運んでくれる風の精霊を労いたいと思っていたので、わたしは思わず内心でガッツポーズをしてしまった。

 魔力のあげ方は人それぞれらしく、シャワーのように精霊の上に降らせる人もいれば、光にして照射する人もいるそうだ。


 ちなみに私はと言いながら、レイグラーフが手のひらの上でもう片方の手の指先をくるくると円を描くように回していると、真珠のような玉が一粒現れた。

 これはレイグラーフの魔力を球状に固めたものだそうで、水の精霊に渡すと精霊はそれをぱくりと頬張り、嬉しそうにくるくる回ってパッと消えた。

 ひゃああ、可愛い!

 わたしも今度やってみようと思わず拳を握る。


 それにしても、こうやって精霊を呼び出したり魔術を使ったりしてるうちに、エレメンタルを身近に感じるようになってきた気がする。

 わたしがそう言うと、レイグラーフが穏やかな笑顔をわたしに向けた。



「魔力効率の面から精霊を複数呼び出すことはあまりありませんが、実際にはどの魔術においてもすべてのエレメンタルが関わっています。森羅万象はエレメンタルの上に成り立っていて、どれか一つ欠けても成り立たないのです。

 ――目に見えない、自分の理解が及ばないところでもエレメンタルの力は及んでいる。スミレ、どうかそのことを忘れないでください」



 レイグラーフの言葉はわたしの胸の内にストンと落ちた。

 理屈はわからないけれど、感覚で納得している。

 何となくだけど、そんな気がした。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇


1日3話投稿はここまで!明日からは1日2回(7時、17時)の投稿になります。

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