第23話 【閑話】隣人情報と側近の思惑

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「魔王の庇護をアピールするのはいいですが、図書館で絡んできた連中に見られでもしたらまたうるさくなりはしませんか? シネーラはともかく魔王の色を配したヤルシュカなど……」



 スミレの護衛を務めるクランツはしばらく前に起こった出来事を思い出して懸念を示したが、それに対しカシュパルは宥めるように答えた。



「スミレ本人がヤルシュカを着る気がないんだから、その心配は無用だと思うよ。それに、城下町へ移る時には僕からヤルシュカは着ないようにと伝えるつもりだ」


「まぁ、どうして? スミレが着る気になった時は着ても良いのではないの?」


「スミレがその気になったのなら止めやしないさ。ただ、彼女が恋人募集中なんて意思表示をしたがると、ファンヌは本気で思うのかい?」


「それは……」


「僕はスミレに不用意に男を近づけたくないんだよ。……幸いなことに、スミレは魔族の僕たちに早い段階から心を開いてくれた。素直に懐いてくれたのは嬉しいけど、その反面、魔族男性に対する警戒心が薄くなってしまったんじゃないかと懸念しているんだ」



 ハァ、とため息を一つ吐くと、カシュパルは両手で深い青色の髪をかきあげた。

 城下町には魔族男性がうようよしているのだ。

 魔族の娘だって成人するまでは里から出さないというのに、まだ魔族慣れしていないスミレに恋愛OKのヤルシュカを着せて城下町を歩かせるなんて、想像するだけで恐ろしい。

 それに――。



「スミレが住むことになったテラスハウスの住人は三名。その内一人は竜人族の女性で、残り二人は男だ」


「何ですって!? そんなところにスミレを一人で住まわせて大丈夫なの?」


「じゃぁ、ファンヌに聞くけどね。城下町に女性だけが住む賃貸物件なんてあると思う?」


「……あるわけないわよね……。住人の半分が女性だなんて、そんな恵まれた物件が他にあるとは思えないわ。ごめんなさい、カシュパル」


「大家があのオーグレーン商会である以上住人の質に問題はないでしょうが、君の方でも当然調査はしたんでしょう? その二人、どんな男なんです?」


「それが、幸いなことにどちらも女嫌いなんだよ。一人は布で髪を隠すほどの変わり者さ」



 元はオーグレーン商会の従業員が住んでいた寮だったらしく、現在はオーグレーン荘と名を改めて賃貸物件になっているが、4軒と数が少ないこともあり、あまり人付き合いを好まず静かに暮らしたがる者に部屋を斡旋しているのだという。



「それは、確かにスミレには良さそうな物件ね。あの子も一人で居たがるところがあるから……」


「隣の女性は大家の面倒を長年見てきた人で、彼女の献身に対するお礼にと引退後に今の住居を提供するにあたって、静かに暮らしたいと言う彼女の意向に沿う形で他の住人が選ばれたそうだよ。物静かな人だけど、人付き合いが悪いというわけではないから心配はいらないだろう。男二人も愛想はないけど、どちらも体格のいいマッチョだから用心は悪くないと思」


「カシュパル待って!!」


「――その話、もっと詳しく聞かせていただけるかしら」



 スティーグがカシュパルの口を塞ごうとしたが遅かった。

 ファンヌがぐいと身を乗り出して、スミレの隣人となる男二人の詳細を聞かせろと妙な迫力を滲ませながらカシュパルに迫る。

 同じ魔人族で付き合いの長いスティーグは知っているのだが、ファンヌの好みの男性はガチムチマッチョなのだ。



「一人は虎系獣人族で、第三兵団所属。もう一人は岩性精霊族で学生、と。その二人、是非ともお顔を拝見してみたいわね。スミレの家に遊びに行ったら見られるかしら」


「……さすがに、遊びに行く動機が不純じゃないですかねぇ」


「何を言ってるのよ、スティーグ。スミレとはお泊り会をしようってもう約束済みなの! 第一、スミレの隣人なのよ? あの子の家のすぐ隣に男性が二人も住んでいるというのに放っておけと言うの? いいえ、友人として見過ごすわけにはいかないわ。スミレのためにも安全確認をしなくてはッ!!」


「ファンヌの目が怖いんだけど……。ねぇスティーグ、彼女いつもこうなの?」


「う~~ん……、ノーコメントで」


「二人とも女嫌いだって話なんだけど、いいのかなぁ」


「いいじゃないですか。ファンヌに女性ならではの厳しい目でチェックしてもらえると思えば。何にせよ、スミレに不用意に男を近づけたくないというカシュパルの意見には私も賛成です。少なくともスミレが魔族社会に馴染むまでヤルシュカは着ない方がいいと私も思います」



 いつまでも付き合っていられないとばかりに、大幅に脱線した話をクランツが引き戻した。

 それに同調してカシュパルもすんなりと元の話題に戻る。



「図書館で絡んできた連中に見られないかというクランツの懸念だけど、スミレが城下町へ出てしまえば、城の連中が彼女の姿を見るのはスミレが離宮へ里帰りする時くらいのものだよ。念のため、面倒な連中の目に触れることのないよう、城と離宮への出入り時のルートと警備案の再チェックをブルーノから指示してもらった。スティーグ、報告はもう上がってきたかい?」


「先日、物件の下見で城下町に出た際に若干の問題点が見つかったので、今手直しをさせていますよ。もう少しかかるでしょうねぇ」


「了解。ファンヌ、スミレが離宮を出て城下町へ移る日には紫と黒の最上級シネーラを着るように促してくれないか。初日は僕が挨拶回りで関係各所を連れて歩くから、魔王が庇護する者だと現場の者にしっかりと認識させたいんだ」


「わかりました。スカーフはどうしたらいいかしら?」


「何せ黒地ですからねぇ……、見送りに来たレイがうるさくなりそうな気がしますよ」


「僕らが気にするべきは外部の目だ。レイのことは放っておけばいいさ。当日はスカーフありで離宮を出よう。その先は僕が都度スミレに指示するよ。基本的に挨拶回りでは外しておくつもりだけど、場にいる者によっては付けさせた方がいいこともあるだろうし」


「そうですね。不埒なことを考える者がいないとも限りませんから」


「ああ。クランツ、当然君にも同行してもらうから、そのあたりもしっかり見ておいてよね」


「もちろん、そのつもりです」



 カシュパルがひと通り指示を出し終えたところで、結局カシュパルもスミレに対して過保護なのでは?とクランツは思ったが、口には出さなかった。

 レイグラーフが見せる心配とは違う表情が彼の目に浮かんでいるように思えたからだ。

 それが何なのか気になったクランツは、少しアプローチの方向を変えてみた。



「出立の日、紫と黒の最上級シネーラとスカーフを纏うスミレの姿を見て、魔王はどう思うでしょう」


「レイは騒ぐだろうしブルーノは冷やかすだろうし、それを見たスミレは変に思うだろうから、せめてルードには平然としていてもらいたいけど、こればかりはどうなるか僕にも予想がつかないよ」



 小首を傾げながら両手を広げるとカシュパルはお手上げのポーズをしてみせた。だが、本当だろうか。

 少年っぽさを漂わせ、歳よりも若く見える風貌を活かして諜報と謀略を担うこの腹黒側近が執拗に魔王の色をスミレに纏わせる意図は何だ?

 城内では魔王の寵愛を否定するような噂を流しておきながら、一方で城下町では反対のアピールをするつもりなのだろうか。


 クランツは更に踏み込んでみる。

 自分はスミレの護衛なのだ。カシュパルの思惑がスミレの身に及ぶなら、自分はそれを把握しておかなければならない。



「仮定の話ですが、カシュパルに尋ねたい。もし、魔王とスミレの間に恋愛感情が芽生えたらどうしますか?」


「スミレ次第さ。でも、そうなるならとっくになってると思うけどね。それにあの二人が恋仲になったところで、魔族と人族では寿命が違いすぎる。正直に言うと、僕はどちらにも悲しい思いはさせたくない」


「……それでも、カシュパルは魔王とスミレが恋仲になることを望んでいる、そうなるように動いていると思えてならないんですが」


「魔王が聖女を囲い込む。それが一番手っ取り早くいろんなことが丸く収まる方法だとは思っているよ」


「では、その方向へ二人を誘導するつもりだと?」


「馬鹿なこと言わないでよ。さっきも言った。イスフェルトであんな目に遭わされたスミレに、誰であろうと男を不用意に近づけたりするもんか。彼女が望むのなら話は別だけどさ」



 一瞬の間を置くこともなくカシュパルは答えた。

 組んだ両手の上に顎を乗せ、鋭い視線をクランツに向ける。


 

「魔王という存在は最強の虫よけになるから最大限に利用する。スミレは聖女だ、危険回避の手段は幾重にも講じる必要がある。城内では悪く作用する可能性が高いから避けたけどね」



 一旦言葉を切ると、カシュパルはクランツ以外の二人を見回した。

 その上で、再びクランツと目を合わせる。



「ルードは寡黙な質だが言葉は惜しまない。僕らは既に彼の意志を十分に知らされている。ルードがスミレを庇護する、しかし聖女の重責は負わさないと決めている以上、それを全力でサポートするのに否やはない。――だけど」



 自分の相方である魔王の側近と、能力の高さと信頼の厚さ故にスミレの側近くに配された魔王直属の侍女と近衛兵。

 今ここにいるのは魔王ルードヴィグに忠実な者ばかりだ。



「僕らが一番に守るべきは魔族の王だ。僕は、魔王を守るために聖女を守る。そのためには手段を選ばないよ」


「委細承知しました。私はスミレを守るよう魔王の命を受けています。私も魔王を守るために、この身を尽くして聖女を守りましょう」



 飄々としていて風のように掴みどころのない男だと思っていたが、どうやら芯に据える物は自分と同じようだ。

 庇護欲に引っ張られて何が一番重要なのかを見誤ってはいけない。クランツはそう思い、魔王の側近に言質を与えた。

 頼もしいな、そう言うとカシュパルはカラッと笑った。

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