第22話 【閑話】側近と騎士と侍女の会話
GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
スミレの部屋の真向かいにある一室で、魔王の側近であるカシュパルとスティーグが簡素な椅子に腰掛けてひっそりと話をしている。
部屋の主である近衛兵のクランツもドアにもたれて立ったまま時々会話に参加しているようだ。
この後侍女のファンヌも合流して情報交換をするが、ファンヌが知らされているのはスミレが異世界から召喚された聖女だということと魔族国へ来た経緯だけで、ネトゲ仕様や禁忌の魔術の件などの機密事項については知らされていない。
彼女の前で話せないことは今のうちに済ませておく必要がある。
「じゃあ、動画観賞会は明日の夜でいけそうだね。僕らが揃って離宮へ行くと目立つから、ヴィオラ会議と同じように魔王の執務室で夕食をとりながらでいいかな」
「いいと思いますよ。では、カシュパルからスミレに伝えてください。今日服選びで顔を合わせた時に聞かれましたから」
「了解。クランツも城への送迎を頼むね。面倒なのと廊下で鉢合わせしないように手配しておくから」
「ああ、それは助かります。……そういえば、スミレが図書室に行かなくなりましたが、そちらで何か手を回したんですか?」
「僕らじゃない。スミレの質問に合う内容の本をレイが講義の時に参考書として貸しているそうだよ。多岐に渡って潤沢に与えているようだから、図書室に行かなくても間に合ってるんじゃないかな」
「自分のことでスミレが当て擦りを言われたと知って随分と憤慨していましたからねぇ。心配性の彼は事前にトラブルの芽を摘んでしまいたいのでしょう」
「そういう意味では、明日の講義でスミレと顔を合わせたレイがどんな反応をするか楽しみです。メイクが変わって随分と可愛らしくなっていたので」
「あはは。それはまた、別の意味でレイが心配しそうだね」
「さすがはスティーグと思いました。女性の装いを選ぶのが上手い」
「クランツには言われたくないですねぇ」
そこへ控えめなノック音が響き、三人は瞬時に視線を交わし頷き合う。
クランツがすかさずドアを開けて来訪者を招き入れると、遅参を詫びながら侍女のファンヌが部屋へ入って来た。
クランツが外の様子を一瞥してからドアを閉める。
「遅くなってごめんなさい。随分とお待たせしてしまったかしら?」
「問題ありません。スミレの新しいメイクの話をしていたところです」
「ああ、あれね! 可愛かったでしょう?」
「ええ。服選びは順調に進んだようですね」
「スミレは楽しんでいたかい? スティーグに聞いてもファンヌが来るまではって言って教えてくれないんだよ」
「うふふ。スミレはご機嫌だったわよ。あんなに楽しそうにしているのは初めて見たかもしれないわ。最初にメイクをいじったのが大きかったの。あれで一気にスミレの気持ちが前向きになったもの。スティーグのお手柄ね」
ファンヌに手放しで褒められてスティーグも満更ではなさそうだが、クランツが少し懸念を表した。
「メイクを施す様子を見た業者たちに艶事だと見なされませんでしたか?」
「そこは大丈夫だと思うわ。いろいろとわかっていないスミレをうまく導いているのは明白だったから、むしろスティーグの手腕を褒めていたわよ」
「それならいいですが……。本来、女性の装いに関して男性が手助けするのは恋愛関係にあるかそうなる意志がある者同士が行うことだと、スミレにしっかりと教えておいてください」
「もちろんよ。今回が特殊だっただけで、お誘い不要なら自分の装いに関することに男性を関わらせては駄目だと、夕食中に伝えたから安心して」
「店先でどれが自分に似合うかと男性店員に尋ねることも誘いと取られると伝えてやってください。スミレはまだまだ無防備だから細かく教えてあげなければ」
「ええ、そうね。それも伝えるわ」
「何だ、クランツも案外過保護なんだね」
少々気を揉んでいたクランツがカシュパルの言葉を聞いて不服そうな顔をしたので、わからないでもないけどとカシュパルは肩を竦めてみせた。
「あまり褒められたやり方じゃないのは確かだけれど、今回はやむを得なかったと思っているよ。クランツだってスミレのメイクがあのままでいいとは思ってなかっただろう?」
「それはもちろん。……スミレには気付かれずに済みましたが、店巡りの時は騒ぎになる可能性がありましたから」
王都へは成人した魔族しか入れないため、城下町には大人しかいない。
だが、ほぼスッピンにしか見えないスミレのメイクでは、事情を知らない魔族の目には高い確率で成人前の子供に見えてしまう。
城下町の店巡りをした時、何故子供が城下町にいるのかとカシュパルは実際に店の者に尋ねられている。
彼女は成人だ、魔王の側近である自分が保証すると言って内密に処理したので騒ぎにならずに済んだが、客の多い店だったらどうなったかわからない。
「スミレのメイクを変えることは必須だ。服装に関するあれこれやメイクのことをまとめてスミレに理解させるには服選びの場が最適だろうし、肯定的に変化を促すにはスティーグに任せるのが最善の手段だと判断したんだ」
「クランツの懸念はもっともよ。本当はわたしが全部面倒を見られたらよかったのだけど、残念ながらわたしではスティーグに及ばないのよ……。でも、スティーグは本当に素敵なものを選んでくれたし、実際にメイクや服を合わせながらスミレに理解を促していくのを見てカシュパルの判断は正しかったと思ったわ。適切なメイクや服装を知ることでスミレは魔族社会の機微を肌で実感して、その上で受け入れたように見えたもの。今日は本当に大きな手応えがあったのよ」
一日中スミレのそばにいて彼女の様子を見ていたファンヌは、今日のことを思い出しながらしみじみと語った。
そんなファンヌの様子にスティーグも同調する。
「確かに彼女からあの言葉を引き出したのは我ながらよくやったと思いますねぇ」
「本当にお手柄だったわ。でも、爆笑したのは失礼よ!?」
「だって、スミレさんがあんまり可愛いことを言うから」
「スミレは何を言ったんですか?」
「ファンヌが彼女に新しい自分を楽しむように言ったんですよ。そうしたらそれに対して、“冒険を怖がらずに楽しむことにするよ。わたし、雑貨屋のスミレになって魔族社会の一員になるんだ”って」
くつくつと笑いながらスティーグが教えると、クランツは片手で顔を覆ってため息を吐き、カシュパルは肩を震わせて笑いを堪えている。
「……スミレは無自覚にそういうことを言うから、本当に厄介なんです」
「くっくっく。レイがその場にいなくてよかったですねぇ」
「泣いて喜んだかもしれないよ?」
「余計に過保護を拗らせそうな気もしますが」
「あり得るわね……。同性のわたしですら庇護欲が爆発したもの」
「押し倒しそうな勢いでしたものねぇ」
「誤解を招くような言い方はやめてもらいましょうか、スティーグ」
ひとしきり話が弾んだところで、さて、軽口はここまでにしようかと言って、カシュパルがその場の空気を引き締めると、情報交換を開始する。
「で、首尾はどうだったの?」
「結局、紫の服は最上級シネーラとヤルシュカの2着になったわ」
「どちらにもしっかりと黒を使っておきましたよ」
「ほう、上々の成果だね」
「上々どころかやりすぎなくらいよ。シネーラは紫の生地に黒を中心とした刺繍、更には黒地のスカーフだし、ヤルシュカは紫のスカートに黒のボディスよ?」
「ふふっ、なかなかの破壊力だ」
満足そうな表情のカシュパルに対し、側近らと侍女の会話の意味を捉えかねたクランツが尋ねる。
「紫と黒? 意図的に魔王の色をスミレに纏わせるということですか?」
「いや、紫を希望したのはスミレだよ。昨夜ファンヌが良い情報をスミレから引き出してくれてね、それを急遽計画に組み込むことにしたんだ」
何でも、スミレの国には彼女と同じスミレという名前の花があり、その花が紫色なのだそうだ。
そして、自分の名前にちなんだ紫の服が一着欲しいとスミレが望んだという。
この状況なら魔王の目の色でもある紫をスミレに纏わせることは容易だろうと、カシュパルは紫の服に黒を合わせるようスティーグに注文を付けた。
紫だけなら自分と同じ名を持つ故郷の花の色というスミレの言い分はすんなりと受け入れられるだろうが、魔王の髪色である黒までもが加わっていれば何らかの意図を感じる者は多いだろう。
「紫の服を二着も作るつもりはなかったようだけれど、スミレはどちらも気に入っていたからとても喜んでいたわ」
「シネーラの方は先に業者が紫の生地を推していたので、それに黒を足す形で便乗させてもらいました」
「しかし、シネーラにスカーフも加えて、ただでさえ地味服でガチガチに固めているのにその色の組み合わせでは、まるで独占欲の強い魔王がスミレを囲い込んで溺愛しているように見えてしまいませんか?」
ファンヌとスティーグの二人は満足そうに語っているが、スミレの服に魔王の色を配したことに対し、クランツは疑問を呈する。
しかし、そんなことは想定の範囲内だとカシュパルはきっぱりと言い切った。
「そう見えたとしても構わないさ。まぁ、そこまでは行かなくとも、魔王の庇護をはっきり示す服も作っておきたかったんだ。スミレ本人は自分の色を纏っていると思っているから、誰かに尋ねられたらそう答えるだろうけどね」
「スミレは魔王の色に誘導されただなんて思ってもいないわ。スティーグは何でもないような顔をして思惑を滑り込ませていくんですもの……本当にやり手よね」
「私はカシュパルの注文に応えただけですよ」
「やれやれ、すべてはカシュパルの思惑通りというわけですか。相変わらずの腹黒さですね」
「諜報と謀略が担当業務ですから、仕方がないでしょうねぇ」
「カシュパルの少年っぽさが漂う見た目に騙されている人は多いわ。若くて爽やかそうに見えるもの。この中で一番年長だというのにね」
呆れたようなクランツの皮肉も、フォローのようでフォローになっていない同僚スティーグの言葉も、辛辣なファンヌの評価もどこ吹く風とばかりにカシュパルは軽く受け流した。
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