第21話 服飾関係の価格調査
GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
わたしの気分が前向きになったところで、スティーグはまた後で様子を見に来ると言って退室していったが、わたしも業者たちも目指す方向性が見えたからか、服選びは順調に進んでいった。
最上級のシネーラは先程の3着で十分だから、次は街着用とよそ行き用の少し上質なシネーラを既製服からそれぞれ何点かずつ選ぶ。
街着用は一週間分用意すべしというファンヌの主張を受け入れて、まずはシネーラを7着選び、バルボラとヴィヴィも後で7着ずつ買うことにした。
この世界の一週間は元の世界と同じく7日なのだが、魔術具で洗濯するというし洗濯物なんてそう貯まらないんじゃないかと思ったけれど、実際に雑貨屋を開業したら家事どころじゃなくなる可能性もある。
第一、わたしの独立仕度は庇護者の魔王によるものなのだから、以前スティーグに指摘されたように、業者たちの前でケチくさいことを言って魔王の面目に傷をつけるわけにはいかない。
既製服のシネーラと、それに合わせた靴やスカーフ、バッグなどをひと通り選んだところで昼食休憩となった。
手軽に済ませられるようにという配慮だろう、軽食が並んでいて好きなように皿に取って食べるビュッフェスタイルになっている。
ファンヌが手早く配ってくれたお茶をひと口飲んで喉を潤すと、わたしは食事をしながら業者たちに話し掛けた。
先日城下町で価格調査をした際、服飾関係は衣類の発注時に業者に直接聞くようにとカシュパルに言われていたから、この昼食休憩中にそれを済ませてしまいたいと考えていたのだ。
「皆さんにお願いがあります。わたしはしばらくしたら城下町で暮らす予定なのですが、魔族社会の物価を知りません。もし良ければ服飾関連商品のおおよその相場などを教えてもらえませんか?」
食事をしながらで構わないからと頼んでみたら、業者たちは快諾してくれた。
さっそくシネーラの値段から聞いてみると、既製服は街着が4~5千D、よそ行き用が8千~1万D、仕立ての最上級シネーラが5万Dとのことだった。
更に、この後選ぶ予定の既製服のバルボラとヴィヴィがそれぞれ千D、ヤルシュカはブラウス、ボディス、スカートの3点の合計で3千Dといったところらしい。
改まった場でも着るシネーラは他の服と比べて値段も少し高めの位置付けという感じだ。
それにしても、魔族社会における服の価格設定がよくわからない……。
昨日ファンヌのレクチャーの最中にわたしが普段離宮で着ているシネーラが最上級の代物だと聞いて衝撃を受けたが、5万Dと聞いて拍子抜けしてしまった。
王族クラスの最上級衣料なら100万くらいしそうなイメージがあったし、既製服でもよそ行きなら2~3万くらいするのかと思っていたのに想像以上に安い。
そういえば家賃も驚くほど安かったし、そもそも最上級の認識そのものが間違っているのかもしれない。
魔族社会は階級社会じゃないし共存共栄がモットーのようだから、魔族の上層部は庶民派で高級志向じゃない可能性は十分にある。
何にしろ、自分が普段着ているシネーラが5万Dと聞いてホッとした。
高級品であることに変わりはないが、100万クラスかとビビった後なら許容範囲内の贅沢だと思える。
元の世界で高級ブランドのスーツが何十万円もしていたことを考えれば、心休まるお値段だ。きっと。
続いて靴と、スカーフやバッグなどの小物類の相場を教えてもらった。
ここまで話を聞いて服飾関係の相場自体は何となく掴めてきたが、今度はわたしが雑貨屋で扱う予定のアイテムについて少し不安が出てきた。
実は装備品アイテムの中で服飾関連商品は結構多く、帽子やマント、靴下から普段着に礼装と実に幅広い。
しかし残念なことに魔族国の品々と比べると野暮ったいデザインで、なのに値段はほぼ同じなのだ。
仮想空間でのアイテムの売買は手数料がかかる分、元々少し割高になっている。そして儲けようと思ったら購入価格にプラスアルファを乗せて販売しなければならない。
そうやって価格を設定したら、わたしが扱う商品は魔族の商品より少し高い値段となるだろう。
……見た目が劣るのに値段が高かったら売れないんじゃないだろうか。
わたしは思い切って服飾業者たちに意見を聞いてみることにした。
「実はわたし、城下町で雑貨屋を開くつもりなんです。服飾品もあるので、もし良ければ品物を見て魔族視点の意見や感想を聞かせていただけないでしょうか」
彼女たちは城下町で商売をしているのだから、商売敵と見なされて断られても仕方がないと考えた上での申し出だったが、人族の服を見てみたいと言われてむしろ歓迎された。
……魔族の人たちは何て寛容なんだ。善人しかいないんだろうか。
目がうるっとなりかけたので、商品を取ってくると言ってわたしは慌てて部屋を飛び出した。
自室に入ってドアを閉め、どこでもストレージから買い貯めておいた装備品アイテムをいくつか取り出す。
何を持って行くか迷ったが、『上等な女性用礼装』、『上等な手袋』、『上等なマント』の3点に絞った。
服選びの会場へ取って返し、アイテムをテーブルの上に広げて披露する。
業者たちはアイテムを手に取ると、興味深そうにあちこちをひっくり返してみたり肌触りを確認したりしながら口々に感想を述べていく。
彼女たちの関心を最も集めたのはマントで、どうやら魔族国ではウールを衣類に用いることが少ないらしい。
寒い地域はあるが防寒用の衣類はその地域でしか需要がないため、その地域内でのみ生産され、地域外にはほぼ流通しないのだそうだ。
それから、礼装は露出の少ないロングドレスだから勝負服にならないし、おしゃれ目的で手を覆うことに意義を感じないようで、魔族女性的には礼装と手袋は関心を引く要素はないらしい。
ただ、どれも丈夫そうだという評価は共通していて、おしゃれ目的の客ではなく冒険者や職人などに需要があるかもしれないと業者たちは指摘してくれた。
なるほど、冒険者か……。
というか、すっかり忘れていたが、そういえば冒険者がいる世界観だった。
取り扱いアイテムにはサバイバル系のものが多いのだし、客層はむしろ冒険者がメインと考えた方がいいのかもしれない。
非常にいいアドバイスがもらえたので御礼に何かアイテムを贈りたかったが、たくさん注文してくれるのだから気にしなくていいと業者たちが笑顔で言ってくれたので、わたしは御礼を言って価格調査を終了した。
昼食もたっぷり食べたし、そろそろ服選びを再開しなければ。
次は既製服のバルボラとヴィヴィを選ぶことになった。
仕事着だからと言って華やかさを抑える必要はないらしいが、先程のアイテムを販売する店で着るのなら、と業者たちの提案の方向性が少し変化したようだ。
甘く見られては商売に差し障るから、という意識が加わったのはありがたい。
バルボラとヴィヴィは外出の時も着るだろうから、買い物用のバッグや靴もしっかりと選んでおく。
こちらも一週間分7着ずつを選んだところで、いよいよ最後に残ったヤルシュカのセットに取り掛かる。
ヤルシュカはブラウスとボディスとスカートから成るので、その組み合わせの数は膨大だ。
一着だけだからと慎重に吟味していると、業者の一人が本当に一着でいいのかと確認してきた。
まぁ、確かに魔族女性からすれば足りないと思うよね……。
どう答えようかと一瞬わたしが躊躇したら、横からファンヌがさらっと答えてくれた。
「スミレはまだ魔族社会に慣れるのに必死で、恋愛に気を回している余裕がないんですよ。だから、余裕ができてから買い足すことにしたんです。それに、できれば相手の色を盛り込んでアピールしたいでしょう?」
ウフッと微笑みながら言うファンヌの言葉に助手の女の子たちがキャーわかる~などと声を上げている。
おおおぉ、物は言いようとは正にこのこと! ファンヌすごい!
そうか、好きな人ができてからその人の色に合わせて選びたいと言えば角は立たないのか。
完璧だ。この言い回し、わたしも使わせていただこう!!
魔人族は魔族内で最も調整力が高いから魔人族の部族長が魔王を委任されているのだと以前レイグラーフの講義で聞いたが、本当だなと思った。
ファンヌといいスティーグといい、確かに魔人族は調整力が高いと感じる。
そんなことを考えていたら、再びスティーグが現れた。
「やあ、ヤルシュカを選ぶところですか。一着だけなんですから納得のいくものを選びましょうねぇ」
「それが難しいんじゃないですか……。わたしは何を基準にしてヤルシュカを選んだらいいんでしょう」
何せわたしは3年以上も彼氏なしという、恋愛意欲の低いアラサー女。
勝負服の需要は皆無なんだよ……。
若干途方に暮れた気持ちでスティーグを見ると、顎に手を当てて一瞬考える様子を見せたが、即座にわたしを見るとニヤリと笑ってこう言った。
「仕立てましょうか」
「えぇっ!? 既製服から選ぶんじゃないですか?」
「だって唯一のヤルシュカでしょう? 気合い入れましょうよ」
「気合いと言いましても……」
「スミレさんの国ではあなたと同じ名前の紫色の花があるんですよね? それではスカートを紫にしましょうか。裾周りにぐるりと精霊色の刺繍を散らして、ボディスを黒、白のブラウスに襟元と袖口に赤と青の縁取り……で、どうでしょう」
精霊色というのはエレメンタルの四元素を表す赤、青、白、黒の4色のことで、魔族国では貴ばれる色だという。
なるほど、精霊色か。魔族国を尊重しているというアピールもできそうだ。
紫色の服が一着欲しいと昨日ファンヌにも話していたことだし、仕立てのシネーラにも紫色のがあるけれど、まぁいいかな。
業者たちもおめでたい感じでいいと褒めている。
仕立てるとなると値段が上がってしまうが、わたしにヤルシュカに対する思い入れがない以上、天才の勧めに従っておくのがベストに違いない。
そう考えるわたしの横で、スティーグは着回しが良くなるからと言って衣類と服飾品をいくつか足すように指示していた。
着回しにまで気が回るとか、有能すぎるよスティーグ……。
本当に一日がかりの作業になったけれど、無事にすべての衣類を選び終えることができた。
前向きになれたしいろんな情報も得られたし、充実した一日だったなぁ。
お世話になった服飾業者たちとスティーグ、ファンヌの二人にたくさんお礼を伝える。
ああ、発注した服を着るのが本当に楽しみだ!
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