第20話 衣類の発注と地味メイク
GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
朝食の給仕を終えて一旦退室したファンヌは昨日宣言したとおり派手メイクに直して戻って来たが、ファッションショーや海外ファッション誌の外国人モデルのような艶やかなメイクだったので本気で驚いた。
清楚だったファンヌがゴージャスなモード系美女になっているのを見て、これが魔族女性の「普通の派手メイク」なら確かにわたしのナチュラルメイクはスッピンみたいなものだろうと思った。
でも、これが魔族の美の基準ならわたしが魔族男性の眼中に置かれることはおそらくない。
ある意味安心安全だ。
そうこうしている間に服飾関係の業者たちが案内されてきた。
やって来たのは仕立て屋と服屋と靴屋で、それぞれ助手を一人ずつ連れている。
今日は人数も多いし荷物も多いからと、ファンヌは広くてきらびやかな一番良い客間を会場に選んだが、運び込まれた荷物の量を見て正解だったなぁと思う。
挨拶を済ませるとさっそく仕立て屋と助手が採寸を始め、服屋は持ってきた服をハンガーにかけては組み立て式のバーに吊るし、靴屋は箱から靴を出して床の上にずらりと並べていく。
テキパキと無駄のない動きで作業が進んでいく間、わたしは彼女たちのメイクや服を観察していた。
メイクも服も総じて華やかだが、それぞれ個性があって見ていて楽しい。
肌や髪や目の色によって似合う色が異なるのは元の世界と同じだから、アニメのキャラクターのような髪色が溢れている魔族社会で服やメイクがカラフルになるのは当然かもしれない。
色に関する最低限の知識はあるから服を選ぶのはそれ程難しくないだろうとわたしは考えていたが、採寸が終わっていざ服選びが始まった途端、作業は暗礁に乗り上げた。
まずは上質なシネーラの生地と刺繍の色とパターンを選ぶことになったのだが、わたしが気に入るものと業者たちが勧めるものがまったく一致しないのだ。
わたしが選んだ色はことごとく地味だからやめた方がいいと言われ、業者たちが選ぶ色はわたしにはちょっと派手すぎて受け入れづらい。
昨日のファンヌとのやり取りで魔族的な価値観に合わせていくことの重要性はよくわかったから、彼女らの意見も大いに取り入れるつもりだが、それでも毎日身に着けるものとなるとあまりに好みから外れたものはやはり気が進まない。
さっさと決めて今日中に衣類の発注を終わらせないといけないのにと、焦りが浮かんでくる。
そこへ、スティーグの来訪が告げられた。
「どうです、服選びは順調に進んでいますか?」
「それが……」
わたしの好みと服飾業者のお勧めが噛み合わず難航しているとファンヌが報告すると、おやおやと言いながらスティーグがこれまで候補に挙がったものを見せるようにと言った。
仕立て屋の助手が生地と刺繍糸、刺繍のパターンの組み合わせを何通りか並べると、それらとわたしを数回見比べたスティーグがなるほどと苦笑する。
「あのねぇ、スミレさん。あなたが選んだこの組み合わせですが、一言で言うと年寄りくさいんですよ」
わたしのチョイスはスティーグに一刀両断された。
センスが悪いと言われたことはなかったのでショックだ。しかも年寄りくさいって。あんまりだよ。
「薄化粧のあなたが魔族視点では成人したての子供のように見えるという話はファンヌから聞いたでしょう? つまり、これをあなたが着ると、子供の顔に年寄りの服という非常にバランスの悪い組み合わせになるんですよねぇ」
魔族からするとわたしのチョイスはそういう風に見えるのか……。
だけど、確かに顔とコーディネートの調和は重要だ。
「一方で、仕立て屋が選んだものは魔族女性としては正解でしょうが、着るのは人族のスミレさんです。スミレさんは色が白いし地味メイク派ですから、ふんわりと可愛らしい方向で仕上げるように意識してください」
スティーグはわたしだけでなく、プロの仕立て屋にもダメ出しをした。
そしてファンヌを呼び寄せ何やら指示をするとファンヌは部屋から出て行き、わたしはスティーグに手を引かれて何故か鏡台の前へ座らされた。
すぐに戻って来たファンヌの手にはわたしのメイクボックスがあり、それを受け取ったスティーグが鏡越しにわたしに向かってにっこりと微笑む。
「スミレさん、あなたのメイクを少しいじりますよ」
そう言ってスティーグはわたしの背後に立つと、目の周りや頬をブラシではたいてアイシャドウとチークを落としていき、ルージュも拭い取った。
そして淡いパウダーピンクのアイシャドウを目蓋に乗せ、薄く伸ばしながら目の周囲を縁取ると、今度はスモーキーなパープルを目尻に馴染ませる。
更にオレンジのチークを頬にふんわりと乗せ、唇につややかなローズピンクのルージュを塗ったのだが。
ほんの4、5分の作業だったのに、鏡の中には未だかつて見たこともないようなわたしがいた。
「かわいぃ~~ッ!」
キャーッという複数の黄色い声が後ろで上がる。
平凡顔のアラサー地味女に向かって何を言っているんだと思うけれど、ごめん、わたしもこれ可愛いと思う。
というか、ほんのり色っぽい。ナニこれ、誰よ一体。
しかも、これでもまだお誘い不要の地味メイクなんだってよ。マジか……。
驚きのあまり口も利けないでいるわたしに、背後からスティーグが耳元で話し掛ける。
「あなたが以前いた場所では元のメイクが似合っていたのでしょうが、魔族国内では周囲の色が少々華やかなので、これくらい色を乗せた方が周囲から浮かないと思いますよ」
その上で、と言いながら再びわたしの手を引き、先程まで衣装合わせをしていた場所へ戻ると今度は全身鏡の前に立たされる。
先程仕立て屋が推していた明るい紫色の生地を取ると、ふわりと広げてわたしに掛けた。
「あなたの好みからすると確かにこの色は派手でしょう。ですが、こちらのパターンの刺繍を黒を中心にモノトーンのグラデーションで構成して、こことここと、このあたりに配置すると……どうです? 案外シックな雰囲気になりそうだと思いませんか?」
スティーグの言葉どおりにイメージを広げていったら、確かに完成形はそんな感じになりそうだった。
何て言うか、着物をリメイクしたドレスのような……それに、このメイクのわたしにはすごく似合いそうだ。
わたしが頷くのを見ると、スティーグは服屋の助手に指示して黒地に白い幾何学模様が描かれたスカーフを受け取ると、器用な手つきでスルスルとわたしの髪を包み込んでいき、とてもスタイリッシュな巻き方を完成させた。
「すごい……。オシャレ感が倍増しました」
「でしょう? モノトーンで引き締めるから明るい紫もうるさくないし、シネーラ単体でもいい感じですがスカーフを足したらグッと大人っぽくなりますねぇ。とても成人したての子供には見えませんよ」
「それ! 商売するんですから、それ大事ですよね!!」
人族だというだけでも商売上のハンデになりそうなのに、そのうえ子供に見られたらまともに相手をしてもらえないだろう。
与しやすそうだと侮られて妙な連中を引き寄せても厄介だ。
わたしがそう力説している間にスティーグはわたしに宛がっていた生地やスカーフを取り除くと、今度は先程年寄りくさいと酷評されたわたしチョイスの生地を掛けた。
そして、仕立て屋にきれいめの色の刺繍糸を何種類か指示して、刺繍のパターンを2つほど提示すると仕立て屋も納得したように首肯している。
更に靴屋には赤茶色のショートブーツを、そして服屋にも同系色のバッグを出させると、年寄りくさいと評されたわたしのチョイスをスティーグはあっという間に控えめな華やかさのあるコーディネートに仕上げてしまった。
何だこの人は。天才か。
わたしが称賛の眼差しで見ているのに気付いたのか、スティーグは少し得意そうにニヤリと笑うとこう言った。
「ねぇ、スミレさん。もし良ければ、今度は私があなたに着せたいと思う組み合わせを選んでみてもいいですか?」
「是非ともお願いします!!」
思わず食い気味で答えてしまったが、わたしの返事を聞くとスティーグは淡いグレーの生地を手に取り、パステルカラーっぽい刺繍糸を何色か出すよう助手に指示した。
そして刺繍のパターンを仕立て屋に見せながら少し言葉を掛けると、仕立て屋がごそごそと箱を取り出し、中からアクアマリンやペリドット、ピンクトルマリンのような色の大き目ビーズを出して生地の上に刺繍糸と一緒に並べる。
アンティーク雑貨などで見掛けるような刺繍のパターンが添えられると、出来上がりはレトロでフェミニンな雰囲気のシネーラになりそうだと思った。
グレーは好きだがパステルカラーは苦手だったから、元の世界のわたしなら素敵だなとは思っても着てみようとは考えもしなかったタイプの服だろう。
なのに、おこがましいかもしれないが、全身鏡に映っている今のメイクのわたしなら似合うんじゃないかという気がする……。
「とりあえず案が3つできましたが、スミレさんはどれが欲しいですか?」
「ううぅ……選べません。3つとも、全部欲しい……」
「ふふふ、よく言えました。上出来ですよ」
鏡をぼーっと見たまま答えたら本音が零れてしまったが、わたしの背後に立っていたスティーグに何故か褒められた。
そのスティーグの隣に立ってわたしを見ていたファンヌが鏡越しに優しく微笑みながら話し掛けてくる。
「ねぇ、スミレ。新しい場所で新しい暮らしを始めるのなら、新しいあなたになってみてもいいんじゃないかしら。元のあなたを捨てるのではなくて、その発展形である新しいあなたを楽しむの。わたしたちは喜んで手伝うわよ?」
ファンヌの言葉にスティーグが頷くのが見えた。
今朝魔王に言われた「楽しんだらいい」という言葉が脳内に蘇る。
この世界でわたしは楽しんだらいけないと思っていた。
聖女召喚の魔法陣を破壊してこの世界の理を乱した張本人のよそ者だから。
いつまでも日本のアラサーOLだった自分にしがみついて、自分で引いた線から踏み出さないようにしていた気もする。
でも、もう自分を解き放ちたいと思った。
わたしはこの優しい魔族の人たちともっと近づきたい。
日本人の佐々木すみれとしてじゃなく――。
「ありがとう。冒険を怖がらずに楽しむことにするよ。わたし、雑貨屋のスミレになって魔族社会の一員になるんだ」
そう言ったらファンヌが後ろから激しく抱き着いてきて、押し倒されそうになったわたしと鏡越しに目が合ったスティーグは爆笑していた。
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