第19話 戻り石とトレーニング

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ファンヌによる魔族女性の服装に関するレクチャーはひと段落したようで、その後は男性の服装についても簡単に説明してくれた。

 男性も恋愛お断りなら髪を布で隠すことはあるらしいが、かなり稀なため変わり者扱いをされてしまうそうだ。

 また、男性の場合、恋愛や子作りへの積極性は露出度と比例するようで、肌を見せる量、襟元を開ける度合いなどで表現するらしい。


 例えば、襟元まできっちりボタンを留めているレイグラーフは恋愛にはかなり消極的と見なされるというファンヌの言葉に、なるほどなぁと納得した。

 女性の服装に関して尋ねたらレイグラーフは気まずそうな顔をして口を噤んでしまったが、ファンヌの話を聞いた範囲では特に下ネタ系の話はなかった。

 勝負服だのお誘いだのというワードはあったがあの程度のことでも口にするのを憚るところを見ると、レイグラーフは相当純情か、よほど女性が苦手なんだろう。


 一方で私服のブルーノはかなり露出度が高いとファンヌから聞いて、自分のことをおっさんだおっさんだと言っているわりにお盛んなのかと、思わずニヤニヤしてしまった。


 そして、魔王や部族長は在任中の子作りを禁じられているそうで、お誘いお断りのスタイルにしてもいいのだが立場的に拒絶感や門前払い感を漂わせるのはよろしくないからと、魔王は当たり障りのない露出度にしているらしい。

 言われてみれば確かに魔王の服装は執務服にしろ私服にしろ、それ程かっちりはしておらず、良い感じの緩やかさがある。


 魔王と部族長は子作り禁止と聞いて、恋愛は自由だそうだから恋人はいるのかもしれないけれど、魔王が魔王でいる間は子作りはしないんだなと思ったら何故だかホッとした。



 翌朝、そんなことを思い出しながら顔を洗って着替えをしているところへ魔王からメッセージのメモが届いたので一瞬ドキッとした。

 こんな朝早くから珍しいなと思いつつメモを見ると、『戻り石を用意できるか』と書かれている。


 戻り石とは先日魔王らに見せたアイテム一覧表にあった魔法具の一つで、魔力を流すと対となる魔石を置いてある場所に転移するという効果がある。

 魔力を補充すれば何度でも使えるという優れものだが、当然のことながら悪用される可能性があるため限定商品に指定された。


 アイテムの購入には制限があるから、魔王から一人暮らしと雑貨屋開業の許しを得て以来、わたしは毎日いろんなアイテムを少しずつ購入しては在庫の確保を進めているのだが、今日はまだ何も購入してないし、戻り石はまだ一度も購入してないから再購入の日数制限もないので問題なく購入できる。


 急いで『用意できます』と書いて返事を預けると風の精霊は姿を消し、少し経ってまた姿を現すと今度は声によるメッセージで《これから行くがかまわないか》と告げられた。

 「どうぞ、お待ちしています」と精霊に伝言を預けるとすかさず姿を消したが、風の精霊ってあちこちへメッセージを頼まれて大変そうだなぁ……。



 朝イチで魔王がわたしの部屋を訪れるのは初めてのことだ。

 余程急いでいるのだろうと思い、戻り石を購入して部屋のドア付近で待機していると、ノックの音と共に魔王の来訪を告げるクランツの声が聞こえたので、ドアを開けて魔王を部屋の中に招き入れる。


 ここのところ魔王と会うのは執務中ばかりだったから、私服姿の魔王を見るのは久しぶりだ。

 チラッと見ると、魔王のシャツの襟元のボタンは3つばかり外されている。

 性的魅力うんぬんはよくわからないが程よい解放感があって、なるほどこれが魔族男性の服装の機微かと、ファンヌの話を思い出しながら何となく納得する。


 立ち話も何だしとソファーを勧めたがすぐに戻るからいいと言われたので、わたしは魔王に戻り石を手渡した。



「確かに受け取った。朝食前の慌ただしい時に邪魔してすまない」


「お気になさらないでください。ところで、それをどうなさるのですか?」


「これを使って魔術具を作る」



 興味が沸いたのでどんな魔術具を作るのかと尋ねたが、魔王はうっすらと微笑を浮かべただけで教えてくれなかった。

 わたしが敬語で話したからお仕置きなんだそうで……。

 しまった、敬語をやめるように言われていたのをすっかり忘れてたよ……。



「いずれ見せる。それまで待て」



 魔王はそう言って気怠そうにわたしの頭をくしゃっと撫でた。

 ……ううぅ、やっぱり子供扱いされている気がする……。


 支払いは正式な国民登録が済んだ後になるがいいかと聞かれ、そういえば魔法具のお試し会をした時にもそんなことを言われたのを思い出した。

 何でも魔族は生まれた時に付けられる魔術具があり、身分証明や各種登録に金銭のやり取りと自分のあらゆるデータを処理するのだそうだ。

 そのため魔族国には物理的な通貨は存在しないらしく、わたしへの支払いはその魔術具を支給してからになるとのことだった。


 人族の通貨を入手していないわけではないので、それで良ければすぐに支払うと言われたけれど、この世界での初めての収入は正式な魔族国の国民になってからがいいなと思ったので断ったのだ。

 だから魔王の問いにかまいませんと答えると、わたしはニカッと笑った。

 ああ、正式に国民登録される日が待ち遠しい。



「今日は衣類を注文する日だったな。ファンヌからいろいろ聞いただろうが、あまり難しく考えずに好きなものを選べ。せっかくの機会だ、楽しんだらいい」


「はい。そうですね、楽しみます」


「途中でスティーグに様子を見に行かせよう。あれは女性への贈り物を見繕うのが得意だ。意見を聞いてみるのもいいだろう」



 魔王は穏やかな笑顔でそう言うと、カシュパルから聞いたが動画とやらを観る日を楽しみにしていると言い足して帰っていった。

 そういえば動画観賞会をするんだった。

 後でスティーグが顔を出してくれるのなら、その時に予定を聞いてみよう。


 それにしても、魔王は戻り石で何を作るつもりなんだろう。

 魔法具を使って魔術具を作るなんて、何だかすごくハイブリッドなアイテムができそうな気がするが、本当に可能なんだろうか。

 まぁ、何と言っても彼は魔王なんだし、できるから作るんだろう。

 でき上がった魔術具を見せてもらえるのが今から楽しみだ。




 魔王を見送ったその足でクランツと共に庭へ出る。

 クランツの服装もさり気なくチェックすると、勤務中だからか割とかっちりとした印象で、それでも襟元のボタンは2つ開いている。

 私服の魔王のボタン3つと比べて、どういうニュアンスの違いがあるのか非常に気になるけれど、我儘を言ってジョギングに付き合ってもらう立場なので真面目に取り組まないと。


 ジョギングなんて久しぶりなのでしっかりと準備運動をしておこうと、身体を動かし始めたわたしにクランツが声を掛けてきた。



「バルボラを着ている姿を見るのは初めてです」


「あっ、そうでした。どうですか? 似合いますか?」


「悪くないと思いますが……何故そんなに嬉しそうなんです?」


「だって初めて着る服ですし、パンツスタイルも久しぶりですし! ヴィヴィだとかなり軽快に動けるので、何だかすごく解放感があります」



 わたしの返事を聞いたクランツはわかったようなわからないような、何とも微妙な顔で首を少し傾げている。

 仕事着であるバルボラとお誘い不要のヴィヴィを着て喜んでいるのはやはり奇妙に映るのだろうか。

 デニム好きで、職場ではパンツスーツを好んで着ていたわたしからすると、服の持つ意味や役割などには関係なくバルボラとヴィヴィの組み合わせはかなりのお気に入りだ。



「シネーラはいくつか持っていますがバルボラはまだこれしか見ていません。どんな色やデザインがあるのか、このあと服飾業者が来るのが楽しみです」


「ああ、今日は一日がかりで注文するんでしたね。……シネーラとバルボラ以外の服も買うんですか?」



 わたしの様子を窺うようにジッと見ながらクランツが尋ねる。



「もちろん! ヤルシュカも一着は買いますよ。……まぁ、当分着ないとは思いますけどね」



 わたしが笑顔で答えると、クランツは一瞬ホッとしたような顔を見せた。

 これまでのわたしの態度からヤルシュカを持とうとしないのではと心配していたのだろうが、どうやら安心してもらえたみたいだ。

 ファンヌのアドバイスを受け入れておいてよかったとしみじみと思う。


 気に掛けてくれてありがとうと言ったら、クランツは一瞬驚いた顔をして、はにかむように目を伏せた。


 ひゃあああ!!

 美形のそういう表情すっごい破壊力高いんですが!!

 不意打ちで心臓が死ぬ!!

 というかあなた普段は皮肉ばかり言うくせに何これツンデレ? ツンデレなの?

 生まれて初めて遭遇したツンデレキャラが異世界の美形近衛兵とかマジでこれ現実!?



 走る前から無駄に心拍数を上げながらも何とか準備体操を終えたわたしは、普段のペースを取り戻したクランツに追い立てられるようにして離宮の庭でジョギングを開始した。

 走るのはかなり久しぶりだけれど思っていたよりも足が軽く、息もそれほど上がらずに予定コースを走り終えた。

 まだまだ走れそうだったが、初日だしこの後は一日がかりで服を選ぶ作業も控えていることだからと、予定通りここで切り上げることにする。



「走ってみてどうでしたか?」


「すごく気持ちよかったです。明日はもう少し距離を伸ばしたいんですが、大丈夫でしょうか」


「かまいません。コースは私が考えておきましょう」


「ありがとうございます! よろしくお願いします」



 走ったら少し汗をかいたので、自室へ戻るとサッとシャワーを浴びてシネーラに着替えた。

 身体を動かしたからか朝食がおいしい。

 もりもり食べるわたしの様子を見てファンヌが笑っている。


 いい朝だな。

 楽しい、嬉しい、ウキウキする。


 さあ、朝食が済んだら、いよいよ大量の服とご対面だ!

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