第18話 メイクと勝負服
GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
サイズが合うかどうか見たいから一度着てみてとファンヌに言われて、わたしはいそいそとバルボラとヴィヴィに着替えた。
ヴィヴィはゆったり目な上に伸縮性のある生地で、しゃがんでも膝が出にくそうだし履き心地もいい。
この世界、ゴムは見当たらないがストレッチ素材はあるようで、下着類がナイトブラやボクサーパンツのような比較的馴染みのある代物だったのには地味に助かっている。
異世界ものの小説やマンガで見掛けるような下着の苦労をせずに済んだのは本当にラッキーだ。
軽くストレッチっぽい動きをしてみたが、バルボラはシネーラと違って袖が細くて腕を動かしやすいし、何よりヴィヴィが軽快でいい。
離宮に来てからずっとロングワンピースのようなシネーラを着て過ごしていたせいか、パンツスタイルの軽快さがわたしの心を浮き立たせた。
明日の朝はこれを着てジョギングをするんだ。
一体どんな気分になるだろう?
ところで、バルボラもヴィヴィもゆったりしていて身体や脚の線が出ないところを見ると、これも地味服の一種なんだろうか。
ふと疑問に思ったので、ファンヌに尋ねてみた。
「正解よ。女性がヴィヴィを履くことは基本的にお誘い不要の意思表示となるし、バルボラ自体もお誘い不要と見なされるわ。ただし、バルボラの場合は仕事中に声を掛けられるのは煩わしいからという意味合いが強いの。仕事中の声掛けは迷惑だけど恋人は募集中という場合は派手メイクでアピールするわ」
というより、余程のことがなければ魔族女性は派手メイクを好むものらしい。
この清楚なファンヌも派手メイクをするんだろうか。
想像がつかない……。
良ければ一度ファンヌの派手メイクを見せて欲しいと頼んでみたら、明日の衣装発注の際はそうするつもりだとファンヌは言った。
何でも明日来る業者は女性ばかりで、おそらく全員が派手メイクなんだそうで、人族のわたしはともかく魔族女性のファンヌまでが地味メイクだと驚かれるだろうから、普通の派手メイクで臨むつもりだったのだそうだ。
……何だか混乱してきた。普通の派手メイクってナニ……?
わたしが固まっていたら、ファンヌがとどめを刺して来た。
わたしのナチュラルメイクは魔族にはほぼスッピンに見えるのだそうだ。
魔族女性は成人するまでメイクすることを禁じられているため、メイクは大人の女性である証であり、非常に嬉しく誇らしいことなのだという。
だから、子作り可能な大人となってあでやかに自分自身を彩ることを魔族女性は喜び、魔族男性は美しく装った子作り可能な女性を褒めそやすのだが――。
「つまり魔族からすると、ほぼスッピンのスミレは成人前の子供のように見えるのよ」
「な、何ですと……?」
「近くで見れば紅を差しているのはわかるから、成人したてくらいには見られるかもしれないけれど」
スッピンや薄化粧は恋愛お断りの意思表示になるとのことだったから、ナチュラルメイクならちょうどいいと思っていたけれど、わたしのメイクはお誘い云々以前の、中学生のメイクと同じ扱いなのか。
そんな馬鹿な……手間も時間も結構かけてるのに!!
わたしはまたもやがっくりと膝をつきそうになった。
マンガだったらガーン!というオノマトペと共に顔に縦線が入っているに違いない。
そうか、それでレイグラーフがあんなに過保護な反応になっていたのか。
社会経験があるように見えてなかったどころか、まさか成人前の子供のように見られていたとは思わなかった。
「32歳っていう年齢から子供扱いされているのかと思ってたよ……」
「まさか。寿命がまったく違うもの、単純に32歳という数字で判断したりしないわよ。ただ、ここへ来た頃のスミレはとても心細そうだったし、自己主張も少なくて大人しい上に子供のような見た目だったから、成人女性だとわかっていてもわたしたち魔族の目にはひどく庇護欲をそそる存在に映ったのは確かね」
冷静なファンヌの言葉に、魔族社会において自分がどういう風に見られるのかをわたしはようやく具体的に把握した。
魔王が平気でわたしをお膝抱っこして慰めるわけだ。
アラサー女が合法ロリ扱いとか、一体何の冗談よ――ッッ!!?
わたしが懊悩しているのを横目に、ファンヌは次の服を取り出した。
ブラウスと、何やら鮮やかな色合いのスカートに……これはボディス?
ドイツあたりの民族衣装のような感じで可愛らしい服だ。
「これはヤルシュカ。勝負服よ」
ブフッと吹き出したわたしを許して欲しい。
でも勝負服がヤルシュカって! 地味服はシネーラなのに!!
ナニそれ、「子作りヤルシュカ?」「子作りシネーラ!」なんてネタが成立しそうなダジャレみたいなネーミング。
この服名を考えたのは絶対、通貨名をデニールにしたネトゲ仕様の設定担当者に違いない!
誰かと一緒に笑いたいが、わたしの国語力ではこのおかしさを説明できない。
わたしが何に反応して笑っているのかわからず首を傾げるファンヌに、ごめんと謝って話を続けてもらう。
ヤルシュカとはブラウス、ボディス、スカートのセットを指すのだそうで、それぞれの名前が元の世界とまったく同じままだったので逆に驚いた。
ここまで名前の設定をしてきた担当者もついに飽きたんだろうか。
このヤルシュカは恋愛OKの女性が身につける服で、キュッと締め上げたボディスでバストとウエストを強調するのだそうだ。
明日来る服飾関連業者の女性たちのほとんどがこの服を着て来るだろうとファンヌが言うので、一般的な魔族女性の勝負服が見られそうで楽しみだ。
こういう可愛らしい服を着ている女性が全員恋愛OKなら、誘う男性側もさぞかし楽しいことだろう。
「ヤルシュカはスカート丈も自由だし、ブラウスとスカートにボディスを足すだけだから、組み合わせ次第で仕事着にも街着にもおしゃれ着にもできるわ。改まった席では上質なシネーラの着用を求められることもあるから最低一着は作るけれど、それ以外の服は全部ヤルシュカという魔族女性も多いのよ」
「へぇ~。シネーラとバルボラしか着なそうなわたしとは真逆だね」
「何を言ってるの。スミレも一着はヤルシュカを作るわよ?」
「えっ、何で??」
「何でって。いつヤルシュカが必要になるかわからないもの、一着は作っておいた方がいいわ」
「わたしはこの世界で恋愛するつもりはないから必要ないよ。着ない服を作るなんてもったいないし」
わたしがそう言うとファンヌは少し考え込む様子を見せつつも、これが最後の品よ、と言いながら大判のスカーフを広げた。
布で髪を隠すことが恋愛お断りの意思表示になるという話は先程聞いたが、必ずしも地味服の用途ばかりで使われるわけではないという。
既に恋人がいて、恋人を複数持つ気はないからお誘いは不要という場合にも着用するらしく、そういう魔族女性はヤルシュカに派手メイクにスカーフといったスタイルになるらしい。
なるほど、そういう微妙なニュアンスをスカーフで表現するのか。
「ここまでの話を聞いて、スミレは家で過ごす時、店で仕事する時、外出する時のそれぞれの場面でどの服を着る?」
スカーフの有無も併せて考えてみてと言われたので、ひと通り考えてみる。
家で過ごす時は離宮の時と同じくシネーラだろう。
自分一人だからスカーフはなし。
家事をするならバルボラに着替える。
こちらもスカーフなし。
店で仕事する時は仕事着だからバルボラ?
いや、雑貨屋ならそんなに動かないだろうからシネーラでもいいのかな……。
男性のお客さんも来るのだから、スカーフは被っておいた方がいいだろう。
外出時は荷物が多くなる買い物ならバルボラの方がよさそうだけれど、ちょっとした買い物や外食ならシネーラでもいいかな。
スカーフはもちろん被る。
「こんな感じになると思うけど、どうかな」
「わたしはスミレの人となりを知っているからそうなるだろうなとは思うけれど、スミレのことを知らない魔族から見たら間違いなく変な人に見えるわね。近所で噂になると思うわ」
「えぇっ、どこか間違ってる?」
「そうじゃないけれど……バランスの問題かしら。人前に出る時はスカーフと地味服でガチガチに固めているでしょう? そんな魔族女性はまずいないから、すごく目立つのよ。それに、排他的な人物に見られる可能性があるわ。魔族社会に馴染む気がないように見る人もいると思うの」
「ええぇっ!?」
客商売をしようというのに、そんな印象を持たれるなんて最悪だ!
でも、何をどう改善したらいいんだろう……。
途方に暮れるわたしに、ファンヌはわたしが選んだ服装の細かいニュアンスと改善案を教えてくれた。
まず、店ではスカーフはかぶらない方がいいそうだ。
恋愛お断りの服装には恋愛相手を探している人たちを拒絶する役割があるわけだから、時にその拡大解釈として他者を拒絶しているような、門前払いをしているような印象を与えることがあるという。
客商売をするならそれなりに親しみがあった方がいいと考えると、店に出る時はバルボラをスカーフなしで着るのが一番自然に見えるだろう。
わたしの場合はただでさえ地味メイクでお誘い不要のアピールをしているので、外出時はバルボラとスカーフ、もしくはシネーラをスカーフなしで、そんな感じでしばらく過ごしていれば堅苦しくなくお誘い不要、恋愛お断りなアピールができるし、周囲も穏やかにその主張を受け入れてくれると思うとファンヌは言った。
そして、おそらくヤルシュカは着ないのかと聞いてくる魔族女性がいるから、その時に持っていないと答えるのと、持っているけれど今はいいかなと答えるのでは相手に与える印象はだいぶ違うだろうと言われ、確かにそうだと思った。
人族のわたしがヤルシュカを持たずにいることは、人によっては魔族女性の在り方を全否定しているように感じるかもしれない。
「ファンヌの言った意味がわかったよ。ヤルシュカ、一着作るね」
「ええ、素敵なのにしましょうね。どんな色がいいかしら」
「あのね、わたしの名前のすみれっていうのは紫色の花のことなんだ。どの服でもいいけど、紫色の服が一着欲しいかな」
まだ魔族社会にほとんど触れていないわたしにはニュアンスの違いを感じ取るのは難しい。
でももっといろんなことを知って、馴染んでいきたいと思った。
元の世界には帰れない、人族のエリアに戻るつもりもないわたしは、この魔族国に根を下ろすと決めたのだから。
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