第17話 服装に関する注意点

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 レイグラーフの講義が終わるとすぐに、わたしは侍女のファンヌを呼んで魔族国における女性の服装に関する注意事項などを教えて欲しいと頼んだ。

 明日行われる衣類の発注前に知っておいた方がいいと思うから、とわたしが言うとファンヌはすぐに快諾してくれたが、明日の採寸中に説明するつもりだったと聞いて彼女の気遣いに思い至る。


 離宮へ来たばかりの頃は一人で静かに過ごしたかったし、活力が戻ったら今度はネトゲ仕様の機能を使ってあれこれと作業をしたくなったわたしは、ネトゲ仕様について何も知らされていないファンヌの前ではできないので、やはり一人にしてもらうことが多かった。

 だから今回もファンヌはわたしの一人の時間を使わない方向で調整してくれていたんだろうと思う。


 でもファンヌや下働きたちにこの世界の家事や生活の知識について教えてもらうことにしたのはわたしなんだし、仕事をしている彼女たちと違ってわたしの作業は時間に融通が利くのだから遠慮なく言って欲しい。

 わたしがそう伝えたら、次からそうするわとファンヌが笑顔で言った。

 ファンヌはきめ細かい心配りのできる穏やかな女性で、わたしがこの離宮に来て以来ずっと支えてくれている彼女をわたしはとても頼りにしている。



 美しいストロベリーブロンドと灰色の目の持ち主であるファンヌは、魔王や側近のスティーグと同じ魔人族だ。

 スティーグがわたしの世話係に、そしてファンヌが侍女に就いたのは、まだこの世界に慣れていないわたしには比較的人族と近い魔人族の彼らが担当になった方がいいだろうという魔王の配慮によるものだったらしい。

 離宮に来たばかりの頃のわたしは精神的にかなりダメージを受けていて、とにかく一人で静かに過ごしたかった。

 ほとんど口を利かず、食事もあまり進まないわたしはさぞかし心配をかけただろうに、ファンヌは静かに見守るだけに留めてくれて、その柔らかな視線に気付く度にありがたく思ったものだ。


 万事控えめな彼女の配慮はわたしをじんわりと癒してくれて、やがてわたしたちは少しずつ用事以外の言葉を交わすようになり、徐々に親しみを込めて私的な会話をするようになり、今ではスミレ、ファンヌと名前で呼び合う仲になった。

 職業意識の高い彼女は侍女の職分から外れたくないと言って、食事を一緒にしよう、パジャマパーティーをしようというわたしの誘いには応じてくれなかったけれど、くだけた言葉で話して欲しいという願いだけは聞いてくれた。

 ファンヌがわたしのことをどう思っているかは知らないけれど、わたしは彼女のことをこの世界でできた最初の友達だと思っている。



 スティーグから魔王の指示を聞き、わたしが城下町で暮らすための知識や技能の指導を始めたファンヌは、穏やかで控えめながらも有能な彼女らしく万事テキパキと進めていく。

 既に掃除用の魔術具の使い方を教わったし、食事の際には出されたメニューの材料や簡単な作り方を教えてくれるし、もうしばらくしたら調理の実習もできるよう調整している最中らしい。


 今回のわたしのお願いも夕食を取っている間に概論を、そして夕食を下げた後に服の実物を見ながら詳細を解説してもらえることになった。

 ファンヌが自分の服を何点かわたしの部屋へ持ってきてくれるそうで、いつも着ているゆったり目のワンピース以外の服をほとんど見たことがないのですごく楽しみだ。




 そして夕食時になり、ファンヌが給仕をしながら魔族女性の服飾に関する注意事項について話し始める。

 わたしはそれを食事しながら聞いていたが、すぐに手が止まってしまった。



「は……? 勝負服ってナニ……?」


「そうねぇ、恋人募集中ですってアピールするための服と言えばいいかしら。その服を着ていればフリーの男性からお誘いの声が掛かると思っていいわ。魔族女性の服は地味服と勝負服の2種類に分けられるの。ちなみに、スミレやわたしが着ているのは地味服の方ね」



 ちょっと待って、いきなり話がカッ飛びすぎてついていけない。

 地味服に勝負服って、一体何なの!?


 口をあんぐりと開けたわたしを放置したままファンヌが解説してくれた内容によると、魔族にとって性的な魅力を他者に見せることは城下町なら「恋愛OK」、部族の里なら「子作りOK」の意思表示と見なされるのだそうだ。

 身体の線を隠さない服。腕や足、胸元やうなじを見せる服。華やかなメイク。そういうものすべてが「恋愛または子作りOK」のサインとなるという。

 一方で、身体の線を出さない服や、布で髪を隠す、スッピンや薄化粧は「現在は恋愛または子作りお断り」というサインになるらしい。


 少しずつ動き出した頭の中で、元の世界にあったさまざまな女性用民族衣装のことを思い出し、何となくだがその法則性は理解した。

 それにしても地味服に勝負服って……。

 他に呼び方はなかったのかと思いつつも、それよりもっと気になることをファンヌに尋ねる。



「地味服を着ているってことは、ファンヌは今恋人を募集していないの?」


「これはスミレに合わせているだけよ。メイクもね。あなたは地味なものを好むというか、派手なのを嫌うようだったから控えていたの」



 離宮で働く女性はわたしに合わせて地味服に地味メイクにしているとファンヌから聞いて驚いた。


 確かにわたしは派手なものが苦手だ。

 この離宮に来て最初に与えられたのはすごく広くて豪華な部屋で、当時精神的に疲弊していたわたしは華やかさときらびやかさを苦痛に感じたため、申し訳ないとは思いつつも他の部屋を見せてもらい、落ち着いた色合いと装飾の部屋に替えてもらったという経緯がある。

 最初に与えられた部屋は一番良い客間で、後からわたしが選んだ部屋は年配男性向きの客間だったらしく、本当にいいのかと何度も念を押されたものだ。


 ワードローブに用意されていた服は華やかな色合いのものが多く、その中から比較的おとなしめなものを選んで着ていたのも事実で。

 元々何かにつけシンプルなものが好きだったし、色もグレーや紺が好きでピンクなどのガーリーな色が苦手だったわたしは純粋に自分の好みで選んでいたのだが、それが侍女たちの服装やメイクにまで影響しているとは思いもしなかった。



「ごめん、気付いてなかった。わたしの好みに合わせてくれなくていいからファンヌはファンヌらしく装って。他の人たちもそうして欲しい」


「ありがとう。でも離宮の制服という意味ではこれでいいと思っているの。スミレの近くで働く人間に浮ついた気持ちでいてもらったら困るのよ。スティーグも賛成してくれたわ」


「う~~ん。でも、魔族女性にとっての当たり前を教えてもらう意味でも、普通にしてもらった方がいいような気がするよ?」


「確かに、あなたが今のままのスタイルで城下町に出たらかなり変な人物に見えると思うから、そこはちょっと心配なのよね……」


「ちょっ、ホントに!? やだ、わたし目立ちたくないのに!」


「そのあたりは明日の衣装選びで調整しましょう。さ、早く食べないと。服を見せながら話ができなくなるわよ?」



 ファンヌに促され、わたしは慌てて食事を再開する。


 それにしても、話には聞いていたが、魔族社会は本当に子作りに積極的なんだなと改めて思った。

 長命で子供ができにくいからこそ、簡単に子作りへの姿勢を見分けられるようなシステムが生まれたんだろうか。

 でも、服装だけで歓迎とお断りを本人がはっきりと意志表示できて、それを周囲が尊重してくれるというのはいいシステムだと思う。

 わたしのような異世界人にもわかりやすくてありがたいよ。




 夕食を済ませ、一旦食器類を下げに退室したファンヌが私服を持ってわたしの部屋に戻って来た。

 広げて見せてくれたのは、今わたしとファンヌが着ている地味服と同じもので、シネーラというそうだ。

 体の線が出ないゆったりとしたワンピースで、丈はくるぶしまであり、広口の袖に、襟元や袖口、裾まわりの刺繍が印象的な服だ。


 ファンヌが持ってきたのは街着と呼ばれる普段着で、わたしが着ているものより3段階くらい質が低いらしく、明日はこのレベルのものを既製服から選ぶそうだ。

 そして今わたしが着ているのと同レベルのものと1~2段階低いものを発注する予定らしい。

 言われてみれば街着のシネーラは肌触りより丈夫さを優先した感じの生地だし、袖もあまりヒラヒラしてないし、刺繍もそれほど凝ってな……、…………。



「……ねぇ、ファンヌ。今わたしが着ているのは、どれくらい上等なものなの?」



 恐る恐る聞いてみると、最上級に決まっているじゃないと即答された。

 ぐはっ。だ、ダメージが……結構大きい……。

 わたしはがっくりと膝をつきそうになった。


 いや、素敵な刺繍だし、シルクのような肌触りの生地だし、きっと上等な服なんだろうと思ってはいたんだよ。

 だけど、最上級って、魔王クラスの最上級ってことでしょ?

 セキュリティーとサービスの整った美しく静かな離宮に、断ったとは言え最上級の部屋を与えられ、地球で言えば王族クラスが着るような最上級の服を着て、平然とこの3か月あまりを過ごしていたのか、わたしは……。


 なのに、一人暮らしの支度で倹約しようとしていた庶民感覚のわたしの言動は、スティーグやカシュパルやクランツの目にはさぞかし奇異に映ったことだろう。

 彼らの困惑に思いが至り、わたしはあまりの申し訳なさに頭を抱えたが、わたしが凹んでも彼らは喜ばないとファンヌに指摘されて我に返る。



「わたしも含めて皆スミレにきれいな服を着せて喜んでいるのだから、好きにさせておけばいいのよ。単にこの離宮に合わせて上質なシネーラを着せていただけで、必要となれば質の低いものだってちゃんと提供するのだから」



 そう言いながらファンヌが広げてみせたのは、街着のシネーラと同じ素材レベルのゆったりとした膝丈のチュニックとテーパードパンツのような服だった。



「これはバルボラ。仕事着よ。下はヴィヴィ。女性用のズボンは全部ヴィヴィと呼ぶわ。ジョギングとやらをするのに動きやすい服が欲しいと言っていたけれど、これでどうかしら? 家事の実習をする時にも着てもらうつもりよ」



 午前中にクランツにジョギングについて話した後、わたしは今着ている服は身体を動かすのに向いていないから別の服はないだろうかとファンヌに尋ねた。

 その時ファンヌは少し待つように言っていたけれど、もう用意してくれたのかとわたしはとても嬉しくなった。

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