第16話 【閑話】ヴィオラ会議発足
GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
魔王に報告の続きを促されたレイグラーフは、まずはアナイアレーションの使用に関してスミレから聞き取った内容を語った。
全魔術の中で必要魔力量が最多である魔術を使ったのだから、魔力切れを起こさなかったのかと思い尋ねたところ、『回復薬(究極)』をがぶ飲みしながら魔力を叩き込んだので大丈夫だったとスミレは答えたという。
だが、一日に飲める回復薬の限界本数まで飲んでしまったため、その後は魔力がカツカツの状態となり、魔族国までの移動はかなり厳しいものになったそうだ。
スミレの説明をひと通り聞いたレイグラーフは、この件は魔王に報告するが今後は伏せるように、魔術名も表から削除し、使用したことはもちろん使えることも口にしてはいけない、その魔術の存在すら知らないことにするよう伝えたという。
アナイアレーションを使えるスミレの存在そのものが危険視されかねないと付け足せば、スミレは素直に頷きその場で表から該当箇所を削除した。
そして、この魔術のことはもう口にしない、魔王たち相手でも自分からは話題に出さないとレイグラーフに約束したそうだ。
「とりあえず、本当にヤバイ魔術だってことは理解したっぽいかな?」
「そうだと思います。過去に行使できた者はいない、必要な魔力量が多すぎて詠唱しても不完全な発動しかできないらしいと私が言ったら、口止めする前のスミレは“かなり無茶はしましたけど、使えましたよ?”と答えましたからね……」
「……軽っ……」
「頭が痛ぇな……」
「認識が改められただけでも良しとしますかねぇ……」
「そうですね。……それに、この世界での位置付けを理解していなかっただけで、魔術の効果についてはきちんと把握していたようですから」
スミレがまとめた表には、アナイアレーションの効果として「一定範囲内にいる敵を殲滅する、または、対象を永遠に消滅させる」という記述があったそうだ。
「敵を殲滅、ねぇ……。実際にはどのくらいの規模になるのでしょう」
「庇護を求めて来た時の説明だと、聖女召喚の魔法陣の破壊時に城の一部も壊れたようですが、魔法陣破壊の余波だったから一部で済んだのかもしれませんね」
「イメージ的には一個大隊くらい消し飛びそうだけど」
「スミレがイスフェルトを出奔した時期っつーと、確か、巨大な魔力の揺れを感知したっていう報告が何件か上がってたんだよな?」
「ええ、ルードが。他は部族長と長老クラスで少々……。私もわずかながら感知しました。聖女召喚が行われた影響かと思っていましたが、アナイアレーション発動時のものだったと考えた方がよさそうです」
「あれがそうなら、カシュパルが言うのもあながち大げさではなさそうだ」
「ルードが言うと笑えないんだけど」
カシュパルがそう言ってまぜっかえしたが、魔王は沈黙で返した。
ルードヴィグは魔族内でも随一の魔力量を誇る高位の魔術師であるだけでなく、継承した魔王としての秘められた能力もある。
その魔王ルードヴィグが沈黙を以て肯定したことで、本当に一個大隊が消し飛ぶ可能性があるのだと、その場にいる者たちは息を呑んだ。
さすがは禁忌の魔術と言いたいところだが、呑まれているわけにもいかないとブルーノは強引に話の方向を変える。
「まったくスミレのヤツ、普段は真面目でお固いくせに、何でこんな頭の痛いことをやらかしてやがるんだよ……」
「本当に、随分と無茶をしたものです。……しかし、この剣呑な手段や無謀とも言える行動は、何だかスミレさんらしくない気がしますけどねぇ」
「何としても壊したかったんでしょう。イスフェルトが二度と魔法陣を使えないよう完全に破壊する、そういう強い意志の下に行ったんだと思います」
レイグラーフとは別の立ち位置で、スミレと接し観察する機会が多いクランツがそう言った。
「スミレは温厚な人物です。その彼女が、“対象を永遠に消滅させる”という効果の方が狙いだったとはいえ、“一定範囲内にいる敵を殲滅する”という容赦のない効果が発動する可能性があることを知りながらも城内で使用した……。彼女がいかにイスフェルトを憎み、恨んでいるかという証左だと私は思います」
「つまり、スミレを本気で怒らせたら一個大隊を消し飛ばされる可能性があるってことか。この城や城下町も吹っ飛びかねんな」
「今のところ、僕らとの関係は極めて良好だからその心配はなさそうだけど……」
「城下町へ出たら目が届かなくなりますから、一抹の不安はありますねぇ……」
「そういやぁ、スミレが住む家の安全対策はどうなってるんだ? あらかじめ何かしら手を施しておくんだろ?」
ブルーノが側近二人に尋ねると、彼らはやや乾いた笑いを浮かべた。
「ルード特製の変態じみた超高性能魔術陣を敷くことにしたから、安全対策はほぼ完璧だと思うよ」
「妙な誤解を招きかねん言い方をするな」
「まぁ、ルードは魔王にならなかったら間違いなく研究院長になっていた高位の魔術師ですし、魔術具の権威でもありますから、あなたの作品が傍から見たら変態じみて見えるのも無理はないですよ。実際、あなたの構築する魔術陣は私でもすぐには理解できない箇所があったりしますからね」
「小難しい話は別でやってくれ。なぁ、安全対策はそれでいいが、城と繋ぐ転移陣は敷かないのか?」
「スミレの自宅に転移陣を敷くつもりはない」
「何でだよ」
「民間施設への転移陣の敷設は禁止されている」
「そんなの特例でどうにでもなるじゃねぇか。転移陣はあった方が便利だろ? 何かあったらすぐに駆け付けられる」
「ブルーノも案外過保護ですねぇ」
「そんなのを敷いたら離宮を出た意味がない、いつまでも自立できないってスミレに言われるに決まってるでしょ?」
カシュパルの言い分は実は魔王の受け売りなんだそうだが、それもそうかと思いつつも、過保護と言われたブルーノはどうもおもしろくない。
スミレの自宅周辺の巡視を担当させる第三兵団の人員について吟味を始めているが、まだ魔族と魔族国についての理解が浅い上に、聖女だアナイアレーションだと厄介な機密事項を抱えるスミレを一人で城下町に住まわせるのはやはり心配だ。
どうせ俺は過保護だよとブルーノが若干不貞腐れていると、しばらく沈思していた魔王がおもむろに顔を上げて宣言した。
「転移陣を敷く気はなかったが、アナイアレーションの話を聞いて気が変わった」
「スミレの自宅に転移陣を敷くのか?」
「いや、場所を固定した転移陣では不自由だ。装身具を模した魔術具をスミレに持たせ、それに魔法具を仕込む」
「ちょっと! ルード、何を言ってるの!?」
「魔法具を組み込んだ魔術具!? どんな構想があるんですかルード!」
「ほほう、これはまた変態じみた魔術具になりそうです」
「うるさいぞ、クランツ」
魔王の構想はこうだ。
先日スミレがアイテム一覧表を披露した際に、販売先を魔王、ブルーノ、レイグラーフのみと指定した限定商品の一つに『戻り石』がある。
1日の購入数に縛りがあるため先日の会合ではその性能を試すことはできなかったが、魔力を流すと対となる魔石を置いてある場所に転移するという代物だ。
置き石となる対の魔石を組み込んだ魔術具を作ってスミレに持たせ、戻り石を組み込んだ装身具を魔王が身につけておけば、スミレに何か起こった時にはすぐに魔王が駆け付け対応することができる。
「確かに、この世界で魔王以上に事態の収拾が容易な者などいませんからねぇ」
「天変地異や由々しき事態が起これば私の水晶球に映る。私が気に掛けている者に異変があった際も同様だ。おそらくこれが一番確実で最速な防衛手段だろう」
「防衛、ね。何に対して?」
「スミレを守り、スミレから守る」
「そういうことなら反対はしないよ。それにあくまで緊急時のためであって、夜這いに使うつもりはないんでしょ?」
「当たり前だ」
もちろん誰も本気でそれを心配してはいないのでカシュパルの軽口は適当に流されたが、スミレに何かあれば確実に水晶球に映るのかというレイグラーフの問いに対し、魔族国に来てから既に一度映っていると魔王は答えた。
苦しむスミレが水晶球に映ったのでクランツにメッセージを飛ばし、急ぎ離宮のスミレの部屋を訪れてみればスミレが失語状態で苦しみ泣いていたという。
泣き疲れて眠るまで側にいたが、胸の内に貯め込んだものを吐き出したためか、失語状態は比較的早く収まったようだったという魔王の言葉に、クランツも頷き同意を示す。
それを聞いてレイグラーフも安心したようだ。
「魔法具入り魔術具の製作はルードに任せるとして、他にスミレのことで何か話し合っておくことはありますか?」
「あ、僕から一つ提案があるんだ。招集時に不便だからスミレの機密を知る関係者が集まるこの会合に名前を付けたい。伝言でも使えるように隠語だと尚いいかな」
「ああ、確かに普段の執務とは区別してあるとわかりやすいな」
「それなら“ヴィオラ会議”というのはどうですか?」
レイグラーフがスミレから聞いた話によると、スミレというのは元の世界にある花の名前だそうで、ヴァイオレット、ヴィオラなどとも呼ぶらしい。
イスフェルトの者たちに召喚されたスミレは、彼らに真の名を明かすのは拙いと考え、とっさにヴァイオレットと名乗ったそうなので、使われていない方のスミレの別名を当てたらどうだろうか、というのがレイグラーフの案だ。
「お前、そんな話まで聞き出してんのか」
「だって、異世界のことですよ? どんな事でも興味があるじゃないですか」
「会議じゃお固くない?」
「このメンバーで集っていればどうしたって仕事にしか見えないのでは?」
「それもそうですねぇ」
「採用」
魔王の一言でレイグラーフ案の採用が決定し、この集まりは以後ヴィオラ会議と称されることとなる。
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