第15話 【閑話】魔王と将軍と院長と側近と護衛の会話

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 離宮でスミレの護衛を務めるクランツが本日の務めを終えて向かった先は、城内の魔王ルードヴィグの執務室だった。


 中へ通されると、魔王と魔族軍将軍のブルーノと研究院長のレイグラーフの三人が奥の会議テーブルで夕食をとっているのが見える。

 魔王の側近のカシュパルとスティーグは執務机の上の書類を片付けているところで、彼らの仕事ももう終わったようだ。


 側近二人はクランツと共に奥のテーブルへ向かい、給仕をしていた侍女らを退室させると、既に食事を終えた魔王らが食後のお茶を飲んでいる横に並んで腰を下ろし、用意されていた夕食をとり始めた。



「で、そろそろ聞かせてもらっていいですか。このメンバーでの会合に私が呼ばれた理由は?」


「スミレが城下町へ移ったら君を魔王付きに戻すという話は先日したでしょ? だけど、スミレが城に来る時や離宮へ里帰りする時にはまた君に彼女の護衛に就いてもらうし、魔王のメッセンジャーとして城下町の彼女のもとへ赴いてもらうこともある。君がスミレの担当であることは変わらないんだ」



 食事を進めながらのクランツの質問に、カトラリーを休めることなくカシュパルが答えると、更にスティーグが続いた。



「聖女に護衛は必要ですが、聖女召喚の魔法陣を破壊したと言い、我々には認識できない異世界独自の手段や見識を持つ彼女は監視対象でもありました。あなたは魔王の直属で腕も立つし頭も切れる。信頼が置ける男だからと離宮でのスミレさんの専任護衛につけられましたが、監視役も兼ねてもらうためにネトゲ仕様についても最初から知らせていたでしょう?」


「要するにね、今後もスミレの担当をしてもらう以上、スミレの機密事項もしっかりと把握しておいてもらった方が何かと都合がいいんだよ。何かあればルードがスミレのもとに派遣するのは君になるんだから。で、この6人はスミレの機密事項を知るメンバーで、新たに判明した機密事項を共有するための緊急招集ってわけ」


「ほう。それは重大なお役目を仰せつかったものです」


「今更でしょ?」


「くくっ、確かにねぇ」



 魔王の側近二人の説明を聞いてクランツは納得したようだ。

 一方で不機嫌そうな顔のブルーノはお茶を飲み干すと、空になったティーカップをテーブルに置いた。



「クランツも来たことだしそろそろ始めろよ。緊急招集だって言うからすっ飛んで来たってのに、クランツ待ちだからまずは晩飯とかふざけてんのか?」


「そうカリカリしないでくださいよ、ブルーノ。ああ、三人は食事を続けてくださいね。とりあえずは話を聞いていてくれればいいですから」


「んで? スミレのことで今度は何だってんだ?」



 性急なブルーノを軽くいなしていたレイグラーフだったが、少し背筋を伸ばすとテーブルの上に置いた両手の指を組み、ひと呼吸おいてから話し始めた。



「今日の講義で、スミレは素晴らしい魔術の才能を見せました。精霊も魔術も存在しない世界から来た者とは思えない程の冴えだったのですが、この話を先にしておくのはこの後の話の裏付けとなればと考えたからです」


「ほう。俺も護身方法の訓練をする時にでも見てみるか」


「ぜひ、そうしてください。……それで、その講義の最中に、スミレが聖女召喚の魔法陣を破壊する際に使用した魔術が判明しました」


「魔法ではなく魔術だったのか」


「ええ、私も意外でした。しかもその魔術が……何と、アナイアレーションだったのです」



 息を呑む音と、食器とカトラリーのぶつかる音が複数上がった。

 少し間を置いて、魔王がぽつりとつぶやく。



「……禁忌の魔術か」


「おいおい、マジかよ……」



 先程までの不機嫌さも吹き飛んだのか、ブルーノの口からもつぶやきが漏れた。

 声こそ上げていないが、カシュパルとスティーグとクランツの三人も驚愕の表情を浮かべている。

 アナイアレーション。それは、高等魔術を修めた者ならば誰でも存在だけは知っているという、究極の攻撃魔術なのだ。



「……いわゆる伝説級ってヤツじゃねぇか。使えたヤツなんかいねぇ、本当に使えるのかどうかも謎だって聞いてたぞ?」


「どういう経緯でその話になったのか、まずはそこから話せ」



 魔王に促され、レイグラーフは説明した。

 スミレがまとめたという彼女が使える魔法と魔術の一覧表を見ていたら、魔術の欄にアナイアレーションの文字を見つけて驚愕した。

 記載ミスかもしれないと思い、確認のためにアナイアレーションを使えるのかとスミレに尋ねたのだという。



「私の問いに、スミレは一瞬身構えたようでしたが、正直に答えてくれましたよ。使える、既に一度使ったと言うのでいつどこでと問えば、イスフェルトで聖女召喚の魔法陣を破壊する時に使ったと言うものですから……もう、私は驚きを通り越して震えが起こりましたよ」


「アナイアレーションでは、な。無理もない」


「そりゃ、緊急招集にもなるか……。俺もその表は見たが、魔法の欄ばかり見てたからなぁ。種類が十分あるから護身方法は魔法だけで構築できそうだと考えて、魔術の方は碌に見てなかった。……チッ、俺としたことがしくじったぜ」



 ガシガシと頭を掻きながら言うブルーノを、初めて見る魔法に浮かれていたんだろうとカシュパルがからかうが、取り合わずにブルーノは魔王へ目を向けた。



「どうするんだ、ルードヴィグ。こんなとんでもない事実が判明したが、それでもスミレを城下町へ出すのか?」


「そのつもりだ」


「即答かよ……。ぶれねぇな、お前」


「スミレを離宮へ置いたことで妙な勘繰りをする者が出始めている。クランツ」


「はっ。……城の図書室へ赴いた際、女性に二、三度絡まれました」


「何だってんだよ」


「魔王に囲われているのはお前か、と」



 途端にブルーノとレイグラーフの表情が苦々しいものになる。

 時期を問えば、スミレが一人暮らしと雑貨屋開業を言い出したあの日より前の出来事とのことだ。

 ただし、レイグラーフの講義を受け始めてしばらく経った頃でもあり、絡まれたことが一人暮らしや雑貨屋開業を考える切っ掛けになったかどうかは不明だとクランツは言う。



「やっかみか。どうせお前の子種を狙ってる連中だろ? 魔王も部族長も在任中は子作りを禁じられていると知ってるだろうに、面倒くせぇなぁ……」


「子種目当てばかりじゃないよ。情けをかけて欲しいと思っている恋人志願の女性だって普通にいるんだから」


「困ったことに、そういう方々の面会希望は少なくないのですよねぇ……。ルードがすげなく断るものだから、却ってムキにさせてしまっている気もしますが」


「私に文句を言うな」


「レイの件で絡んできた者もいました。離宮に足繁く通わせては研究の邪魔をしていると考えているようです」


「馬鹿な! スミレがどれだけ私の知的好奇心を満たしてくれていると思っているんですか」



 ああ嫌だ嫌だとぼやきながらブルーノが立ち上がると、壁際のキャビネットを開け、中から酒の入った瓶とグラスを取り出した。

 他の面々に視線を向けると、全員が片手を挙げる。

 夕食をとっていた三人も食事を終えたようで、ブルーノが誰か手伝えと言うと、スティーグが立ち上がり足りない分のグラスを取り出して皆に配った。

 酒瓶を順繰りに手渡しては銘々が自分のグラスに注いでいく中、魔王は自分のグラスの中に魔術で氷を作り出し、手渡された酒瓶から酒を注いでいる。



「んで、どうするんだよ」


「何のことだ」


「その面倒な女どもだよ。放っておくのか? スミレが城下町へ出たら接触して来かねんぞ?」


「それがね、調べてみたら魔力の使えない人族を軽く見るタイプで、スミレが離宮から出てしまえば関心をなくしそうなんだよ。スミレが聖女だと気付いているわけでもなかったから、ちょっと細工をしておいた」


「そういえば、庇護を求めて来た人族の女を体調が戻るまで離宮で休ませた、健康を取り戻したので城下町で暮らすことを許可した、というような話が城内で流れていますねぇ」



 側近の二人が言うには、下働きや離宮に詰めているクランツ以外の護衛の兵士らには元々そのように話してあったそうだ。

 離宮に住む人族の女については他言無用と命じてあるが、もしも誰かが漏らしたとしても、裏付けを取ろうとした者には城内で流れているものと同じ話が耳に入ることになる。



「侍女のファンヌにだけはスミレが異世界から召喚された聖女だと教えてあるけどね。傷付いたスミレの世話を任せるのにある程度の状況説明は必要だとルードが判断したから」


「あれは幼い頃から私に忠実だ。口止めした以上は絶対に漏らさぬ」



 スミレは境界門に到着した際に対応した兵士らには自分が聖女だと明かしていないから、他にスミレが聖女だと知る者は部族長会議のメンバーくらいのものだ。

 イスフェルトが召喚した聖女が庇護を求めてきたので受け入れたという話を部族長会議で報告した際、それを機密事項とすることもその場で部族長らの承認を得ている。

 公に聖女として扱い、その存在を喧伝しなくてはならないようなひっ迫した事情もないため、特に反対意見も出なかった。

 今のところ、スミレが聖女だということはほぼ確実に秘匿できていると言える。



「スミレが聖女だとバレてないなら、胡乱な目で見る連中がいると知ってしまった今となっては、離宮に留めておくのも可哀想か」


「何より、本人が城下町での暮らしに意欲的です。庭を走って体力作りをすると言い出しました」


「プッ。何それ。クランツ、もしかして付き合うつもりかい?」


「もちろん」


「くっくっく。スミレさんは本当におもしろ……真面目な人ですねぇ」


「ね、興味が尽きないでしょう? この間なんて」


「レイ、いい加減報告の続きに戻れ」



 酒が入って少し緩みかけた雰囲気は、普段通り気怠そうな、しかし有無を言わせぬ魔王の一言で再び引き締まった。

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