第14話 初めての魔術の訓練

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 禁忌の呪文の件で高まった緊張感を打ち消すかのように、さてと、と朗らかな声を上げながらレイグラーフは再びスクリーンに向き合うと、これらの魔術を使えるかどうかは実際に試して確認したのかとわたしに尋ねてきた。


 実は、ネトゲ仕様に共通していることなのだが、魔術も魔法もアイテムもわたしが使えないものはすべて薄い灰色の文字で表示されていて、タップしても何も反応しないようになっている。

 つまり、普通に黒字で表示されているものは使用可能ということであり、この表には普通に表示されていた魔法と魔術をすべて記載しておいた。



「ほう、では実際に試したわけではないのですね」


「はい。でも、ネトゲ仕様の起動方法なら問題なく発動すると思います。……先程の魔術と同じように」


「……なるほど。あの魔術はそうやって起動したのですか」


「はい」



 ふんふんと頷きながらレイグラーフは何やら思案をしていたが、やがてわたしを連れて庭へ出た。



「少し実験をしてみましょう。スミレ、トルネードをネトゲ仕様の方法で起動してみてください」



 わたしは言われたとおり、自分にだけ見えているバーチャルなウィンドウの魔術の欄を広げて、そこからトルネードという魔術を視線でタップして起動する。

 途端に竜巻が起こり、土ぼこりを巻き上げながら空に向かって細長い渦を伸ばしたが、思ったより近くに出現したので驚いた。

 かなりの強風だから大人でも吹き飛ばされそうだし、もう少し離れたところに出すようにしないと自分も巻き込まれて危ないかもしれない。



「では、今度は呪文を詠唱して起動してみてください」


「わかりました。……トルネード!!」



 呪文の詠唱というのはネトゲ仕様のボイス起動にあたる。

 実際に声を出して起動するとなったら何故か気合いが入ったので、風が巻き起こるイメージを浮かべつつ腕を斜めに振り上げながら詠唱した。

 あのあたりに、と思っていた場所の近くに竜巻が起こったところを見ると、自分の意志が反映されるならある程度コントロールはできそうだ。



「それでは次に……ピットフォールも使ったことはないのですね?」


「はい。使ったことはありません」


「よろしい。では、同じく詠唱で起動してください」



 ピットフォールは地面に落とし穴が出現し一定時間経過すると消えるという魔術で、おそらくトラップにでも使うのだろう。

 魔術も魔法もゲームやアニメで見たことがあるようなものばかりなのでイメージしやすい。

 それに、リアルだなとは思ったが恐怖などは感じなかったので、わたしはこれと言って抵抗感もないまま大して緊張もせずに呪文を唱えた。



「ピットフォール!」



 地面に落とし穴ができるというのだから、今度は何となく腕を突き出し手のひらを下に向けて詠唱してみたところ、ボン!という音と共にやや前方の地面に大人が5人くらい入れそうな大きな穴が開いた。

 近寄って覗いてみると、深さが3メートルくらいありそうに見える。

 ……これ、下手な落ち方をしたら首の骨とかヤバそうだなぁ……。



「次はエレメンタルを意識しながら詠唱でブリザードを起動してください」


「わかりました。……ブリザード!」



 エレメンタル……火、風、水、土の四元素を意識するというと、ブリザードは吹雪でダメージを与える範囲魔術だから水と風だろうか。


 映画やテレビで見た吹雪を思い浮かべながら勢いよく腕を前に突き出して呪文を唱えると、広げた手のひらから猛烈な勢いで吹雪が吹き出し、あっという間に地面に生えている芝生が凍てついてしまった。

 ゴオオォッという音も、叩きつけるように舞う白く細かい雪のエフェクトもすごい迫力で、ギョッとしたわたしは思わず腕を引っ込めた。


 さすがに高レベル帯の魔術なだけあって威力がハンパない。

 正直言うとかなりビビったのだが、レイグラーフがパチパチと拍手してくれたところを見ると、うまくできたようでホッとする。



「……では最後に、火の精霊を呼び出した上でファイアボールを放ってみましょうか。火の球が吹き出すので、念のため池の水面の上に飛ばすよう意識してみてください。違う方向へ飛んでいっても私がすぐに始末しますから、安心して起動してくださいね」


「わかりました。火の精霊よ……よし。では、ファイアボール!!」



 火の精霊が現れたのを目で確認し、野球のピッチャーのように腕を振り下ろしながら呪文を詠唱すると、狙ったとおりに池の上に放つことができた。

 メラメラと揺らめく炎のエフェクトをまとった火の球が手のひらから放たれ、恐ろしい勢いで飛んでいくと、水面にぶつかりジュワッという音と大量の水しぶきを上げながら水中に消えた。


 うわぁ……、これ、水面じゃなく敵に当たったらどんな光景になるんだろう。

 おっかないな~とわたしがビビっていると、レイグラーフが感嘆の声を上げた。



「本当に初めて使ったのですか? 信じられないほど上手でしたよ。スミレの世界には魔術はなく、精霊もいなかったと聞きましたが、それなのにどうしてこんなに最初から上手に魔力を扱えるのでしょう」



 レイグラーフの言葉は手放しの称賛に聞こえたが、素直に受け取るには彼の表情は当惑が色濃すぎた。

 だが、何故と聞かれてもわたしにもわからない。

 強いて言えば、元の世界での様々な体験からその魔術の効果がはっきりとイメージできていたので放つ時に迷いはなかったし、基本的にネトゲ仕様には信用を置いているので、暴発などの不慮の事故を一切心配していなかったことも影響しているのかもしれない。


 わたしがそう答えるとレイグラーフは少しの間深く考え込んでいるように見えたが、一つ頷いてわたしの目を見ると柔らかく微笑んだ。



「魔術の効果を説明文で読んだだけで、素直にそのイメージを具現化できるのは魔術師として素晴らしい素質と言えます。それに、トルネードは魔術を起動しただけの状態でしたしピットフォールにも精霊の力は関与していませんでしたが、わたしがエレメンタルを意識してと言った後のブリザードには明らかに精霊の力が加わっていましたし、精霊を呼び出してのファイアボールでは更にエレメンタルの勢いが増しました。スミレは魔術の才能がありますよ」


「本当ですか? ……わぁ、ありがとうございます。嬉しいです!」



 呪文の詠唱と言ってもボイスで起動したにすぎないという認識のわたしには、それが自分の実力によるものだという気はまったくしていない。

 だけど素直さを褒められ、エレメンタルもちゃんと扱えていたとわかり、才能があると言われたのがじんわりと響いてきて、心の底から嬉しくなった。


 確かにわたしはネトゲ仕様のおかげで魔術を使えるけれど、位置や威力のコントロールはともかく、エレメンタルへの意識の有無なんていうものが魔術に影響するように設定されているとはとても思えない。

 でもレイグラーフがそう言うのであれば、実際にエレメンタルに影響しているのだろう。

もしかしたらこの世界で遥か昔から使われている魔術はもっと奥深いもので、ネトゲの設定上にはない要素などが存在するのかもしれない。

 研究院長であるレイグラーフの深い見識でもって評価されたのなら、それは素直に喜んでもいいんじゃないかと思えた。


 そして同時に、自覚もなしに禁忌の魔術を使っていたと知り厳重に口止めされたことで、魔術を行使することについて若干不安やとまどいを覚えていたのだと今更ながらに自覚する。


 魔術をいくつか使ったおかげで魔術をリアルに感じられたし、正しく発動できたことで多少は自信もついた。

 それらをネガティブな感情を自覚する前に実感でき、結果的にネガティブな感情に捕らわれずに済んだのはラッキーだったと思う。


 これもレイグラーフの指導のおかげだな。

 さすがです、先生!



「まだエレメンタルへの理解が浅い状態でこれだけできたのですから、理解を深めればもっとうまく扱えるようになるでしょう」


「エレメンタルへの理解……」


「魔法とは違い魔術はエレメンタルの力を借りますから、エレメンタルを理解し、精霊をうまく使えるようになれば効果の質も魔力効率もグッと上がりますよ」


「おおぉ……」



 わたしがプレイしたゲームでは、立ち回りなどのプレイヤースキルの熟達はあっても、ゲーム内の魔術の効果などの質そのものが変化することはなかった。

 だから、自分の学習や訓練で質を高められると聞いて、ちょっとばかり育成心を刺激されたかもしれない。

 せっかく魔術が使える世界で生きることになったんだ、素晴らしい先生もいることだし腕を磨いてみたいという気になってきた。



「次回は再び基礎的な訓練に戻りましょう。エレメンタルを肌で感じ、精霊と親しむことに重点を置くつもりです」


「そういえば精霊を使っての魔術って、まだメッセージの魔術しか習っていませんでしたね」


「ええ。初めての発動でこれだけ具現化できただけでも十分すごいのですが、あなたならもっと高みを目指せるでしょう」


「はいッ。わたし、訓練を頑張ります。レイグラーフさん、明日からもご指導のほど、よろしくお願いします!」



 わたしがペコリと頭を下げると、明日は一日がかりで服飾関係の注文をするのでしょう? とレイグラーフに笑われてしまった。

 あう、そうだった。何かと予定が入るようになったし、ネトゲ仕様のスケジュール帳を使っておこうかな。


 それにすっかり忘れていたが、服飾関係のタブーや注意点を侍女のファンヌに確認しておかなければいけない。

 ちゃんと女性だけに尋ねますね!と言ったら、その話題を思い出したレイグラーフが再び気まずそうな表情になった。

 一体どんな事情があるのかは知らないけれど、こんなに優秀なレイグラーフにも苦手なものがあるんだなぁ。



 敬愛する先生の苦手なものは何だろうと、少しばかり意地の悪い好奇心が沸いてきたが、良い生徒のわたしは黙って講義を終えることにした。

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