第13話 禁忌の魔術
GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
昨日は物件の下見と予定外の店巡りで疲れたせいか、お風呂から上がったわたしはすぐに寝てしまったらしい。
目が覚めたらいつもより遅い時間で驚いたが、どうやら朝まで夢も見ずに爆睡したようだ。
内装や家財道具の大量発注は確かに大変だったが、あの程度でそこまで疲れてしまうだなんて、魔族国へ来てからの3か月の静養中に体力が落ちてしまったんだろうか。
仕事を始めるのだし、家事もやるんだから体を動かしていかないとと思い、わたしは空き時間にストレッチや軽いジョギングを始めることにした。
いきなりハードなトレーニングを始めたら怪我をするかもしれないし、様子を見ながら徐々に負荷をかけていくことにしよう。
ジョギングは離宮の庭で行うつもりだが、突然何を始めたのかと驚かせてはいけないと思い、護衛のクランツに話したら自分も走ると言い出した。
クランツはわたしをからかったり、時々皮肉っぽいことを言ったりするけれど、いつもこうしてわたしの要望に付き合ってくれる。
わたしの護衛が彼の任務だとはいえ、ありがたいことだ。
午後からはレイグラーフの講義だったので、明日服飾関係の注文をするのだが何かタブーや気を付けなければいけないことがあれば教えて欲しいと頼んだところ、何故か気まずそうな顔をされてしまった。
これは……、たぶん女性特有の何かがあるんだろうな……。
コホンと咳ばらいをしたレイグラーフは詳しいことは侍女のファンヌに聞くようにと言い、来訪する業者の中に男性がいた場合は間違っても彼らには聞かないようにと念を押された。
一体どんな事情があるのか非常に気になるが、もしも下ネタ系だったらこの後の講義中ずっと微妙な空気になりかねないので黙っておく。
とりあえず、まずは一昨日のブルーノの検証で判明した魔法のことについてレイグラーフに話さなければ。
わたしが表にまとめた魔法と魔術に関する記述のうち、何故か魔法名だけがこの国の文字に変換されずブルーノが読めなかったことをレイグラーフに伝えた。
実際にその表をスライド表示して見せると、やはりレイグラーフにも魔法名の文字は読めなかったようだ。
「確かに魔法名は変換されていません。……しかし、これがスミレの国の文字ですか。私たちの文字と違ってずいぶんと複雑な形をしているのですね」
「そうですか? 意識したことはありませんでしたが……。それよりも、どうして魔法名だけが翻訳されないんでしょう?」
「以前、私の前で魔法を使ってもらった時も、スミレが呪文を詠唱する声は私には聞こえませんでした。あれと同じことなのかもしれません。呪文と同じ文言だから魔法名は表示されないのでしょう。魔法の呪文に関する情報は何らかの力によって伏せられているようです」
「これもネトゲの仕様なんでしょうか」
「確定ではありませんが、その可能性が高いでしょう。今まで文字が自動的に翻訳されていたせいで気付くのが遅れましたが、あなた以外の者が魔法を使うことがないよう、情報の取得が制限されているのだと思います」
呪文を見聞きできなければ他の人たちは魔法を使いようがないのだから、魔法は異世界転生者専用のチート魔術のような位置付けなんだろう。
魔法も魔術もない世界で生まれ育ったわたしにとっては正直どちらも似たようなもので、わたし以外も使えるのかどうかということくらいしか違いは感じないのだけれど。
そして、そんな魔法に知的好奇心の塊のようなレイグラーフが惹かれないわけもなく、研究したいから呪文の文字を書いてくれとわたしにねだるので、とりあえず発動しても害のなさそうな『生体感知』を大きめの字で紙に書いて渡した。
これは一定時間内、自分の周囲にいるプレイヤーやNPCを感知するという魔法で、アンデッドや機械人形、人工生命体なども含むと説明文にある。
機械人形って何だろう……ロボットみたいなものだろうか。
この世界は精霊や竜や獣人がいるから、てっきりファンタジーな世界観なんだと思っていたのに、メカ系の敵キャラもいるんだな。
生体感知の4文字を嬉しそうに眺めているレイグラーフを見ながら、この魔法の元の名称が『ライブネス・ディテクション』だったことを思い出した。
ネトゲ仕様の魔法の機能はなかなかおもしろくて、デフォルトでは魔法名と呪文は同一なのだが、好みに応じてカスタマイズできるようになっている。
イスフェルトからの逃亡方法を考えるためマニュアルを読み漁っていた時にこの仕様に気付いたわたしは、逃亡時のことを考えたらボイスで起動しやすいよう呪文を短く簡単にしておいた方がいいと思い、すべての魔法の呪文を効果がわかりやすい漢字5文字以内の短いものに変更したのだった。
わたしは利便性を優先してデフォルトどおりに名称と呪文を同一としたが、プレイヤーの好みによっては名称とは別に「古の神々の御力により精霊たちに命ず。我に生命ある者らの位置を示せ!」などという呪文に変更して雰囲気を出したりすることが可能になっている。
詠唱中に攻撃を受ける可能性を考慮しなければ、古典的ファンタジーの世界観を好む人や、中二病的なプレイスタイルの人などにはとても楽しめる仕様なんじゃないだろうか。
……って、そろそろ魔法の話は切り上げて、講義を始めてもらわないと。
「それから、ブルーノさんの検証で魔法の発動はボイスでの起動が一番早い、呪文の詠唱が最速だと判明しました。報告は以上です」
「なるほど。魔術もおそらく同じでしょうから、やはり詠唱で使用できるようにしておくのがいいですね。スミレ、頑張りましょう」
「はい! よろしくお願いします!」
翻訳の謎についてはレイグラーフが研究したいというので任せることにして、魔法の話を切り上げると魔術の訓練に移る。
スクリーン表示されている表の魔術のシートを見せながら、わたしが使用できる魔術の一覧だと言うと、魔術名を順繰りに見て確認していたレイグラーフがとある一点を見つめたまま固まったように動きを止めてしまった。
一体どうしたんだろうと不思議に思っていると、ゆっくりとこちらを見たレイグラーフの真剣な目がわたしを捉えた。
「スミレ、あなたはこのアナイアレーションという魔術を使えるのですか?」
あまりに真剣なその目とその質問内容にわたしは動揺したが、だからと言ってレイグラーフに嘘を言ったり誤魔化したりすることはできない。
一つ大きく呼吸をすると、わたしは正直に答えた。
「使えます。既に一度使いました」
「――ッ! いつ、どこで使ったのですか!?」
「イスフェルトで、聖女召喚の魔法陣を破壊する時に使いました」
「その時ですか……、なるほど。……いや、しかし……」
レイグラーフは何やらブツブツ言いながら思いを巡らしているようだったが、ふいにわたしの肩を掴むと心配そうな、でも探るような目でわたしを見た。
「よく無事でしたね。魔力切れは起こさなかったのですか?」
「『回復薬(究極)』をがぶ飲みしながら魔力を叩き込んでいたので、大丈夫だったようです。ただ、一日に飲める回復薬の限界本数まで飲んでしまったためにその後は魔力がカツカツの状態となってしまって、魔族国への移動はかなり厳しいものになりました」
「何という無茶を……。あなたが無事にこの国へたどり着けて、本当によかった」
そう言うと、レイグラーフは静かにわたしを抱きしめた。
あまりにも自然に行われた抱擁に、わたしはぼうっとしてなされるがままにしていたが、我に返った途端混乱に陥る。
へぁ!? れレレレイグラーフさん、な何をしちゃってるんですか!?
わたしがあたふたし出したのでレイグラーフは腕を解いたが、再びわたしの肩を掴むと顔を覗き込んだ。
「スミレ、アナイアレーションは禁忌の魔術です。古来より文献には残っていますが行使できた者はいないと伝わっています」
「……へ?」
「正確に言えば、誰も使えなかったのです。必要な魔力量が多すぎて、詠唱しても不完全な発動しかできなかったようで……」
「え? いや、だって。かなり無茶はしましたけど、使えましたよ?」
わたしがそう答えると、レイグラーフはわたしの唇にそっと人差し指を当て、わたしを黙らせた。
ひええぇぇ、ちょっと何なのコレ!?
さっきの抱擁といい、わたしこういうの慣れてないから心臓がバクバクして死にそうなんですけど!!!
「魔王には報告しますが、この件は伏せておきなさい。この魔術名はこの表から削除し、使用したことはもちろん、あなたがこの魔術を使えるということも口にしてはいけません。むしろ、存在すら知らないことにした方がいい」
真剣な表情のレイグラーフに厳重に口止めされて、ようやくわたしは自分が仕出かしたことが相当に重大なことだったらしいと理解する。
そんな、機密扱いになるようなことだっただなんて……ど、どうしよう……。
アナイアレーションの効果は「一定範囲内にいる敵を殲滅する、または、対象を永遠に消滅させる」というものだった。
説明文を読み、これが最強の魔術だろうと当たりをつけたわたしは、イスフェルトの連中が二度と聖女を召喚できなくなるよう魔法陣を完全に破壊するためにアナイアレーションを放ったのだ。
「それほどまでに危険な魔術なのですか?」
「そうです。それを使えるあなたの存在自体が危険視されかねない程に」
ごくりと喉が鳴る。
わたしはその場で表からアナイアレーションの行を削除すると、この魔術のことはもう口にしない、魔王たち相手でも自分からは話題に出さないとレイグラーフに約束したのだった。
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