第12話 驚愕の家賃と城下町の店巡り

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 一部屋ずつ内装屋の二人と一緒に見て回りながら、わたしは部屋全体のイメージからちょっとした思いつきまで何でも彼らに伝えていった。

 コーディネートも手掛ける業者なので、家具や壁紙以外にも、カーテンや布団やクッションなどの希望も聞いてくれるし、内装屋の二人もいろんな提案をしてくれたのでとても助かる。


 わたしはとにかく家具も色使いもシンプルで、物がごちゃごちゃしていないすっきりした機能的な部屋にして欲しいとお願いした。

 せっかくこれだけ収納の多い家に住むのだから、広々とした空間を贅沢に使った暮らしをしてみたい!

 離宮の部屋はもっと広いけど、あそこは客間であってここは自宅なんだから。



 思いつく限りのことを伝え終わったところで、内装屋の二人は帰って行った。

 内装工事中の差配は執事さんが引き受けてくれるそうで、わたしは内装が完成した後に確認に来るだけでいいことになった。

 明後日発注する大量の衣類も直接ここに納品してもらう予定らしく、カシュパルがその時の対応も執事さんに頼んでいる。

 心安く引き受けてくれる執事さんの様子に、いい大家さんの物件に決められてよかったと思った。


 執事さんに丁重にお礼を伝えたところでわたしたちもお暇する。

 馬車に乗り座席に腰を下ろすと、疲れがドッと襲ってきた。



「疲れたかい?」


「そうですね……。これだけの量の注文を一気にしたことはなかったので、さすがにちょっと疲れました」


「君が城を出入りするには少々複雑な手続きがいるから、できれば一度で済ませてしまいたかったんだ。無理をさせてごめんよ」


「とんでもない! 今日は長い時間付き合っていただき、本当に助かりました。お二人とも、ありがとうございます。――ッと、そういえば」



 カシュパルとクランツにお礼を言ったところで、ふいに思いついた。

 しまった、家賃のことをすっかり忘れていた!

 家賃の金額を一切考えずに話を進めてしまったけれど、果たしてあの物件の家賃はわたしが払っていける金額なんだろうか。



「カ、カシュパルさん。あの物件、家賃はおいくらなんでしょうか」


「10万8千デニールだよ」


「高っ!! 月額10万8千デニール……かける12で……年間百三十万弱!? どうしよう。わたし、たぶん払えません……!!」



 カシュパルが口にした金額を聞いて、わたしは絶望的な気持ちになった。

 理想的な物件だったが、収入の目途も立っていない現状で、所持金が数年で吹き飛んでしまうような家賃の物件に住むわけにはいかない。

 先程の大量の注文をすぐにでも止めてもらわなくては!


 あんなに時間をかけてもらったのに今更断るなんて、内装屋の二人にも執事さんにも、もちろんこの二人にも非常に申し訳ないが、無い袖は振れないのだ。

 意気消沈したわたしが、雑貨屋の経営が軌道に乗るかわからないので支払えるかどうか見込みが立たないと告げたところ、カシュパルは不思議そうな顔をしてわたしを見た。



「月額? 君の国では家賃を毎月支払うのかい? 面倒な仕組みだね。僕らの国では家賃の支払いは年に一度きりだよ」


「…………へ? 年に、一度?」


「そう。あの物件の家賃は年額10万8千デニール。最初の1年分は魔王が支払うから君が支払うのは1年後からだけど、厳しそうなの?」


「年額……? ということは、12で割って……月額9千デニール? やっす! めちゃくちゃ安いじゃないですか!!」



 古いとはいえ3DKで、トイレが2つに物置2つとパントリーまで付いた優良物件の家賃が月額9千とは。

 デニールと円をイコールで考えるわけにはいかないけれど、この国の物価は一体どうなっているんだろう。

 家賃がこれでは、他の物の値段なんてまったく見当がつかない。


 ……これは困ったことになったかも……。

 この国の物価について見当がつかない状態では、雑貨屋の商品の値段がつけられないじゃないか。


 それを解消するには市場調査をして適正価格を把握する必要があるが、わたしが雑貨屋で扱う予定の商品は全部で8つに分類してあるから、魔法具を除いた7分野の価格調査をする必要がある。

 あまり細かく調べることはできないにしろ、せめて城下町の店で売られている品物の大まかな値段くらいは調べておきたい。



「あの、カシュパルさん。急な話で申し訳ないんですが、今からいくつか店を見て回れないでしょうか」


「何か注文し忘れたの?」


「いえ、そうじゃなくて……。家賃の相場がわたしの想像とはまったく違うものでした。他の品物の価格も同じかもしれないので、それを確認したいんです。今のままでは、商品の値段を決められそうになくて」


「商品の値段か、確かに雑貨屋開業には必要だなぁ。……いいよ。もう一度城から出る手続きをするより、今日済ませてしまった方が楽だしね。ただし、城へ戻る時間を遅らせるにも限界があるから店ごとの滞在時間は短くなるけど、それでもいいかい?」


「はい、かまいません。ネトゲの機能を使って補いますから」


「わかった。それじゃ、服や靴の値段は服飾関係の注文時に直接業者に聞いてもらうとして、武器屋、防具屋、道具屋、魔術具店、薬屋、食料品店に本屋……そのあたりでどう? 必要な店、全部網羅できてる?」


「大丈夫です。よろしくお願いします!」



 そんなわけでわたしたちは急遽城下町の店巡りをすることになった。

 1店あたりにつき10分未満という慌ただしい訪問だったけれど、何とか7分野すべての店を見て回り、ほとんどの商品棚を視界に収めることができた。

 ネトゲ仕様のおかげでわたしが見聞きしたものは自動的に動画として保存されるし、スクリーンショットも撮りまくったので、あとでじっくり見直せば値段表示を確認できるだろう。

 値段が表示されていないものは都度商品を指差しながら店の人に尋ねて確認したから、店頭にあったものはほぼ網羅できているはずだ。


 店内にも同行してくれたカシュパルとクランツの二人には、わたしは店内を眺めるかキョロキョロしているだけにしか見えなかったそうで、店巡りをしている最中はわたしが何をしているかわからなかったらしい。

 最後の店を見終わり、馬車の中に戻ったらさっそく何をしていたのかと尋ねてきたので、わたしが見聞きしたものはすべてネトゲ仕様で録画されているから、その動画を後で観ながら値段の確認ができるのだと説明したが、二人には意味がよくわからないようだった。

 動画とは何かと聞くので連続して動く絵だと答えたら、絵が上下左右に動く状態を想像したらしく、却って混乱させてしまったようだ。


 観たことがない人に動画の定義を言葉だけで伝えるのはわたしには難しいよ……。

 動画について、わからないなりに魔王に報告しておくと言うカシュパルにわたしは頷いた。



「もしかしたら観たいと言うかもしれませんね、魔王陛下やレイグラーフさんが」


「間違いなく言うだろうね。僕だって見たいよ。先日の表のようにスクリーン表示にできるんでしょ?」


「そのスクリーン表示とやらを私は見ていません。今度は私にも見せてもらいたいです」


「私はかまいませんので、良ければそちらで調整なさってください」


「カシュパル、私も同席できるように計らってくれませんか」


「いいよ。どうせスミレの城への送迎はクランツがするんだしね。結局、スミレの事情を知る6名全員を集めることになるんじゃないかな」



 でも、店内の商品棚が延々と映っているだけのつまらない動画だと思う。

 初めて動画を観る人はそんなものでも楽しめるのかもしれないけど、どうせならもっと観る甲斐があるような面白い動画を見せたいなぁ……。

 わたしがそう言ったら、クランツが素晴らしい提案をしてくれた。



「スミレの目に映ったものを何でも見られるのであれば、物件を下見していた時の様子を見せたらどうです? あなたがどんなところに住むのか、皆さんも知りたいでしょう」


「それいいですね! クランツさん、その案いただきます!!」



 確かにそうだ、わたしが住居に選んだ場所を見せれば後見人の彼らも安心するかもしれないし、ブルーノやレイグラーフが見たら防犯上の問題点や何かしら手を入れた方がよさそうな箇所があるかもしれない。

 気になるところがあれば早めに対処できるから、そういう意味でもいい案だ。

 わたしがいかにあの池の借景を気に入ったかを彼らにも伝えたいけれど、また笑われてしまうかもしれないからあまり熱く語りすぎないように気を付けよう。




 離宮に戻ると、侍女のファンヌが服飾関連の注文は明後日に決まったと教えてくれた。

 一日がかりになると聞いているし、今日の家具や生活用品の一斉注文も大変だったことを考えれば、衣類や靴は細かい注文になるから相当大変だろう。

 気合いを入れて臨まないとと疲れた頭でぼんやりと考えながら、いつもより遅くなった夕食をもそもそと食べた。


 そして、お風呂から出たらさっそく動画を観ながら店巡りで見て来た品物の価格をチェックしようと思っていたのに、よほど疲れていたのか、風呂上りに少しだけのつもりでベッドに横になったわたしはそのまま朝までぐっすり眠ってしまったのだった。

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