第11話 物件を下見する
GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ブルーノに護身方法の構築をお願いした翌日は、魔王の側近のカシュパルと物件の下見に城下町へ出掛けた。
近衛兵のクランツも護衛として同行してくれている。
たった二日でもう物件を見つけて来たの!?と驚いたが、何と候補は3件もあるそうで、お勧め順に見ていく予定らしい。
驚いたといえば、城下町への移動手段が馬車だったのにも驚いた。
魔族国に来た時は境界門から城までの移動には転移陣を使ったし、今まで離宮がある城の領域から外へは出たことがなかったので知らなかったのだ。
何でも、城や城下町のある王都では全部族にヒト型化と衣類の着用が義務付けられているそうで、馬車による移動はその影響らしい。
もっとも、魔人族は常態がヒト型なので実質対象外らしいけれど。
ヒト型化とひと口に言っても部族や種族によってもいろいろで、更に個人差もあるためサイズと概ねの容貌がヒト型の範疇に納まればよいのだそうだ。
馬車の窓から外を見ていると、確かに角やしっぽが出ている獣人族や首のあたりに鱗が見えている竜人族が往来を歩いているのが見える。
クランツはまだこの世界に馴染んでないわたしの前では角をしまっているが、角は羊系獣人族の男の誇りだからと普段は角を出して過ごしているらしい。
赤味の強い茶色の目に日焼けした肌を持つクランツにビッグホーン系のいかつい角が生えていたら、確かにかっこいいだろう。
緩くウェーブしたベージュ色の髪と端正な顔立ちから美形の印象の方が強いけれど、本人には野性味あふれる男らしさの方が大事なようだ。
自慢の角をしまわせてしまって申し訳ないなと一瞬思ったが、伝えるべきは謝罪ではないと思い直し、クランツの気遣いに感謝を伝えた。
ヒト型の義務化は建物のサイズと様式を一定にするためだと聞き、確かにそうでもしなければ生態が著しく異なる全部族・全種族に対応できる建物を作るのは難しいだろうと納得した。
それに、街なかを大型獣が高速で走っていたり、岩性の精霊族が岩の姿でゴロゴロ転がっていたら危ないしね……。
わたしがそう言ったら、竜人族のカシュパルは竜化したら城下町の道は狭くて走りにくいから、竜人族なら空を飛ぶだろうと言った。
ほっそりとした彼が竜化した姿はちょっと想像がつかないなぁ……。
竜人族は肌が白く目は赤色で、種族の色が髪に現れるのだそうで、カシュパルの髪色が深い青色なのは青竜だからだと知った。
種族によって相性のいいエレメンタルが異なるそうで、青竜は風のエレメンタルと相性がいいらしい。
青竜の他にどんな種族がいるのか聞こうとしたところで馬車が止まり、目的地に到着したと告げられたので、続きはまた次の機会に聞こうと思う。
馬車から降りたところにあったのは2階建てのテラスハウスだった。
連なった4軒のうち、正面から見て右から2軒目が候補物件のようで、玄関ドアの脇に管理人と思しき竜人族の男性が立っている。
先ほど聞いた話からすると黒竜であろうその男性は、どうやらカシュパルと面識があるようで、親し気に挨拶を交わすとわたしたちを建物の中に招き入れた。
入ったところは家具のないガランとした広めの部屋で、ここが店舗部分になるんだと思うと一気にテンションが上がる。
奥へ繋がる開口部から出ると二階へ上がる階段と廊下があり、廊下脇にトイレと物置があった。
廊下の先にはダイニングとキッチンがあり、二つの部屋は開口部で繋がっていて使いやすそうだ。
しかもキッチンにはパントリーがついている。
2階には階段沿いの廊下脇にお風呂と洗面所とトイレをまとめたユニットバスと物置があり、それらを間に挟んだ両側に一室ずつ部屋があるそうで、表の道路に面した部屋が寝室、裏手に面した部屋が居間となるらしい。
説明を聞きながら階段を上がった先にある裏手側の部屋に入った瞬間、窓から見えた景色にわたしは思わず声を上げた。
「わぁっ、池だ! 素敵ですね。向こうのお屋敷のお庭ですか?」
「そうだよ。屋敷側からだとこの池は奥まった場所にあるからあまり見えなかったんだけど、こうして近くで見ると確かに美しいね」
窓から下を見るとレンガ塀で囲まれたテラスハウス各戸の狭い裏庭があり、壁沿いの路地を挟んだ向こう側のフェンス越しに池が見えていて、更にその奥には広々とした庭と大きなお屋敷があった。
カシュパルの話によると、フェンスの向こう側に見えるのはこのテラスハウスの大家さんのお屋敷で、物件の案内をしてくれている男性はそのお屋敷の執事なんだそうだ。
竜人族の中でも有力な人物である大家さんは大きな商会の主でもあって、顔が広いため何かと世話になることが多いらしく、王都に住むことになった竜人族は必ず一度はこの屋敷に顔を出すのだという。
それで竜人族のカシュパルもお屋敷に出入りしたことがあって、執事さんと面識があるのだろう。
それにしても素敵な庭だ。特に池が最高で、水面にスイレン、水際に柳だなんて素敵すぎる!!
よそのお宅の庭とはいえ窓からこれだけの借景を楽しめるなんて、何という優良物件だろうか。
わたしは海や川などの水辺が好きで、離宮でもよく庭の池を眺めたり池のほとりで過ごしたりして癒されていたから、城下町で暮らすとなれば水辺不足になるかもしれないと少し残念に思っていた。
だけど、この家なら毎日こんなに素敵な景色を楽しめる!!
「……カシュパルさん、わたしこの家がいいです。ここに決めさせてください」
「まだ一軒しか見てないのに決めてしまっていいのかい? ここは城下町の中でも一番古い区域だから、建物も古くて手狭な上に設備も旧式なんだけど」
「かまいません。古いと言っても気になるほどではありませんでしたし、わたしには十分すぎる程の広さですよ。何よりこの窓からの景色が最高です。こんなに素敵なお庭が一望できるなんて……もう、ここ一択です! お勧め順に案内するということでしたから、カシュパルさんもここが一番だと思っているんでしょう?」
「まぁね。大家は文句なしに信頼の置ける人物だし、他の条件的にも魔王の指示を満たしてるから、確かにここが一押しの物件ではあるんだ」
「それならここに決めてください! お願いします!!」
わたしがあまりに必死に頼み込む姿がおかしかったのか、カシュパルがくすくすと笑い出した。
笑うことないじゃないかとわたしが唇をとがらせると、今度はクランツまで笑い出した。
彼らが言うには、これまで何かと遠慮ばかりしていたわたしが初めてねだった理由が借景だったというのがおかしかったらしい。
執事さんもにこにこしてわたしたちのやり取りを見ている。
……いい歳をしてはしゃぎすぎたかな……ちょっと恥ずかしい。
でも嬉しかったんだもの。
わたしにとって水辺の癒しは重要なんだよ。
わたしの願いを承諾すると、カシュパルが風の精霊を呼び出してどこかへメッセージを飛ばした。
何でも、あらかじめ内装屋に連絡してあったそうで、この物件に決定したのであれば、さっさと業者を呼び出して内装の注文をしてしまおうということらしい。
内装屋が到着するまでの間、執事さんが建物や設備について詳しく説明をしてくれた。
古いとカシュパルは言ったが、使い込まれた感じの床や壁材はいい風合いをしているし、水場なども薄汚れた感じはまったくないのでわたし的には無問題だ。
前の住人が置いていったという家具が数点あったが古くてガタついていたため、もったいないからそれを使うという選択肢はカシュパルに却下された。
使わない家具は執事さんが手配して処分するそうだ。
そうこうしている内に内装屋がやって来た。
木工職人と思しき男性と内装のコーディネートを担当するという女性、精霊族の二人組だ。
彼らと共に部屋を見ながら、必要な家具や生活用品を伝えていく。
この世界での一人暮らしに何が必要で何が不要なのかは実際に生活を始めてみないとわからないので、家具は必要最小限にしてもらった。
これは遠慮ではなくて、家具のような大きな物を持て余すことになったら厄介だからと説明したら、カシュパルも納得したようだ。
1階の店舗部分に応接セットを入れることにしたし、ダイニングのテーブルもあることだから、来客があっても1階だけで事足りるだろう。
2階には誰も上げず完全なプライベート空間にできるなら、階段の手前で靴を脱いで、そこから先は土足禁止にしてしまおうか。
離宮では屋内は内履きに履き替えていたし、絨毯の上に直で座り込めるエリアがあって足を伸ばしてくつろぐこともできたから、日本人のわたしにとってはとてもありがたい生活様式だった。
できればここでも同じようにして暮らしたい。
わたしがそう言ったら、コーディネーターの女性が絨毯や足ふきマットも手配しましょうと言ってくれた。
ついでに、床材が落ち着いたダークブラウンだったので、内装のカラーも落ち着いた色合いにしてもらえるよう伝える。
特に店舗部分は若い女性の店だと勘違いされても困るので、浮ついた感じにならないようにしてもらいたいのだ。
タオルやリネンなどの生活用品を注文している時に、この内装屋はコーディネートの一環として食器や調理器具なども取り扱っているから、まとめて注文してはどうかとカシュパルに勧められたが、それは実際に暮らし始めてから少しずつ揃えたいと言って断った。
自炊するつもりではいるけれど、状況によっては外食オンリーになる可能性もあるし、あちこちお店を覗いては気に入ったものを少しずつ買い揃えていくのも一人暮らしの楽しみの一つだと思う。
だってわたしのお城なんだもの。
ああ、食器選びを想像しただけでワクワクしてしまうな!
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