第10話 メッセージの魔術とブルーノへの依頼

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 メッセージの魔術は風の精霊を呼び出して行う。


 ネトゲ仕様にもメールとチャットの機能があり、メールの方はメッセージの魔術と同じように風の精霊が運んでくれるのだが、チャットの方は受け手の問題があるのか機能しなかった。

 人前で使用することを考えたら普段からメッセージは魔術で行うようにしておいた方がいいとレイグラーフが言うので、ネトゲ仕様のメールは封印するつもりだ。


 風の精霊にメッセージを預ける方法には声で伝えるものと、葉っぱのような小さく薄い紙にメモ書き程度の文章を書く2種類がある。

 異世界の言語はネトゲ仕様の翻訳機能で日本語に変換されているのか、聞くのも話すのも読み書きも問題なくできるので不自由はない。

 新たな言語を習得するという大変な目に遭わずに済んで本当に良かった。



「それでは、試しに魔王へメッセージを送ってみましょうか」



 レイグラーフにそう言われたわたしは風の精霊を呼び出し、「すみれです。メッセージの魔術を習いました」と魔王宛の伝言を頼んだ。

 精霊は伝言を預かるとわたしに向かってニパーッと笑い、くるりと一回転すると姿を消した。

 うは、可愛い。


 精霊が消えた後になって、魔王は執務中だろうにメッセージを送ってよかったんだろうかという疑問が浮かび、仕事を邪魔したかもしれないと不安になったが、レイグラーフが送れと言ったのだからたぶん大丈夫なんだろうと思うことにする。

 こういう気遣いや心配も、きっと魔族の人たちは喜ばないだろうし。


 そんなことを考えていたら精霊が戻ってきて、《今度はメモで送ってみろ》という魔王からの伝言を聞かせてくれた。

 メモでの送り方はというと、精霊が葉っぱ型のメモ用紙とペンを差し出してくるので、それにちょいちょいと認めるのだ。

 『初メモです いつもありがとうございます すみれ』と書いて精霊に渡すと、パッと姿を消した。

 そして再び戻ってきた精霊から渡されたメモには『お前の初メモは記念に取っておく ルードヴィグ』と書かれていた。


 何これめちゃくちゃ照れるんだけど!! 天然? 天然なの?

 魔王って普段寡黙だから意識してなかったけど何気に女殺しだよね、そういえばわたしが失語状態になった時にはお膝抱っこしてくれてたし、何かと甘々だし。

 うひゃあ、今頃になって照れてきたーッ!!

 ちょっと今顔真っ赤なんじゃないのわたし!!?



「ああぁ、しまった! 私もスミレの初メモが欲しかった……」


「何言ってるんですかレイグラーフさん! というか、横から覗き見しないでくださいよ。……魔王陛下のお名前、初めて知りました。ルード、ヴィ、グっていうんですね。ちょっと読みづらいな~」


「スミレの前では魔王としか呼んでいませんでしたか? くつろいでいる場では、たいてい呼び捨てかルードと呼ばれていますよ」


「えっ、魔王なのに!?」



 レイグラーフが言うには、魔族の間では「魔王」は役職という認識が強く、便宜上「王」となっているものの、魔族国の代表という意味合いが強いのだそうだ。


 魔族国は複数の部族による連合国で、合議制で運営されている。

 国の最高決定機関は部族長会議で、厳密に言うとルードヴィグは魔人族の部族長であり、本来は会議のメンバーの一人にすぎない。

 だが、個性の強い部族が多い中で最も調整力が高いのが魔人族であるため、他の部族長たちから部族長会議の議長として「魔王」を委任されていて、それが建国以来代々続いているのだそうだ。

 そのため、魔人族の次期部族長選出は候補者選びの段階から部族長会議に諮られるし、他部族の長の意見も容れられるため、事実上「魔王」は合議制で選出されていると言える。


 皆が納得していて、長きに渡りそれに従っている。何という健全な連合国の有りようだろう。

 わたしが感心してそう言うと、遥か昔には部族同士の対立もあったが、強い個性を持つ魔族同士、互いの得手不得手を補い合う方がより豊かに暮らせると気付き、一つの国としてまとまったのだとレイグラーフが言った。

 なるほどねぇ……と納得しているうちに、今日の講義時間が終わりを迎えた。


 メッセージの魔術の実技をしていたのに随分と話がズレてしまったが、魔族国の成り立ちの根幹に関わる話を聞くことができてよかったと思う。

 う~ん、やっぱり座学ももっとやってもらいたいなぁ。

 早く魔術の実技を修められるように頑張らなくちゃ。



 そして、講義が終わったので、わたしの護身方法に関するクランツの提案についてレイグラーフに相談してみた。



「なるほど……戦闘とまではいかなくても、魔法や魔術を使って身の安全を確保できるように練習しておけば確かに安心できますね。一度ブルーノに相談してみるといいですよ。ブルーノは戦闘能力や魔力も高いのですが、彼の真骨頂はその用兵だと言われています。きっとスミレの能力に見合った護身方法を考えてくれますよ」



 さっそくアポを取ってみるように言われ、習いたての魔術でブルーノにメッセージを送ってみる。

 今回は声のメッセージで送ってみよう。



「すみれです。わたしに合った護身方法を見つけたいので、お時間のある時に相談に乗ってもらえませんか?」


《明日の午後でよければ付き合ってやる。この前の表みたいにお前にできることを全部書き出しとけ。あと、言葉がまだ固いぞ》



 声のメッセージはすぐに返事が返ってくることが多いらしいが、ブルーノの返事も敬語のダメ出し付きですぐに届いた。

 将軍であるブルーノの周囲には誰かしら人がいるだろうと思い、魔法や魔法具という言葉を使わずにメッセージを送ったのだが、その意を汲んでくれたようで関係者しか知らない事柄についてはブルーノも触れていない。


 ネトゲ仕様などのわたし独自の能力について知っているのは、昨日の話し合いの場にいた5名に近衛兵のクランツを含めた6名だけで、今のところこれ以上増やさないようにと魔王に言われている。

 わたしが聖女だと知っている侍女にも明かす気はないらしい。

 聖女というだけでも価値が高いと見なされるのに、他にも有用な能力を持っていると知られたらわたしの身が危うくなる可能性があると彼らは案じているのだ。

 離宮での生活の中では侍女や下働き、クランツ以外の護衛に知られないよう気を付けるだけでよかったが、城下町へ出たら気を付ける範囲はぐっと広がる。

 普段から気を引き締めておかなければ、と肝に銘じておく。




 翌日の午後までにわたしは自分が使える魔法と魔術の一覧表を作っておき、約束通り離宮に来てくれたブルーノにスクリーンで表示し、実際に魔法を使ってみせたところ、彼は鮮やかな青い目を輝かせた。



「ほほ~~っ、魔法ってヤツはおもしれーなぁ!」



 実は、以前レイグラーフに頼まれて魔法を使った時に判明したことだが、魔法の呪文の詠唱は何故かわたし以外の人には聞こえないのだ。

 しかも、アイテム一覧表の文字はすべて彼らの言語に変換されていたようだったのに、呪文と同一の文言である魔法名の文字だけは何故か日本語のまま表示されているようでブルーノには読めないらしい。

 魔法についての説明文は変換されているのか読めるらしく、別シートにまとめた魔術の方はすべて普通に変換されているというから不思議だ。

 でも、わたしがどの魔法のことを言っているのか通じないと言いたいことが伝わらなくて困る。

 そこで試行錯誤してみたところ、呪文名を漢字ではなくカタカナでイメージしながら口にしたら、彼らの言語に変換されたようで突然通じるようになった。


 何がどう違うのかわからないが、翻訳の法則性の謎についてはレイグラーフに丸投げすればいいと言って、ブルーノはわたしにあれこれと魔法を使わせては、その効果や使用条件などの確認作業を進めていく。

 そして、ブルーノの検証により、操作方法によって魔法の起動速度に違いがあることがわかってきた。


 魔法や魔術の起動には3種類の方法があり、バーチャルなウィンドウ上の呪文名を視線や指でタップするか、バーチャル画面上のキーパッドで操作するか、ボイスで起動するかのどれでも可能だが、コントローラーや実物のキーボードがない現状ではボイスでの起動が一番早いようだ。

 つまり、呪文の詠唱が最速ということになる。

 魔法や魔術の名称と呪文はカスタマイズ可能なので、その効果を端的に表す短い語句へわたしが変更した影響もあるのだろう。

 名称と呪文は同一の文言にしておいたので詠唱し間違えることもないはずだ。



「……だいたいこんなところだな。それぞれの魔法については概ね把握した。有効策を考えるから数日待ってろ」


「ありがとうございました。ご多忙のところを申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします」



 ネトゲをプレイしていた時には一応戦闘もしていたし、魔法を含むネトゲ仕様の機能を一番把握しているのはわたしなんだから、本当はこの護身方法も自分で考えるべきだとは思う。

 だけど、想定される相手の魔族のことをよく知らないわたしにはどういう戦法が有効なのかもわからないから、今はブルーノの厚意に甘えさせてもらうのが一番確実なのだ。


 そう思って恐縮しながらお礼を言ったら、ブルーノにデコピンされた。

 あうぅ、また遠慮の気持ちが言葉に出てしまったか。

 まだまだコロッと忘れてしまうなぁ……。



「見たこともねぇ術を使った戦法を考える、こんな楽しいことが他にあるかよ。お前は余計な気を回さなくていい。そんなことより、今度来る時は俺が考えた護身方法を特訓するからな。音を上げるんじゃねぇぞ? あと、言葉が固いって言ってるだろ? ほれ、言い直してみろ」



 そう言ってひとしきりわたしをからかった後、豪快に笑いながらブルーノは帰っていった。



 ブルーノもレイグラーフも楽しいからやってるんだと言ってくれる。

 わたしへの気遣いもあるんだろうけれど、それだけじゃなく彼らが本当に楽しそうなので、何だかわたしの方までウキウキしてしまう。

 特訓の様子を想像するとちょっと怖いが、ブルーノがどんな護身方法を考えてくれるのかとても楽しみだ。

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