第9話 一人暮らしと雑貨屋開業の準備開始

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。初日の今日は毎回3話ずつ投稿!


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 魔王から一人暮らしと雑貨屋開業の許可が下りた翌日から、魔王が言ったとおりわたしの離宮での生活は急に忙しくなった。


 まずは、翌朝一番に魔王の側近のスティーグが侍女を伴って現れ、昨日魔王に命じられた内容を侍女と下働きに通達してきたと聞かされた。

 スティーグはわたしがこの離宮に来た時からお世話係を担っている魔人族の男性で、これまでもわたしの要望を聞いては各方面の調整をしてくれた人だ。

 髪や目の色がカラフルな魔族が多い中、茶色の髪に緑色の目という普通の外国人のような風貌のせいか、初期からあまり緊張せずに話せた貴重な人物でもある。


 スティーグによると、この魔族国での家事全般のやり方や生活上のさまざまな知識を侍女と下働きの女性たちから教えてもらえることになったらしい。

 ただし、侍女はわたしが異世界から召喚された聖女であることを知っているが、下働きたちはわたしのことを庇護を求めて来た人族の女だとしか聞かされていないそうなので、わたしが聖女であるとバレないよう気を付けなければならない。

 更に、ネトゲ仕様のことは侍女にも知らせていないので言動には注意が必要だ。

 侍女も下働きたちも普段の仕事があるし、わたしもいろんな準備やレイグラーフの講義があるから、双方の空き時間を利用して少しずつ教わることになった。



 それから、街着と仕事着を誂える件についても話をした。

 街着というのは城や城下町がある王都で着る一般的な服装のことで、普段着のことを指すようだ。

 今着ているのは離宮に来た時に用意されたかなりゴージャスなものだが、街着と仕事着はこれよりシンプルで動きやすいものらしい。


 今みたいな服では仕事や家事なんてできないと思っていたから安心したが、それもつかの間、仕立て屋が布地を持って来た時にすべての服の発注をするから一日がかりになると言われて驚いた。

 一体何着仕立てる気!? この世界にはオートクチュールしかないの!? とわたしが焦っていたら、3分の2くらいは既製服から選ぶと聞いてホッとした。

 時間がかかるのは一から採寸するためと服屋と靴屋も来るからで、服だけでなく靴から小物類まですべてをひと通り選ぶのにはかなりの時間がかかるからだと侍女が言う。


 まぁ、わたしも女だし、服選びにそれなりに時間がかかるというのはわかる。

 だけど、贅沢をするつもりはないのでそんなに数はいらないとわたしが言うと、呆れたような顔をしたスティーグにこう言われた。



「あのねぇ、スミレさん。あなたをみすぼらしい支度で送り出すなんてことをあの魔王が許すと思いますか?」


「それは……思いませんけど……、でもスティーグさん! 雑貨屋が軌道に乗るまでにどのくらいかかるかわかりませんし、所持金のこともありますから、わたしとしてはなるべく初期費用を抑えておきたいんですよ」


「所持金に、初期費用? ……あなた、もしかして支度にかかる費用を自分で支払うつもりなのですか!?」


「当然じゃないですか。わたしの一人暮らしと雑貨屋開業のための費用ですよ? わたし以外の誰が支払うって言うんですか」



 相手の言っている意味がわからない、そんな表情でわたしとスティーグは互いの顔を見合わせた。


 スティーグは、支度にかかる費用は魔王が支払うのでわたしが心配する必要はないと言う。

 魔族社会では独り立ちする者の支度は部族がするもので、わたしの支度を庇護者の魔王が面倒を見るのは当然のことなのだそうだ。

 わたしの支度がみすぼらしければ恥をかくのは魔王だとスティーグに諭すように言われれば、郷に入れば郷に従えという教えが染みついている日本人としては受け入れざるを得ない……。


 だけど、頭では理解してもわたしは途方に暮れてしまった。

 服だけでもたくさん注文することになりそうな雰囲気なのに、店舗兼自宅の準備も考えたら一体どれだけの費用がかかることか。



「これまでも散々お世話になってきた上に自活したいという我儘まで許していただいたというのに、費用まで持っていただくなんて申し訳なさすぎますよ。わたし、受けた恩をどうやってお返ししたらいいんでしょう……」


「あなたの国の考え方は我々とは相当に違うのですねぇ。恩を返したいのなら、立派に独り立ちして幸せになることです。魔王はそれを一番喜ぶでしょうから」



 スティーグはそう言ってくれたが、すんなりとは呑み込めなかった。

 口には出さないけれど、わたしは聖女という役割を拒絶しているのにと後ろめたく思う気持ちがある。

 でも、スティーグが帰った後で護衛のクランツにも尋ねてみたら、やはり同じようなことを言われた。

 クランツは昨日の魔王たちとの会合のために城へ出向いた時の送迎をしてくれた近衛兵で、元々は魔王付きだったのだが今は離宮でわたしの護衛を専任で務めている羊系獣人族だ。

 羊と言ってもふわもこな家畜系ではなく、ビッグホーンなどの野性味溢れるいかつい系らしい。


 クランツはスティーグよりも更に手厳しくて、魔王の厚意を固辞されるのは傍で聞いていてもいい気持ちがしない、常識や感覚が違うとわかってはいるが早く慣れた方がいいと言われてしまった。

 この魔族国では日本人的な遠慮は美徳ではないんだな……。

 魔王だけでなく、お世話になっている魔族国の人たちにも不快な思いをさせたくないし、礼を失するようなこともしたくない。それなら、彼らの価値観に合わせていかないと。

 心苦しさは自分の中だけに留め、遠慮するより感謝の気持ちを伝えていくことにしようと、わたしは気持ちを切り替えることにした。



 切り替えついでに、クランツにお願いをしてみる。

 簡単なものでいいので、わたしに護身術を教えてもらいたいのだ。

 ブルーノやレイグラーフが心配していたように城下町には恋愛を自由に楽しむ男性が多くいるのなら、物珍しさから人族のわたしにも声を掛けてくる人がいるかもしれない。

 妙な絡まれ方をした時の対処法を身につけておきたいと考えてのお願いだったのだが、快く引き受けてくれたクランツと離宮の庭で何度か組手のようなものをしてみたところ、まったく役に立つとは思えない出来だった。



「ううぅ……。クランツさん、正直なところを聞かせてください。今はこんな有様ですが、練習すれば魔族の方々に通用するようになると思いますか?」


「思いません。むしろ、下手に抵抗するとケガをしそうですし、何もしない方がマシなのでは?」



 クランツは実にいい笑顔でそう言い切った。

 彼は時々こんな風にわたしをからかったり皮肉を言ったりする。

 近衛兵なだけあって美形なので笑顔自体は素敵だが、言われた内容はムカつくので素直にじとっとした目を向け抗議しておく。

 でも、困ったな。何かしら身を守る術が欲しいんだけど……。

 魔法具にスタンガンのようなものでもあればよかったのに。


 わたしがそう考えていたら、ブルーノやレイグラーフに相談してみてはどうかとクランツに言われた。

 わたしにネトゲ仕様の特異な能力があることはクランツも知っているのだが、それらの能力を駆使したわたし独自の護身方法を編み出した方がいいという彼の助言に、それは確かにそうかもしれないと思った。

 生兵法は大怪我の元と言うし、何の訓練もしていないわたしが下手に武術めいたことをするよりはそちらの方が安全そうだ。

 講義が終わったらレイグラーフに相談してみよう。



 レイグラーフの講義では今日から魔術の訓練をすることになった。

 魔術以外の座学も必要だからやりたいそうなのだが、わたしが城下町へ出るまでに魔術をある程度使えるようにするには圧倒的に時間が足りないらしい。

 かなりの詰め込み教育になるから、少しも聞き漏らさず必死について来るようにと真顔で言われて、正直ビビッてしまった。

 そこまで切羽詰まって勉強するのは、受験勉強に明け暮れていた高校生の時以来じゃないだろうか。

 でも、魔族社会で生きていくには魔術は必須で、城下町での一人暮らしを希望する以上はわたしも絶対に習得しなければならないのだ。



「ネトゲ仕様を使うなら、ウィンドウを開いて呪文をタップするだけだから簡単なんですけどね……」


「離宮の中で限られた人間と接するだけならそれでもいいでしょう。ですが、城下町で暮らすのなら人前でも魔術を使うことになります。呪文の詠唱がなければ周囲の目には不自然に映りますから、詠唱で魔術を使えるようになっておかないと拙いのですよ」



 城下町で聖女としてではなく魔王の庇護を受けたただの人族として暮らすなら、なるべく目立たぬよう、不審の目を向けられないように振る舞っておくに越したことはないとレイグラーフは言う。

 理由を聞けば至極ごもっともな話だったので、わたしは気合いを入れて魔術の訓練に臨んだ。



 最初に教えてもらうのは風の精霊を使ったメッセージの魔術だ。

 この魔術を最初に習うのは、使用頻度が高いことと失敗した時の被害がほとんどないこと、そして精霊の使い方を覚えるのに最適だからだとレイグラーフは解説してくれた。


 エレメンタルを素とする魔術は精霊をうまく使えるかどうかが肝だという。

 魔族は生まれた時から精霊が身近にいる環境で育っているから精霊に慣れ親しんでいるが、精霊と接することなく育ったわたしは精霊と馴染むところから始めなければならないだろう。

 そう考えたレイグラーフがわたし用に特別な授業計画を用意してくれたらしい。

 忙しいだろうに手間をかけさせて申し訳ないなぁと考えていたら、顔に出ていたのかレイグラーフに悲しそうな顔をされてしまった。



「スミレ、余計なことを考えていたでしょう?」


「あっ、……すみません」



 先程クランツに指摘されたばかりなのに、また遠慮で相手に不快な思いをさせてしまったようだ。

 切り替えようと心に決めたはずなのに、染みついた習性というのは手強いものだなぁ……。



「異世界から来たあなたの持つ能力、知見は本当に興味深く、私の好奇心を刺激してくれます。あなたの世話を焼くことはその能力、知見をより深く知る機会を得られるということで、喜びこそすれ私が負担に思うことはありません。ねぇスミレ。お願いですからそんなに申し訳なさそうな顔をしないで、私の好きなようにやらせてくれませんか? 私は今、新しい知見を得るのが楽しくて楽しくて仕方がないんですよ」



 レイグラーフは真面目な顔でわたしにそう懇願した。

 好奇心からとは言え、わたしのために一生懸命手を尽くしてくれている人に悲しい顔なんてさせたくない。

 ここは日本じゃなく魔族国で、遠慮は美徳じゃないんだから。


 わたしはレイグラーフにお礼を言うと、魔術の訓練を目一杯頑張ることを笑顔で約束した。

 今は魔術を身につけることだけを考えよう。

 第一、魔術だよ魔術!

 憧れのファンタジーを楽しまなきゃ。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇


初日の特盛投稿はここまで!(明日からは1話ずつ投稿)

5/6までは1日3回(6時、12時、18時)投稿します。

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