第8話 【閑話】魔王と将軍と院長の会話

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。初日の今日は毎回3話ずつ投稿!


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 話し合いが終わり、近衛兵にスミレを離宮まで送るよう魔王が命じる。

 スミレが退室すると、ブルーノとレイグラーフは魔王に詰め寄った。



「なぁ、ルードヴィグ。スミレの手前ああは言ったが、お前、本当にスミレを城から出す気か? お前がマメに面倒を見ていると聞いていたから、俺はてっきりそばに置くつもりなんだと思ってたんだが。気に入ってるんだろ?」


「スミレのことなら私だって気に入ってますよ」


「何でそこでお前が張り合うんだよ」


「好奇心が旺盛で学習に意欲的な教え子が可愛くないわけないじゃないですか。私は反対です。スミレは聖女なんですから誰かに狙われるかもしれません。城下に出すなんて心配で心配で……。今からでも止めましょうよ、ルード」



 人族の国では聖女は人族に属するものだと思い込んでいるようだが、本来聖女とは人も魔も区別なく癒す存在だ。

 その強大な癒しの力は魔族にとっても利用価値は非常に高いと言える。



「だが、スミレは働いて自活したいと言ってるんだ。離宮暮らしのままじゃ納得しねぇだろうよ」


「住まいを離宮から官舎に移して、城か研究院か魔族軍に職を用意したらいいじゃないですか。自分がやれる範囲で職を考えた結果思いついたのが雑貨屋だっただけのようですし、他の職を提示したら気が変わるかもしれません。彼女は聖女ですから魔素の循環異常を癒せます。強大な癒しの力を持つスミレにしかできない仕事はいくらでも」


「やめろ、レイ。あれに聖女の役割を負わせるつもりはない」



 魔王が少し語気を強めてレイグラーフの言葉を遮った。

 二人が驚いた顔で魔王を見る。



「スミレを聖女として扱わないのか? 部族長会議には聖女として報告してあるのに?」


「スミレにとって聖女とは忌むべきもの。この世界の者によって一方的に押し付けられた力だ。いかに強大な力であろうと、授かったと感じられるものではない」



 魔王の言葉にレイグラーフは目を伏せる。

 スミレが魔王に庇護を求めてきた時の聴取でイスフェルトの者たちの振る舞いを聞いたが、惨い内容であるにもかかわらず無表情で淡々と語るスミレの姿に、レイグラーフは却ってその傷の深さを見たように思った。

 自分たちが召喚した聖女なら丁重に扱うのが当然だろうに、それとは真逆の行為を受けた彼女が聖女という存在に忌諱感を覚えるのも無理はない。



「個人的な怒りの感情で魔法陣を破壊したことで世界の理を歪めたかもしれないと己を責めてもいる。本人が望まぬ限り聖女の役割を負わせるつもりはない。この世界で暮らすうちに考えが変わり、聖女として力を振るう気になったらその時にまた考えればいい」



 スミレが自責の念に駆られているとは知らなかった。

 ブルーノは「なるほどな」と言いながら、しかし魔王に疑問を呈す。



「だが、それで部族長らが納得するか? 魔素の循環異常も聖女がいれば魔族軍の負担は激減する。聖女の存在が公になれば、兵からは不満が出るぞ?」


「魔素の循環異常を精霊の大量投下で凌いできましたが、そのためにかかる精霊族の負担は大きい。私たちの長は聖女を魔族国で庇護できたことを殊の外喜んでいました。私個人としてはスミレの心を優先したいですが、どうなることか……」



 ブルーノに続いてレイグラーフも懸念を示した。

 だが、魔王は平然と言い返す。



「イスフェルトの二の舞になりたいかと問えば、部族長らは否と答えるだろう。聖女召喚の魔法陣が消失した今、スミレは最後の聖女だ。魔素の循環異常が起こってない現状で無理を強いるのは得策ではない」


「なるほど、そういう風に話を持って行けば部族長らも受け入れざるを得ないか。強大な魔力を持つ者を敵に回したくはないからな」


「……癒しの力は慈愛や献身の気持ちがないと効果が半減すると言います。スミレが聖女の存在に反発している状態では、却って循環異常に悪影響を与える可能性も考えられますね。危険ですから、検証が済むまではスミレの投入は見合わせた方が無難でしょう」


「ハハッ、それが研究院長の見解か。お前ら二人して、随分と肩入れしたもんだ」


「聖女召喚の魔法陣を破壊した功労者だ。丁重に扱って当然だろう」



 聖女とは強大な癒しの力を持つ存在だ。

 以前の聖女召喚の魔法陣は魔素の循環異常により土地や人に癒しが必要となった地域に出現しており、聖女を召喚すると消え、年月を隔ててまた別の場所に現れるといった具合に場所を移していた。

 しかし、ある時代に召喚されていた聖女が人族の王と結ばれ、何らかの手段で魔法陣を王の国に固定してしまう。

 それ以来、自然発生的に起こっていた聖女召喚はその国によって恣意的に行われるようになり、聖女の力を自国のためだけに使った結果、国は強大になり現在のイスフェルトとなった。


 聖女召喚の理が歪められた結果、魔素の循環異常を起こしている地域は手当てされずに放置され、その影響は魔族国の領域にも及んだ。

 精霊の大量投入など、主にエレメンタルの自然調整力を用いて魔素の循環を正常化することに成功した魔族国は、魔素の循環異常は世界に害をもたらすことになるからと、人族の領域であっても手当てを施していく方針を部族長会議で決定する。

 手当ての実行と世界全域での哨戒が必要になったため、魔族軍が創設された。



「聖女と召喚の魔法陣は世界という器を浄化するために世界そのものが生み出した存在なのではないか、というのが研究院の見解です。であれば、それが正しく作用しなくなっていた以上、破壊による消失もまた世界によって導かれた結末なのかもしれませんね……」


「聖女という存在がこの世界の魔素の循環に寄与しなくなって既に久しい。魔素の循環を歪にしていた魔法陣の固定化が解消されたのだ。魔法陣は消失したが、世界にとっては悪いことでもない」


「魔素の循環異常はこれまでどおり魔族軍で対応していけばいいと考えりゃ、確かに聖女召喚の魔法陣の消失は俺らにとってはさほど大きな問題じゃねぇわな」



 既に何度も魔素の循環異常の手当てを経験している魔族軍将軍のブルーノは、自信を持って言い切った。

 しかし、そうは言いつつも彼にはまだ懸念がある。

 魔王の方をチラリと見ると、ブルーノはぼそりと言った。



「……だが、聖女の役割を負わせないのはいいとしても、異世界人のスミレが特別な存在であることには変わりがない。安全面の懸念は消せねぇぞ」


「スミレが聖女だということは秘匿しているし、可能な限りの安全対策も取る。あれも自分で何かしら策を講じるだろう。危険を承知の上での願いだ、望むとおりにさせる。閉じ込める気はない」



 可愛がるのなら手元に置いて可愛がればいいものを、あくまで籠の外で羽ばたきながらさえずるのを愛でたいというのか。

 ブルーノがやれやれとばかりに肩をすくめると、魔王はソファーの肘掛けに頬杖をつき、窓の外を見ながら言葉を続けた。



「人族は寿命が短い。特にここ二、三百年の間に現れた聖女は短命で、記録によればすべて30代半ばで死亡となっていた。スミレに残された時間はごくわずかである可能性もある」



 聖女が早世する原因は激しい魔力消費を強いられているか、もしくは召喚の間隔が短くなっているせいではないかというのが研究院の見解だ。

 ブルーノとレイグラーフが魔王を見るが、魔王は暮れ始めた窓の外を見たまま、こちらに視線を向けてこない。



「安全な場所で穏やかに過ごすことを幸せとするならそれもよかろう。だがスミレの望みは自活だ。好きなようにやらせる。辛くなったら戻って来ればいい」


「……まったく。ルードヴィグ、お前、肩入れしすぎだぜ」


「あれを無理矢理この世界に固定したのはこの世界の者だ。我々がしたことではないが、この世界の者としてあの異世界人に埋め合わせをしてやらねばならぬ」



 魔王はそう言って口を噤んだ。

 ハァ、とこぼしたブルーノのため息がレイグラーフのものと重なる。

 スミレに施す講義の内容を実用に特化しろと魔王に命じられたレイグラーフは、具体的に何を教えていくか早急に考えなければならない。

 とりあえず、魔術の訓練は急務だ。

 日常生活の用はもちろん、身を守る術も増やせるだろう。


 魔王は気怠そうに頬杖をついたまま、まだ窓の外を見ている。

 今日の魔王は寡黙なコイツにしては随分と饒舌だったなと思いながら、ブルーノが魔王に声を掛けた。



「なぁ、ルードヴィグ。お前、染め粉で髪の色を変えたがってたよな」

「……それがどうした」



 魔王がこちらに顔を向け、ブルーノを見た。

 ブルーノはニヤリと笑いながら魔王に尋ねる。



「何色にしたかったんだ?」

「緋色」

「プッ。ありがちですね」

「案外普通だな、お前」

「放っておけ」

「ブルーノの金髪も普通でしたけどね」

「うるせぇ」



 初めて見た魔法具談議に花を咲かせた彼らが解散する頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。

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