第7話 魔王の許可と条件

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。初日の今日は毎回3話ずつ投稿!


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ブルーノとレイグラーフの説明を聞いて彼らの懸念は理解したものの、だからと言ってわたしは今のままの離宮での暮らしを続けようとは思えなかった。

 精神的に酷くダメージを受けていた頃のわたしにとってありがたい環境だったのは確かだし、人によっては「三食昼寝付き」と喜ぶかもしれない。

 だけど、メンタルが回復したのに何もせずぐーたらして過ごすのはわたしの性に合わないんだよね……。



 元の世界にいた頃のわたしは割と仕事を楽しんでいた。

 これといって恵まれた待遇ではなかったけれど、悲観する程劣悪な職場でもなかったし、上司や同僚との関係は比較的恵まれていた方だと思う。

 こつこつと努力を続けるくらいしか取り柄のないわたしでも、プロジェクトのリーダーを任された時には自分の努力をちゃんと見てくれる人がいるんだと嬉しく思ったし、自分の意欲を出力する先がより明確になったことに喜びを感じた。

 もちろん苦労も多かったし、嫌な思いをしたことも挙げだしたらキリがない程度にはある。

 それでもやりがいを感じていたから楽しかった。


 そんな風に仕事に没頭して充実感を覚えていったわたしはその分プライベートがおざなりで。学生時代はそれなりに恋愛事にも熱意を注いでいたけれど、社会人になり仕事が楽しくなるにつれてあまり彼氏にかまける気になれなくなり、次第に長続きしなくなっていった。

 面倒だからと数年前から合コンの誘いも断っていたし、最後の彼氏と別れた後は好きな人もできなかったため、この3年間は彼氏なし生活が続いていたが特に気にもならなかった。

 知人にスポーツジムで知り合った年配の独身女性がいて、その人がすごく素敵な人で同じ女性として憧れていたこともあり、彼女のような生き方もアリだなと考えるようになっていたからかもしれない。


 好きな人ができたら付き合えばいい、付き合った人と結婚したいと思ったらすればいい、そんな感じでいいじゃないか。

 年齢的に周囲からプレッシャーを与えられるようになって若干うんざりしていたけれど、そう考えるようになったら気が楽になり、肩の力も抜けた。

 頑なに結婚を拒むわけでもなく、仕事に執着するわけでもなく、フラットな気持ちで柔軟な自分でいたい。

 今は仕事を楽しもうと、人生というものに対して割と前向きな気持ちになっていたところで異世界に召喚されてしまったんだけども。



 先程の話からすると、この魔族国では人族のわたしに結婚や子作りを勧める人はまずいないだろう。

 そもそも、異世界人のわたしはこの世界の枠組みのどこにも属さないのだ。

 そういう意味では、わたしはとても自由に自分らしい生き方を選択することができる。

 勝手に召喚されたことも、自分の意思を無視してこの世界に固定されてしまったことも、わたしにとってはとても苦痛で不幸な出来事だった。でも、嘆いたところで何も変わらないのだったら、せめて好きなように生きていきたい。

 もちろん許される範囲内で、ということは弁えているつもりだけれど。



 わたしがそう言ったら、レイグラーフが「この世界での暮らしを前向きに考えられるところまで心身が回復したのですね」と言って喜んでくれた。

 聖女の癒しの力がわたし自身にも作用し続けていたのかもしれないと言われて、望んで得た力ではないから複雑な気持ちになった。それでも、心の傷が癒えつつあるのならそれは歓迎すべきことだとも思う。


 いずれにせよ、モラトリアム期間は十分に与えられたんだ。

 そろそろ次のステージへ進みたい。



「それで、わたしの一人暮らしのことなのですが……。魔王陛下もやはり反対でしょうか」


「いや、私は反対しない。一人暮らしも雑貨屋開業も許す」


「えっ」

「ちょっ」

「おい」



 魔王はあっさりとわたしに許可を出した。

 わたしも含め、魔王以外は全員驚きのあまり口をぽかんと開けてしまっている。

 今までの話し合いは何だったの? と言いたくなる程のあっさり具合だ。

 だったら最初にそう言ってくれたら話し合いはもっと短く済んだのに。


 もちろん無駄な話し合いだっただなんて思ってないし、聞いておく必要があることばかりだったけど。

 あまりのあっさり具合に脱力しかけたわたしを置き去りにして、魔王はいつもの寡黙さが嘘のように側近二人とブルーノ、レイグラーフに指示を畳み掛けていく。



「スミレ。店はどのくらいの広さが必要だ?」


「え……と、あまり広くなくていいです。防犯を考えたらあまり商品を並べておかない方がいいと思うので、カウンターと棚と展示台を1つずつ、あとは応接セットが置ける程度のこじんまりとしたお店で十分やっていけると考えています」


「そうか。カシュパル、安全な区域にあり身元のしっかりした貸主の物件をいくつか見繕え。できれば近所に女性が住んでいて、なるべく第三兵団の分屯地に近いところがいいだろう。家が決まったら一度スミレに見せてやれ。内装の職人を同行させて必要なものを揃えさせるように」

「了解」


「スティーグは侍女に命じてスミレの街着を誂えさせろ。城下町ではあまり目立たぬ方がいいだろうから、そのあたりを留意するよう念を押しておけ」

「はい、さっそく手配しましょう」

「うむ。ブルーノ」

「おう」

「家が決まり次第知らせるので、第三兵団から警邏けいらの担当を選んでおけ。人数は任せる」

「わかった」


「レイは講義の内容を実用に特化してやれ。お前の心配を解消できるよう頑張るのだな」

「ハァ……、わかりましたよ。善処しましょう」



 魔王が側近二人と将軍と院長へ具体的な指示を出した結果、あっという間にわたしの一人暮らしと雑貨屋開業は決定事項となってしまった。

 嬉しいけれど、あまりのスピード展開に「本当にこれでいいんだろうか」と一瞬不安がよぎる。

 でも、それは本当に一瞬で、すぐに嬉しい気持ちで胸がいっぱいになった。



「あの……ありがとうございます……!!」


「うむ。良い店になるといいな」


「はい!」


「希望があれば遠慮せずに何でも言うがいい。ああ、スティーグ。追加だ、侍女に命じろ。スミレ、侍女から家事や生活に関することも学んでおくといい。下働きにもいろいろと教えてもらえ」


「そうですね。この世界の料理や掃除や洗濯のやり方を覚えないと」


「細かいことをいろいろと詰めていく必要がある。忙しくなるぞ?」


「はいっ、頑張ります!」



 わたしが拳を握りしめて気合を入れると、わたしの隣に座っていたレイグラーフが深いため息を吐いた。



「まったくもう、スミレには甘いんですから……」


「プッ。それはお前もだろうが、レイグラーフ」


「ふむ。それではスミレに何か条件でも課すか?」


「ええぇっ、条件!?」



 せっかくトントン拍子で話が進んでいたのに、場合によっては糠喜びになってしまうの!?

 一体どんな条件を課せられるのかと焦るわたしに魔王が下したのは、ある意味とんでもない条件だった。



「ならば、スミレは今後我々に対して敬語の使用をやめるように」


「ヘッ? そそそそんなの無理ですよ! だって魔王に将軍に院長ですよ? 敬語なしでしゃべるなんて無理です無理です!!」



 慌てふためくわたしを見て、ブルーノとレイグラーフが笑い出した。

 そして、魔族は基本的に皆対等なので、敬語で話すのは長老クラスの年長者が相手の時くらいだと話してくれた。

 そういえば、側近のカシュパルは魔王に対して確かに敬語じゃないし、スティーグは丁寧語だけど単にそういう話し方をする人みたいだ。

 だけど、わたしにとって魔王は庇護者だし、レイグラーフは先生だし、ブルーノは結構年上に見えるし、突然タメ口で話せと言われても対処のしようがないよ!



「そう気負うことねぇぞ。魔王は単にお前を寛がせたいだけだ」


「そうですよ。あなたが城下町へ出るなら私たちはあなたの後見人です。より一層親しくなりたいですし、もっと甘えて欲しいのです」


「既に目一杯甘えさせていただいていると思うのですが……」


「ほら固い」

「真面目か」

「やり直し」


「ひえぇ……」



 レイグラーフもスティーグも丁寧語だと訴えたら、辛辣な物言いを誤魔化しているだけだと皆が知っているから彼らのは敬語に該当しないと言われた。そんな馬鹿な。

 その後何度もダメ出しをされたが、却って寛げないので慣れるまでもうしばらく猶予をくださいとお願いして何とか許しを得た。

 あまり嬉しくないけど、猶予なしよりはマシだろう。


 ううぅ、魔王は普段寡黙で気怠そうにしているくせに、急に突拍子もないことを言い出すなぁ。

 魔法具の話の時も染め粉で髪の色を変えたいなんて言い出したし……。

 とりあえずビジネスシーンで使うような敬語は封印して、丁寧語くらいの感じで話すように心掛けようと思う。

 努力しますよ、一応は!!



 ……ハァ。


 社長と常務と専務相手に平社員がタメ口で話せって言われたようなものだよ。

 普通に無理でしょ?


 ああぁ、気が重いぃ……。

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