第6話 一人暮らしを心配されるわけ
GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。初日の今日は毎回3話ずつ投稿!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「雑貨屋で扱う品物の確認はここまでとして……。次はスミレの自活について話し合いましょうか。スミレ、あなたから二人に説明してください」
「は、はい! あの、実は以前から考えていたことなのですが――」
レイグラーフに促されて、わたしは自活しようと思い至った経緯について話し始めた。
魔王の庇護の下、静かな離宮での生活を与えられてとても感謝しているけれど、元の世界で庶民の暮らしをしていた自分には何もかもを誰かに世話してもらう暮らしは非常に申し訳なく感じてしまうこと。
社会人として普通に働いてきたので、仕事もせずに毎日好きなことだけをしたりぼーっとして過ごしたりすることに、とてつもなく罪悪感があること。
レイグラーフの講義の中で魔族国は平和だと聞いて以来、城下町あたりでなら自分一人で働きながら暮らすことも可能なのではないかと思ったこと。
一人暮らしをする以上は何かしら職を得てお金を稼がなくてはならないが、異世界召喚時に得たネトゲ仕様の様々な機能やスキルを活かせば雑貨屋としてやっていけるのではと考えたこと。
まずはレイグラーフに相談してみようと思い立ち、講義前にレイグラーフに話し始めたら思わぬ反対を受け、魔王に報告することになり今に至るということを、過不足がないよう留意しながら彼らに一生懸命伝える。
ひと通りわたしの話を聞いた後、ソファに背中を預けて両腕を首の後ろで組んでいたブルーノが「ふぅ~ん」と言いながら軽く伸びをした。
「スミレの話を聞いてると、何ていうか、単独での生活を好む大型ネコ科の獣人族みたいだな。虎族や豹族の連中がそんな感じだぜ。集団生活を嫌うっつーか」
「言われてみれば、確かにそうですね。スミレの世界では親子で暮らし、子育てもパートナーと二人か自分一人で行うことが多いそうなので、親子関係は密接ですが周囲との関係性は一般的な魔族と比べるとかなり希薄な印象を受けました」
「我々は部族や種族ぐるみで子育てを行い集団生活を送るが、随分と違うのだな」
部族とは魔人族、竜人族、獣人族、精霊族といった同族集団による魔族内の大きな枠組みのことで、種族とは獣人族の狼系一族や精霊族の樹性一族といった部族内の細分化した同族集団を指す。
魔族は基本的に同族間でしか子供を授からない。
唯一の例外は人族で、人族との間なら稀に子を儲けることができるが、その子供は魔力も寿命も一般的な魔族と比べると半分以下で、実力主義の魔族社会では非常に肩身の狭い思いをすることになるのだそうだ。
それが哀れだからと、極力同族間で子を儲けるよう推奨されているという。
「だから俺たちは子を儲ける気になったら部族や種族の里に赴く。気に入った相手がいれば子作りをして、妊娠すれば出産するまではもちろん、子供が成人するまで里で面倒を見る。親子だけで暮らすことはなく子供たちはまとまって育つから年の近い者は皆兄弟姉妹のようになるし、部族や種族全体が親族という感じになる。親兄弟を自分と血の繋がった者たちと認識してはいるが、大切に思う気持ちは血の繋がらない同族の者たちとさほど変わらない」
魔族社会では「一家を形成する」という感覚はまったくないようで驚いた。
それでは結婚はどういう位置付けになるんだろうと思い尋ねてみると、何と婚姻関係を結ぶ者自体があまりいないのだという。
魔族は長命ゆえか子供ができにくいらしく、積極的に子供を作るにはパートナーを固定しない方が何かと融通が利くので、結婚しないまま子を儲ける者が圧倒的に多いのだそうだ。
しかも子を儲けた者同士がずっとパートナー関係を続けるわけでもなく、関係を解消し他の者と付き合い始めるのもよくあることで、それを不実だと非難されることはないらしい。
浮気という概念そのものがないようで、子を儲けようとしている時期でなければ同時に複数の異性と関係を持つこともそれほど珍しくないのだそうだ。
「長命の私たち魔族にとって、結婚という形態はどうしても束縛がきついと感じやすいのです。好きになった相手との年齢差が800歳なんてことも普通にありますし、パートナーがこの世を去った後の時間の方が一緒に過ごした時間より圧倒的に長いというのもよくあることなのですよ」
「だから魔族にとっての恋愛というのはある一定期間の関係であるのが普通で、結婚という形を取るのは双方共によっぽど相手に惚れてるか、目先のことしか考えられないアホか、どっちかだ」
元の世界とのあまりの違いに、わたしは心底驚いた。
魔族国とこの大陸の歴史や魔力についての講義は受けてきたけれど、魔族社会については部族長会議や魔族軍といった政治的な分野のことばかりで、文化人類学方面は部族の構成くらいしか学んでいなかったことに気付いた。
魔族社会のことをもっと知らなければ商売なんてやれるわけがない。
雑貨屋を開業するには、わたしはまだまだ勉強が足りてないな……。
「子供を儲ける気になった男性は里に戻るので、子作りのことを考えれば女性は里に住む方がパートナーを得やすく有利です。そのため、城下町の住人の男女比はどうしても男性の方が多くなる。それに、子作りをする気がないなら同族にこだわることもない。スミレが住もうとしている城下町は、自由に恋愛を楽しむいろんな部族の男性がそこら中にいる場所でもあるのです」
「まぁそんなわけで、俺たち魔族からするとお前が人族で聖女だってことを差し引いても、お前みたいな若い娘が城下町で一人暮らしをするなんてーのはひどく剣呑な話に聞こえるんだよ。レイグラーフが咄嗟に反対したのも当然だ」
ブルーノの言葉にわたしは素直に頷いた。
いや、アラサーも終わり際の自分が若い娘と言われてしまうことに対しては非常に抵抗感があるというか申し訳ない気がするんだけど、それはともかく。
あの時はレイグラーフは過保護だなぁと思ったけれど、そういう事情があるならああいう反応になるのも仕方ないか。
「人族がたまに侵攻を仕掛けてくるが、霧の森の途中までくらいしか来られないからたいした戦闘にはならねぇし、部族間の争いもないから魔族国は確かに平和だ。だが、だからと言って悪人がいないわけじゃねぇ」
「発生件数は少ないですが盗みも殺しも起こります。女性を手籠めにしようとする不埒者もいるのです。まぁ、その場合は女性側の部族が出張って来ますし、男性側の部族もこういう場合は庇わないのであっさりと投獄されてしまうのですが」
ちなみに犯罪者に科せられる罰は非常に厳しいものだそうで、他者の生命や尊厳を傷付けた者には終身刑が科せられるという。
この魔族国の領域内には聖地と呼ばれる魔素が生まれる場所があり、刑罰を宣告された者は聖地の地下にある施設に送り込まれ、それぞれの刑期を過ごす。
そこは白く広い部屋のような場所で高いところに聖地の核が浮かんでいて、自分の中にある魔力が体から蒸発するかのように魔素に戻ると、その核にどんどん吸い取られていくのだそうだ。
体内の魔力はあっという間に空になり、回復するそばからまた奪われていく。
魔力が空になれば、体もまともに動かせない。
この空間では食事や排せつなどは不要になるので生命維持に問題はないのだが、なまじ寿命が長いため、終身刑ともなれば死が訪れるまでの気が遠くなるような年月を延々と何もできないまま刑罰を受け続けることになるのだという。
「子供の頃からそんなおっそろしい話を聞かされて育つから、犯罪を犯す者は少ない。だがゼロじゃねぇんだよ、どうしたってな」
「私はあなたを危険な目に遭わせたくないのです。ねぇ、スミレ。どうしても雑貨屋をやりたいのなら止めません。ですが、せめて離宮からの通いにしませんか? 朝は離宮から出掛けて店を開け、夕方になったら店を閉めて離宮に戻る。それでどうで――ああぁスミレ、そんな顔をしないでください」
レイグラーフがわたしの頬を両手で包み、顔を覗き込んだ。
そんな顔ってどんな顔ですかと思いつつも、自分の眉が下がっていることくらいわかっている。
でも、平和な国でも犯罪が起こるのは当然だし、平和ボケと揶揄される日本人のわたしにだって防犯意識はちゃんとあるんだと声を大にして言いたい。
実際、わたしは大学進学以来ずっと一人暮らしを続けてきたけれど、ちゃんと用心していたし気を緩めたこともない。
ましてやここは見知らぬ異世界なんだから、城下町で一人暮らしをするとなったら防犯には万全を期すつもりでいた。
もしも普通の戸締り程度では心配だと彼らが思うのなら、ネトゲのアイテムを使えばいい。魔法具の『結界石』を使えば害意のある者は侵入できなくなる。
魔物がいるフィールド上やダンジョン内でもこれを使えばテントの中でゆっくり眠れるという代物だから、防犯にはうってつけだろう。
わたしが犯罪の発生に関して理解を示し、防犯について自分の考えを語ったら、三人は揃って目を丸くした。
わたしがそこまで具体的に防犯対策を考えているとは思わなかったと言われて、それは心外だとわたしは思わず口をとがらせてしまう。
「18歳から32歳まで14年間一人暮らしをしていました。元の世界での女性の寿命は87歳くらいですが、14年というのはわたしの感覚では決して短くないんです。あまり子供扱いしないでくださいよ」
わたしがそう言うと、ブルーノとレイグラーフが「18歳……」と口を揃えてつぶやいた。
どうせそんな子供のうちからと驚いたんだろうけど、わたしには一人暮らしの実績があるということはきちんと認識して欲しい。
少しばかり拗ねた気持ちになってしまったわたしに、そういえば、と魔王が口を開いた。
「スミレは元の世界で十年ほど働いていたのだったな」
「はい、そうです」
「部下もいたのだろう? 以前話を聞いた限りでは、階級は魔族軍でいうところの分隊長あたりと同等と見たが」
「ほう。寿命の87年を870歳に換算すると、働きだして百年、320歳で分隊長とはなかなかの昇進速度だな。スミレ、お前結構やるじゃねぇか」
「……えへへ。ありがとうございます」
褒められて簡単に気分が上向いてしまうわたしは単純すぎると自分でも思う。
だけど、元の世界での実績を認めてもらえたのが嬉しくて、わたしはつい顔がにやけてしまった。
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