第5話 魔術具と魔法具

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。初日の今日は毎回3話ずつ投稿!


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 しかし、わたしが胸を撫で下ろしたのもつかの間、スクリーン表示された表を見ながら魔王に向かって問い掛けたブルーノの言葉にわたしは衝撃を受けた。



「魔術具は魔石を除けば効果はどれも魔力消費量マイナス3%か。だが、微妙な性能とは言え魔術具は魔術具だ。スミレに販売の許可を出せるのか?」


「えっ! 魔族の皆さんは誰でも魔力を使えるんですよね? 魔術具は生活の中でありふれた道具じゃないんですか?」



 離宮で侍女が明かりを灯したりお湯を出したりするのに魔術具を使うのを日常的に目にしていたわたしは、雑貨屋で扱うつもりの魔術具も当然同じようなものだと思い込んでいたから驚いた。

 魔術具はそこそこ高額な品だから利幅を見込めそうだと当てにしていたのに、まさか許可がいるだなんて!

 レイグラーフの説明によると、生活の中で使う魔術具は一般的に最小限の魔力で動かせるように設計された魔術陣が埋め込まれていて、直接魔力を流したり魔力を込めた魔石と組み合わせたりして使われているらしい。



「少量の魔力でこと足りる魔術具に囲まれた魔族の暮らしにおいて、更に魔力消費量を減らす必要に迫られることはまずありません」


「いいか、スミレ。魔力消費量マイナス3%という効果が活きるのは、戦闘時を除けばおそらく隠密や盗聴などの魔術を使う時になる。悪用されたらどういうことになるか、お前にも想像がつくだろう?」



 レイグラーフの説明とブルーノの指摘を聞き、彼らの懸念にわたしもようやく思い至る。


 仮想空間でのアイテム売買という機能の趣旨を考えれば、そのラインナップはクエストや戦闘、もしくはフィールド上でのサバイバル生活で用いられる物を想定して構成されているはずだ。

 当然この魔術具たちもそうだろうし、一般の生活用品に該当しなくても当然で。


 そこまで考えてわたしはひやっとした。

 魔力消費量を減らす効果のあるこの魔術具に対して、誰かを害する可能性がある代物だと言う認識がなかった。

 攻撃魔術用の品があるにもかかわらず魔力消費量を減らすだけと捉えていて、その魔術を使う目的のことまで考えが及んでいなかったのだ。

 ネトゲみたいな仕様や機能があったとしても、この世界はネトゲではないのに。


 それにわたしはまだ、この魔術具を売っていい相手かどうか客の見極めができるほどに魔族を知らない。

 この世界で商売するということを軽く考えていたつもりはなかったけれど、認識を改めていかなければ。


 とりあえず、まだまだ勉強不足な今のわたしにはこの魔術具は取り扱えそうもないということはよくわかった。



「わたしが雑貨屋で魔術具を売るのは無理そうですね……」


「当分の間は見送った方が無難だろう。私とブルーノとレイグラーフの発注以外での販売はやめておけ」


「えっ!? 城と魔族軍と研究院には売ってもいいということですか?」



 魔術具の販売は諦めようと思っていたわたしは、魔王の言葉に驚いて素っ頓狂な声を上げてしまった。



「悪用されたら不味いというだけで魔術具そのものに問題はねぇんだ。今すぐには思い浮かばんが、使い様によってはおもしろい運用ができるかもしれんぞ」


「回復、攻撃、補助と魔術体系ごとに対応した魔術具がサークレットと首飾り、腕輪に指輪と各種揃っています。すべてを同じ対象魔術で統一して身につければ、魔力の消費量は最大でマイナス12%になるのです。欲しがる研究員は多いと思いますよ」


「確かに12%ってのはでけぇな」



 ブルーノとレイグラーフが意見交換を続けている中、魔王がわたしを見てニヤッと笑いながら言う。



「この三人以外に売らなければいい。それならお前も気楽だろう?」


「それは確かに……。でも、本当によろしいのですか?」


「せっかくのネトゲ仕様だ。お前さえ良ければ我々も便利に使わせてもらいたい」


「……ありがとうございます。お役に立てるのであれば喜んで」



 ふと思ったんだけれど、魔王はわたしがやりたいと言ったことを禁止したことがない気がする。

 わたしが悪さすることはないと信用してくれているのかもしれないけど、少しばかり甘すぎな気もしてきた。

 嬉しいけど。……すっごく嬉しいけど!

 くすぐったいような気分になり、わたしは軽く首をすくめた。



「なぁ。ついでだから、アイテム全部に目を通して、販売先を俺たちだけに限定した方がよさそうな品をこの場で決めちまおうぜ。でなけりゃ雑貨屋の開業を許可していいものかわかんねぇし、品物が決まらねぇと雑貨屋で生計を立てられるかどうかスミレも予測できんだろう?」


「はい。そうしていただけると非常に助かります」


「いいだろう」


「よっしゃ。じゃ、まずは武器と防具だが、ドワーフ製は全部限定な。以上!」


「では次、装備品ですね。えぇと、この『ネコ耳』、『ネコしっぽ』というのは一体何なのですか?」



 いくつかの商品について説明を加えながら、販売先をこの三人だけとする限定商品を決めていく。

 武器と防具は高性能なドワーフ製品をすべて、装備品は元の世界独自の商品の一部が指定された。

 ……うん、コスプレ用と思われる装備品の類を売るのはやめておこうと、わたしも考えてたんだよね……。

 着てみせろとうるさいブルーノを何とかスルーできたのは、薬と素材の指定物がとても多くてそちらのチェックで忙しくなったからだ。


 考えてみればこれも当然のことなのだけれど、毒や毒の材料となる素材を素人に扱わせられるわけがない。

 わたしは薬学関係はまだ講義をまったく受けていないので、薬と素材については完全に無知だ。

 ネトゲのレシピ通りの素材で『調合』すれば問題なく薬が作れるはずだとわかっていても、とても責任を負えないので少なくとも今はやりたくない。

 そこで、効果が強大なものを除いた回復薬と解毒剤、状態異常を回復する特殊回復薬と少々の素材を扱うだけとして、薬品と素材は8割以上が限定扱いとなった。

 先程魔王が備蓄したいと言った貴重薬はともかく、強力な即死毒は正直手に取るのも恐ろしいので、発注がかからなければいいなと内心で思っている。



 限定にする必要がある商品はわりと明確だったので作業はさくさくと進んだけど、厄介なのが魔法具だった。

 ネトゲのマニュアルによるとこの世界の人たちが使っている魔術とは別に、プレイヤーだけが使えるネトゲ仕様の術は魔法と定義されている。

 この魔法については既にレイグラーフに詳しく聴取されていて魔王にも報告されているものの、ブルーノは詳細を知らないそうなのでレイグラーフが概要を説明した。



「――というように、魔法と魔術は魔素を必要とするところは共通ですが、エレメンタルを素とする魔術とは異なり、魔法は独自の魔法陣や術式を用いるようです。明らかに体系が異なるためか道具化したものも魔法具と呼称し、魔術具とは明確に区別しているのでしょう。そういえば、聖女召喚の陣も魔法陣ですね」


「ふ~~ん。その魔法っていうのにも興味はあるが、詳しく聞くのはまた今度にするか。なぁ、これ本当に色を変えられるのかよ」



 そう言ってブルーノが表を指したのは変身系のアイテムで、髪や瞳や肌の色を変えられる魔法具たちだった。

 キャラメイク時のスタイルに飽きたり変えたくなった時に使うんだと思う。

 そのブルーノの言葉に何と魔王が便乗してきて、「髪の色を変えてみたい」と言い出したから驚きだ。

 いつも気怠そうな魔王の口からそんな発言が出るとは思わなかった……もしかして、案外お茶目さんなんだろうか。


 だけど、わたしは魔王の黒髪は紫の目の色とよく合っていてとても素敵だと日頃から思っていたから、本気で真剣に目一杯反対した。

 もしも色が元に戻らなかったら泣くに泣けないし、責任も取れない。

 わたしがそう言って強硬に反対したら、魔王は渋々ながらも取りやめてくれた。

 ああぁ、よかった。よかったよぅ。



「じゃぁ俺が試す。おっさんの俺なら別にかまわんだろう?」



 ブルーノはそう言いながらわたしに『染め粉』を取り出させた。

 別におっさんだからかまわないわけではないと思いつつも、強面のブルーノに意見するのはちょっと怖いし、すっかり乗り気な彼を引き止めるほどの理由もわたしにはない。


 染め粉の使い方がわからずあれこれと二人で試行錯誤した結果、魔力を流しながら変わりたい髪色を頭の中でイメージすれば機能することがわかった。

 鈍色にびいろから金色へと色を変えたブルーノの髪をまじまじと見たけど、自然な色合いでツヤもあり、予想していた以上に綺麗な仕上がりで驚いた。

 二度目は「元に戻れ」とイメージしたとかで、無事に元の鈍色に戻ったブルーノを見て、金髪もチョイ悪な不良中年みたいで悪くない。だけど、やっぱりブルーノはこの鈍色が渋くていいと思う。



 とにかく一事が万事こんな感じで、彼らにとって魔法具は試してみないことには想像もつかないものであるらしく、いくつかの魔法具を実際に試すことになった。

 わたしの場合はウィンドウ上の『使用する』ボタンを押すだけで使えるけど、この世界の人たちにどうやって起動させるかが魔法具の肝だ。

 でも彼らが試している内に、「使おう」という明確な意志やイメージを持ちながら魔力を流せば難なく使えることがわかってきてホッとする。


 仮想空間のアイテム購入機能は1日に10種類までという縛りがあるので、既に3種類購入していたから残りは7種類しか試せなかったけど、しっかりと厳選したからか彼らも納得のいく調査ができたようで、残りの魔法具の確認はまた後日ということになった。


 魔法具は便利グッズのような物が多く、試した結果彼らが欲しがる物もあり、商品への手応えを感じられたのは思わぬ収穫だった。

 結界や罠といった、悪用される危険性のある品がいくつか限定商品に指定されたものの、魔法具の半分くらいは雑貨屋で販売できそうだ。

 城下町での需要がわからないので売り上げがどのくらいになるかは読めないけれど、魔王たちが雑貨屋の開業自体を否定しないところを見ると、何とかやっていけるんじゃないかな。



 魔法具には高額商品もあり、お試し調査はそこそこの金額になったので、試してみた商品はすべて城で買い取ってくれることになった。

 今日は雑貨屋を開業して自活したいという相談をレイグラーフに持ち掛けるだけのつもりだったのに、実際に商品を売るところまで話が進んだのは驚きだ。


 自活へ向けて一歩前へ進めたような気がして、わたしはとても嬉しくなった。

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