第4話 アイテム一覧表をスクリーンで表示する
GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。初日の今日は毎回3話ずつ投稿!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ネトゲのアイテムに需要があれば雑貨屋として商売が成立するのではないかというわたしの意見に対し、ブルーノとレイグラーフは言った。
「需要なぁ。そもそも、どんなアイテムがあるんだ?」
「そうですね。城下町で魔族の一般人を相手に販売する以上、内容を確認させていただきたいです」
「えぇと、一応表にはまとめてあるんですが――」
ネトゲ仕様の機能には表計算やデータベースもあるので、わたしはそれらを利用して簡単なアイテム一覧表を作成していた。
とりあえず、どのくらいの数の商品を扱うことになるのか概算でいいから掴んでおきたかったんだよね。
まだアイテム名をひと通り書き出しただけで、価格や1日の購入上限数、再購入までの日数などは未記入だが、どんな物を扱うのかくらいは見て取れるだろう。
この表を彼らに見せられれば話は早いのだけど、アウトプットの手段がないため、結局は紙に書き出さないと見せられない……。
どうしようと困りかけたところで、ふと思い出した。
そういえば、ネトゲ仕様に確かプレゼン用の機能があったような。
イベントやパーティープレイでの情報共有に使えるようにと、一部のウィンドウを他ユーザーのゲーム画面上にも表示できるってどこかで読んだ覚えがある。
……どうやるんだったかな……ああ、これだ!
手早く操作してアイテム一覧表を出力してみたら、突然わたしの横の空間に表が映し出された。
おぉ、見えてる見えてる!!
何これ、スクリーンみたい! すっごい便利!!
わたしが喜色満面で「これですよ、これ!」とスクリーン表示された表を指差しながら魔王らを振り返ったら、三人とも口をぽかんと開けて目を見開いていた。
後ろの側近二人もだ。
ああぁそうだよね、何の説明もなしに突然こんなのが出てきたら驚くよね、ごめんなさい!!
でも、便利な機能を使わない手はないでしょ?
彼らからも見やすい位置に表をスワイプすると、とりあえずわたしは一人でさくさくと説明していった。
「えー、まずは簡単にアイテムの分類ごとに説明いたします。最初のシートは武器と防具、次は装備品。その次は道具類、魔術具、魔法具、薬品と素材、食料品、本と地図。今のところ、この8種類に分類しております」
わたしはシートを切り替えては表をスクロールさせて、ずらりと並ぶアイテム名をざっくりと見せていく。
しかし、目の前の三人は未だ固まったままで反応がない。
……どうしたんだろう。そこまで驚くことだったかな。
「ハッ!! もしかして、日本語表記だから読めないとか!?」
「……いや、大丈夫だ。読めている。ただ、突然見慣れぬ物が出現したから驚いただけだ」
やらかしたか!? と焦るわたしに、淡々とした口調で魔王が答えた。
心配するなとでも言うように目元を緩ませてわたしに告げる魔王の様子に、肩の力がふっと抜けた。
この人の紫色の目にじっと見られたり声を聞いたりすると、何だかホッとするようになってしまったなぁと、しみじみと思う。
離宮を与えられたばかりの頃、わたしは一時的に言葉を発せられなくなったことがある。
元の世界に帰れなくなったショックや環境の激変がストレスになったのか、自分の気持ちや考えを伝えようと思っても胸がいっぱいになって言葉が出て来なくて、すごくつらくて苦しかった。
そんな時に、膝を抱えて座り込んでいたわたしを魔王が抱っこしてくれたことがあった。
魔王の膝の上に抱きかかえられ背中をポンポンと軽く叩かれているうちに、わたしはボロボロと泣き出して、子供のようにしゃくり上げながら泣いて泣いて。
それが、この世界に来て初めて流した涙だということに途中で気付いた。
辛いのも苦しいのも度が過ぎると泣けなくなってしまうものなんだと、この時初めて知った。
魔王の服はわたしの涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってしまい、わたしはごめんなさいと何度も謝ったけど、魔王は気にしなくていい、好きなだけ泣けと、わたしが謝る度に繰り返し言ってくれた。
そんなことがあってから、立場的なものだけでなく、精神的にも魔王はまさしくわたしの庇護者となった。
魔王はこの世界で誰よりもわたしを守ってくれる存在だ。
離宮を出て、城から離れて、城下町で住むことになったとしても、魔族国内にいる限りどこにいたってわたしは魔王に守られている。
そんな風に、無条件と言ってもいいくらいの信頼を魔王に寄せているからこそ、わたしは安心して自活のことを考えられた。
別に魔王本人にそう言われたわけじゃないし、わたしが勝手にそう感じているだけかもしれないけれど。
わたしは魔王の言葉ににっこりと笑い返すと、他の二人に視線を移した。
日本語表記なのに彼らに読めているということは、よくある異世界チートかネトゲ仕様によってこの世界の文字に変換されているということだろうか。
それはともかく、ブルーノの方は落ち着いたみたいだけれど、レイグラーフはまだ驚嘆から抜けきっていないみたいだ。
ブツブツと呟いている彼の言葉を拾った限りだと、どうやらこの表がすごく見やすくてわかりやすいところに衝撃を受けたらしい。
シートごとに項目名が書かれているから欲しい情報がどこにあるかすぐに見つけられる、この表の作成方法を使えば研究や書類仕事の効率化が図れるだろうとレイグラーフは言う。
書類をファイル……にまとめるのかどうかは知らないけど、そういう時にラベルを付けるような工夫がこの世界にはないのかもしれない。
あとでこの表について詳しく教えて欲しいと言い出したところを見ると、どうやらレイグラーフも落ち着きを取り戻したらしい。
わたしは笑顔で頷くと快く引き受けた。
表と一緒に事務処理のノウハウなども教えてあげようと思いつき、日本での知識や経験が役に立ちそうで嬉しくなる。
わたしにとってこの異世界の師でもある研究院長のレイグラーフに、自分が教えてあげられることがあるなんて思いもしなかったなぁ。
少々場が混乱したからと、魔王の側近がお茶のおかわりを配ってくれた。
紅茶のいい香りを楽しみつつ、器から手に伝わる温かさにほっこりしながら喉を潤す。
側近二人の心配りに感謝しつつ、こういう人が同じ部署にいてくれたらすごく頼もしい同僚になるだろうと、もう戻れなくなった職場を一瞬思い出した。
まだ懐かしくて胸が痛い。
だけど今は感傷に浸っている場合じゃないよね。
ティーカップをテーブルに戻すと、わたしは説明を再開した。
「えーっと、いろいろ合計して、473点が今のところ取り扱い可能な品数ですね」
「……多くねぇか? ネトゲってのはそんなに大量の品を扱うのかよ」
「う~ん、これは仮想空間のアイテム購入機能で扱っている品にすぎませんから、ネトゲ全体のアイテム数はたぶんこれの何倍もあるかと思いますよ」
「マジか……」
「そうはおっしゃいますが、ブルーノ将軍。例えば武器と防具は48ですけど、この世界に存在する全武器と防具がたったの48種類だけだと、本当にお考えですか?」
「確かに材質だけでも木、鉄、鋼鉄と種類はいろいろあるし、俺らが見たことも聞いたこともないような武器や防具も世の中には存在するかもしれんなぁ」
「ですから、この仮想空間のアイテム購入機能というのは、実はごく限られた範囲のものしか扱ってないんですよ」
わたしはこの機能を購入メインで使う予定なので便宜的に『アイテム購入機能』と呼んでいるけれど、正確には『アイテム売買機能』で実際には売ることもできる。
街の外で狩りや戦闘をし続けるユーザー向けと思われるこの機能は、獲得した戦利品をその場で売却することが主な使い方として想定されているんだろう。
だから購入の方にはそれほど力を入れてなくて、どちらかと言うとフィールド上でのサバイバル生活のサポートが主な目的なんじゃないかと思う。
アイテムのラインナップがそんな感じなんだよね……キャンプ用品みたいなものが結構あるし、やたらと食材が充実しているし。
実は各項目には『実績未解除』っていう表示があるのだけれど、食料品の欄には十個以上もあって秘かに気になっている。
何だろう、これ。
自分で料理を作ったら実績解除されたりするんだろうか。
……ふふふ、楽しみだな。
一人暮らしができるようになったら積極的に自炊していこう。
まだ表に記入していない実績未解除という表示が各項目にいくつかあることも伝えたうえで、先程はざっとスクロールした表をシートごとに見せて行く。
彼らも詳しく見てみれば内容的にはベーシックな物が多いということがわかったみたいだった。
ただ、ドワーフ製の武器や防具にエルフや精霊の回復薬といった貴重な品々や、採取が難しい素材などもラインナップに入っていて、それらが簡単に入手できてしまうことに三人はすごく驚いていた。
「この素材を研究院に定期的に納品していただけると非常に助かりますね……」
「うちもドワーフ装備一式を揃えられたらありがてぇなぁ……」
「……いざという時のために貴重薬を備蓄したい」
わたしが構想している雑貨屋は、城下町の一般人の方々よりも城の皆さんに需要があるのかもしれない……。
とりあえず、需要の方はあまり心配しなくてもよさそうだ。
実際のネトゲだと店売りアイテムの転売というのは微妙なプレイというか、場合によっては叩かれることもあると聞いたことがあるけれど、どうやらこの世界の魔族国内では問題ないみたいでホッとする。
雑貨屋の開業に目途が立ちそうで、わたしは内心で胸を撫で下ろした。
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