第3話 ネトゲの仕様

GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。初日の今日は毎回3話ずつ投稿!


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 配られたお茶を飲み一息ついたところで、魔王がレイグラーフに視線を移し報告を促す。

 わたしの自活については後ほど論じるとして、と先に言い置いて、レイグラーフはまず最初に先程新たに判明したネトゲの仕様について話し始めた。



 魔族国に来て魔王に庇護を願い出た際に、それまでの経緯や自分の事情を話す上で必要だったので、ネトゲの仕様についてはある程度彼らに話してある。

 イスフェルトからこの魔族国までは魔法で短距離転移を繰り返しながら移動して来たとか、マップのルート表示機能を使ったから魔族国との境界にある霧の森の中でも迷わずに進めたとか、魔物避け香というアイテムを使っていたので魔物に襲われずに済んだとか、そういう話をしなければ人族の小娘――長命の彼らから見たら32歳のわたしはそういう存在らしい――が無傷で魔族国の入り口までたどり着けるわけがないと言う彼らを納得させられないと思ったからだ。


 そんなわけで、ネトゲの仕様に気付くきっかけとなった視界の右上隅にある四角の存在や、ウインドウを開いて呪文を選べたりアイテム欄が開いたりすることも、概念としては既に彼らも知っている。

 ただ、そのアイテムの出し入れがいきなり何もない空間でなされるとは考えていなかったらしい。


 魔族が使う魔術具にも空間を歪める性質のものがあり、どこででもどれだけの量でも出し入れできるのだけど、それは箱やバッグといった入れ物を介して行われるものであり、何もない空間から取り出すわけではないという。

 目の前にウィンドウが展開しているわたしにはアイテムがずっと見えているから何とも思わってなかった。だけど、見えていない人には突然アイテムが空間に現れたように見えるのは当然か。



「――というように、話の最中にスミレが突然何もない空間から物を取り出したのです。スミレ、もう一度やってみてくれませんか」


「わかりました。先ほどの回復薬と、今度は魔術具も出してみますね」



 わたしは先程購入した回復薬の瓶を取り出したあと、更に今度は回復魔術の魔力消費量マイナス3%という効果が付いた腕輪を購入して出してみた。

 三人とも目を見開いてわたしの手元を見ている。ソファーに座る魔王の背後に立つ側近二人も同様だ。

 うーん、わたしからすると、アイテム欄で該当アイテムをタップして目の前に浮かんでいるそれを指でつまんでスッと取り出してるだけなんだけれど、アイテム欄のウィンドウが見えてない人には手品みたいに見えるのかもしれない。


 ちなみに、回復薬を取り出したアイテム欄の仮想空間をわたしは『どこでもストレージ』と呼んでいる。

 どこにでも行けるドアや四次元から物を取り出せるポケットから浮かんだネーミングで、ぴったりだと悦に入っていたのだが、それを熱く語っても目の前の三人にはまったく響かなかったようでがっかりした。

 いや、元の世界のネタだし異世界人の彼らに通じなくて当然なんだけれども。



 気を取り直すと、わたしは取り出したアイテム2つをテーブルの上に置いた。

 「どうぞ」とわたしが言うと、魔王がブルーノとレイグラーフに視線を送る。

 それを受けてブルーノが回復薬を、レイグラーフが腕輪をそれぞれ手に取った。



「ほぉ~~っ。これが『ネトゲ』の回復薬か。どのくらい効くのか実際に試してみたいもんだな」


「よかったら差し上げますよ」


「ヘッ!? いや、悪ぃよ。そんなの」


「いえ、これは『回復薬(小)』ですから安いんですよ。購入価格は37Dです」


「何だ、随分と安いんだな」


「あ、そう言えばこのDっていうの、通貨記号ですよね? 何て読むんですか?」


「デニール」


「え!? ブフッ」



 笑いを堪えきれなかったわたしを許して欲しい。

 だけど、まさか異世界の通貨と地球の繊維の太さの単位が同じ名前だとは思わないじゃない?

 どうしよう、これから雑貨屋になって商売をするつもりなのに、お金のやり取りをする度にタイツやストッキングを思い出して笑いそうになるかもしれない。

 まったく誰だよ、この通貨名を設定したヤツは!



 にやけるわたしに何がおかしいんだ、俺にも教えろよとブルーノが鮮やかな青い目を輝かせながら食い下がってくる横で、魔王とレイグラーフが腕輪を見ながらその性能について意見を交わしている。



「マイナス3%の効果ですと、魔術具の性能としてはちょっと微妙ですね」


「だが戦闘時なら話は別だろう。継続的に3%減るというのは大きい。どうだ、ブルーノ」


「一人二人が装備したところで大して変わらんな。ただ……、4分隊編成できて、各小隊に付けるという中隊規模での運用が可能というなら話は変わってくる」


「60人に支給か。スミレ、この腕輪の値段は?」


「4800デニール、です」



 やばい、本当に笑いかけた。

 でも三人が真面目に話をしているから、グッと堪える。

 魔王、魔族軍将軍、研究院長という魔族国のトップ3の会合だもの、笑うわけにはいかない。


 この国を統べるのは部族長会議で、魔人族の部族長でもある魔王は部族長会議のまとめ役であり、政治は合議制で行われているとレイグラーフの講義で学んだけれど、そちらが国会ならこの三人は行政の長といったところだろうか。



「28万8千デニールか、すぐには無理だな」


「いずれはという話なら欲しいのですか?」


「そりゃ、あるに越したことはないとは思うが、回復アイテムより優先させたいことが他にいくつもあるんだよ」


「回復がひっ迫する程の厳しい戦いなど、建国以来起こっておらぬからな」



 部族同士の衝突があった遥か昔はともかく、魔族国としてまとまってからは戦乱とはほとんど無縁らしい。

 話の流れ的に、腕輪60個を揃えてくれと言われるんじゃないかとドキドキしていたが、不要と言われてホッとした。

 一度にそれだけの数を揃えるのは仕様上無理なので、念のためそのあたりも説明しておこう。



「不要と聞いて安心しました。実は、この腕輪は1日に1個しか購入できず、補充に5日かかるので、60個揃えるとなると300日掛かってしまうんです」


「それも『ネトゲの仕様』か」


「はい、そうです。購入できるアイテムは1日10種類まで、1回の購入数の上限と再購入が可能になるまでの日数などはアイテムごとに設定されています。そういう制限をやり繰りしながらこの仮想空間でのアイテム購入で品物を仕入れ、雑貨屋を経営できないかと考えました」



 ぽつりと言った魔王の問いに、わたしはすかさず答えた。


 わたしのネトゲでのプレイは生産がメインだったし、狩りや戦闘がメインのネトゲはやったことがないからあまり詳しくない。だけど、この世界のネトゲ的な仕様にはソロやサバイバルなプレイ向けの要素がいくつかあるように思う。


 その一つがこの仮想空間でのアイテム売買で、狩りで得た戦利品をいちいち街へ戻って店などに持ち込まなくても売買が可能になっている。

 所持アイテムの重量制限があるから戦利品の整理や売却は必須だし、戦闘で消耗したアイテムの補充も必要だから、たいていのプレイヤーはプレイが一区切りつけば街へ戻るのだけど、この機能はその手間を省いてくれるみたいだ。


 ひたすら狩りを続け、街へ戻らずフィールドエリアで過ごし続けることもできるし、プレイが単調にならないようにという配慮からか空腹や眠気を覚えるサバイバルモードに切り替えることもできる。


 とは言ってもそこまで都合よく便利な機能でもなくて、仮想空間でのアイテムの売買には手数料がかかるようになっているから、街での売買と比べれば儲けは減るうえに、サバイバルモードは現在何故かオンに固定されていてオフにできない。

 このサバイバルモードは排せつや発汗なども含んでいるため、快適な生活を送るにはトイレとお風呂が必須だ。


 食べることもお風呂も大好きだし、リアリティを出すにはこういう生活感は大事だと思うけど、強制的にやらされるとなると途端に面倒に感じてしまい、オフを選択できないのが少し悔しくなる。



 そんな具合に若干の不満はあるものの、ネトゲ仕様の各種機能はおおむね便利だ。

 メモ帳機能やアラーム機能もあるし、プレイ記録を残すためなのか会話や行動のログや視界に映ったものが動画で自動的に保存されているし、スクリーンショットも撮れる。

 地味に便利なこれらのネトゲの機能のおかげで、レイグラーフの講義でノートを取り損なっても後でしっかり復習できるからありがたい。



 まだ使っていない機能にも、きっといろんな使い道があるだろう。

 こうしたネトゲの機能やアイテムをどんな風に役立てることができるかと考えを巡らすのがだんだん楽しくなっていき、そうこうしているうちに、自活の方法として雑貨屋の経営を思いついたというわけだ。


 仮想空間でのアイテム購入には補充に要する日数の縛りもあるし、少々割高な価格での購入となる。

 それでも、安定してアイテムを仕入れられるのであれば、それらを店頭に並べて転売するのは十分に商売として成り立つんじゃないかとわたしは考えた。


 もっとも、これらのネトゲのアイテムに需要があればの話だけれど。

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