第2話 この世界はネトゲ仕様です
GW中は1日3回(6時、12時、18時)投稿します。初日の今日は毎回3話ずつ投稿!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
わたしが最初にこの世界がネトゲみたいだと気付いたのは、わたしを召喚したイスフェルトの連中による暴力が一区切りついてからだった。
元の世界に戻せと反抗するわたしを屈服させるため、そして聖女をこの世界に固定し元の世界へ戻れなくするための術式として、わたしは召喚に携わった騎士から暴行を受けた。
ボロ雑巾のようになったわたしの有様を見て、手当てを任された神官長と女官が泣きそうな顔になったのを覚えている。
神官長と女官の手当てを受けながら目を閉じた時、わたしは真っ暗な視界の片隅にオレンジ色の四角が浮かんでいることに気付いた。
最初は顔を殴られた時に目を怪我したから変なものが見えているのかと思った。
だけど、それにしては何か変だなと、視界の右上隅にあるそのオレンジ色の四角に意識を向けた途端、急に目の前にサイバーチックなウィンドウが開いたのだ。
目を閉じているのに、半透明の水色の背景にシルバーの枠線で囲まれたウィンドウが見えていると感じた自分に、脳内出血でも起こしたのかもしれないと一瞬震えが起こったが、すぐにそうじゃないと気付く。
目を開けてもウィンドウは変わらず目の前にあり、しかもそれは神官長や女官の様子からわたしにしか見えてないようだった。
ウィンドウに表示されているのはわたしの名前と年齢と、聖女という役職名。
そしてその下には、オレンジ色の文字で「HP残り30%」「要回復」と書かれていて、文字の脇には方向を示す三角形のアイコンがある。
三角形に意識を向けてみれば更に新しいウィンドウが開き、そこには回復呪文と思われるものがいくつかと、複数の回復薬の表示があった。
(何だこれ……。VRのゲームか何か? まるでネトゲのUIみたい)
以前、パソコンでプレイしていたネトゲの画面を思い出す。
わたしはゲーム自体をあまりしたことがなく、はまり込んでプレイしたのは随分と前に友人に誘われて始めたMMOの1タイトルくらいだ。だけど、CMで流れていた有名タイトルのプロモーションムービーやプレイ動画などで見たUIもだいたいこんな感じだったと思う。
ネトゲをプレイしていた頃はこうやってステータス画面やアイテム欄、魔法や装備のウィンドウを開いては操作をしたり必要な情報を得たりしていたっけ。
ステータス画面の数値欄は何故かすべてハイフンが表示されていて、数値が正しく表示されていないことを訝しみつつも、懐かしい感覚で回復呪文をタップしそうになったところでハッとした。
手当てをしてくれている神官長と女官がまだこの部屋にいる。彼らの前でうかつに回復するのはやめておいた方がいいんじゃないの?
ただでさえわたしは聖女として召喚されているんだから、奇跡の御業だの何だのと言われかねないことはしない方がいい気がする。
神官長と女官が退室して自分ひとりになったら回復呪文か回復薬を試してみることにして、わたしは目を閉じて眠ったふりをしたまま、次から次へとウィンドウを広げては情報収集をしていった。
マニュアルを読み、世界観、マップ、勢力情報、呪文や装備やアイテムなどにもざっと目を通す。
そうやって得た情報を組み合わせて逃走方法と行先を考えた。
このイスフェルトという人族の王国が敵と見なしているのは魔王が統べる魔族国だという。
敵の敵は味方だと、わたしは迷うことなく魔族国への逃亡を決めた。
情報収集に夢中になったせいで回復を試すのが遅れたが、何か結界でも施されているのか回復呪文は使えなかったので回復薬を飲んだ。
その途端に身体からすーっと痛みが消えていき、オレンジだった四角がグリーンに変わったのを見て、この世界は本当にネトゲ仕様なんだなと思った。
今から考えれば、その時のわたしは冷静さを失っていたんだろう。
状況的に無理もないことだけど、魔族国がわたしを受け入れてくれるという保証もないのに、よくあんなに行き当たりばったりな逃走計画を実行したよ。
だけど、もしあの時冷静になっていたら、きっと怖くなって逃げ出せなくなっただろうとも思う。
報復として聖女召喚の魔法陣を破壊してきたし、あのくそったれな王国の連中に一泡吹かせてやれたのは良かったと思っている。
何が聖女だ。
わたしはお前らに都合のいいお優しい女なんかじゃない!
レイグラーフに連れられて魔王との面談に向かう間中そんなことを思い出していたせいか、いつの間にか不機嫌な顔になっていたらしい。
隣を歩くレイグラーフに眉間のしわを指摘され、それを解そうとわたしが顔の体操をしたら、それを見たレイグラーフが吹き出した。
しまった、もしかして変顔になってたかも!?
レイグラーフは「失礼」と言って謝ったけれど、まだ口元を押さえている。
ううぅ、見っともないところを見せてしまった。
恥ずかしい――ッ!!
連れて来られたのは、わたしがこの魔王城へ初めて来た時に通されたのと同じ部屋だった。
何もない空間からわたしが物を取り出すのを見て驚いたレイグラーフは、新たに判明したネトゲ仕様の件と、城を出て自活したいという私の考えについて魔王に報告した方がいいと思ったらしく、風の精霊にメッセージを託して魔王に送りさくっとアポを取った。
二人でソファーに腰かけてしばらく待っていると、魔族軍の将軍であるブルーノを先頭に、魔王が二人の側近を連れて現れた。
執務時間中の魔王に会うのは久しぶりだからか、何だか急に緊張してきた。
黒髪ストレートのロングを後ろで一つにまとめているのはいつもと同じだけど、離宮を訪ねてくる時のくつろいだ服装とは違うパリッとした恰好のせいか、魔王の雰囲気が違って見える。
いつもの気怠そうな感じも、何だか地位にふさわしい重厚感のように思えて、少し気後れしてしまう。
「魔王陛下、ご多忙の中お時間を取っていただき、ありがとうございます。ブルーノ将軍、ご無沙汰しております」
「おう、スミレ。話には聞いていたが、すっかり顔色が良くなったな。元気そうで何よりだ」
「ありがとうございます」
寡黙な質で普段から言葉数が少ない魔王はわたしの言葉にうむ、と一つ頷き、ブルーノと共にわたしたちの向かい側のソファーに腰を下ろす。
緊張しているわたしを気遣ってか、ブルーノはガハハッと豪快に笑いながらわたしに声を掛けてくれた。
ブルーノは鈍色の髪をした狼系の獣人族で、話し方はがらっぱちだしガタイはいいし、睨まれたらチビりそうな強面で見た目はおっかないが細やかな気遣いをしてくれる良い人だ。
もちろん魔王も優しい良い人で、わたしに何かと心を砕いてくれている。
魔王の二人の側近やレイグラーフ、離宮で世話をしてくれている侍女や護衛も含めて、魔族国でこれまでお世話になった人たちはみんな良い人ばかりで、本当にありがたい。
だからこそ、余計に思っちゃうんだよなぁ。
甘えっぱなしじゃダメだ、ちゃんと自分の足で立てるようにならなくちゃって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます