第22話 兆し

 総司令官に次々と耳を疑う報告が届く。

 その中でも一際インパクトのある報告が、オペレーターから告げられた。


「チャンピオン機、戦闘不能です……」

「有り得ん……我が惑星で最強の男だぞ? 機体も、コストを度外視して開発した最新鋭機だ。それが野良のEG風情に……! いや、それだけではない! 僅か十分足らずでなんだこの被害状況は!? 一体、何人の犠牲が――」

「い、いえそれが」

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「人的被害はありません」

「は?」


 愕然としていた総司令官は間の抜けた声を漏らす。もはや何度目かわからない。


「ですから……死傷者はおろか負傷者もいません。全員、無事に脱出しています」


 その報告を受けて。

 総司令官は狂ったように笑った後、通信をオンにした。


「よく聞け! 敵機は急所を外している! 恐れることはない!」


 どういう意図かは知らないし考えたくもない。

 だが、不殺であることはアドバンテージだ。

 殺さぬとわかったのなら、怯む必要はない。


「攻撃を受けたとしても死ぬことはない! だからそのまま――」

『ふざけるな!』


 一般兵らしき通信が返ってくる。まさかの反発に総司令官は言葉を失う。


『アレとまともにやり合えるか! あんなのは人じゃない! 化け物だ! こんなのは、俺らが知ってる戦いじゃない!』

「だから死なないと言って――」

『その保証はどこにある! 向こうがその気になったら殺されるッ! それに、向こうの狙いが外れたらどうするんだ!』


 腑抜けた応答をする軍人に、総司令官は威厳あるセリフを諳んじた。


「お前たちは軍人だ。命令に従い戦うことこそが使命――」

『冗談じゃない! 元より、なんで戦争なんかしなけりゃいけないのか懐疑的だった! 襲ってくるならまだしも、なんでこっちから仕掛けなきゃならん! お前らみたいなバカどもの自慰行為にこれ以上付き合ってられねえ! 俺はもう降りるぜ!』

「待て、敵前逃亡は重罪だぞ!」

『死ぬよりはマシだボケ!』


 青ざめる総司令官へ、オペレーターたちの冷ややかな視線が注がれる。



 ※※※

 


 サードアース基地スレイプニールにおける戦闘はまだ続いていた。

 新型機を難なく撃破したタケルは、十機の敵EGに行く手を阻まれていた。

 パネルで武装を選択する。

 納刀したカムイが黒笠へと手を伸ばした。

 それを掴んで投げる。

 投擲した瞬間、笠からブレードが展開し丸鋸のようになった。

 ブーメランのような軌道で前方の敵機の頭部や武装を薙ぎ払い、カムイの手元に戻ってきた。

 笠をキャッチし、再び頭部へ戻す。


『敵軍の混乱状態予定水準。目標損耗率まで後もうちょっとよ』

「いやここまでにしておく」


 武装を失った敵機が悪あがきとしてナイフを投擲してくる。


『どうして? まだ余力があるけど』


 カムイは難なくキャッチすると投げ返した。ディフェンダーの頭部を刃が貫く。

 それを見た敵機が恐れをなして逃げ出した。


「兆しがある」

『そう。なら従うわ。最後の仕上げを始めるわね』

「頼むぞ」


 タケルは機体を反転させ、撤退した。

 


 ※※※



「どういうことだ。信じられん。我々は戦争をするのだぞ……? それなのにこれは……悪い夢か?」


 離反する部隊。

 戦力が低下した主力艦隊。

 戦闘不能になった防衛戦力。

 最新鋭の機体と、精鋭で固めたはずの軍隊が赤子の手をひねるように。


「そうだ。あの化け物が悪いんだ。我々が弱いわけではない」


 全てはあの所属不明EGのせいだ。あれが異常なだけだ。

 主力艦隊の損害はまだ三割。しかも、単にブースターが使えなくなったのみ。

 人的被害もない。修理やメンテナンスは必要だろうが、戦う力そのものが削がれたわけではないのだ。

 時間が経てばまた戦える。

 思考を前向きに切り替えようとしたその時、行政府から通信が入った。


『これは何の体たらくかね?』

「は、敵軍の妨害に遭い、今戦力の立て直しを――」

『君は気付いていないのか? 戦闘は中継されているぞ? サードアース全域に向けてな』

「は、は……?」


 理解できない。この男は何を言っている?

 中継? みんなに見られている?

 敗北した我が軍を?


『市民はセカンドアースと戦争をして勝利すると息巻いていた軍が、たった一機のEGに蹴散らされる様を目の当たりにした。街ではこの話で持ち切りだ。こんな貧弱な軍では戦争に勝てんとな』

「い、いえそれは敵があまりにも強かっただけで」

『事実ではあるだろう。主力の構成員は精鋭だ。彼らを一方的に蹂躙するなど、常人にできることではない。だがそれを市民が信じるかね? 信じまい。私も君のことを信用できない。戦争をするのなら、勝ってもらわねば困るのだ。相手が強かったから負けました、なんて言い訳を市民が聞くと思うかね? それで許されると? 防衛戦争ではない。侵略戦争だぞ』

「で、ですがデータ上では!」

『君のデータには先程襲撃してきたEGは含まれているのかね? いや、もし含まれていてこれならば、なおさら許可することはできんな。含まれていないのならば、情報戦で負けている。どのみち勝てんよ』

「よ、弱気にならないでください! 我々が優れた惑星であるという証明のためには――」

『楽に勝てると言うから乗ったまで。勝てないと言うのならば……。ここからは彼に任せる』


 通信が切れる。

 憔悴し切った総司令官の耳に、自動扉の開閉音が聞こえた。

 振り返ると、青い軍服を着た若い男が挨拶をしてきた。


「邪魔するよ」

「なぜ貴様がここに!」

「少し前からいたんだけどね。最高司令官殿が宇宙に上がった後の代打要員として」


 飄々とした態度の男は、辺境基地に左遷されていたたトリト・ハマオカ大佐だ。

 少数の戦力で機甲獣の大軍を殲滅させたり、難攻不落とされた犯罪組織を奇策で壊滅させた実績を持つ、優秀な指揮官とされている。

 が、戦争を愚行として反対したために戦略的価値の薄い弱小地域へと飛ばされたのだ。


「しばらくサボるつもりだったのにさぁ、参っちゃうね」

「上官を前になんだその態度は」


 気を取り直した総司令官にハマオカは態度を崩さない。


「問題ないよ。下官が相手だし」

「何を言って――」

「言葉遣いを改めた方がいいと思うけどな。何せ上下関係が厳しい軍の最高司令室だ。ちゃんと振る舞いをしなきゃ。ねえ、二等兵さん」

「二等兵……?」

「おや、伝令に不備があったようだ。じゃあ私が代わりに伝えよう。あなたは二等兵へと降格。当然ながら、サードアース軍総司令官としての地位を失う」

「二等兵? 何をバカな」

「そうだよなぁ。バカげた事態だよ。将兵が二等兵って。あ、ちなみに拒否したら惑星反逆罪で処刑されるようだから、甘んじて処分を受けた方がいいよ。サードアース市民を不確定な情報で扇動した罪、という名目になるみたいだね」

「私はこの惑星のことを考えて――」

「そう。だからその点を踏まえて不名誉除隊ではなく、降格という処分で済ませてくれてるんだよ。人間を数字でしか見ない政治家にしては、随分優しい処遇じゃないか。まるで誰かに入れ知恵されたようだね」


 知将と呼ばれることもあるハマオカは意味深に司令室を見回す。

 まるでそこにその誰かがいるかのように


「恐ろしいことだ。だけれど、利用させてもらおう」


 ハマオカは総司令官を横目に椅子へ座った。


「では、総司令官として命令を下す。総員、第二種戦闘配置。行動不能になった機体を回収し、修理を急がせてくれ。ああ、ブースターへの処置は後回しでいい。主力部隊は艦載機出撃可能状態を維持」

「敵機は撤退したのでは?」


 質問するオペレーターに、新しい司令官は優しく返答する。


「そうだね。敵はいなくなった」


 ハマオカは帽子を被り直した。


「人の敵は、ね」



 ※※※



 サードアースで起きた戦闘模様はセカンドアースにも届いていた。

 ルグドーも目撃した。たった一機に翻弄され、大損害を受けるという醜態を晒したサードアース軍を。

 彼らに戦争できるほどの力はないように見える。

 とんでもなく弱小な軍隊であるように、人々の目には映っただろう。


「ちょっと可哀想だけどな。これであいつらは世界で一番弱い軍隊だと全惑星に思われたわけだ」


 同情的な視線を向けるウィリアム。

 ルグドーはホッとした。

 この状況を見てなお、戦争をしたいと望むサードアースの主戦派はいないだろう。

 皆、楽に勝てると思うから賛成するのだ。

 或いは、自分が安全圏にいると信じているから。

 コロッセオでの試合を自宅で眺めるような気楽さで、できると思うから。

 しかしその実態が異なるとなれば、そんなことは言えなくなってしまう。


「戦争なんてもんは実際にやるんじゃなくて、歴史の教科書で読むか、ゲームや映画なんかで楽しむぐらいで十分なのさ」


 その意見にはルグドーも同意だ。何なら、世界におけるあらゆる悲劇は、フィクションの中でのみ完結していて欲しいくらいだ。

 だけど、実際はそうじゃない。だから地球は滅んだし、軍隊も存在しているし。

 リベレーターなんていう組織があって、ホシさんも戦っている。

 

「でもやっぱ、あいつと戦わせられるのは同情するなぁ」

「ある意味では、お師様が出る必要があるほど危機だった、とも言える。もう少し、私がうまくやれていれば良かったのだが」


 ホシは心配の面持ちだ。彼女が何を考えているのかルグドーはもうわかっている。

 サードアースのことを憂いているのだ。

 リベレーターが……ホシが、解決しようとしているのは人が生きる上で起こる問題そのもの。

 誉流活人剣の活人とは、不殺のみを意味する言葉でなく。

 争いを止めた後、その双方が幸福に生きられるように導く剣。

 人をただ生かすのではなく、活かす――ある種、究極的な活人術だ。

 そんなホシのことを、ルグドーは――。

 こんな時に、いや、こんな時だからこそ。

 伝えたい想いが自己主張してくる。


「……あの」


 ルグドーはもじもじしながらも、ホシに呼びかける。

 が、ホシは思考を続けていた。


「ホシさん?」

「ああ、すまない。少し考え事をな」


 その真剣な姿を見て、ルグドーは自身の欲を頭の片隅へと追いやった。

 まだちょっと、タイミングが悪い気がする。


「まだ戦争の可能性があるんですか?」

「私の推測では、その可能性は低いと思う。サードアースの情勢が一気に非戦論へと傾きつつあるのは、コミュニティの反応からも見て取れる。民衆の協力なくして戦争はできない。セカンドアースからも僅かばかり開戦論も出ているようだが、全体としては安心している様子だ。戦争という危機は消え去ったと考えているようだな。主戦派も、サードアースが負けた映像を見て溜飲を下げたようだ」


 敵と戦えないのは残念だがそのやられ姿を見て満足した、ということだろうか。

 ちょっと性格が悪いような気もするが、ホシはそういう人間をも含めて物事を見据えている。

 彼女は一人でも多くの人間を救おうとしている。

 自分では絶対に辿り着けない境地。

 その心の在り様を、本心からこう思う。

 キレイだ。

 見目も麗しいが、それ以上に――。

 一度は追いやった欲が、また胸の中を燻ぶる。

 やっぱり、言いたい。

 伝えたい。


「ホシさん、ちょっと」

「どうした? いや……わかった」


 ルグドーの覚悟に満ちた眼差しを見て。

 ホシは思考を中断してくれた。



 ※※※



 無数のモニターに囲まれた作戦室で作業に勤しむリンダは、様々な情報を比較しながらオペレートを続けていた。

 こちらが匿名でコンタクトしたサードアース行政府軍務統括官は、自身の名誉と軍の威厳を守るために軍部へ戦争中止命令を飛ばし、即座に責任を取って辞任した。

 サードアースの情勢を憂いた軍関係者が焦り、開戦をしようと逸ってしまった。

 つまりは、やり方こそ間違ったが全てはこの惑星のためだった、というシナリオで決着をつける算段だ。

 リベレーターとしてもその案に賛成だ。

 サードアースに必要以上の混乱をもたらすのは本意ではない。

 あくまでも目的は戦争の阻止だ。

 本来ならこのような力技ではなく、対話で解決するのが最高だ。

 しかしだからと言って介入しなければ、防げるはずの犠牲が出ていた。

 ゆえに。

 リンダは満足していた。これが最善だと。

 背伸びをした後、届いた報告をチェックする。

 それを現地で待機状態にある味方へ口頭で伝えた。


「司令室に紛れ込んでいる工作員からの情報よ。サードアース軍主力艦隊の指揮官が変更された。ハマオカ、想定通りの人物ね。有能すぎるという点を除けば、柔軟な思考を持ち、民衆を第一と考える人よ。安全が確認でき次第、工作員を撤退させるわ」

『それは止めた方がいい』


 機体を岩陰に隠すタケルは、リンダへ助言を行う。


「どうして?」

『気取られる。追跡され、我々について悟られるだろう』


 リンダはハマオカという男のプロファイルを思い出す。

 その能力値の高さに辟易したものだ。


「やっぱおっかないわね。他にいい人材がいなかったのが悔やまれるわ。いいわ。彼女には別の任務を与える。ところであなたはまだ戻らないの? 調査任務があるでしょう?」


 今回の危機に際し、リンダは別任務を遂行中のタケルを呼び寄せた。

 本来の任務に戻ってもらわなければならない。止むを得ない事態ではあったものの、やるべき仕事は山ほどあるのだ。


『兆しがあるからな』


 たった一言で否定するタケル。


「そう。ならしょうがないわね」


 二つ返事でリンダは了承した。



 ※※※



 心臓が爆発するかのように唸っている。

 緊張で身体が震えてくる。

 ルグドーとホシは人気のない場所へと移動した。

 戦争を回避できたということで、リベレーターの仲間たちは浮足立っている。

 いや、浮足立っているのはセカンドアースの人々も同じだ。

 サードアースの人たちは落ち込んでいるのかもしれない。でも、時間が解決してくれるだろう。

 などと、余計なことを考えて。

 向き合うべき事柄から逃げ出そうとしている。


「――っ」


 静かな場所でルグドーは落ち着きなく、反対にホシは冷静のままだ。


「言いたいことがあるのだろう?」

「そ、それはそうなんですけどっ」


 怖気づく。苦悩する。

 本当に言ってしまっていいのか。

 不相応ではないのか。

 これまでに培ってきた関係が崩れ去ってしまうのではないか。


「そう怯えなくてもいい。……変な気持ちになるじゃないか」


 と言われて、ルグドーはホシを見つめる。

 ホシは悲しそうで嬉しそうな、それでいて理解ができていないという複雑な表情をしていた。

 その顔もキレイでカワイイ。

 ではなく!


「えっと、ですね。えっとですよ?」

「落ち着くんだ」


 ホシの声音はヒーリング効果がある。


「君の誉れを聞かせてくれるんだろう?」

「覚えててくれたんですか」

「忘れることはない。君のことは――」


 それってつまり? というルグドーの期待は、


「私は責任があるからな。君を自由にし、リベレーターに引き入れた」


 という返答でよくわからなくなる。

 責任とはつまりそういうことか?

 いやいや、そんな義務感みたいな感じで応じられても困る。

 それこそ、ルグドーがリベレーターへ所属できた理由のように。

 負い目や責任感なのではなく、本心からでなくては。


(義務は嫌だ。だけど……ホシさんはどうなんだろう)


 そうだ。これは確認作業。

 EGを乗る時に、面倒でも毎回システムトラブルがないか確認するように。

 武器を使う時も点検を欠かさないように。

 大義名分を得たルグドーの中で、勇気が充填される。

 息を吸い込んで、勢いよく想いを放つ。


「あの! ボクの誉れは――!」

「すまない」


 その返答を聞いて。

 ルグドーの心は砕け散った。

 いや、実際は違うが気分的にはそうだ。

 否定されちゃった。

 拒否されちゃった――。


(終わりだ……)


 絶望に打ちひしがれようとしたルグドーは、


「少し待ってくれ」


 という返事で早とちりだと気付けた。まだ核心部分を伝えられていない。

 人の考えを見抜くホシでも流石に気付けていないはず……たぶん。

 ホシは深刻そうな表情で端末を見つめていた。

 緊急連絡だ。


「何事だ?」

『残念だが、まだ休むには早そうだ』


 ウィリアムの通信。同じ基地内にいるのに、わざわざ通信をしなければならないほどの緊急事態。


「戦争準備が再開したのか?」

『いや。まずはこれを聞いてくれ』


 ホシの端末から音声データが流れ出した。


『こちら禁域洞窟観測員! 尋常じゃない数の機甲獣が動き始め――うわあああ!』

「これは――」


 セカンドアースに複数ある機甲獣の巣窟。その一つを監視していた仲間からの通信。

 その悲鳴は、新たな危機の幕開けだった。

 


 

 ――同時刻。各地に点在する巣窟から、大量の機甲獣が蠢く。

 終末が始まるかの如く。

 機械の獣が、群れを成して動き出す。

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