第21話 初志貫徹

 ウィリアムは地下基地に戻ってきたホマレの状態を見て嘆息した。

 頭部は繋がっているが首の皮一枚の状態。右腕部関節部破損。全体的な衝撃ダメージ。フレームの変形が随所に見られ、アーマーも欠けたりひしゃげたりしている。

 回路がどうなっているかなんて考えたくない。ケーブルも断裂しているだろう。

 ダメージレポートには目を通したくなかった。よく最後まで戦えたものだ。試合ごとに修理期間インターバルが設定されていなければ、一回戦どころか予選で敗退していてもおかしくない。

 だが、あいつは勝利した。

 ようやくリベレーターとしての仕事に取り掛かれる。


「急ピッチで直すぞ! 終わったらいくらでも休んでいいからな!」


 酷な命令だが、状況が状況なだけに予断を許さない。

 戦争が起きそうだけど定時だから帰ります、とは言えないのだ。

 言いたい気持ちは痛いほどわかるが。

 幸いにして、部下たちは不平不満は漏らそうとも、その矛先のほとんどが此度の戦争仕掛け人に向けられていた。奴らがアホなことを考えなければ、今頃部屋でぬくぬくと休めていたはずなのだから当然ではある。


「あの子が優勝したんだから、修理しなくてもいいんじゃないの?」


 ルーペが話しかけてくる。ウィリアムは彼女に声に出して聞けと言い聞かせていた。例え思考が読めるとしても。

 まだ完璧にはできていないようだが、少しでも歩み寄ろうとするその心がけは素晴らしい。

 彼女が答えを知っていると知りながらも、あえて回答する。


「なんとなくだが、嫌な予感がするんだよな」



 ※※※



「感動、感激、感涙です……! ボクは……うっ、信じてました。信じてましたけれど! でも、でも、本当に、ふぐ、こんな日が来るなんて……!」


 ルグドーは携帯端末で表彰台に立つホシの勇姿を見返していた。

 トロフィーを掲げているホシの姿は、もはや一種の芸術だ。

 既に十回は見直している。その度に涙がこぼれて止まらない。

 これで名実共にホシはセカンドアース最強のEGパイロットになった。

 いや、白兵戦でも文句なしで最強だろう。

 これで誰も彼女の実力にはケチをつけられない。

 市民はもちろん、軍でさえも。


『ホシの優勝をそこまで喜んでくれて、私も嬉しい。けど、ここからが本番だってことは――』

「もちろん」


 ツキに応じるルグドーは嬉し涙を拭うと、画面をタップして切り替えた。

 チャンピオンの要請に基づく会見が始まろうとしていた。

 セカンドアースに住まう全ての民に向けての。



 ※※※



「貴重な時間を割いてこのような場を設けて頂けたこと、心から感謝する。これから、私の話を聞いてくださる皆様にも感謝を」


 議場に立つホシは凛とした眼差しで謝辞を述べていく。

 今この場で求められているのは誠実な態度だと、直感的に理解していた。

 如何に信じてもらえるかが重要だ。

 話す内容だけではなく話し方も、人心掌握においては重要なファクターになる。


「これから私が話す内容は、大いに議論を呼ぶものだと考えられる。当然ながら反発もあるだろうが、最後まで聞いて欲しい。お願いする」


 ホシは頭を下げ、本題に入った。


「皆様は、戦争の危機が近づいていることはご存知か? もし知らないのであれば、知って欲しい。今、セカンドアースは戦争の準備を始めている。行政府から軍へ命令が出たからだ」


 会見台に設置されたモニターでは反応のコメントが流れている。

 危機感を抱く者、楽しい話題を期待して失望した者、困惑している者、怒り狂う者。

 多種多様の反応だ。


「我が惑星に向けて、軍事的挑発を繰り返すサードアースへの対応のため……とされているが、それはあくまで一側面でしかない」


 ホシは僅かに逡巡した。これを告げればもう戻れない。

 その責任を自分が果たせるのか。

 その役目を担うのが自分でいいのか。

 本当にそれは正しいことなのか。

 

 ――ボクはホシさんの誉れに救われたんです。


 一瞬の後、ホシは続けた。


「もう一つの側面として、失政の隠れ蓑にする狙いがある。行政府が戦争の危機を声高に煽ることで、政府に対する数多くの糾弾は失速した。意見しようとすると戦争の危機があると言われ、黙殺されてしまう状況にあるのがその証左だ」


 コメント欄では、当初こそ発言を否定するものが多かった。が、急に勢いが増して肯定する意見が続出する。

 行政府が都市部やスターダスト生産地域以外を疎かにしたツケだ。

 政治の恩恵を受けられず、嘆願すら聞いてもらえなかった人はあまりにも多い。

 それに、ホシや仲間たちは種を蒔いていた。

 辺境地域を支援してきたのは、こういう事態が起きた時の保険でもある。


「実際の例として……行政府に反発する市民に対し軍が制裁として略奪行為をした、という話もある。身に覚えがある人もいるのではないだろうか? しかしこれはただの制裁というわけではない。略奪という手段に講じたのは、物資不足が根底にあるからだ。制裁と補給を兼ねたのだ。セカンドアースは今、様々な物が不足している。これも全て、経済政策の失敗が主要因だと言える。経済的に豊かなら物資が不足するなんて状況には陥らないからだ」


 アースは複数ある。経済的に豊かなら貿易によって物資を確保できるのだ。

 しかし貧困状態であるセカンドアースは輸入することができない。

 その事実を含めて、少し大袈裟な物言いを混ぜる。

 あえて指摘できる部分を残すことも処世術だ。


「制裁として略奪を行うことで、都合の悪い意見を黙らせて物資も入手できる。一石二鳥などと、軍とその運用を担う行政府は考えているのだろう」


 行政府と軍への擁護と非難が入り混じる。

 話題はセカンドアース最大の問題点へと移った。


「セカンドアースはスターダストに頼り過ぎた。その産出量が減った今、輸出で利益を確保するのが難しくなっている。そして、行政府はスターダスト貿易に変わる新たな産業を育てることはせず、その芽を積極的に潰してきた。一部の人間の不利益になるからという理由で。無論その事実は糾弾に値するが、今回の主題は戦争についてだ。軍は積極的消極性という二律背反な状態ながらも、戦争の準備をしている。私は、前チャンピオンであるロゼットからいくつか役割を引き継いだ。もし本当に戦争になれば、私が矢面に立つ。セカンドアース最強のEGパイロットとして。皆様の生命を守るために尽力することを誓おう」


 その誓いは真実だ。沸き立つコメント欄。

 だが、と声音を暗くする。


「残念ながら犠牲者は出るだろう。今こうして私の話を聞いている人たちの中にも、死者は出る。間違いなく」


 コメント欄の荒れ模様は凄まじい。ここまでは順調だ。

 問題は次だ。ホシは意を決した。


「その可能性を減らすために……一人でも多くの人間を生かすために、私の願いを聞いて欲しい」


 リベレーターとしての、いや、ホシとしての願い。

 否、本当は心の中で、皆そう思っているはずだ。

 反対派だけでなく、積極的、肯定的人間でさえも。

 多くの人が思っているであろう願いを言葉にする。


「どうか、戦争をしようとは思わないで欲しい」


 ホシは頭を下げた。しばらくして、顔を上げて再開する。


「困難なことであるとは承知している。だが、こちらから戦争を仕掛けようと思うこと。緊張を高める行為を今だけは控えて欲しいのだ」


 すぐさま民衆のリアクションが返ってくる。

 向こうがやる気なのだからしょうがない、という。至極真っ当なものだ。


「対処は適時行う。サードアースと交渉を続け、最悪の事態を回避し、最良の形になるよう働きかける」


 手厳しい意見が次々と流れていく。

 そんなこと言って攻撃されたらどうするんだ。

 やられる前にやるべきではないのか。

 弱腰と見られるのではないか。

 それらの危惧は間違っていないが、正しくはない。

 サードアースが攻撃してくると未確定な現在ならば。

 ……最悪の事態を回避するべく備えるのは定石ではある。

 無防備の状態で戦争をするよりも、万全に準備を整えて戦争をする方が確実に良い。

 そこをホシも否定する気はない。

 だが、彼らは知らない。ホシも知らない。

 この世界の誰もが知らないし、戦争が常態化していた古代文明の人々も恐らくは知らないだろう。

 惑星間同士で戦争をすればどうなるか。

 機甲獣という脅威が偏在する状態で。


「戦争という未曽有の危機――サードアースに対する皆様の恐怖は理解できる。怒りや憎しみも。しかし私たちが注視しなければならないのは、サードアースのみならず。機甲獣のことも、忘れてはならない」


 サードアースとの戦いの最中、機甲獣に襲撃されてしまえば。

 多くの市民が犠牲になることは確定事項だ。

 最悪の事態を回避するべく動いているのは、ホシも同じなのだ。

 どちらも危惧するべき事柄なのは間違いない。


「今の軍にサードアースと機甲獣、その両方と戦えるリソースはない。ゆえに今一度、私は提言する。戦争をするべきではないと。一人でも多くの人々を生かす――否、幸せにするために、戦うべきではない。緊張を高めるべきではないんだ」


 弱気な女だ、というコメントが飛ぶ。ホシはあえて反応しない。

 すぐさま、彼女はセカンドアースでもっとも強い、という反論が流れた。

 ここにいる誰もが、彼女に意見できるほどの実力を持ち合わせていない、と。


「私の意見に賛同してくれるのはありがたいことだ。しかし、意見の正否は実力の有無のみで判断されるべきではないと、私は思う。どんな意見もこの場においては貴重だ。素直に気持ちを吐露してくれると嬉しい」


 謝罪のコメントが表示された。

 落ち着きを取り戻しつつある中、戦争賛成派らしき意見が目に留まった。

 戦争をして利益を得た方がいい、というものだ。


「戦争で相手の資源を奪うというのは、個人的には賛同できないが、方法論としては一理ある。我が惑星に経済力がないからこその戦争とは、先程述べた通りだ。しかし、私には、戦争をせずともこの状況を打開できる策がある」


 タイミングよく携帯端末が鳴った。ツキからだ。

 内容を速読し、読み上げる。


「禁域地帯に手つかずのスターダストが埋蔵されている、という情報がある。私としてはサードアースとの戦争に割くためのリソースをそちらに割り振った方が良いと考える。もし戦争をしてしまえば、発掘は困難になるだろう。戦況によっては、二度と手に入らなくなるかもしれない」


 これがプロンプトが用意した戦争回避のための秘策。

 スターダストがまだ残っているという情報は、市民を沸かせた。戦争に肯定的だったアカウントも、その情報に驚いている。

 スターダストはセカンドアースの要だからだ。この魔法の物質があれば、どれだけ困窮していてもやり直せる。


「スターダストへの依存は良いことではないと主張したばかりだ。それでも、もしまた大量のスターダストを得られれば、挽回のチャンスになるだろう。資源が尽きる前に、どうやって惑星を発展させるか考え、実行すればいい。戦争をするよりも確実に、豊かになれる未来がある。これが私が戦争に反対する、もう一つの理由だ」


 感情だけでなく、理性にも訴える。

 そうすることで、人々を説得しやすくなる。

 リベレーターとして培った経験を生かしきる。


「今一度、皆様にお願いする。どうか」


 ホシはもう一度頭を深く下げた。


「どうか、戦争をしないで欲しい」


 チャンピオンによる会見は、慎ましく終了した。





 ホシによる会見の後、また会見が中継された。

 主役は行政府代表。

 つまり、惑星運営の任に当たっている実質的な惑星指導者だ。

 バクスという初老の男で、高級そうなスーツに身を包んでいる。

 地下基地へと戻ったホシは、ルグドーやリベレーターの仲間たちと共に、その会見をモニター越しに見守っていた。


『此度のチャンピオンによる提言を受けまして、我々セカンドアース行政府の方針としましては……』


 セカンド、サード問わず、全ての人間に注目された彼の発言は、


『戦争への備えを十全とする方向で動いております』


 ホシの提言を否定するものだった。

 周囲の仲間から失望の声が漏れる。

 しかしウィリアムとホシ。

 そしてルグドーは狼狽することなくその成り行きを静観した。


『理由につきましては――む?』


 バクスが眉根を吊り上げる。

 視聴者たちから反対意見が雪崩のように書き込まれたからだ。


『皆様、落ち着いて私の話を……』


 ふざけるな。ちゃんと交渉してるのか? チャンピオンは全否定か。

 軍の略奪を止めさせろ。都市部以外も支援を拡充しろ。まず治安を良くしろ。

 様々なコメントが表示されるが、ほとんどが政府批判だ。


「ま、金持ちばっかり優遇してたらそうなるわな。実際に戦うのは市民だろう? ろくに恩恵も与えてくれない行政府や上級市民様のために戦って死ねなんて言われて、はいわかりましたって言える奴は滅多にいないさ」


 ウィリアムはバクスに呆れていた。もし彼らが常日頃から市民から信頼を勝ち取っていれば、ホシが何を言ったところで届かなかっただろう。

 だが、彼らは市民をないがしろにしていた。

 その結果セカンドアースの治安は悪化し、戦争を前に一致団結できずにいる。

 集団戦において、連携は命綱と言ってよいほど重要であるのに。

 これもまた、戦争回避に努めるべき理由である。

 単純に、勝ち目がないのだ。

 どうしても戦争をしたかったのなら、入念に備えるべきだったのだ。

 市民を潤わせ、軍備を増強して。

 ルグドーからの期待が込もった眼差しが、ホシへ向けられた。


「これでどうにかなります、かね?」

「多少強引ではあったが、これほど市民に反発されてしまえば軍をまともに動かせないだろう。それに、軍とて一枚岩ではない。全員が――」


 とホシが続けようとした時、中継内で騒ぎが起きた。

 何者かが侵入したのだ。その顔にホシは見覚えがあった。


『な、なんだね君は!』

『俺はオレン少佐だ。いずれ元帥になる男――しかし今そんなことはどうでもいい! 我々軍の意向を伝えに来た!』

『そのような連絡は――少佐と言ったかね? 君は佐官だろう。軍の代表者を名乗るほどの階級では』

『うるさいぞ! 不正で階級を得たバカどもなど知ったことか!』


 数人の部下らしき面々が騒ぎだてる代表者を端に追いやり、会見台を独占したオレンが続ける。


『私、オレン・カンドンは恥ずかしながら、軍の略奪行為に関わったことがある! まず、そのことを謝罪したい! 直接的な被害を受けた被害者及び、信頼を損なう形となった市民の皆様、申し訳なかった!!』


 予期せぬ闖入者による突然の謝罪に、視聴者たちに動揺が広がる。


『貴様、勝手に何を言って――』


 オレンは怒り出したバクスや集まってきた政府高官たちを指でさす。


『そして、私にも責任は大いにあるが、それはそこな男たちも同罪である! 私は告発する! セカンドアース行政府と軍は腐りきっている! 不正と汚職に塗れたゴミだらけの集団だ!』

『ふざけるな! 何を根拠に……! それに、情勢を考えろ! 今この時も我が惑星は戦火に晒されるかもしれんのだぞ! そのような状況で』

『汚職者ばかりを優遇して軍を弱体化させたお前が言うか! 軍を正常に運用していれば、サードアースの奴らが戦争なんてアホみたいな夢を見ることもなかったわ! 自分の無能を相手のせいにするんじゃない!!』

『今はそんなことを言っている場合では――』

『ならいつか! 戦争で焼け野原になった後か! 大方、脱出の算段でもつけているのだろう! いざ戦争が始まったら逃げ出すつもりに決まっている! 何の罪もない市民を盾としてなっ!』

『お前は政治というものをわかっておらん!』

『お前らのままごとが政治と言うならわかりたくないわ! そして今一度市民に問う! 皆様はどう生きたいか! どうすれば幸せになれるか! そのことをもう一度考えて頂きたい! くそ、離せ、やめろ――』


 オレンと部下たちが警備に摘まみ出される。

 バクスは素知らぬ顔で会見を続けようとしたが、ネットワークを通じて表示される市民たちの反応を見て顔色を変えた。

 今の奴を呼び出せ。お前たちは信用できない。なんで地方を見捨ててる?

 金持ちしか優遇されていない。貧民は肉壁になって死ねってか。


『ま、待ちなさい、先程の妄言を信じるのはとても愚かなことだ。サードアースの回し者かもしれないのだぞ』


 無論、オレンが語ったことは全てが真実ではない。バクスたちが本当に脱出するつもりかは定かではないし、セカンドアースが落ちぶれた責任は政治家たちのみにあるというわけではない。

 それでも、バクス及び行政府には信用がなかった。

 誠実に頭を下げたオレンよりも。

 率直に想いを告げたホシよりも。


『ご、後日にまた方針を発表する――』


 中継が終了した。

 仲間たちが拍手してくる。ホシは安堵の笑みを浮かべた。

 セカンドアースの問題は解決した。

 残る問題は――。


「後は頼みます、お師様」


 

 ※※※



 間抜け共の会見を見終えたサードアース総司令官は高笑いをしていた。

 笑いが止まらない。奴らには、コメディの才能があるようだ。

 司令室の椅子に座りながらひとしきり笑った後、オペレーターに命令を飛ばす。


「我らの敵は戦争をしたくないそうだ。ゆえに――戦争を開始する」


 現状セカンドアースの内政はゴタゴタだ。これ以上の好機はないだろう。

 そして戦争が始まればセカンドアースチャンピオンの顔に泥を塗る形にもなる。

 そんな状態でまともな連携を取れるはずもない。

 当初の予想以上に楽に片が付きそうだ。

 そう思っていた総司令官は突然視界が暗くなって面を食らう。


「なんだ? 停電だと?」

「い、いえこれはシステムダウン――ハッキングを受けています!」

「何をバカな! ここはサードアースでもっともセキュリティが高い要塞だぞ!」



 ※※※



『昔仕込んでたバックドアが役に立ったわ。じゃあ、後はよろしくね、タケル』

「了解した。作戦行動を開始する」


 EGのコックピット内で待機していた黒髪の男は、機体を起動する。

 パイロットの名はタケル。青い袴と黒いマント。そして、黒笠を被った風貌。

 それと似た見た目のEGの瞳が水色に煌めく。

 右腰にはレーザーピストル。SDウエポンだ。

 左腰には太刀――銘はクサナギ。

 頭部にはパイロットと同様に漆黒の笠が装備されていた。

 風来坊のような見た目のエンハンスドギアが立つ。


「カムイ、出撃する」


 カムイという名のEGが飛翔する。

 マントをはためかせながら飛んだ青い機体は、前方に巨大な基地を捉えた。

 サードアース基地スレイプニール。サードアース軍最高司令本部が存在する最重要拠点だ。

 併設する宇宙港では主力部隊が発進の時を今か今かと待っている。

 ここから主力を宇宙へと送り、セカンドアースと戦う予定なのだ。


『こちらからは主だった動きは見られないけど、そろそろ警戒中の部隊に目視で捕捉されるでしょう。気を付けてね』

「了解」


 タケルはリンダに応じながら、カムイを一直線に基地へと接近させる。

 こちらに気付いた防衛部隊が動き出した。


『こちらはスレイプニール基地防衛隊! 接近中の機体に告ぐ! これ以上の進行は――うわッ!』


 カムイは右手に構えたピストルから青いレーザーを発射した。

 五発で五機のEGが武装を破壊され行動不能になる。

 茫然とするディフェンダーの隣を素通りして、基地の上空へと姿を晒す。


『何事か! 対空砲火急げ!』


 基地内に設置された砲台が火を噴くが、タケルはあえて射撃せずに回避する。

 そのまま接近し、太刀クサナギを引き抜いた。

 一閃。砲身をのみ切り裂いて、そのまま別の砲台へ向かっていく。

 異変に気付いた即応部隊が続々とやってくる。

 ここは敵の本拠で、さらには戦争に備えて大量のEGが配備されていた。

 増援には事欠かない。しかしてタケルは焦らない。

 鉄面皮のまま、黙々と作戦を続ける。

 敵EGの集団に突撃。

 数を前に逃げると思っていたであろう敵集団の反応が遅れる。

 太刀を構えたカムイは敵の突撃銃の弾丸を避けながら切迫。

 肉薄したカムイがディフェンダーの首や腕、足や武器を斬り落としていく。

 傍受する敵部隊の通信からは悲鳴が響き続けた。


『そろそろ復旧するわよ』

「映像の準備は?」

『間もなく終わる』

「第二段階へ移行する」


 基地警備用のEGの首を刎ねる。最初はディフェンダーミリタリーが多かったが、デフォルトガードカスタムまで出てきた。パトロールも戻ってきている。

 即応戦力を削りつつある。港側からも熱源が接近し始めていた。

 主力部隊の一部が、対応のために出張ってきたのだ。


「主力部隊を確認。攻撃を続行」


 攻撃用エンハンスドギア、アタッカー。

 ゴツゴツした印象のディフェンダーとは違い、スマートな見た目の機体だ。

 装甲を減らすことで機動力を高めている。デザートカラーなのは、荒野が多いセカンドアースでの地上戦を想定しているためか。

 威力の高いセミオートライフルを連射してくる。それをカムイは避けて、ピストルで武器を撃ち抜く。サーベルを構えたアタッカーの腕と首を太刀で飛ばす。

 アタッカーの群れを蹴散らしながら、カムイは宇宙港へと接近した。

 腕を斬られ、武器を壊され、頭を撃ち抜かれたEGがカムイの通った後に放置されていく。

 港内では艦隊が補助ブースターを装着した状態で鎮座していた。

 長方形の輸送戦艦。現代における戦艦の運用マニュアルに則った、艦載機による攻撃を主とした母艦だ。それらが何隻も列を成している。

 防衛行動に出た艦隊が一斉に砲台を起動させた。掻い潜ってブースターのみを傷つける。小回りの利くEGが追いかけてくるが、タケルに焦りはない。黙々とEGを戦闘不能にし、またブースターを使用不能にする。

 同じ工程を何度も繰り返した。


『主力艦隊の三割が発艦不能になったわ。戻っていいわよ』

「了解した」


 カムイは基地内へと戻り、防衛戦力の削減を再開した。



 ※※※



「な……なんだこれは……」


 サードアース総司令官は、モニターに映る光景を茫然と見つめた。

 システム復旧後に流れた基地内の映像では、戦闘不能になったEGが転がっている。

 港内では、戦艦に装備されている打ち上げ用のブースターに傷が入っていた。


「第一から第三防衛隊小破及び中破多数! 戦闘不能状態です!」

「セカンドアース攻撃隊旗艦フレイルより入電! 攻撃隊の三割が発進不能とのことです! 艦載機の損耗率は――」

「三割……だと……。なんだ……? セカンドアースの奇襲か?」


 もっとも可能性が高い敵勢力を総司令官は呟く。


「いえ……現在確認中ですが……セカンドアース側に軍事行動は見られません!」

「敵機の熱源照合不能。アンノウンです」

「敵の数は何機だ?」


 オペレーターは迷うような素振りを見せて伝えた。


「あの……単機です」

「は?」

「確認されている敵性EGは一機のみです」


 絶句した。現実とは思えない。


「バカな……たった一機に我が軍が? い、いやまだだ!」


 サードアース総司令官は狼狽しながらも、命令を下した。


「旗艦に連絡! 艦載機発進準備! チャンピオンを出撃させろ!!」



 ※※※



 想定より早くはあったが、ようやく漕ぎ着けた。

 サードアース最強という名誉を得てなお、ガルバス・フロッグは飢えていた。

 戦いをしたい。本物の。

 コロッセオなどという遊戯ではなく。

 機甲獣や犯罪者の相手などという消化試合でもなく。

 本当の戦いを、したい――。

 なぜなら、自分は最強だから。

 どんな相手でも勝つのだから。


「始めるとしよう。私の伝説を」


 輸送戦艦の出撃ハッチから飛翔した水色のEGは、敵機へとまっすぐに向かっていく。

 今回の戦争に合わせてサードアースの技術の粋を集めて開発された新型機。

 エンハンスドギア、スルト。

 強固だが軽い装甲で全身を固め、防御力と機動力を両立した機体。

 さらには、全ての武装がSDウエポンだ。両肩、両腕、両足に装備された十二門のスターダストレーザーキャノンと、両手に持つレーザーライフルがあらゆる敵を蒸発させる。

 接近戦用にレーザーブレードも脚部に格納されている。

 もっとも使う機会はないだろうが。


「スルト、標的を抹消する」


 射程内に所属不明EGを捉えたガルバスはレーザーライフルを二連射した。

 一発目の牽制を回避させ、二発目の本命で穿つ。二撃必殺。

 それで事足りる、と思いきや、敵機は難なく避けた。

 眉根を寄せる。意外だ。


「思いのほかやるじゃないか。ではこれでどうだ」


 肩部のキャノンとライフルを同時に放つ。青白い閃光が敵に向かって迸るが、あろうことか回避しながらこちらに向かってきた。射撃武装は確認済みだが、敵機はピストルに手を伸ばさない。


「調子に乗るな!」


 全ての砲門から光を飛ばす。集中砲火を受けた機体は跡形もなく蒸発する――はずなのに、紙一重で回避しながらこちらへ近づいてきている。

 ガルバスは後退した。

 すると敵機がより加速した。まっすぐに。

 好機のはずだった。レーザーは速度を上げるだけで回避できるほど、単純な攻撃ではない。並みのパイロットならば、自機の速度に振り回されて回避に失敗するという本末転倒な事態がよく起こる。

 ゆえに、エースは不用意に接近したりしないのだ。

 だが、敵は刀でレーザーを切り裂きながら近づいてきた。刀身には青白い光が纏わりついている。実体刀とレーザーのハイブリッド武装のようだ。

 レーザーを近接武器で斬り落とすなんて芸当、一度や二度、三度までならばガルバスもできる。

 だが、この相手は。

 まるでこちらの攻撃を見通しているかのように、光を切り裂いて――。


「え?」


 謎のEGが眼前へと迫る。

 次の瞬間には、機体が重力に引かれていた。

 急所以外の五体を全て切断され。

 唖然とするガルバスを乗せたまま、サードアース最強の機体が落下していく。

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