第20話 決着
――二年前。セカンドアースコロッセオ、準決勝戦。
「くそ、どういう動きだそれは!」
黒いサムライ型のEGと相対するロゼットは、相手の用いる独特の剣技に苦戦していた。
赤い騎士に似た風貌のEGであるナイトマスターは、正面からの格闘戦を得意とする近接戦闘型だ。
実際、ここに至るまで多くの選手を斬り伏せてきた。
そして、相手も同様の戦闘を得手とするらしい。
だがこの剣術は知らない。無知のまま斬り合えば負ける。
そう判断したロゼットは機体を下がらせる。
ハンドガンを取り出して銃撃。相手もリボルバーを取り出した。
時間稼ぎをするはずが、互いの狙いは同じだった。
標的だったそれぞれの得物が、同時に喪失する。
「やるねえ……!」
大剣を構え直し、ホマレという名のEGへ斬りかかる。
相手はこちらの動きを余すことなく知っているようだ。
しかしロゼットはこの剣術の学習を終えていない。
加えて刀は斬撃速度が大剣よりも速い。ワンミスで負けることは必然だ。
ゆえにロゼットは防戦を選択した。ひたすらに耐えて隙を待つ。
時折攻撃も混ぜるが、それは防御に重きを置いた斬撃だ。
無限と思えるほどの一瞬が過ぎて。
隙を見つけた。
「今だ!!」
ナイトマスターが大剣を勢いよく振り下ろす。
金属音が響いた。
「何ッ」
攻撃を弾かれた。全身を使ったハジキだ。腕力、脚力、推力。その全てを用いたカウンターが、大剣を跳ね返したのだ。
それに気付いた時にはもう、刀身がナイトマスターのヘルムに迫っている。
赤き兜が宙を舞う。機体の体勢が崩れた。
呆然としたロゼットは、機体制御も忘れてそのまま仰向けに倒れた。
「なんて奴だ……」
歓声がスピーカー越しに耳に届く。
だが、不思議と悲しみも悔しさも芽生えなかった。
「面白え」
代わりに口元に浮かんだのは、笑みだった。
「んぁ……?」
ロゼットが目を覚ますと、夜明け前の路上だった。
どうやら酔っぱらって道端で寝てしまったらしい。
「げ、ゴミ捨て場じゃねえか。ゴミ袋の上で寝てたのかよ」
よっこいしょ、と起き上がり、周囲の状態に気付く。
男が四人周りに倒れていた。
「あー……思い出せねえ」
しかしそれとなく想像はつく。この不届き者たちは、寝ていたロゼットのことを襲おうとでもしたのだろう。
それで無意識に応戦し、ダウンさせたようだ。
「寝込みの可愛い女の子襲うとか。恐ろしい奴らだぜ」
ため息を吐いて、脈を確認。全員生きている。
「意識ねえ時に襲うのとかやめてくれよ。うっかり殺しても責任取れねえから」
意識があれば加減もできるが、無意識下では正直怪しい。
まぁやってしまったとしても罪に問われることは滅多にないのだが、それでも気分は良いものではない。
ロゼットは気を取り直し、赤い服の汚れを払う。
「でもま、お前との戦い方をどうするかは、決まったぜ。なぁ、ホシ」
薄明りの中、消えかけている星々に語り掛けた。
※※※
「帰ったぞ」
部屋に戻ったホシの足取りは軽い。
此度の戦いはかなりギリギリだった。相手がこちらの技を知っていれば、対応されていてもおかしくなかった。
それでも、賭けにホシは勝った。
残すは決勝のみ。それで全てが終わる。
――治療費を、手にすることができる。
そうすればツキも自由にやりたいことができるだろう。
ホシもまたリベレーターへ戻れる。
妹と過ごした期間は愛おしかった。それがまもなく終わると思うと、少しだけ後ろ髪を引かれるが。
いや、楽観にはまだ早い。次の相手も猛者だ。
手狭なホテルの廊下を進み、
「決勝に進出した。後一勝すれば優勝だ。……見ていたからわかるか」
ツキに呼びかけ続ける。だが、いつもならすぐ返ってくるはずの返事がない。
「ツキ……?」
気配を感じない。
嫌な予感がしながら奥に進み、普段座っていた椅子の上に彼女が姿がないことを確認する。
「ツキ!」
全ての部屋を捜索した。慌ててホテルを飛び出し周辺を見回す。
「ツキ、どこだ……! ツキ!!」
その日、ツキはホシの前から姿を消した。
ベッドから身を起こし、項垂れる。
ため息を吐く。
最近は見なくなってきたというのに、またあの夢を見てしまった。
妹の件は解決している。治療はまだ終わっていないが、彼女の無事は確認した。
今は、決勝に備えて休息を取るべき時間だ。
だというのに。
「先が思いやられるな……」
漠然とした不安が胸の中で燻ぶっている。
理性で言い聞かせても、感情が納得してくれない。
安全だとわかっているはずなのに、安心できない。
またいなくなってしまう……いや。
また何か悪いことが起きるのではないか。
こうしている今も、何かが。
かつて似たような状況で悩んでいる他者に、ホシは助言を与えたことがある。
その時はすらすらと出た解決策が、自分に対してはうまく適応できない。
――そういう風に、できている。
「ホシさん」
「ルグドー?」
寝ていたはずのルグドーが起きていた。
彼は水を入れたコップを手に持っている。
水を飲むために起きていたのかと思ったが、どうやら違うようだ。
「どうぞ」
「……ありがとう」
渡されたコップを飲み干す。
「どうして……」
「なんとなく、ですけど。それに、ツキさんにも言われたので」
「ツキに……?」
「トラウマになっているかもって」
「お見通しか……」
ツキはホシが気付かないことを何でも気付く。
自分の迂闊さを、ホシは笑うしかない。
「心の保全すら自分でできないとは」
「悪いことじゃないと思いますよ。それに、もしボクが似たようなことになったら、ホシさんはそう言うでしょう? 他人に甘くて、自分に厳しすぎるんですよ、ホシさんは。もう少し他人に甘えていいと思います」
「昔から言われているが、一向に治せないな」
自嘲気味に呟く。いろんな人物から指摘される欠点ではある。
情けない気持ちが湧いてくるが、
「ボクはどこにも行きませんよ」
微塵も残さず吹き飛んだ。
たった一言。それだけで、心に平穏が訪れる。
「そうか、そうだな。ありがとう」
「こんな楽しい試合を見逃すなんて、とんでもないですから」
「楽しめてるなら良かったよ」
グラディエーターとして、良い試合もできているようだ。
つまり今の自分は絶好調なのだ。かつてコロッセオに出場した時よりも。
自信が戻ってきた。
ルグドーが空になったコップを回収してくれる。
「あの……。戦争をうまく止めることができて。全てが落ち着いたら。聞いて欲しいことがあるんです」
何を伝えようとしているのかは、ホシには推測できる。
「君の、誉れか?」
「そうです。いいですか?」
「もちろんだ。約束するよ」
約束を交わして、眠りにつく。
何の憂いもなく安眠できた。
『これより決勝戦を開始します。準備ができ次第、搭乗者と搭乗機名をコールしてください』
――現在。セカンドアースコロッセオ、決勝戦。
ホマレのコックピットの中で、ホシは相対する赤い騎士を目視する。
デジャブを感じる。相手も同じだろう。
向こうからは黒い武士が見えているはずだ。二年前と同じように。
しかし二年前とは違う。準決勝と決勝という差だけではなく。
コンディションも、意志も。
昔とは違う。
『ロゼット・フィーン。ナイトマスター』
「ホシ・アマノガワ、ホマレ」
カウントが始まる。3、2、1――。
試合開始の合図が鳴り響く。
まずホシは相手の出方を窺った。
ロゼットはナイトマスターにハンドガンを水平に構えてこちらに向けた。
セオリー通り射撃戦で始まると思われた予想は、
『へっ』
拳銃が重力に引かれて落下することで外れる。
「どういうつもりだ?」
ホシが通信すると、ロゼットは不敵に笑っていた。
『お前と射撃戦したって、どうせ決着なんかつきやしねえ。前回と同じだよ。私が得意なのは接近戦で、お前が得意なのも接近戦だ。こんなものに意味はない』
そう言って、ロゼットはナイトマスターの射撃武装を全てパージした。
ホシもパネルを操作して、武装パージを選択する。両腰の刀以外の装備が地面を鳴らした。
ホシは織姫をホマレに構えさせた。
ロゼットも、騎士の背中に装備されている大剣を装備する。
『じゃあ、始めようぜ』
「ああ」
ほぼ同時に黒と赤のEGが動き出す。
刀と剣が、剣戟を響かせた。
※※※
二年前は、小さい端末の画面でソレを見ていた。
どうせ負けるだろうと思われた初出場の女性が、あらゆる相手を屠って勝ち進んでいく。
その姿に魅了された。文字通り、心を奪われた。
こんなに楽しいものが世界にあるのなら。
自分もいつかここから出て、もっと多くのことを知りたいと。
「ホシさん……!」
個室の観客席から固唾を呑んで戦いを見守る。
「今日は騒がないのね」
ルーペが話しかけてきたが、空返事で返す。
すっかり試合に集中するルグドーにルーペは配慮して、それ以上何も言って来ない。
刀と剣がせめぎ合い、弾いて弾き返し、斬っては斬り返されている。
純粋な剣技による戦い。今までの試合のような特別なギミックや隠し玉はない。
二年前と似たような試合だ。
(でも、ホシさんの技はもう)
ロゼットにバレている。
ルグドーは力強く拳を握った。
※※※
『これはすごい! かつてのような、一進一退の攻防が続いている!』
実況を聞き流しながら、ホシは相手の一挙一動を注意深く観察していた。
一つのミスも許されない。そしてミスのように見えたのならば、それは相手の罠である。
それを念頭に入れながらも、隙を突きたくなる衝動に駆られる。
ホマレの縦斬りをナイトマスターの横斬りが受け止めた。
武装としての威力は大剣の方が高い。
が、速度は打刀の方が上だ。切れ味も同様。
しかし耐久力は剣の方がある。
(純粋な打ち合いでは、刀が持たない)
こうして斬り合う最中も、切れ味は着実に落ちていく。まだ目に見えた変化はないが、いずれ一目見ただけでわかる程度には刃こぼれするだろう。
長期戦は不利。前回と同じだ。
だから、一か八かのカウンターに賭け、勝利をもぎ取れた。
しかし今回はその手を見切られている。
(だが――)
ロゼットの剣技を突破する術がない。突きを避けられ、突きが返ってくる。
機体を僅かにズラして避ける。相手と同じように。
体当たりを体当たりで迎撃するが、機体重量は相手の方が重い。衝撃力で負け機体がふらつくが、斜め斬りは予期できていた。刀で受け流し、蹴りを放つ。
ナイトマスターは後退し、下からの斬り上げを放ってきた。追撃する直前で下がったため、カウンターを紙一重避けられた。
『やっぱ埒が明かねえな』
と言うロゼットは不敵に笑ったままだが、額に汗を搔いていた。
ホシと同じように。向こうも神経を尖らせている。
『これ以上は付き合いきれねえぜ』
そう呟いて。
ナイトマスターが踏み込んできた。大剣を天高く掲げて、全力を持って振り下ろしてくる。
前回、決め手となった攻撃と全く同じだ。
罠である可能性は高い。
――それでも、対処しなければやられる。
ホシは刀身を地の底へ下げ、機体の全ての力を使って振り上げた。
結果は――昔と同じ。
大剣が宙を舞う。すかさずホマレが刀を斬り返し、
「ぐッ――!?」
その頭部を殴られる。赤い右拳で。
『そらよッ!』
繰り出された右膝が、刀の柄を握る両手に命中。
刀が後方へと飛んでいく。
ホシは追撃の殴打を左拳で防御し、蹴りでナイトマスターを牽制。
距離を取り、体勢を立て直す。
『EG拳法ってほどじゃないが』
サブモニターに映るロゼットは操縦桿から手を放し、軽く振っていた。
再び操縦桿を握りしめる。
『ここからが本番だ。さぁ、やろうぜ』
ナイトマスターが、両手を握りしめて構えた。
※※※
射撃戦では決着がつかない。ただ弾丸を浪費して、近接戦闘に移行するだけ。
では、それぞれの得物を使った戦いはどうか?
これも、ただただ斬り合いが永遠に続くだけ。
だったらもう、武器を捨てて殴り合うしかない。
それがロゼットが決めた方針だった。
だが、ロゼットが有利というわけでもない。
「素手でも結構やるんだろ? 不満はないはずだ」
既にホシは、白羽取りなんていう無茶苦茶な技を見せている。
なんらかの武道は嗜んでいるはずだ。撃って斬れるが殴れない、なんてことは有り得ない。
「問題ない。今度こそ、証明してみせよう」
ホシは燃えていた。凛とした眼差しはクールに見える。
でも、燃えているのだ。ロゼットと同じように。
ホシは鞘と右腰の小刀を外して後ろへ投げ捨てる。
ロゼットもパネルを操作してパージした。大剣と予備の小剣が音を鳴らす。
「どちらが」
『本当に』
「セカンドアース最強なのかを!!」
ナイトマスターがホマレに殴りかかる。ホマレは左腕で弾き、右腕を繰り出してきた。それを左手で受け止める。
そのままホマレは組み付いてきた。何かするつもりだ。
「やってみせろッ!」
笑みをこぼしながら、左膝をホマレの胴体にめり込ませようとする。
が、それを避けられて、左足で払われた。
仰向けに倒れそうになるが、EGの背中にはスラスターがある。
右足で横蹴りを放つ。組み付いたままのホマレとナイトマスターが横に転がっていく。互いにスラスターを使って地面にぶつかる衝撃を抑え、ほぼ同時に手を離して距離を取る。
着地したロゼットは顎を伝う汗を拭った。
「やるじゃねえの」
どうやらホシは関節技を使って、機体のフレームを折るつもりのようだ。
だったらこちらは折られる前に殴り壊す。
「どんな人間だって殴れば倒せる。EGだって例外じゃねえよなぁ」
両拳を打ち鳴らし、ホマレに向かって疾走していく。
ホマレも走ってきた。二機の拳が交差する。
※※※
「受け技というのは一見有利なように見えますが、確実にダメージを受ける技でもあります」
遅れてやってきたセンカが言う。
その表情はルグドーの知る天真爛漫なものではなく、戦士のそれだった。
「衝撃を受け流すと言っても完璧には不可能です。いくらかの傷は受けます。戦いが長引くほど、その傷は蓄積していく。実力が伯仲しているのなら、なおさらです」
眼下のデュエルステージ内では、ホマレとナイトマスターが徒手空拳で戦っている。
ホマレが赤き腕の横薙ぎを右の小手で受け止める。黒いアーマーが僅かに欠けた。
「ダメージは機体を徐々に、しかし確実に蝕んでいく。ロゼットさんは如何にカウンターを受けず削り切るか。ホシさんは機体ダメージが超過する前にカウンターを食らわせることができるかに、かかってます」
手数で押すロゼットと、一撃に賭けるホシ。
先に首を獲ることができるのは、どちらか。
「ホシさん……」
不安に駆られながらも、ルグドーは信じている。
※※※
無傷で勝てる。
などとは、戦い始めてから一度も思ったことはない。
弱者である自分が、強者から勝ちを貰い受けるためには。
常に思考を回し戦術を立て、相手の動きを予測し。
訓練と経験で得た己の技の、使い時を頭に叩き込む。
それらを実践できて初めて、同じ土俵に立てる。
そこからは、相手の思考や心理状態を見極める。
そうしてようやく、勝つことができる。
「鋭いな……!」
ホマレがひたすらにナイトマスターの両拳を受け流し続ける。
ロゼットの拳は、確かに本人の言った通りEG拳法とは違う。
かの拳法は一撃必殺とも呼べる戦技がある。
対して、ただの殴り合いにそれほど凶悪な技はない。
ゆえに。
一度ペースを奪われれば逆転の芽がなくなる。
武器を使った戦闘では、その武器に対し効果的な戦術を執れる。
EGに特徴的なギミックがあるのなら、それを突破できれば勝機がある。
しかしこの戦いにはそのどちらもがない。
裏を掻こうとすれば、表で殴り倒される。
ホシがもっとも苦手とする戦いだ。
センカと対する時もホシは具体的な策を構築しなかった。
あのような手合いは、下手に戦術を持ち込んだところで正面突破されるからだ。
それでも、あの機体には突破口があった。
だが、ナイトマスターはその在り方がシンプルゆえに、明確な弱点が存在しない。
コンセプトはホマレと同じだ。
洋風か和風か。
スペックに多少の差はあれど。
武士と騎士という違いはあれど。
同性能の機体で戦っていると言って差し支えない。
つまりは、パイロットの力量に全てが懸かっている。
『どんだけしのぎやがるんだよ。そろそろその首、殴らせろや』
「こちらこそ、その首を折らせて欲しい頃合いだが」
ナイトマスターは軽いジャブを連続で放っている。
掴ませず受けさせない。じわじわとこちらの耐久力を削ってきているのだ。
だが人が殴ると疲れるように、EGのフレームにも疲労が起きる。
同じ動作を何十、何百と、それも苛烈に繰り返せば一時的に、ほんの僅かに動作が鈍る。一般的には誤差の範囲だが、達人同士ではその差は致命的だ。
何より操縦桿を動かすパイロットの腕部にも同様のことが起きるはずだ。
そしてそれはロゼットも織り込み済みのはず。
それでも彼女は拳を止めない。殴る動作の反動よりも、直接殴りを受ける方が痛いと知っているからだ。
『どうした、ホシ! また奇想天外な技の一つや二つ、放ってみせろッ!』
「そうだな!」
ホシはあえてジャブに殴られに行った。
疲労を待っているとは向こうもわかっているはずだ。
律儀に応じていたら殴り負ける。なら、あえて受けてでもカウンターを行う。
ボディを殴られながらも相手に抱き着く。その勢いのまま頭突きを食らわせた。
メインモニターに一瞬ノイズが奔る。
『頭部が大事な試合でヘッドバットとはッ!』
ナイトマスターも負けじと頭突きをしてきた。ホシは可能な限り機体を後ろへ逸らして避け、さらにはその勢力を保ったまま後方へ投げ飛ばそうとした。
『させるかよ!』
が、ロゼットがスラスターを唸らせて宙に浮く形となる。
反射的にホシが組み付きを解く。しかし離れる前に打撃を頭部へ受けてしまった。
アーマーが欠ける。
ほぼ同時に蹴りがナイトマスターの左腹を穿つ。
それぞれが別方向に飛ばされる。
即座に体勢を直して着地すると、コックピット内に警告音が響く。
土煙が舞う中で、騎士のシルエットが殴りかかってくる。
ホマレが両手で殴ってきた左腕を拘束。肘部分に向かって膝蹴りを見舞う。
フレームが歪んだ。折れたのだ。
「腕ならくれてやるッ!」
苛烈な威力の拳を頭部に受けた。サブモニターに映る全身図の、頭部分が赤く染まる。
左腕が折れてなお、ナイトマスターは殴ってくる。
ホシは右蹴りを放ち、ナイトマスターの足を払う。その首目掛けて右腕を伸ばす。
掴んだナイトマスターの首を思いっきり地面へと叩きつけようとしたが、またもやスラスターで抵抗された。
アラートが鳴り響く。右腕部肘関節の負荷が許容値をオーバーしていた。
右のレバーを掴むホシの右腕にも、負荷はかかっている。それを気合いで耐える。
ナイトマスターが蹴りで反撃する。左膝が右腕肘に命中し、右腕部のシグナルがロストした。
抵抗力がなくなった右腕をスラスターで押しのけ、ナイトマスターがタックルしてくる。
再び右拳が頭部に命中。メインモニターの左前面部が消えた。左眼が潰れたらしい。
反撃の鉄拳をナイトマスターの頭へ放ち、ロゼットが後退する。
肝が冷える。音を立てて頭の月飾りが落ちてきた。
ベテランEGパイロットならば、全身図のダメージ数値を見なくても、どれほどで壊れるかが体感でわかる。
もう次はない。
そして、それは向こうも同じだと確信している。
となれば、取れる選択肢は一つだけだった。
アクセルペダルを踏む。ホマレが前進。疾走していく。
ロゼットもまた、機体を正面から突撃させてきた。
ホシが左腕を、ロゼットが右腕を振り上げた。
防がない。否。防げない。片腕を使用不能に追い込まれた二機のEGは。
残った拳を、互いの頭部に打ち込む――。
轟音の後、静寂に包まれる。
先に音を立てたのはホマレの頭部だ。
小規模な爆発が起きて、項垂れる。右目の光が消えた。
『こ、これは――ホシ選手の敗北か……?』
実況が困惑している。
ホシは静かに状況を見守っている。
すると、拍手が聞こえてきた。会場からではない。サブモニターからだ。
ロゼットが手を叩いている。
敗者への賛辞か。勝者への祝福か。
回答は、金属音を放って落ちたナイトマスターの頭部が行った。
『優勝おめでとう。文句なしに、お前がセカンドアース最強だよ』
会場が歓声に包まれる。
『勝者はホシ・アマノガワ選手――ここに、新チャンピオンが誕生した――!』
実況が響き、通知もホシの勝利を認めた。
心の底から安堵したホシは、機体の左腕を掲げる。
パネルを探し、残ったカメラで場内上方にある招待客のエリアを捕捉する。
遠くからでも一目でわかるくらいに、ルグドーが歓喜していた。
その姿を見て、ホシも喜びを嚙み締める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます