第19話 復讐、或いは……
「敬意が感じられない?」
「そうだ」
それが、ホシが分析した対戦相手の心理状態だ。
タブレットには、四肢を失い行動不能になった機体が転がっている。
これは決闘ではなく蹂躙。
真剣勝負ではなく、一方的に嬲り殺しただけである。
そして仮面を被った勝者は敗北者に一瞥も暮れず去って行った。
異質な雰囲気だ。観客は盛り上がるどころか、呆気に取られている。
ホシは疑問を抱いているであろうルグドーに話しかけた。
「グラディエーターにはその数だけ戦う理由がある。もうわかっているな?」
「はい」
「そのほとんどがポジティブなものだ。勝って名誉を手に入れたい。賞金を手に入れて贅沢に過ごしたい。強敵と戦いたい……。誰もが、未来に繋げるために戦っている。だが、この女性が見ているのは過去だ。未来を見ていない」
「そこまでわかるんですか?」
「戦い方や振る舞いを見れば、ある程度はな」
「でも、ホシさんなら勝てますよね!」
ルグドーはホシを信じてくれている。
ホシは少し目を逸らした後、彼に頷いた。
「勝ってみせるさ」
世界のために、自分を応援してくれるファンのために。
ルグドーのために、勝たねばならない。
闘技場に入場したホマレとオリジナルEGが向き合う。
そのエンハンスドギアの印象は武器庫だった。
重武装に、重装甲。
灰色の全身は分厚い装甲に覆われて、巨漢のようなイメージを与えてくる。
頭部には白い仮面が備わっていた。
両腕にはガトリング砲を持ち、両肩にはレールキャノン、背中にはミサイルポッドが確認できる。
火力で対象を制圧するコンセプトの機体であることは明白で、これまでの対戦相手をその大火力で蹂躙してきた。
当世具足を身に纏うホマレがスマートに見えるほどの重厚感だ。
機体名ヴェンデッタ。仮面を付けたアイネ・イフという女性がパイロット。
試合開始の合図が響く前に、ホシは通信回線を開いた。
「どういう目論見だ?」
「……」
問いたださずにはいられない。この女性が何を考えているのか。ホシにはそれとなく想像がつく。
ゆえにこその質問に、しかし女性の答えは沈黙だった。
いや、気配が変わった。怒っているのだ。
「お前からは願いが――誉れが感じられない。何のために戦っている?」
返答なく、試合開始のカウントダウンが始まる。
ホシは操縦桿を握り、初動を脳内でイメージする。
『――お前を絶望させるためだよ』
「なに――」
スタート、というアナウンスが響いた瞬間、爆音が響いた。
ヴェンデッタがいきなり全ての武装を発射したのだ。
ホシは回避を余儀なくされ、リボルバーでミサイルを撃ち抜く。
が、ガトリングとキャノンを連発されて前進することができない。
速度に緩急をつけてキャノンを避け、ガトリングの弾丸雨が追い付く前に移動する。
リボルバーで狙いを付けようとするが、再びミサイルに悩まされる。
今度は迎撃せずに敵機への攻撃へリボルバーを用いた。
だが、ヴェンデッタは逃げない。装甲が分厚くて弾丸が貫通しないのだ。
「やはり――機体相性が悪すぎる……!」
試合のデータ分析で導き出したのは、一番相性が悪い機体がヴェンデッタだという結論だった。
ホマレの武者アーマーは防御力が高いが、それでも防弾装甲には劣る。
ヴェンデッタの装備の中でもっとも火力が低いガトリングでさえも、そう何発も受けられない。
むしろアーマーが足枷になっているような状態だ。現状求めるのは防御力よりも機動力だった。
「くッ――!」
敵の猛攻撃を前に、逃げ惑うしかないホシ。
その姿を見て、アイネが笑う。
『いい気味じゃないか、ホシ・アマノガワ』
その反応は、それまでの試合と異なるものだ。これまで淡々と敵を処理してきたアイネが、ようやく人間らしい反応を見せている。
「お前は――私を知っているのか?」
『直接は知らないさ』
ヴェンデッタが追加でミサイルを撃ってきた。それをリボルバーで撃ち落とし、ライフルへ装備変更。狙いをヴェンデッタの頭部に合わせる。
『だが、オレにはあるんだ。お前に復讐する権利がな!』
キャノンを回避し、狙撃。
そして、それをブーストで避けるヴェンデッタ。
「くッ!」
ガトリングの暴風雨が追い付いてきて、ライフルに被弾した。
元よりダメージ覚悟での狙撃だ。被弾は止む無しだが、直撃させることができなかったのは大きい。
投げ捨てたライフルが爆発する。装備重量は下がり機動力が僅かに向上したが、まだそれでも攻めるには足りない。回避しながらリボルバーをリロード。
「復讐だと?」
『まだ気付かないのか? そりゃそうだよなぁ。逃げた後のことなんて興味ないもんなぁ!!』
ガトリングの雨が止んだ。オーバーヒートしたのだろう。
隙を埋めるべく放たれたレールキャノンを寸前のところで避けながら、六発のミサイルをリボルバーで撃ち抜く。
余った弾丸でガトリングを撃ったが弾かれた。ガトリング砲そのものが強固に作られているようだ。
「ならば!」
アクセルペダルを踏んでメインスラスターを唸らせる。
ヴェンデッタの正面へ最接近したホマレは織姫を抜刀。頭部を斬ろうとしたがガトリングの銃身に阻まれる――のは、想定内だ。
本当の狙いは右肩だ。即座に切り返し、右肩部を切り裂いて、
「なにッ!?」
斬撃が跳ね返される。装甲を斬った瞬間に小規模な爆発が起きた。
刀を手放せなかったため、その衝撃が全身に響く。機体が空中でバランスを失ったところで、ヴェンデッタのキャノンがホマレの両肩を捉えた。
反射的に下降ペダルを踏む。背部のメインスラスターが唸り、強引に機体が降下。
ヴェンデッタと目線の高さが同一になったところで、敵の本命がガトリングの砲身による打撃だと知る。
「ぐッ――!」
腹部装甲に殴打を受けたホマレが後方に吹き飛ばされた。
地面を何度かバウンドしながらも制御を取り戻し、追撃のガトリング弾を避ける。
「
近接武器の天敵とも呼べるアーマーだ。直撃した部分が爆発することで、その攻撃を跳ね返す。爆発そのものにも攻撃力がある攻守一体型の装甲だ。重さで潰すような武装であれば問題はないが、切れ味を重視する刀との相性は最悪だった。当初の分析よりも、相性の悪さが浮き彫りになっている。
遠距離は不利だが、距離を取らざるを得ない状況になってしまった。
しかも、またガトリング砲が復活している。
弾数は有限だが、弾切れまでしのぎ切れるとは思えない。
ホシが出方を窺っていると、アイネが笑い始めた。
『そうだ、これだよ。こうなるべきだったんだ。二年前も』
「お前は――」
サブモニターに映る、アイネが仮面へと手を伸ばす。
その素顔を見たホシが目を見開いた。
「アイーダ・アルテウス……!?」
二年前のコロッセオ。その決勝で、ホシが戦うはずだった相手。
不戦優勝では盛り上がらないと特別な措置が取られ、繰り上げで決勝に上がったロゼットに負けたグラディエーターだった。
※※※
『これはなんということだぁ!? 二年前のコロッセオで準優勝したアイーダ・アルテウス選手だぁ……! どうやら、名前と機体を変えて出場していたようです!』
アイーダの登場で会場内はどよめていた。
ルグドーも驚きが隠せない。その素顔は前回と変わらないが、違うのは戦い方だ。
二年前のコロッセオでも、アイーダは火力重視型だった。
しかしここまで猛烈なものではなかった。敵にあえて隙をみせて、そこへやってきた敵を返り討ちにする。
カウンター型の戦いをする選手だった。
見応えはあったし、相手への敬意も見られた。
先制攻撃で反撃の余地なく圧倒するような戦法ではなかったのだ。
「ホシさんと戦うために……?」
そのために名を変えて、仮面を被りやってきたのだろうか。
ホシに復讐するために。
※※※
その驚きは小気味が良かった。
アイーダはヴェンデッタのコックピット内でほくそ笑む。
「始まる前、誉れがどうとか言ってたな? そんなものは捨てたよ。二年前に!」
あの時の屈辱を片時も忘れたことはない。
とある傭兵部隊に所属していたアイーダは、自身の実力に箔をつけるために大会へ出場した。
そして順調に勝ち進んでいた。残るはたった一機に勝つのみのところまで。
だが、ホシ・アマノガワが姿を消したことで状況が一変した。
勝利の女神はアイーダに微笑まなかった。
いや、微笑まなかったのは女神だけではなかった。
ロゼットのナイトマスターに敗北を喫したアイーダを迎えたのは、仲間たちの嘲笑。
繰り上がりに敗れた負け犬。
我々に必要なのは一流の傭兵だけだ。棚ぼたされるような二流に用はない。
自分を家族のように育ててくれたはずの部隊に、アイーダは不要の烙印を押され、追放された。
それも全て、あの女のせいだ。
「お前が逃げなければオレは勝っていたんだ」
アイーダの碧眼の瞳に映るのは、復讐の炎だ。
「機体相性的にお前が勝つことはできない」
ホマレをロックオンする。戦いから逃げた腰抜け女を。
「それを今から証明してやる」
アイーダはアクセルペダルを踏み操縦桿を前面に押し出す。
機体重量を感じさせない速度でホマレに迫り始めた。
大型ブースターを増設したヴェンデッタは、一時的にはなるが中量機に迫れる程度の速度を出せる。
バランス型のホマレは中量機体だ。例え接近されてもリアクティブアーマーに守られている。その性質上、一度装甲が反応すると防御力は低下するが、むしろ狙いがわかりやすくなって好都合だ。
そして、リボルバーでは装甲を反応させるほどの火力は出ない。
近接武器を使うしかないが、刀は構造上何度も爆発に耐えきれるものではない。
「火力が全てなんだよ……!!」
重装甲で固めて、大火力で対象を破壊する。
戦いはそれだけでいい。
それだけで、どんな戦術も、技能も、いとも容易く撃ち砕ける。
現にホマレは後退することしかできない。
最後のミサイルを放つ。ミサイルポッドをパージし速度を上げた。
ミサイルとガトリングで敵の動きを誘導。
ホマレは何を思ったか、空中へ飛び上がった。
下から追い込むように迫るミサイルをホシは迎撃しようとする。
アイーダはガトリングを左右から追い込むように乱射した。
ホシが唯一の逃げ場である上方へスラスターを吹かす。
「殺った」
そこへレールキャノンを撃ち込んだ。
回避が間に合わなかったホマレが、爆発に包まれる。
※※※
「なぁ、本当に必要か? そんな機能が。大した使い道はないと思うんだが」
「選択肢があることが重要なんだ。頼む」
地下基地にて伝えたホシの要望に、ウィリアムは不満げだ。
「そんなものより、武装でも追加した方がいいと思うんだが」
「ホマレは今の状態が最良だ。機能拡張だけで済ませたい」
「わかったよ。だが、どうするんだ?」
「どう、とは?」
「次の試合だよ。どう考えたって相性が悪すぎる。何よりアーマーのデータがないのが最悪だ。みんなまともに接近する前にやられちまったからな。何かしら仕込んであるだろ、あの装甲。出たとこ勝負じゃ危険すぎる相手だぜ。ワンミスで終わりかねない。俺だったら装備を射撃武器に変更して、銃撃戦を仕掛けるね」
「それでは相手の動きが変わってしまう。データが役に立たなくなる。それは避けたい。不利ではあるが、未知よりはマシだ。接近すれば勝ち目があるという前提を崩したくない」
「ホント、タケル流だな。いや、誉流か? なんにせよ、諦めるんじゃないぞ。諦めちまったら、せっかくの勝機を見逃すなんてことになりかねんからな」
「無論だ」
ホシは力強く肯定した。
爆発がホマレを飲み込んだ。
絶体絶命のピンチに、しかしホシは落ち着いた様子でペダルを踏む。
爆風の中を駆け抜けて、ホマレが姿を晒した。
純白な姿を。
全てのアーマーが外れた、フレームのみの機体を。
『アーマーパージで防いだ……!? だが!』
虚を突かれたアイーダの攻撃が迫ってくるが、それを猛スピードで回避する。
当世具足を外し細身となったホマレは軽量機、否、最軽量機と言っても過言ではない軽さだ。
防御力はゼロに等しくなったが、機体速度が大幅に上昇している。
武装も両腰の織姫と彦星だけだ。
後退し始めたヴェンデッタへと突撃しながら双刀を抜く。
ガトリングの嵐がホマレを挟むように左右から迫ってくる。
その間にホシは長刀と小刀の柄をドッキングさせた。
双刃刀――七夕。
それを前面で回転させることによって、弾丸を斬り防ぎながら前進する。
『いつまでも持たないだろ!』
七夕の欠点は
そして、アイーダがそこを狙うことは予想できていた。
攻撃箇所が固定されることで、ホシは移動に専念することができている。
ヴェンデッタは前進は得意でも、後退では速度が極端に落ちるようだ。機体前面を重装甲にしている影響だろう。
ガトリングの狙いが一点に集中する。
このままでは直撃する――そう危惧した刹那、ガトリングがオーバーヒートした。
『チッ!』
間髪入れず砲撃が飛来するが紙一重で避ける。回転防御を止め、柄を操作。刃の向きを揃えた。
『棚ぼた優勝? じゃあ、棚ぼたすらできなかった私はなんだ? ゴミカスか?』
ヴェンデッタの砲撃。回避。機体目前まで迫る。
『事情があった? 止むに止まれぬ事情が? 知らねえよ。関係ないだろオレにはよ!!』
「その通りだ」
ホマレがヴェンデッタに肉薄。ホシは爆発反応済みの左肩装甲に向けて、七夕の織姫部横斬撃を放つ。
当然ながらフェイントだ。ガトリングの防御に刃が接触する前に、右肩へと彦星側を直撃させる。装甲が反応し爆発するが、おかげで七夕の斬撃に勢いがついた。シーソーのように急加速した織姫部分で左ガトリングを弾き飛ばし、左肩とレールキャノンを切断。頭部はギリギリのところで後退されて避けられる。
無傷の右レールキャノンが発射され、ホマレの右肩に直撃する。
その寸前で手放していた七夕を左腕で回収、繰り出されるガトリングの殴打をサイドスラスターを吹かして左に避ける。
キャノンが再発射される前に、ヴェンデッタの首を刺突した。
※※※
メインモニターの前面部分が灰色に染まり、シグナルロストという警告が表示される。
死角をカバーするべく残ったサブカメラによる映像に切り替わった。映像には不備があるものの、優秀なEG乗りであれば十分に戦える。
しかしコロッセオのルールでは頭部を失った機体が敗北する。
戦闘続行可能かどうかは、関係ないのだ。
アナウンスと実況、何より観客の歓声がアイーダの敗北を認めていた。
すなわち、ホシの勝利を。
「受け入れられねえ」
自分の人生をめちゃくちゃにした相手は、勝利の栄光を手にした。
こんな理不尽は許されない。
アイーダにはあるのだ。
復讐する権利が。
パネルの武装画面では、左腕に持つガトリングが発砲可能状態になったと表示されていた。
無表情のまま、左の操縦桿を動かし。
機体の向きを左斜め前にして、油断している白色の機体をロックオンして。
「は……?」
絶句する。
ホマレそのものに驚きはない。
右肩を失った白いフレームのままだ。
驚いたのは、その機体の動作。
――頭を下げていた。
サブモニターにホシの姿が表示される。
彼女もまたお辞儀をしている。
『二年前のこと、申し訳なかった』
その謝罪を聞いて、アイーダは呆ける。
茫然として、気が付けば。
頬を涙が伝っていた。
「ふざけ、るな。ふざけるなよ。どうして謝るんだ。バカみたいじゃないか、オレが……私が……」
操縦桿を手放し、涙を拭うが止まらない。
「お前は逆恨みだって……こっちを責めることだってできるだろ? 負け犬の遠吠えだってバカにだってできるじゃないか。なのにどうして謝るんだ。くそ、くそくそ」
本当はわかっていた。
今更ホシと戦って勝ったところで、あの敗北は覆らない。
家族が認めてくれるわけでもない。
全ては自分がロゼットに負けたせいだ。
ホシを恨むのは筋違いだったのだ。
それでも、そう思いたかった。
間違ったのは自分じゃない。
誰かのせいにしたかった。
見て見ぬふりをしていた自身の気持ちを直視して、惨めな感覚が全身を巡る。
「恥ずかしいな。私は。実力もないし、誇りもない。なんて惨めな――」
『すごかったぞ!! やっぱり火力は正義だな!!』
「え……?」
スピーカーから聞こえてきた声援に耳を疑う。
『やっと戻って来てくれた! 戦い方が似てるって思ってたのよ!!』
『最初はびっくりしたけど、こいつはすげえ! 圧巻って感じだな! 真似したいけど俺にはできねえ!』
『彼女がコロッセオに新しい風をもたらしてくれました。次回はきっとどの選手も対策するでしょう。より戦い方に幅が出ますねえ。盛り上がること間違いなし!!』
「なんだよ、これ……幻聴か? 都合が良すぎるだろうよ。オレの頭」
自らの正気を疑っていると、ホシが話しかけてくる。
『お前の戦い方は強引ではあったが、それでも人々の心を掴んでいた。敗北した選手たちも、悔しがってはいるものの、お前を恨んではいないはずだ。……一時的にあり方を見失っていただけだ。その原因は私にある。すまない』
ホシは再び謝罪してきた。もはや笑えてくる。
「もういい。もういいさ。さっさと整備に行け。中破だけでも厄介なのに、アーマーパージとはメカニック泣かせにも程がある。お前は決勝が控えてるんだからな」
『わかった。失礼する』
「絶対勝てよ? オレの名誉のためにもな」
『了解した』
ホマレを見送ったアイーダも、ヴェンデッタを退場させた。
機体を格納庫に戻したアイーダは、着信音がして端末を取り出す。
懐かしい顔がいた。金髪の男だ。
「アガートラムか。なんだ。敗北者を笑う気か?」
『中継で試合を見ていた。どんな様子かと思ってな』
ジュリアス・アガートラム。シュバリエという機体のEGパイロット。
同じ傭兵部隊にいた男だった。寡黙だが相当に腕が立つ男だ。
長年連絡を取っていなかったが、大きな変わりはなさそうだ。
『連中は元気かよ?』
ジュリアスは首を横に振る。
『わからない。皆散り散りになった』
「は?」
驚くアイーダにジュリアスが説明する。
『お前が追放された後、とある組織のEGに強襲を受けた。部隊の一角を担うお前が抜けた穴は大きくてな。壊滅状態だったさ。単機相手にな』
「壊滅って……殺されたのか?」
『いや、一人残らず無傷だ。肉体的には。精神面はズタズタだったが』
「ドラグーンを単独で、しかも無力化させた……?」
ドラグーンは名うての傭兵部隊だった。
それをたった一機で、しかも殺すのではなく生かして……。
信じられない。殺すよりも生かす方が難易度が高いのは自明の理だ。
『私も応戦したが敵わなかった。見事な腕前だ。連携が取れていればまだ勝ち目もあったかもしれないが、揉めていたからな』
「お前でも敵わなかった……。揉めていた?」
さらなる疑問が追加される。
『お前を追い出した理由でな』
「どういうことだ?」
負け犬に用はないというセリフを未だに夢に見る。
「お前が追放された理由は嫉妬だ。当初は可愛がっていた連中も、お前の成長に恐れを抱いたんだ。地位を脅かされると考えたんだろう。だから適当な理由をつけて追い出した。それが真相だ」
「そう……だったか……はは」
渇いた笑い声が漏れる。なんてことだ。ピエロじゃないか。
復讐だなんだと意気込んでいたのがバカらしくなる。いや、実際にバカだった。
ジュリアスは同情的な表情を見せる。
そう言えば、と、昔から彼が目を掛けてくれていたことを思い出す。
親切だった男は、かつてのように提案をしてきた。
『もし今手が空いているのなら、私の仕事を手伝って欲しい。今はセカンドアースを転々としながら傭兵をしているが、そろそろ別のアースに移動しようと考えていてな』
「少し……考えてみる」
『そうか。返事を待っているぞ。にしても、惜しかったな。敵討ちをしてくれるかと思ったんだが』
「敵討ち……?」
『偶然だが、私もホシ・アマノガワと交戦した。負けたよ。完敗だった。君ならばもしやと思ったが』
あのアガートラムが負けた。部隊の中で最も強いとされていた男が。
また笑いが漏れた。
彼が負けたのなら、自分が負けてもおかしくはない。
自分が弱いわけじゃなく、相手が強かったのだ。
「そうか。だが、次は負けねえ」
『そうだな。あいつらに見せてやろう。我々の誉れを』
通信を終えたアイーダは、憑き物が落ちた表情で歩き始めた。
足取りは軽いが、力強く。
仮面はもう、いらない。
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