第18話 閃火爆拳

「……」


 タブレットを手に持つホシの視線は、画面の外へ向けられていた。

 視線の先にいるのはルグドーだ。彼はずっと、自身のしっぽをいじっている。

 あの少女に触られたことを気にしているのだろう。

 茶色のふさふさの毛に覆われた部位は、ホシの身体に存在しない。

 だから、それを触られるという感覚がどんなものなのかわからない。

 くすぐったいのか、気持ちいいのか。

 そして、触れたいと思うこともなかった。デリケートな部分だと考えていたからだ。

 だが、今は。


「よいしょっと」


 ルグドーはこちらに背を向け、しっぽを左右に振る。状態を確認しているのだろう。

 腕や足に違和感を覚えて、動かすのと同じ感覚だろうか。


 ――大変素晴らしいモノでした!


 しっぽを弄った少女の感想が、ホシの脳裏をこだまする。

 恐る恐るしっぽへと手を伸ばして、


「ホシさん」


 宙を舞ったタブレットをキャッチする。突然ルグドーが振り返ってきた。


「三回戦の相手とは、どう戦うんですか? 何か作戦は?」

「そ、そうだな……次の相手に具体的な策はない」


 背筋を伸ばしたホシは、タブレットをスリープモードにする。


「え? 大丈夫なんですか?」

「その方がいいんだ」


 落ち着きを取り戻したホシは、普段通り凛とした表情で応じた。

 自らの奇行を隠し通せたことに安堵しながら。




 ホマレは軽快な足取りで闘技場へ足を踏み入れた。

 反対側の入退口からは対戦相手の機体が入場してくる。

 正面から対峙する二機。

 黒いサムライ型のホマレと、黄色い塗装が施されたEG。


『これより三回戦を開始します』


 軽量のアーマーで構成された機体。頭部にはプロテクター代わりのバイザー。両肩と太ももは、極限まで軽量化された薄い灰色の装甲に覆われている。

 黄色い両腕と両足が分厚く見える。特殊な装甲が加えてあるためだ。

 それ以上に特徴的なのは、武装らしき物が一切確認できないことだ。

 素手だけで戦いに来た。

 その常識外の状況に観客も実況も、そして対戦相手であるホシも驚いていない。

 通知音が鳴る。秘匿通信だ。ホシは訝しみながらも許可する。


『先日はどうもです!』

「センカ・エミュードだな」


 サブモニターに映るのは、ルグドーのしっぽを弄った少女だ。


『はい、よろしくお願いしますです、ホシ・アマノガワさん! ところで一つ、お訊ねしたいのですけど』

「なんだ?」

『リベレーターさん……ですよね?』

「なぜその名を知っている」

『やや、そう怖い顔をしないでくださいです! 姉弟子が所属していると、風の噂で聞きましたのです。それにあちこちで、噂になっていますのですよ。トラブルが起きた時、所属不明の凄腕EGが出没すると。都市伝説のようなものですが、武の道を行くものならば、それが真実だと気づきます』


 センカの雰囲気が変わった。愛嬌のある笑顔から一転、戦士の眼差しへ。


『その胸をお借りします。いざ尋常なる勝負を』

「了承した」


 搭乗者と搭乗機名をコールしてください、というアナウンスにホシは応じた。


「ホシ・アマノガワ、ホマレ」

『センカ・エミュード、シーカー』

『試合開始まで、3、2、1――スタート』


 合図と共に互いが動き出す。ホシはセオリー通り射撃武装ライフルを構えようとした。

 が、シーカーが猛スピードで接近してくるのを見て躊躇する。


「速いな」

『先手必勝!!』


 一回戦で相手をしたスピードランナーとは、別ベクトルの速さだ。

 スピードランナーの方が速度は上だが、機体が速すぎるゆえに攻撃も単調であり、動きが読みやすかった。

 しかしシーカーは違う。最低限度のアーマーで極限まで軽量化された機体の加速は凄まじいが、しかしてその操縦性を保持したままだ。

 複雑な動作が十全にできる最高速度で、ホマレに迫っている。

 ライフルからリボルバーへと装備変更したホシは、頭部に向かって銃撃する。

 回避するかと思われたセンカは、腕の追加装甲で弾丸を弾き突っ込んできた。


「データ通り……ただのアーマーではない!」


 防具であり武具。拳そのものが盾であり武器だ。


『我がEG拳法、受けるがいいッ!!』


 苛烈な一撃を紙一重で避ける。

 が、回避先で蹴りを食らった。ホシはペダルを踏んで姿勢制御を行いながら、パネルをタッチし刀へ武装変更。操縦桿を操作し、照準を敵機に合わせる。

 シーカーの勢いは衰えることなく、連撃を放ってくる。織姫で受け流しながら、双拳の殴打をギリギリで躱す。

 ホシは機会を窺いながらひたすらにしのいだ。

 しかしとうとう壁際まで追い詰められてしまう。

 ここぞとばかりにシーカーが右拳を振り上げる。


(今!)


 ホシはホマレに刺突の構えを取らせる。

 カウンター狙いだった。

 リーチは拳より刀の方が上だ。攻撃速度では負けていても、勝機は十分にある。

 拳より先に刃の先端がシーカーの頭部に命中する――はずが、


『ナックルブラスト!!』


 右腕部に搭載されている籠手後部が火を噴いた。

 ホシは攻撃を断念し、レフトサイドスラスターのペダルを全力で踏む。

 閃光めいた速度の拳が壁を殴る。壁が崩れ、振動がコックピットまで響いた。

 追撃の蹴りが刀身に命中し、ホシは躊躇いなく刀の柄を手放した。

 宙を舞った織姫がコロッセオの壁に刺さる。もはや回収不能だろう。

 そのままシーカーから距離を取る。シーカーはすぐには追って来ない。攻撃後に隙ができるようだ。しかし……。


(拳にブースターを搭載しているのか。なんという速度と威力だ)


 もしあのまま刺突を続行していたら、勝敗は決していた。

 織姫は喪失してしまったが、惜しいとは思わない。どのみち長刀では、あの拳に対応不可能だろう。脚部にも同様のギミックが仕込まれている可能性が高い。


『初見殺しの拳だったんですがね……避けるとは。流石です』

「そんな凶悪な技を隠していたとはな」


 下手に戦術を立てていたら、先入観でやられていたところだった。

 ホマレが左手で彦星を抜刀し、右手に投げ渡す。

 左逆手で背中からナイフを抜き構えた。

 ホマレの前へと移動したシーカーがファイティングポーズをとる。

 ホシはその動作に違和感を覚えたが、シーカーが再度突撃してきたため思考を中断した。


『次は避けられませんよ!』


 今度はホシも攻勢に出る。小刀とナイフの連携斬撃をシーカーに向けて繰り出す。

 打撃をナイフで弾き、斬撃を足のアーマーで受け止められる。

 互いに退くことのない攻防が続く。

 その最中、ホシは気付いた。

 シーカーの右腕の動きが鈍っている。

 ホシは左足で蹴りを放つ。シーカーの左足とかち合うが、すかさずナイフの逆手を右腕に向かって突いた。

 が、予期せぬ防御に虚を突かれる。ホシの右手斬撃に対応していた左腕が庇うように前に出て、ナイフを肘で挟み込んだのだ。

 しかしそれは彦星に対して無防備になることを意味する……はずが、センカはシーカーの右腕を振り上げて帳消しにした。

 さっきの技だ。

 ――対応しなければ負ける!


「ダメか!」


 ホシはナイフを手放した左腕であえて殴りを選択した。


『ナックルブラストッ!』


 ホマレの左拳とナックルブラストが激突する。かち合いに勝てるはずもなく、左腕がぐにゃりと曲がった。殴り勝ってなお、シーカーは防御行動に移行していない。先程と同じく隙ができている。

 彦星でダメージを与えようとしたホシは、ホマレの右腕が思ったように動かないことを悟った。


「くッ、何が――」


 攻撃を諦め、メインスラスターで後退しながらサブモニターを確認する。

 ホマレの全身図が薄く赤色に染まっている。機体がダメージを受けている。特に顕著なのは左腕だが、問題は直撃していない左肩まで真っ赤になっていることだ。

 破損状態にある――そう認識した瞬間、音を立てて左肩が歪んだ。


『いかなる防御も、アーマーも。この拳には通用しません』


 ナックルブラストの衝撃力が、内部パーツを破壊したのだ。

 フレームを砕かれたホマレの左腕肩は、骨折したように力なく垂れ下がっている。

 加えて、全身にも衝撃によるダメージが蓄積しているのだ。

 機体の動作速度が低下している。このまま攻撃を受け続ければ戦闘不能になる。

 分析している間に、シーカーが行動を開始した。

 ナイフを肘から落とし、背部スラスターで上昇する。


『決着をつけます! キックブラスト!!』


 脚部装甲が点火し、メインスラスターとブースターの相乗効果で超加速したシーカーが蹴りで突っ込んでくる。

 ホマレが右に避けたが、反応が通常時より遅い。またもや左腕に命中し、壊れたパーツが後方へと千切れ飛んでいく。

 ホシは反撃に転じようとしたが、機体がふらついてしまいワンテンポ遅れた。


『終わりです――ナックルブラスト!』


 右の高速拳がホマレの頭部を穿つ――。

 刹那、轟音が響いた。

 壊れたのだ。

 ホマレの頭部……ではなく。

 シーカーの右肩が。

 あらぬ方向に右腕が飛んでいく。


『まさか!? でもまだ――なっ!?』


 ホシはホマレに体当たりさせていた。全身にダメージを負った状態でも当て身なら問題なく動ける。


『しまった、この近さでは……!』

「終わりだ!」


 シーカーが反応する前に、その頭部へ彦星を突き刺した。


『気付いて……たんですね?』


 失速し、二機が重なって倒れ込む形となる。

 ホシはエラーアラートが鳴り響く中、ゆっくりと機体を起こした。


「動作が鈍っていたからな。諸刃の剣だと気付けた」


 右腕をシーカーへ差し出す。

 ホマレの腕を左手で掴んだ機体が立ち上がった。


『道理で逃げるはずのタイミングで体当たりを。理論上は三発まで耐えられる設計なんですが……考えられるとしたら、拳同士のかち合いですかね。あの時の反動で、想定より負荷が掛かっていましたか。お見事です』

「博打みたいなものだ。勝てたのは運だろう」

『EG拳法に、運という考え方はありません。あなたの実力ですよ、ホシ・アマノガワ』


 二機は並んで片腕を合わせる。

 会場が歓声に包まれた。



 ※※※



 その中継を眺めていた女性は、苛立ちのあまり情報端末を投げ捨てた。

 会場は拍手喝采だ。二人のグラディエーターを称えている。

 見惚れるような試合だったと。


「バカどもが」


 リアルで見てる奴らも、中継を眺めている奴らもアホしかいない。

 あのホシ・アマノガワは決勝を前に逃げ出した腰抜け野郎だ。

 そのことを忘れてどいつもこいつも。

 当初はそのことを指摘していた奴らも、勝ち抜くホマレの姿を見て手のひらを返した。


「頭湧いてんだよウジ虫が」


 灰色髪の女性は投げた端末に近づく。拾おうとした瞬間、センカと握手を交わすホシの姿がアップされた。


「くそ、くそくそくそ!」


 手ではなく足が伸びる。端末が機能不全に陥るまで踏み続ける。

 画面が割れ、ボロボロになった端末に女性の被る仮面が映った。


「二度とコロッセオに出れないようにしてやるよ、ホシ・アマノガワ」



 ※※※



「いやあー本当に、本当に楽しかったです! 全力を出して戦えたの、だいぶお久しぶりでしたです!」


 ルグドーたちのいる個室に移動したホシは、センカを交えて歓談していた。

 センカは満足げに笑っている。敗北したというのに、そのことを微塵も感じさせない晴れやかな笑顔だ。彼女がコロッセオに出場した理由は名誉でも賞金でもなく、強敵との戦いだったという。

 敗北しても目的は達成されたというわけだ。出場者の数だけ、戦う理由がある。


「でも、センカさんもすごかったですよ。素手でここまで戦うなんて」

「EG拳法では武器はこの身体そのものなのです! 拳を自由自在に扱うことができれば、銃にも剣にも勝りますです!」


 ルグドーの前で正拳突きを披露するセンカ。事実、ナックルブラストの速度は銃弾並みで、直撃のダメージは砲撃と同等だった。

 使い手は少ないものの、強力な武術であることは間違いない。


「この拳で、どんな敵をも打ち倒し、あらゆる悪を改心させるのです!」

「改心、か」


 ホシはタブレットへと目を落とす。

 センカの情報が記載されていた。EG拳法の流派の一つ、マシンディザーム流に所属し、修行と称しながら幾多の騒動を解決してきたとされている。

 リベレーター入りしたという姉弟子も、思想が似通っていたため抵抗なく組織入りを果たしたらしい。

 悩みどころではある。ホシが組織の一員らしく黙考をしていると、


「ところでルグドー君、お願いよろしいですか?」

「なんですか?」

「もう一度、おしっぽ様を触らせて頂けたらばと!」

「ダメだ」


 即座に拒否する。聞き捨てならない提案だ。


「別にいいんじゃないの? くふ」


 ルーペが他人事のように言う。少し笑っているのが腹立たしい。


「そういうのは良くない」

「別にボクは構いませんが……あれだけの試合が見られたので」


 信じられないことにルグドーは許容していた。


「ルグドー君のおしっぽ様は、それはもう極上の触り心地です! 一度体験したら病みつきになること間違いなしです! もちろん、独り占めは良くないと思いますので、もしよろしかったご一緒に触りましょうです!」


 その提案を受けたホシは硬直する。


「…………ダメだ」


 返答に時間が掛かってしまう。ルーペが吹き出した。

 そこまで言われると興味が出てくるのは否定しない。だが、ダメだ。

 具体的になんでダメかと問われると困ってしまうが、ダメなのだ。


「むぅ……残念です……気持ち良かったのに……」


 名残惜しそうに手をにぎにぎするセンカ。ルグドーはきょとんとしている。


「しっぽのことはいい。君に提案がある」

「なんでしょうかです?」


 咳払いをしたホシはセンカに向き合う。リベレーターとしての眼差しを向けた。


「もし良ければ、リベレーターに入らないか?」

「え」


 センカより先に反応したのはルグドーだった。驚いた表情で固まっている。

 ホシはその反応が気になったが、話を続けた。


「君は我々のことを知っているのだろう? 何をしているのか、間接的にだがわかっているはずだ。私たちも君のことを調べた。その実力は申し分ないし、思想も共通点がある。……君の力を貸してくれると嬉しいのだが」

「ありがたい申し出、感謝しますのです」


 センカは一礼し、満面の笑顔で、


「ですが、お断りします」


 組織入りを拒否した。


「理由を聞かせてくれないか?」

「この身は武道に捧げました。あなた方の活動は立派だと思いますが、私が通る道とは違います」


 戦闘時のような武道者としての瞳でセンカは応じる。

 でも、とまた愛嬌ある笑顔に戻り、


「もし助けが必要な時は、いつでも呼んでくださいね。道は違えど、助け合うことはできますです!」

「そうしてくれるとありがたい」


 満点の結果だ。センカが拒否するのはなんとなく予想できていたので、満足のいく返答を得られた。

 が、一方で不満げに頬を膨らませるルグドーが目に入る。


「どうした? ルグドー」

「いえ、なんでもないですよ」


 そっぽを向く彼の姿はなんでもないように見えない。

 先ほどまでぶんぶんと振られていたしっぽが真下に垂れている。


「そうは見えないが」


 彼の表情を覗き込もうとするが、顔を逸らされてしまう。


「ボクの時はずっと隠してたのに……」

「ルグドー?」


 小声で何かを呟いたが、ホシは聞き取れない。


「くはっ、ふはははは! あんたたち最高ね!!」


 ルーペの爆笑が部屋の中に響き渡った。



 ※※※



「今年は切り札持ちの奴が多いな。しかも実力ない奴がやるんじゃなくて、強い奴が隠すんだもの。やられた方はたまったもんじゃない」


 出場者を分析しながら酒を飲むロゼット。行きつけの酒場は、珍しくロゼット――チャンピオン目当て以外の客が増えていた。

 しかしそれは酒を楽しむ名目ではなく、


「ち、チクショウ、優勝したら告白しようと思ってたのに」

「まぁまぁ、あんたもエクストリーム輝いてたぜ!」


 テーブル席で愚痴る本選出場者を見るためだ。

 一回戦で敗退したウィリーが、やけ酒を呷る二回戦敗退者のパレトを励ましている。


「二年前、ファンになったあの人が戻ってくるって聞いて……。新型で彼女のハートを奪うつもりだったのに……」

「正直言うけど、あれはかなり趣味の悪い機体だったぜ!」


 ウィリーが白い歯を見せる。うるさいよ、と切れるパレト。


「大体、EGレース優勝常連者がなんでコロッセオに出てくるんですか! 本分のレースだけ頑張ればいいでしょう! あなたが毎回予選を荒らすせいで勝てない連中が出てるでしょうに!」

「俺のエクストリームブーストを求める人がいる限り、何度でも挑戦するんだぜ!」

「それが迷惑だって言ってるんです!」

「そうは言っても、レースに出る時、あんたが俺にいつも賭けてくれていることは知ってるぜ?」

「あなたは絶対勝つから保険として賭けるに決まってるでしょ!! おかげで他の連中のオッズが意味わかんないことになってんの!」

「あのさ、なんでお前らわざわざここで飲んでるわけ? お前らが来たせいで客が浮足立ってんだよ」


 あまりのうるささにロゼットが苦言を呈す。すると、当然とばかりの反応が返ってきた。


「ここで飲んでればファンたちがいい感じに中和されるんですよ」

「普通の店だと騒ぎになるけど、あんたがいるおかげで分際していい感じ」

「人をなんだと思ってやがる」


 本選に出場する選手は一気に知名度が上がる。熱狂的なファンがつく場合も多い。

 パレトはチャンピオン決定戦以外の大会では優勝経験もある凄腕だ。

 ウィリーはセカンドアース最速の男で、全てのアースが集う惑星レースでも優勝したこともあるプロレーサー。

 彼らの言う通り普通の酒場ならファンで埋め尽くされてもおかしくないが、ここはチャンピオンがいるために分散されるのだろう。

 ふざけやがって、と思っていると、聞き捨てならないセリフが聞こえてきた。


「負け犬同士で傷のなめ合いかよ? みっともない」

「あ……?」


 いの一番に威圧したのはロゼットだった。そんじょそこらの人間が批判していいような奴らではない。


「てめえにそんなこと言う資格あんのかよ?」


 カウンターの端に座る、仮面を被る女を責める。


「あるさ、オレには」

「よほどの自信が……待て、お前……」


 灰色髪の仮面を被る女性に、ロゼットは既視感を覚えた。

 彼女は立ち上がりこちらに迫ってくる。


「待っていたんだよ、雪辱の機会を。あの腰抜け女を倒した後、次はお前をボコボコにしてやる。再起不能にな」

「待てよ、そんなことをしなくてもお前は――」

「余計なお世話だ。それじゃあな」


 女性が立ち去ろうとした瞬間、バーの扉が開く。酒場には似つかわしくない黄色髪の少女が入店してきた。

 センカだ。彼女は店内を見渡して、灰色の女性を見つけて手を振る。


「すみませんです、遅れちゃって。なんで私をここに呼んだんです?」

「ああ、こっちにも用があるんだった」


 女性はセンカに近づき、


「負け犬ちゃん、どんな気持ちだ……? だから言っただろ? EG拳法だかなんだか知らないが、武器なしで戦いには勝てねえんだよ」

「え……?」

「てめえ!!」


 女性はそそくさと出て行ってしまう。


「大丈夫か?」

「はいです、私は平気です……でも」


 センカは悲しそうに目を落とす。


「アイネさん、どうして……」


 その呟きに、ロゼットは心の中で同意する。


(なに考えてやがるんだ? あの野郎……)


 仮面の中に秘める表情がどうなっているのか。

 知り合いのはずなのに、わからない。

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