第14話 戦争危機
軍の略奪行為を諫めた後、ルグドーたちはファクトリーへと戻っていた。
ファクトリーを出立してからまだ一か月程度だったが、それでも随分久しぶりに思えた。格納庫に移動したホマレ・ノマドリファインの姿は、以前訪れた時とは見違えて見える。
かつてはボロボロだったが、心身共に洗練されているように。
機体を降りたルグドーとホシを真っ先に出迎えたのはウィリアムだ。
「見つけたんだな」
ウィリアムは見抜いていた。ホシがツキと再会できたことを。
「わかるか?」
「その安心した顔を見ればな」
ホシは優しげな笑みを作ったが、すぐに深刻な表情へと切り替わる。
「大事な話がある」
「俺もだ。恐らく同じことだな。早速で悪いが」
「ああ、急ごう。ルグドー、部屋はわかるか?」
「わかり、ます。でも……」
ルグドーはちらり、とホシを見上げる。蚊帳の外になる気がした。
ウィリアムが試すようにこちらを見てくる。
ルグドーは意を決した。
「ボクも、話を聞いてもいいですか?」
「ルグドー、それは――」
「じゃ、邪魔はしません! でも、あのことですよね」
ツキのことと、軍のこと。
機甲獣の、機甲人のこと。
戦争の、こと。
自分にも無関係ではない……と思う。
ルグドーはウィリアムを見る。彼は助け舟を出してくれなかった。
ホシが話すのを待っている。
ホシは葛藤していた。本気で悩んでいる。
いつもはすぐに判断し、結論を出す人が。
しばらく沈黙が続いた後、ホシが返答した。
「わかった。君も関係者だからな」
自分を認めてくれたような気がして、嬉しくなった。
『来たわね……』
会議室に入ったルグドーたちを迎えたのは、巨大なモニターとそこに映る赤い長髪の女性だった。
「久しぶりだな、リンダ」
その名は聞き覚えがある。ホシがツキの身元を確認した時に出た名前だ。
恐らくはホシの師匠の一人。
「あなたがルグドーね。ウィリアムから話を聞いてるわ」
「よ、よろしくお願いします」
「ええ、よろしく。わからないことがあったら気軽に質問してね」
「待て、リンダ。彼は……いや……そうだな。聞いてくれ」
ホシの言葉は歯切れが悪かった。まだ何か悩んでいるようだ。
長いテーブルを挟んで全員が着席する……が、座っているのはルグドー、ホシ、ウィリアムの三人だけで、出席者はリンダを含めた四人のみ。
ファクトリーにはメカニックや通信管制官など大勢の人がいるが、そのほとんどが不参加だった。
奇妙だと思う。同席を希望したが、これはいったい何の会議なのだろう。
『まずは報告を、ホシ』
「ツキを見つけた。発見場所は機甲獣のテリトリーである禁域樹海。五体満足で治療を受けていた。治療をしていたのは機甲人と呼ばれる人型の機甲獣だ」
『それは驚きね。でも、予想はできていたことだわ』
「まぁそんなことじゃないかとは思っていたわな。ただ、実際に見つけられたのは大きい」
リンダとウィリアムがさして驚いていないかのように応じる。
『タケルの推測も、いよいよ真実味を帯びてきたわね』
彼女らはツキを見つけたことではなく、機甲人――プロンプトを発見したことを重視しているようだ。なぜそれを気にするのか。確かにその存在は大きな発見ではあるが、そんなことを気にしたって、どうしようもないように思える。
という考えを黙らせるかのように、一つの単語が脳内に湧いて出た。
誉れだ。
「ツキとの連絡コードは交換した。もし望むのなら今通信を繋げることができる。これからの議題において、彼の話は有意義だと思う。許可をくれ」
『あなたは、どう思った?』
「信頼できる。誠実な男だ。隠し事はあるが、悪意は感じなかった」
『そう。ならオッケー。もし何かあってもカウンターハックできるから』
ホシは端末を操作して通信を繋げた。
画面が分割表示されて、ベッドで身を起こすツキが映る。まるで待っていたかのように。
『ホシ、ウィリアム、リンダ。ルグドー君も』
「息災で何よりだ」
『ええ、本当に無事で良かった。それでね』
安堵するウィリアムとリンダに男の声が割って入る。
『私に用があるのでしょう』
プロンプトがベッドの隣に立つ。彼も予測していたようだ。
『私の名はプロンプト。以後お見知りおきを。あなた方と敵対する意思はありません』
『自己紹介は必要かしら?』
リンダに問われて、プロンプトは否定した。
『情報はツキから得ています。本題に入りましょう。時間は有限ですので』
「本題……」
ルグドーだけが追い付いていない状態で、会議は進んでいく。
『今、世界は戦争の危機に瀕しています。あなた方の懸念通りに』
射撃場の前に立ち、訓練用の拳銃を取る。
小型で軽く、威力も低い。自衛用の武器だ。
マガジンを装填して、セーフティを外す。スライドを引いて、コッキング。
的へ向かって撃つ。外れた。もう一度撃つ。また外れた。
ようやく弾が的に命中したところで、スライドが開いた。弾切れの合図だ。
「はぁ……」
自分の弱さを目の当たりにしてルグドーはため息を吐く。
集中できていない。あの会議はかなり衝撃的だった。
「どういうことなんですか?」
戦争という単語が聞こえて、ルグドーは反射的に訊ねた。
邪魔をしてしまったかと思ったが、リンダは丁寧に応じてくれた。
『セカンドアースとサードアースの関係が険悪になってるの。今までにないほどにね。互いの事情を考えればしょうがないことなんだけど』
セカンドアースに住んでいる身としては、サードアースのことなんて考えたことがなかった。いや、セカンドアースについてもロクに考えたことなどない。
「いいんだぜ、少年。市民が惑星についてどうこう悩む必要はないんだ。惑星をうまく運営するのは行政府の役目だからな。だが残念なことに、セカンドアース行政府は惑星運営を盛大に失敗してしまった。もし今、ランキングをつけるとしたら、セカンドアースは異論の余地なく最下位……ビリだ」
ウィリアムの説明には思い当たることがあった。
バルグも似たようなことを言っていたし、ホシの話に出てきたこともある。
その原因はスターダストだ。ホシが説明してくれる。
「セカンドアースはスターダストに頼り過ぎた。そのせいで、惑星力は他のアースに後れを取っている。強みがなければ経済状況は悪化していく。経済が悪くなれば治安も悪くなる。何一ついいことがない。そうなれば当然、誰の責任だと言う話になる。行政府は責任を取れと言われて、解決策を模索する。そこで天啓を得たかのように、一つの方法を思いついた。それが――」
「戦争……」
ルグドーは射撃訓練を止め、道場と呼ばれる格闘訓練用の施設へ移動した。
訓練用のスパーリングロボットを相手取り、ルグドーは殴りかかった。
拳を振るうと防がれる。蹴りも同様に。
訓練と同じように、思考も加速していく。
『と、ホシとウィリアムが説明してくれたことも事実ではあるけど、惑星全体の総意というわけではないわね。都市部から離れれば離れるほど、行政府に批判は集中してるし、そもそもなんで自分たちが失敗の尻拭いをしなきゃならないんだっていう意見も根強いわ。セカンドアースとしては、戦争は本意ではないと言い切ってもいいわね』
「じゃあ、なんで……?」
ルグドーはロボットの腕を掴んで背負い投げしようとした。だが、投げ飛ばせない。不意を突かれてダウンさせられてしまう。
畳の上で寝転がる。ホシの言葉が脳裏をこだまする。
「サードアースの方だ。戦争に積極的なのは」
「でもビリじゃないんでしょう?」
「下から二番目だしな。ビリじゃなくても不満は溜まるわな。フォースやファイブはもちろん、最新鋭の技術で開拓中のセブンやエイトには逆立ちしたって勝ち目がない。特筆とした産業もない。これといった名産品はなく、観光するにしても微妙。娯楽もだな。あるのはセカンドよりはマシっていう実態としちゃ微妙な誇りだけ。そこに住んでる奴らにとっちゃ、そんな誇りよりも飯のタネをくれって話だわな」
ウィリアムに納得する。いくらマシだって言われても、不満が解消されなければ意味がない。
思い出すのはバルグのスクラップヤードだ。あそこよりももっと酷い場所はあっただろう。それを聞いた上でも、当時の生活が良かったとは思えないように。
サードアースの不満も積み重なっていたようだ。
「そして、その誇りも実はまやかしだってことに民衆は気付き始めた。セカンドとサードの差は天と地ほど離れてるってわけじゃない。いつでも逆転可能なんだ。そのぐらいのポテンシャルをセカンドは持ってる。単純に運営がうまくいってないだけだからな。運営が良くなればサードは負ける可能性が出てくるし、何よりセカンドにしかない特別な物もある。だから、奴らは戦争したくなったのさ。自分たちが負けないために」
スターダストはセカンドアースの切り札だとホシは言っていた。
産出量が少なくなっても、その事実は変わらない。
ルグドーはもう一度、スパーリングロボットへ挑戦し始めた。
※※※
ホシはハンターのコックピットの中で、作業を進めていた。
ホマレ・ノマドリファインはメンテナンス中だ。ノマドからリファインされた代償とも言える。
性能は上がったが、その分、定期的なメンテナンスが必要になる。
刀の切れ味も落ちていた。オーバーホールほどではないが、時間が掛かるだろう。
しかし時は待ってくれない。
そうなれば愛機を置いていくしかなかった。
ホシは大抵のエンハンスドギアなら問題なく操縦できる。
ダイレクトコントロールシステムのない機体だが、あくまでも足としての利用だ。
トラブルなく運用できるだろう。
設定を自分好みカスタマイズしていく。
操縦桿の反応速度、ペダルの踏み心地、武装選択画面の位置変更……。
「機甲獣はどう出るんだ?」
慣れた作業の片手間で、自分がプロンプトにした質問を思い返す。
『機甲獣から見れば、戦争は攻撃のチャンスだと明言しておきます』
「だよなぁやっぱ。見逃す理由がないわな」
同意するウィリアム。ホシも同じ考えだ。
かつての地球が滅んだ時と、規模は違うが構図は同じだ。
『機甲獣の存在理由について訊ねたいところではあるけど、まだ無理……と思ってよいのね?』
『我々の存在がどういうものなのか説明するには、時期尚早であると結論が出ています。もう少し、あなた方を観察させて頂ければと』
リンダはそれ以上追及しなかった。
『わかった。今回は触れない。……じゃあ、どうやって戦争を回避するかって話なんだけど』
「セカンドアース側に限定されるが、戦争意志を放棄させる策ならある」
『どういうこと、ホシ』
ホシは一人の女性を思い起こしていた。その搭乗機である赤い騎士の如き機体と共に。
「軍事面での代表者が戦争中止を提言すれば、セカンドアースの勢いも失速する。彼女に頼めばいい」
「あの……軍事面での代表者って誰ですか?」
すっかり会議の一員となっているルグドーが質問してくる。
ホシは嬉しい反面心配もしていたが、素直に答えた。
「セカンドアース最強の戦士……コロッセオのチャンピオンだ。練度不足の軍よりも、実力のある彼女の方が発言力がある。軍としては責任を被せられるから、その方が都合がいいんだ。コロッセオでの試合は一般市民にも大人気だ。実力も人気も申し分のない彼女が戦争はしないと言えば、セカンドアース内の戦争機運はゼロに近しくなるだろう」
「とは言えな、何の保証もなく戦争するなと言っても難しいんじゃないか? 現にサードアースは準備しているわけだし、もう一つ、何か強い理由がないとな」
ウィリアムの意見を受けてホシが思案しようとした矢先、プロンプトが挙手した。
『戦争回避の交渉材料として、我々に秘策があります。まだ詳細は明かせませんが、見事チャンピオンを説き伏せた時は開示することをお約束しましょう』
「その秘策がうまくいくという保証は?」
『私がするわ、ホシ。……信用してくれる?』
ツキに問われてホシは即答した。
「信用する。チャンピオンの説得は任せてくれ。問題はサードアースの方だが」
『そちらについては私たちがなんとかする。あなたたちはセカンドアースに集中して。タイミングを見てこちらも動くわ』
リンダの提案にホシは頷いた。
「わかった。いいか?」
「俺も異論はないぜ」
ウィリアムも同意し、ツキやプロンプトも反対しなかった。
満場一致で会議は終了した。
「……」
任務について迷いはない。やるべきことは明確になった。
準備でき次第メトロポリスに移動し、ロゼットを説き伏せる。
それでこの騒ぎは収束する。
サードアースに関しては、仲間に全幅の信頼を寄せている。
なのに、作業の手が止まってしまう。
世界の危機に対して、考えているのは一人の少年のことだ。
「ルグドー……」
妹が見つかってから、彼のことをよく考える。
妹に割かれていたキャパシティに、彼がそのまま入り込んだようだ。
かつては不安でいっぱいだったが、今は違う。
嬉しさや寂しさ、もちろん不安もある。
ネガティブとポジティブな感情が入り乱れている。
「私には彼を自由にした責任がある」
ホシはルグドーを解放した。
ホシの誉れであり、リベレーターとしての役目でもあったからだ。
彼が自分の居場所を、未来を、見つけるまでの間は保護するつもりでいる。
彼は最終的に自分の元を離れる。それが理想的な形だ。
なのに。
(どうしてこんな、自分勝手な感情が……)
その未来を想像すると胸が締め付けられる。
無責任な形をこそ、求めている自分がいる。
せっかく彼を自由にしたのに、自分が彼を縛ろうとしているのではないか。
そんな気がして、心が落ち着かない。
一人項垂れていると端末がなった。画面を見る。
相手はツキだった。通信に出る。
『やっぱりまた一人で悩んでいるのね』
「……わかるか?」
『わかるよ。妹だもの』
「そうか……私とは大違いだな」
皮肉のような回答になってしまったが、本意でもあった。
ツキは自分とは違う。私が気付かないことを気付く。
『そうね。私はホシが気付くことに気付けないし、ホシも私が気付くことを見逃しちゃう。……ルグドー君のこと、でしょ?』
「どうすればいいのか、と思ってな。ここまで連れ回したが、本当に彼のためになっているのか……」
『本人に聞いてみたの?』
「いや……でも彼は、負い目もあるだろうし……」
『ホシ。それは良くない考え方だよ。最初に言われたことを思い出して』
「あ……」
お師様とのやり取りを思い出す。
恩など感じてくれるな。
リベレーターは恩返しという形式を非常に嫌っていた。
組織の性質上当然のことではある。
恩返しそのものは善き行いではあるが、一歩間違えれば束縛や服従に繋がってしまうからだ。
ゆえに組織への参加資格も、恩義によって行われるものではなく、己の信念と組織の理想が合致するかどうかだ。
すなわち、一員に成りえる誉れがあるか。
ホシは自分だけの誉れを見出し、組織に受け入れてもらえた。
「そうか、私はまた間違うところだったか……」
『それに、ホシはどう思ってるの?』
「私? 私の想いは関係ないだろう?」
『嘘。関係あるから悩んでるんでしょ? 本当に無関係だったら、悩む必要なんてない。連れて行くにしろ置いていくにしろ、もう結論は出てるでしょ』
事実だった。
「我が儘だと思うか……?」
『そうかもね。でも悪いことじゃないよ。もし他人が似たようなことを言ったら、ホシは受け入れてるでしょ。適切な助言もしてるはず。自分のことを棚に上げるのはやめて、素直になればいいの」
「素直に……」
『いっしょに、いたいんでしょ』
ホシは言い訳しようと口を開き、やめた。
顔が火照っているように感じる。緊張して動悸が激しくなる。
だが本心だった。だから否定できない。
「情けないか……?」
『情けないって言ったらやめるの?』
「いや……ありがとう。ツキ」
『全部終わったら、また会いましょう。ゆっくりとね』
「ああ」
通話を終えて、顔を上げる。
モニターに映る機体を眺めた。
ハンターの前では、黒い外套を外したホマレ・ノマドリファインが整備されている。
メンテナンスこそ行っているが、大きな傷はない。予防的な措置であり、今でも戦おうと思えば十分に戦える。
EGはパイロットと合わせ鏡だ。機体を見れば、自分がどういう状態なのかわかる。
作業を終えたホシはコックピットから退出した。
※※※
訓練機の攻撃を避け、ルグドーは操縦桿のトリガーを引く。ハンターの操縦にもだいぶ慣れてきた。
訓練相手である、自動操縦モードのハンターのレベルは中だ。
ルグドーは端末を操作してレベルを最大まで引き上げる。
「もっと強くならないと、全部教えてもらえない」
ホシはルグドーのことをまだ仲間だとは思っていない。
足手まといではなくなったかもしれない。それでもまだ足りない。
ルグドーがいたい位置には届かない。
弱くても戦える段階にはきた。
次は弱いとしても勝てるようにならないと。
「ボクは――うわあああああ!?」
衝撃で悲鳴を上げる。
一気に接近してきたハンターの超反応に、ルグドーは追い付けなかった。
同型機を瞬く間に転倒させるハンター。同じ機体なのに何もできない。
物理的な衝撃と精神的な情けなさに打ちのめされそうになる。
「戦争なんてことになったら、ホシさんだって、きっと大変だ。少し役に立つだけじゃダメなのに、もっと、もっと、手伝えるように……背中を預けられるようにならなきゃ……!」
『そこにいたのか、ルグドー』
「ホシさん!?」
コックピット内をホシの声が反響する。
全方位モニターでもその姿を確認した。観覧席にホシがいる。
『話がある。降りてきてくれないか?』
拒否する理由はルグドーになかった。
部屋に戻ったルグドーに、ホシはコーヒーを手渡した。
「砂糖は?」
「いいです――うっ」
大人ぶったが苦かった。ホシが砂糖の入った容器を差し出してくる。
「背伸びしなくていい。焦らなくていいんだ」
「でも、時間はないじゃないですか」
ホシが対面席に座った。
「だからと言って無理をしても、結果は得られない。そういう時は、時間を作るように動くか、もしくは……方法を変えるんだ」
「方法を……?」
「君はどうして焦ってるんだ?」
ルグドーは逡巡した。
「戦争が、あるかもしれないんでしょう? 戦いは好きじゃないですけど、向こうから襲ってきたら、どうにかしないといけないですよね」
「一理ある。だが、どうにかするやり方は一つじゃないはずだ」
「ホシさんたちが、対話で戦争を回避しようとしているように?」
「さっきはまるで名案のように言ったが、本当にうまくいくかはわからない。ロゼットが素直に応じてくれるかも、チャンピオンの話を民衆が受け入れてくれるのかも。その可能性は高いと踏んでいるが……あくまでも可能性の話だからな。失敗もあり得る」
でも、とホシは続けた。覚悟を帯びた眼差しで。
「やらないという選択肢はない。もし本当に戦争になってしまったとしても、私は諦めない」
「誉れだから、ですか」
「そうだ。そして――リベレーターとしての使命でもある」
「リベ、レーター……?」
初めて聞く単語に、ルグドーは戸惑う。
その反応を見てホシが、手を力強く握った。
勇気を振り絞るように。
「私はリベレーターという組織の一員だ。ウィリアムもリンダもツキも……ファクトリーも組織の施設だ。私たちは全てのアースに存在していて、独自に動いている。世界のために」
「どういうことですか?」
「君を助けた理由も、誉れだけじゃないということだ」
ホシは立ち上がり、落ち着きなく室内を歩き始めた。
「誉れも嘘じゃない。本当だ。だが、君を救ったのには明確な理由がある。私たちは、世界が円滑に回るように……諍いや差別、経済格差などの問題に囚われる人々を解き放つ役目を持つ、
だから君を助けた。立ち止まったホシが目を伏せた。
「打算があったんだ。騙すような形になってすまない」
「打算……」
「不誠実だった。すまな――」
「って、ちょ、ちょ、待ってください! なんで謝るんですか!?」
ルグドーも慌てて立ち上がる。謝罪される意味がわからない。
「それは、私が君を騙して――利用するつもりで……」
「利用されてなんていませんよ。それに、助けてくれたじゃないですか。おかげでいろいろ納得できましたよ。ホシさんがなんで人に助言をするのか。コックピットを狙わないわけも」
ホシは敵と戦っていたわけではない。解放しようとしていたのだ。
あらゆる問題から、人々のことを。
「第一、ダイレクトコントロールシステムなんて個人が持ってちゃ変ですし。二年前、新参者がコロッセオで無双した理由もわかりましたよ」
リベレーターとして昔から活動していたのなら、あの強さも合点がいく。
それこそ、軍とは比べ物にならないほど経験を積んでいるのだろう。
そんじょそこらのEG乗りでは相手にならないはずだし、コロッセオに出場するグラディエーターすら圧倒できるはずだ。
「ホマレという特別な機体も、組織から受領したんですよね」
「そうだ。リベレーターは少数精鋭でな。その代わり、バックアップは万全なんだ」
「どうして話してくれたんですか? 半人前のボクに……」
「これから先、どうなるかわからない。君には選んでもらわなければならない」
「選ぶ……?」
「私の元を去り、自由に生きるか。もしくは、リベレーターとして、その……」
ホシは言葉に詰まった。不思議な顔だ。
寂しそうで期待していて、申し訳なさそうに恥ずかしがっている。
どういう感情なのかはわからないが、答えはもう決まっていた。
勇気を振り絞る時だ。
「ボクを、リベレーターの一員にしてください!」
「……理由を聞かせてくれ。入りたいわけは?」
一変して、ホシは真面目な表情となった。
試されていると感じる。これは試験なのだ。
ルグドーは思案する――が、思いついたのはあの言葉だ。
「誉れです!」
「見つけたのか、君だけの誉れを」
「見つけました! ですから……」
「では、聞かせてくれないか? どういうものなのか」
「――え!?」
予期せぬ質問――当たり前と言えば当たり前だが――にルグドーは混乱した。
目を泳がせ、顔を赤らめる。手持無沙汰になって、両手の人差し指を突き合わせた。つんつんと。
「そ、そ、それはそのっ……ちょっと、だいぶ、言いづらいというかその……」
「説明できないことなのか?」
ホシの言葉に失望の色が灯る。このままじゃまずい。
「説明は難しいけど、ボクの中では大事なことです!」
「もうちょっと具体的にできないか?」
具体的に。
つまりは事細かく。
詳細に。
(言えないよ! だって――!)
ルグドーはホシの顔を見て、すぐに目を逸らす。
身体が熱い。室温はさっきと同じなのに。
「では質問を改めよう。君は自分の意志で決めたか?」
「はい!」
即答する。矢継ぎ早に質問が来る。
「恩義を感じたり、負い目があるわけではないか?」
「恩義は確かにあります。でも」
恩は感じている。でもそれは理由じゃない。
「ホシさんと旅をして、いろんなものを見て、話を聞いて、ボクも何かをしたいって……みんなのためにやれることはないかってずっと思っていました! その何かに、ようやく巡り合えた気がします……! ボクがリベレーターになりたいのは、そうなりたいからです! これだけは誰になんと言われようと譲れません!」
「自分で選び、自分で決めた。心の底から、やりたいと願った。そうか?」
「はい!」
今度はまっすぐホシを見つめる。
しばらくして、ホシの表情が綻んだ。
「歓迎しよう、ルグドー。今日から君は、リベレーターだ」
「やったああああ!」
人生で一番大きな歓声をあげる。
ホシの仲間にようやくなれた。
その事実が、本当に嬉しかったのだ。
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